テーマ:論語

皇室と『論語』 (四)  

明治大帝を模範とされた昭和天皇は、この祖父が天地神明に誓われた「五箇条の御誓文」の精神を重んじられ、敗戦後、初めての国民への詔書(いわゆる「人間宣言」)で、新生日本建設の指針として「五箇条のご誓文」を掲げられたが、そのご誓文の原案の起草者であった由利公正は、それが四書の思想に由来することを自伝で告白している。  若き日の昭和天…
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今なぜ皇室と『論語』について書くのか

『西郷南洲伝』「維新初政」編 「薩摩藩邸焼き討ち」をブクログにて追加配信いたしましたのでお知らせいたします。  http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  テーマは旧幕・陸軍方主導の薩摩藩邸焼き討ちをどのように評価するかですが、大事なのは、江戸撹乱工作の意図を持たなかった薩摩藩首…
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さくら

 さくらが咲いている。  さくらと言えば日本というものを表象する樹木である。  さくらをこよなく愛す日本人の心性は古代から変わっていない。  ここのところ、日本人と『論語』について考えているが、この国に最初にこの書物をもたらしたとされる百済からの渡来人・和邇(王仁)について調べるうち、この伝説的な人物が、古代日本人にとって…
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皇室と『論語』 (参)  

 「道」は過去と己を結ぶものであると同時に、未来へと続くものである。  現在はその間に存在する。  そして、現在にあって「道」は生きるしるべ(導・標・知る辺)となる。  この『論語』との出合いから、我々日本人は豊かな口承伝承の世界を土壌にして、自覚的に歩き始めるひとつのきっかけを得た。  考えてみれば、我々日本人ほど、「…
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皇室と『論語』 (弐)

 西尾氏に対しては、まさに釈迦に説法のような話が続くことになるが、「動かぬ真実を探しても無駄」との一言で戸惑った自分の考えをまとめるために書いている。戸惑ったのは、むしろ真実と信じていたものが意外と簡単に揺らいだことにあったかもしれない。  だから、この文章を書く目的は、西尾氏の見識に対する批判というよりも、日頃よく読んでいる西尾氏の…
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皇室と『論語』 (壱)  (「西尾幹二氏への数言」【その弐】)

 ところで、卓爾たる西尾氏の言論の立つる所とは一体何なのだろう。  これはいつも西尾氏の著作の通読後に残る余韻である。  山の実体を信じ、地の道をてくてく歩いていこうとしている自分には、なかなかつかみにくい。  そんな大地からの目線で、西尾氏の志を忖度するなら、その意識において、近代西洋文明そのものと対峙し、これを乗り越えようとし…
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西尾幹二氏への数言 【その壱】

 西尾幹二氏に「西郷隆盛さん」とからかわれた。   西郷真理教の信者さんよ、そんなところに、いや、聖なるもののどこを探しても、動かない真実などありはしないのだよ。  そういうことだろう。 (参照;http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1263 コメント欄)  「動かない真実を探しても無駄」と…
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西尾幹二氏の一言

 『西郷南洲伝』今月分配信が遅れてご迷惑をおかけしております。  しばらくお待ち下さい。  ところで、前回紹介した西尾幹二氏の「そもそも、『論語』は嘘の固まりですから(笑)。」との発言について、「西尾幹二のインターネット日録」の次の記事にコメントを送らせていただいた。 http://www.nishiokanji.…
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日本人と『論語』 

 前々回の記事で紹介したブログ『ねずさんのひとりごと』に面白い記事を見つけたので紹介したい。 『ねずさんのひとりごと』 「天下の公民4/論語と日本的規範」;http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1767.html  日本人と支那人の『論語』の読み方が、正反対と言っていいほどに全く…
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保守の限界

 いわゆる「保守」は反共産主義であった経緯から、基本的に反中国であり、そういった面から支那の政治・歴史・文化に詳しい知識人も多く、支那における儒教への理解から、儒教体制、延いては儒教思想そのものに対する嫌悪感が強い。  今思いつくだけで、宮崎正弘氏、岡田英弘氏、江藤淳氏などが挙げられる。  台湾の独立派・黄文雄氏も同じである。 …
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「保守」とは何か

 少し前の論文になるが、西尾幹二氏の「日本には『保守』は存在しない。」という論文を紹介したい。 「日本には『保守』は存在しない。」 西尾幹二(http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1159)  私は前から日本には「保守」と呼べるような政治的文化的集団ないし階層は存在しない、と思っていた…
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中国 二歳児ひき逃げ事件

 中国からの移民が増え続ける日本。   これら中国人と付き合って行くには、その民族性を知っておく必要がある。日本人とは全く違う世界観に生きている人々であることは、常識として知っておかなければならないだろう。 (記事転載開始) 中国・2歳児ひき逃げ事故 背景にある「助けてはいけない」風潮~中国の素顔(53) チャ…
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野田「どぜう鍋」内閣の不義、不仁

 野田「どぜう鍋」内閣の不義、不仁を言って、出揃った大臣の不義、不仁を一人一人論うまでもないので他に譲ることにする。  ここでは、保守を看板とし、これまでの発言から、一部保守層の期待を集めていると思われる野田首相に焦点を絞って論ずることにする。  野田佳彦首相のかねてからの口癖は「日本の曲がった背中を伸ばす」だったそうだ。  …
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平成二十三年、一年の計 ⑪

 以前書いたように(「平成二十三年、一年の計 ⑥」)、本物の創造的発展とは、人間に備わった精神の自然の働きによる思・慮・謀の螺旋的運動であるから、理に当たって後進み、勢を審らかにして後動く、というものでなければならない。  これを阻害しがちな激動の時代を迎えて、時勢はどのように展開していくのかわからないが、所詮は、非力な浪人志士に過ぎ…
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詩楽の伝統から維新へ (その三)

 岩倉具視は、連綿として続く万世一系の皇室を根源とする、万国に冠絶した純正淳朴の美政、礼楽征伐が、日本本来のあり方であり、古代からの理想であることを述べた上で、中葉以降の武家政治のあり方を批判した。  これは、慶応三年十月当時、統治能力を欠いて、失政を繰り返す徳川幕府に対する批判として表出した伝統思想であったことを縷々述べてきたつもり…
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詩楽の伝統から維新へ (その二)

 話を宝暦事件に戻そう。  竹内式部は先の孔子の言葉を引いて、幕府もそろそろ十世だから(徳川幕府は、諸侯中の大なるものであり、盟主である)、秩序が失われる、だから、朝廷に礼楽征伐を主宰出来るように、主な権力を奉還すべし、という趣旨のことを説いて、少壮の公家を感奮させた。  困惑した朝廷は、京都所司代に訴えた。竹内式部は、取調べに際し…
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詩楽の伝統から維新へ (その一)

 ここまでの話で、詩学を基礎とする礼楽が、社会を調和し、秩序付ける効用を持つという孔子の考えは理解できるかと思う。  これを踏まえて、孔子は、「天下道あれば、すなわち礼楽征伐、天子より出ず。天下道なければ、礼楽征伐、諸侯より出ず。・・・」云々と言ったのである。  江戸中期に宝暦事件と呼ばれる事件があった。(http://ja.w…
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詩と楽 (その一)

 ここしばらく明治維新から戦前にかけて、広く国民に共有されてきた音楽について触れてきたわけだが、別に懐古趣味に陥ったというわけではなく、音楽が国民によって共有されることの意味に付いて考えるところがあったからである。    幕末の志士たちの多くが、和歌や漢詩を嗜んでいるが、これは江戸時代の武士階級あるいは教養人の多くが、これらに親しん…
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皇室の理想像 (その二)

 以上の歴史的背景を踏まえれば、その中心に皇室を据えて、重厚にして、重層的な構造を持つ日本の伝統において、江戸時代のストイックな学問的成果をすっ飛ばして、いきなり近代的天皇像と古代を結びつけようとすれば、所功氏のように、感傷的なアナクロニズムに陥るのはある意味当然と言えよう。  だが、こうした民の意志と運動によって成った皇室復興の歴史…
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 皇室の理想像 (その一)

 ここまで所功氏の諸論を、その姿勢・思想にまで踏み込んで、批判してきたわけだが、やたら『論語』の言葉を引用して、その問題点を指摘・批判してきたことに、違和感を覚える人がいるかもしれない。  確かに左の価値観に毒されている人には、こういった批判は念仏にしか聞こえないであろう。彼らの多くは、新しいものを無条件に進歩的で正しいと信じ、古いも…
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所功氏へのご忠言 (その二)

 現代のこの日本においては、人に死を覚悟して発言せよ、などと誰も強制できはしないし、それは許されないことである。  もし、それでも所氏が、皇室への忠言には死の覚悟が必要と言うなら、ご自身がそうされればよい。  しかし、これまで検証して来た氏の発言内容から言えば、伝統の切捨てに何のためらいもなく、万一の場合、伝統が根本的に変質した皇室…
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所功氏へのご忠言 (その一)

 所功氏は、西尾幹二氏に対し、忠言を行なうならば、菅原道真がそうしたように、死を覚悟して、しかも本人に対し行うべきだと言った。  道真公の事例が不適切であることはすでに指摘したが、その主張も、忠言のあり方を問う人間としては、中途半端であり、不適切極まりない。  なぜなら、忠言・諫言とは、主君に対する誠心から発せられるものであると同時…
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織田信長と論語 (南洲翁遺訓解説 「天地自然の道」補記)

 織田信長が『論語』を読んでいたなどというのはありそうもない話だ。  実際、私の知る限りでも、彼が『論語』を読んだなどという記述に接したことがない。それどころか、彼の言動はことごとく非『論語』的と言ってよいほどである。  ならば、どうしてそんな題をつけたのか、という話になりそうだが、簡単に言えば、「徳川家康と論語」という題で、南…
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論語

何年か前のこと。 呉智英氏の『現代人の論語』が文芸春秋社から出た。 著者の呉氏は、自ら封建主義者を名乗るだけあって、江戸時代の価値規範の軸であった『論語』をこよなく愛する人である。今はどうか知らないが、何年か前までは、「以費塾」という『論語』を講ずる塾を、思想家の浅羽通明氏と運営していた。  その氏の『論語』に対する解釈を書い…
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天地自然の道 (その三) (南洲翁遺訓解説 2-5)

 今回は前回に引き続いて、明治維新を用意した、天道思想の源流について触れたい。  明治維新は、ペリー来航以来十数年の人々の努力だけで成ったのではなく、様々な歴史段階を経て到達した偉業であった。  その一つが江戸時代を通じて熟成した学問であったが、その気運を作った重要人物が徳川家康である。  しかし、それは戦国時代に醸成された一…
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天地自然の道 (その二) (南洲翁遺訓解説 2-4)

廟堂に立ちて大政を為すは天道を行なうものなれば、いささかとも私を挟みては済まぬものなり。… (『西郷南洲遺訓』第一条)  遺訓劈頭を飾る上記の文言にも、南洲翁の、万物の主宰者としての天を敬う精神は表れている。  西力東漸の時勢に鋭く反応し、敵を知り、己を知るために敢えて漢訳聖書まで研究した南洲翁が、こういった信仰に達したの…
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天地自然の道 (その一) (南洲翁遺訓解説 2-3)

忠孝仁愛教化の道は、政治の大本にして、万世に亙(わた)り、宇宙に彌(わた)り易(か)うべからざるの要道なり。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別なし。 (『西郷南洲遺訓』 第九条)  南洲翁遺訓の中に、天地自然の道という言葉は、上述のを合わせて本文に三回、追加に一回出てくる。  しかし、道は天地自然の物なのである…
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(続)丹養塾

 前回紹介させていただいた丹養塾に関して、インターネット上で見つけていただいた記事です。丹養塾の事を教えてくれた方が見つけて下さりました。  伝統的教育法の成果の一端を窺うことのできる、とても味わい深い記事ですので紹介させて頂きます。   《① http://archive.mag2.com/0000226119/20080…
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丹養塾

 最近、ある方に、伊丹で寺子屋教育を行ってきた丹養塾の存在を教えて頂きました。私塾を開くことを考えて、準備を進めつつあったこともあって、また伊丹が今住んでいる芦屋から大変近いところにあることもあって、大変興味を抱きました。  以下は産経新聞に掲載された丹養塾に関する記事です。 《大阪湾に注ぐ淀川では、水鳥たちが元気いっぱい、…
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サイト開設のご案内

 サイトを開設いたしました。  趣旨は基本的にこのブログと同じですが、もう少し一般の方にも入って来やすい内容にしたいと考えています。  まだ不十分な内容ですが、興味のある方はのぞいて見て下さい。    http://inagaki-hideya.jp/
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