テーマ:西南戦争

西南戦争における薩軍の戦略に関する史料 「西郷南洲翁の正気 (その五)」

 南洲翁が「はじめから軍事的勝利を計算にいれていない」という第二の点についてコメントさせていただきます。  確かに南洲翁は鹿児島県令の大山綱良に「一つ条理に斃れ候」と書いていて、勝敗を度外視していたようなところがあります。これは、不正は政府に、正義は我にある、という自信の現われでもあり、この戦争が正気の発現であったことを裏付けてい…
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西南戦争における薩軍の大義 「西郷南洲翁の正気 (その四)」

史料④  私学校が上京の準備に取り掛かっているらしいことを密偵からの情報で知った大久保利通は、これを政府に対する挙兵の準備と受け取ってしまったのです。大久保は早くから私学校を眼の敵にしていました。  大久保は私学校暴発を前提に準備を進めます。  その結果、私学校徒による武器弾薬庫略奪事件や私学校幹部に対する刺客派遣の疑惑発覚な…
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西南戦争の起因に関する史料 「西郷南洲翁の正気 (その参)」

史料③ 鹿児島に鎮まっていた南洲翁は、政府の砲艦外交を道義的には恥ずべき外交としながら、朝鮮が開国した以上は、大陸政策着手の機会はまだ先と考え、私学校などで後進の育成に力を注いでいましたが、明治十年一月中旬になって、再びロシア・トルコ間で緊張が高まって戦争になった、との情報を入手します(実際の開戦は四月)。そして、私学校は二月…
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現代の西郷教宣教師

 現代の西郷教宣教師の方から、熱い思いの伝わってくるメールをいただきましたので、紹介させていただきます。  送り主は、岩山宏至さんという方で、南洲翁夫人の糸子の実家、岩山家の方で、国防に従事する傍ら、ボランティアで、南洲翁の偉大さを伝えるべく、熱心な活動をされている方です。  またまた、西郷南洲翁宣教師の皆さんに情報提供です…
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西郷隆盛の命日

 今日、九月二十四日は西南戦争の終局である城山陥落の日、すなわち西郷隆盛の命日です。  今から百三十一年前のこの日、西郷隆盛を中心とする明治政府への最大の批判者達は、半年間南九州を激戦しながら転戦し、その挙句、鹿児島に追い詰められて、玉となって砕けたのでした。  近代日本の礎となった英霊達の冥福を祈りたいと思いますが、彼らが今日の日…
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小川原正道『西南戦争』(中公新書)

 すでに『(新)西郷南洲伝(下巻)』本編を書き終えていた十二月の末頃、中公新書より西南戦争を題材にした新書が出版されました。  年末年始にざっと目を通したのですが、その後書きによると西南戦争を題材にした新書の出版というのは何と50年ぶりなんだそうである。昨年西郷隆盛没後・西南戦争勃発百三十周年を記念して出版された西郷関係の書籍は、執筆…
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