オールブラックスー世界のラグビーからみる歴史と文化ー

 十一月三日にラグビー日本代表は、現在来日中の世界最強ニュージーランド代表「オール・ブラックス」と対戦します。

 先週土曜日、来年日本で開催されるラグビーワールドカップ決勝会場となる横浜日産スタジアムで、タスマニア海峡をはさんで毎年対戦してきたライバルであるオーストラリア代表「ワラビーズ」(ワラビーは小型のカンガルー)に快勝したオール・ブラックスは、史上初のワールドカップ2連覇中であり、今のところ、来年日本開催の大会でも優勝候補筆頭です。

 対するワラビーズも決して弱いチームではなく、むしろ強豪であり、昨年はオール・ブラックスとの定期戦(ブレディスローカップ)三戦を戦って、1勝2敗の戦績でした。
 第一戦は大敗でしたが、勝負が決まった後半は、オール・ブラックスの油断につけこんで、逆にトライ数で上回り、自信を取り戻すと、第二戦は猛烈な気迫で攻め立てて、勝利寸前までオールブラックスを追い詰めましたが、終了間際の逆転トライで、惜しくも敗れました。
 そして続く第三戦、ワラビーズはさらに激しく攻め立てて、オールブラックスを僅差で破りました。

 あの戦いを見ていて、筆者は今年のブレディスローカップを楽しみにしていましたが、ふたを開けてみれば、結果は三戦ともオールブラックスが後半突き放しての大勝でした。

 筆者は昔から判官贔屓の感情からでしょうが、強すぎて隙の見当たらないオール・ブラックスよりも、毎年退けられながらもライバル心で挑んでいくワラビーズを応援するのですが、ワラビーズが勝利を手にするのはまれです。やはり、オール・ブラックスはワラビーズにとって格上なのです。

 筆者が世界のラグビーに関心を持ったのは高校生の時に開催された第一回目のワールドカップからで、その時の開幕戦で、オールブラックスが見せた強さに度肝を抜かれたのが最初でした。開幕戦でのオール・ブラックスの怪物ウィング、ジョン・カーワン(エディ・ジョーンズ監督の前の日本代表監督)の独走トライは今見ても圧巻です。
 この大会で優勝したのは、圧倒的な強さを発揮したオールブラックスだったのですが、大会の終盤になって印象に残るようになったのが、華麗にはじけて決勝まで勝ち上ったフランスのシャンパンラグビーではなく、ワラビーズだったのです。

 ワラビーのように、力強く機敏に跳ね回る若手中心選手の動きに可能性を感じたように思います。ニック・ファー・ジョーンズ、マイケル・ライナー、ブレット・パプワース、デイヴィッド・キャンピージなどが若手として躍動していた時代です。

 大会後、スランプに陥るワラビーズですが、先の中心選手たちを中心にチームは成長し、オールブラックスと対等に戦う力を身につけ、第二回大会では、準決勝でオールブラックスに快勝し、優勝を遂げます。
 第三回大会では過渡期にあって世代交代に失敗したワラビーズは、準々決勝でイングランドに敗れます。この時、オールブラックスは決勝まで駒を進めましたが、初参加の強豪南アフリカ代表「スプリング・ボクス」に敗れます。

 その優勝のドラマはクリント・イーストウッド監督によって映画化されています。悪名高いアパルトヘイトを乗り越えた新生南アフリカの象徴である黒人大統領ネルソン・マンデラと代表チーム「スプリング・ボクス」の白人主将フランソワ・ピナールを中心に据えた『インビクタス 敗れざる者たち』がそれです。マンデラは名優モーガン・フリーマン、ピナールはマット・デイモンが演じました。

 この大会での失敗に学んだワラビーズはその反省に立って、結束力の高いチームを創り上げて、第四回大会の優勝チームとなります。初めてワールドカップで2度目の優勝を果たしたチームです。

 一方のオールブラックスはラグビー王国として、常にブレディスローカップでは優勢で、ワールドカップでは、常に優勝候補筆頭に挙げられ、爆発的な強さで決勝トーナメントまで順調にコマを進めながらも、準々決勝、準決勝敗退の時代が続きます。
 ニュージーランドは王国の威信をかけて、問題の根本的解決に取り組み、その努力がようやく実るのが、2011年自国開催の第七回大会からです。この大会で、オール・ブラックスはようやく二度目の優勝を遂げましたが、すでに前回第六回大会で南アフリカが二度目の優勝を遂げた後でした。

 しかし、本質的に問題が克服されていることは、連覇を達成し、未だにその強さが継続していることからも明らかです。続々と若くて新しい才能がわき出てきて、選手層は厚く、誇り高い上に結束力は高く、来年日本で開催される大会でも優勝候補筆頭であることは揺らいでおりません。
 ワラビーズは不可能ではないでしょうが、このままいけばそれを脅かすことは難しいでしょう。現状、オールブラックスの優勝を阻止しうるのは、八月にオール・ブラックスから価値ある一勝を挙げた南アフリカと、ヨーロッパ勢では、前日本代表監督の名将エディー・ジョーンズ監督率いるイングランドとアイルランドでしょうか。この2チームとはこれから行われるヨーロッパツアーで対戦しますから、ファンにとっては目が離せません。

 こういったラグビー強国盛衰の歴史、特にタスマニア海峡をはさんで対峙する両国の対戦の歴史を見てきてつくづく感じてきたのは、その時代、その時代で個別の要因はそれぞれありますが、それはまた別の機会に譲るとして、本質的に大事なのは、その背景となっている国の歴史、文化やそれによって形作られる国民性ではないか、ということです。

 今年、日本の名門チーム神戸製鋼「コベルコ・スティーラーズ」の監督に就任し、いきなりトップリーグ全勝優勝の偉業を遂げた名将ウェイン・スミスのインタビューは興味深いものでした。この名将はオールブラックスのアシスタント・コーチとして、現在の2連覇に貢献したまさしく世界の名将の一人です。 

記事を引用します。

【神戸製鋼を変える名将ウェイン・スミス

「1960年代から日本のラグビーが好き」
WOWOW
2018年10月5日(金) 09:45
https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201810050001-spnavi





世界一の司令塔ダン・カーターの加入でトップリーグの最注目チームになった神戸製鋼。王座奪回を目指す古豪にあって、チームを変えたと言われるのが、ウェイン・スミス総監督だ。スーパーラグビーでクルセイダーズを黄金時代に導き、オールブラックスのアシスタントコーチとしてワールドカップ連覇に導いた智将は、復活を目指す神戸製鋼にどんなエッセンスを加えようとしているのかを聞いた。


――総監督就任に当たり、神戸製鋼にどんな印象をお持ちでしたか?


 神戸製鋼の試合は昨年、ニュージーランドにいる時からたくさん見ました。選手の能力はものすごく高いけど、フィールドでは持てる能力をあまり生かしていない、チームとしては、選手の能力ほどのパフォーマンスをしていないという印象を持ちました。

 それから、神戸製鋼というチームが選手にとってどういう意味があるのか、神戸製鋼の歴史や、どういう選手が以前このチームにいたのかをクラブのマネージャーから聞きました。なぜなら、私としては、それこそがフィールドで表現されるべきだと思ったからです。


――クラブの文化をとても大事にされるのでしょうか?


 私の哲学は、コーチはとても大事な存在だけど、自分たちが思っているほどには大事ではない、ということです。それよりも大きいのがチームの歴史、文化です。実際、私がコーチして成功したチームは、何のため、誰のためにプレーをしているのか、自分たちは誰を代表してフィールドに立っているのか、それをみんなが明確に認識していました。

 たとえ短い間でも、一度チームのジャージに袖を通したなら、そのジャージを次の人に渡す時は、ジャージを受け取った時よりも価値を高めて渡すのが選手の責任。それが、ニュージーランドのチームの哲学なのです。


――コーチングや戦術、戦力よりも、根本にあるラグビー文化ですね。


 今のラグビーはプロフェッショナルの時代を迎えています。プロの視点で考えると、結果を出すべきスポーツのひとつ。ですが、近年は忘れられがちだけど、ラグビーはまずゲームであり、好きでやっていることがベースにあるんです。

 だから、まず神戸製鋼に関わる全ての人には、自分がやっていることが好きであってほしい。ゲームを愛し、試合を愛し、コンテスト(競争)をエンジョイする。皆それぞれが毎週、ベストを尽くすこと。「LOVE RUGBY」です。これは、どんなチームであっても根本にあることです。


――コーチとしては、実際に選手に対してはどういう言葉でメッセージを伝えたのですか?


 まず、ラグビーを愛すること。それが第一で、次に大事なことは、ゲームは自分一人のものではなく、私たちみんなの物なのだということです。自分が代表しているチームの歴史、そのチームの名誉がかかっているということ、誰のためにプレーしているのかを理解すること、試合はそのひとつの試合の勝ち負けだけではなく、未来に続く、歴史の一部を作っているのだということ。

 誰もがそれぞれの歴史を持っているけれど、「自分」ではなく「われわれ」という意識を持つこと。だから私は、自分の役割を果たし、自分が出せる力を出し切る、それが集団のためになるのだということを選手に伝えました。なぜなら、一人ではゲームはできないのです。だから、私たちは自分一人よりも大きな目的のために、強い絆で結びつき、力をあわせてコミットしないといけないのです。


――世界各国でコーチをして、各国のラグビーの特徴にはどんな印象を持っていますか?


 ラグビーのコミュニティは、各国でそれほど違うとは思っていないんです。私は、イタリア、イングランド、ニュージーランド、そして日本とさまざまな国でコーチをしました。その経験を通じて実感したのは、ラグビーというのは、お互いを尊敬しあい、お互いのためにプレーをする、という文化が残っているユニークなスポーツだということです。

 お金のためではなく、対戦相手をリスペクトし、試合を楽しむ。大前提として、ラグビーは好きだからやっているのであり、毎週の練習を楽しむ。それでいて、自分が楽しむだけでなく、歴史やコミュニティ、あるいは仲間など、自分よりも大きなものを代表しているという敬意の意識。そういうスタイルは、どこに行っても変わらない。私はどこの国へ行っても、いつも選手にそれを伝えてきました。


 もうひとつ、呼びかけてきたのは、選手全員が感動できるゲームをしようということ。それは、選手全員をゲームに巻き込むということです。1チーム15人の選手全員のインスピレーション(ひらめき)を生かす。だからスクラムを組んだらペナルティを狙って、ペナルティキックをもらったらタッチに出して……というような機械的な決めごとでゲームを進めるよりも、選手自身がクリエイティブに判断してプレーしているところ、エンジョイしているところを見るのが好きなんです。そして、選手たちが、自分たちがやっていることが好きだということ、お互いを好きでいること。それが大事だと思っています。

(以下省略)


 引用は以上です。

 チームの歴史、文化を敬愛し、その一員としての誇りを持ってプレーし、その価値を高めて次世代へと引き継ぐ。

 その集積集約として、オールブラックスという国を代表するチームの強さがある。


 ニュージーランドは、オーストラリアと共に英連邦の一員であり、かつて大英帝国の一部でした。ともにエリザベス女王を君主としていますが、その成立の事情はかなり異なります。

 オーストラリアは英国の流刑地でした。流された罪人や無頼漢は小さな部族ごとに分かれて石器時代の生活を営んでいた原住民(アボリジニー)から略奪し、迫害、虐殺してきた歴史があります。その点、インディアンを虐殺したアメリカの歴史に似ているところがある。
 タスマニア島のアボリジニーなどは絶滅してしまいました。動物が、ではありません。人間の一種族が絶滅してしまったのです。
 古くからのオーストラリアの白人には原罪意識があり、あるいは罪人の末裔という血統に後ろめたさがあり、、国の歴史に誇りを持てないようですが、その裏返し、反動としての白豪主義と呼ばれる白人の優越意識には根強いものがあるようです。
 
 一方、ニュージーランドは原住民のマオリ族が、部族間の連帯も強く、また勇敢で戦に強かったこともあって、白人に容易に征服されませんでしたから、融和政策を取らざるを得なかった。
 オールブラックスが試合の前に披露するマオリ族の戦いの踊り、有名なハカはその象徴で、彼らの文化を取り入れたものです。オールブラックスの選手には、マオリ族やその混血も多く、彼らのみで編成されたマオリ・オールブラックスというチームが編成され、遠征することもあります。彼らは誇りたく、歴史・文化を保持し、自信を失っていません。

 これら対立緊張をはらんだ融合協調文化が彼らの歴史に対する敬愛を涵養してきたのです。それは自らの誇り、自信となり、他国の文化・歴史への敬愛へと繋がります。
 オールブラックスが相手への敬意を失わず、戦いに手を抜かないのも、これらの現れなのでしょう。
 それらを土台にして今のオールブラックスの強さがある。
 それらに対する自信があるから、創意工夫、新しいチャレンジに貪欲に取り組める。

 一方のオーストラリアは、ラグビーの盛んな土地で、他にもリーグラグビーやオーストラリアン・フットボール【オージー・ルールズ】などがあります。
 ユニオン・ラグビーの代表ワラビーズのスターの一人、イスラエル・ファラウは各競技を渡り歩いてユニオン・ラグビーで大活躍している天才プレーヤーです。

 オーストラリアにも、ニュージーランド同様、フィジー・トンガ・サモアなどポリネシア系の選手も多く、白人との混合でチームを編成していますが、アボリジニーの選手は少なく、現在ではカートリー・ビールというスター選手が居るくらいです。
 去年、オールブラックスに勝利した試合では、歴代のアボリジニー選手に敬意を表して、アボリジニー文化の図柄をデザインに取り入れた記念ジャージーで戦いましたが、やはり勝利への執念、一つの目的に向かっての一体感にはいつもと違うものが感じられました。

 しかし、いつものワラビーズはというと、別に手を抜いているわけではないのですが、何か一体感と迫力に欠ける印象があるのです。

 それが一つの目的に向けまとまった時、異様な強さを発揮するのですが。
 前回のワールドカップでも、しばらく不振で、大会一年前の監督交代とあって、準備不足にもかかわらず、大会に入るや、現監督マイケル・チェイカの下で急速に結束し、決勝まで進出してオールブラックスに挑むまで成長しました。
 しかし、それが大会が終わるとやはり長続きしない。高いレベルを維持できない。

 そう言えば、今年のスーパーラグビーでは、オーストラリアのチームが20何試合か連続で、ニュージーランドのチームに勝てない時期が続くという珍記録がありましたが、これらの底上げがなければ、ニュージーランドのように選手層の厚みを増すことが出来ないのですが、そこにもやはり何か、両国の歴史・文化の違いが表れているように思われるのです。

 さて、外国チームの話ばかりしていてもなんですから、今週末、この世界最強チーム、オールブラックスに挑む日本代表の話に移りましょう。

 来年のワールドカップに向けて、ニュージーランダーであるジェイミー・ジョセフ監督の下、めきめきと力をつけている日本代表ですが、ラグビーが所属協会主義を採用していることもあって、今やフィジカル面で明らかに日本人に勝っている外国人ばかりです。もちろん日本人にもいい選手がいて、日本をよく知り、日本代表選手としてワールドカップにも出たこともある元オールブラックスのジョセフ監督ということで、日本人に合ったチーム戦略に基づいてチーム作りを行っていますが、やはり日本代表として見ると違和感がぬぐえないのも確かです。

 勝負事に勝つ、という基準がありますから、体格や身体能力で一まわりも二まわりも大きな選手相手に勝つには、尋常でない努力と才能が必要になってきます。そもそも日本人中心でチーム作りをしていた時代、ティア1と呼ばれる強豪と対等に戦う上で、同じ土俵に立てていなかったのです。
 そこで問題を解決するには、一つは体格、身体能力に優れた外国人を入れる。これは比較的安易で、即効性のある対策です。
 ジョセフ監督自身、当時かつて代表経験がある選手でも、別の国で代表になることが許された時代に、プレーしていた日本で、オール・ブラックスの同僚スクラム・ハーフであったバショップ選手と日本代表に選ばれ、ワールドカップに出場したのです。

 そして、ジョセフ監督は現在、合理的科学的でありながら、しごきと言えるような激しい練習を課しているようです。これはエディ・ジョーンズ前監督が忍耐強く逆らわない日本人の特性に注目して、激しい練習量を課したのが始まりですが、これで日本代表はめきめき力をつけ、あのワールドカップ開幕戦における南アフリカ戦の勝利へと結実させたのです。格上相手に最後までタフに戦える日本代表を見たのは、筆者は初めてでした。

 エディ前監督はあの時、あのようなタフな練習はオーストリアでは無理、と言っていました。こういった日本人の特性は外国人の方がよくわかるようですね。
 一方で、ラグビーという集団競技では、チームに対する献身、義務を果たす責任感が大事で、科学的合理的でありながらも、最後はハートが大事になってきます。考えても見て下さい、全速力で走り込んで体当たりしてくる大男にタックルをかますには勇気が必要で、これを試合中最後まで継続するには折れないタフなこころが必要です。それらはいくら精神主義と言われようと、ハートの問題で、科学的合理主義で養えるものではありません。

 故平尾誠二氏は日本代表監督時代、外国人選手を評して、「和魂洋才」をもじって「和才洋魂」と表現していました。「和魂洋才」は明治の時代精神を表す言葉ですが、これは本来、「和魂漢才」をもじったものです。こちらは確か菅原道真の言葉ではなかったかと思いますが、それ以前よりあって『源氏物語』では別の意味合いで使われていたように記憶しています。

 この明治の「和魂洋才」から「和才洋魂」への逆転現象はやはり、第二次世界大戦の敗戦に遠因があると考えるのが自然でしょう。

 戦後、それまで日本でうるさく言われてきた価値観は否定されてしまいましたが、それは敗戦で打ちひしがれている日本人に、米占領軍が検閲や焚書や指導者の公職追放、マスメディアを通じての世論工作などによって、日本人を日本人たらしめてきた伝統的な価値観を否定し、日本人を彼らの都合の良いように洗脳してしまったからです。
 戦前の教育を受けた人々がいる間はまだよかったのですが、世代交代が進み、彼らが現場から引退するにつれて、日本にはニヒリズムが蔓延し、閉塞感が漂うようになってしまいました。快調であった経済の成長でさえ、ここ二十年以上は止まったままで、世界でも最下位クラスの成長率となっています。

 ウェイン・スミス氏も言っているように、ラグビーは旧い価値観が残っているユニークなスポーツです。泥臭いところがあるからか、今の日本ではあまり人気がないようで、素人でも楽しめるサッカーなどのスポーツの方が盛んです。単なるスポーツ観戦にしても、ラグビーはハードルが高く、重厚で素人には面白さがわかりにくい。

 もちろん日本代表の躍進は応援していますし、頑張っている日本人選手、世界レベルで活躍している日本選手がいることは誇りでもありますが、その背景となる日本の文化、歴史認識の本当の意味での敗戦からの復興がなければ、ラグビーというスポーツ文化の底上げも難しいのではないでしょうか。
 そのためには、占領軍や共産主義者たちによって、日本の伝統文化、歴史が、どのように意図的に歪められたのかを直視する必要があります。

 しかし、洗脳されている人は、洗脳されていること自体に気づかない。それが実情です。
 そもそも日本は和の国であり、融合文化ということならお家芸と言ってよく、現在移民政策と言えるような外国人受け入れが進んで、日本国民はますます貧困化していますが、先ほど言った事情から日本人と歴史との融和は大きく阻害されています。

 今ある琉球独立論やアイヌ自治区独立の運動は、共産主義者やグローバリストによる分断工作で、これまで長い年月を進めてきた融和を壊すものです。彼らは国内の矛盾対立を煽り、混乱の中で革命を起こすことが狙いです。そして背後にいるのは一帯一路政策という対米世界戦略を進める中国なのです。
 戦前の日本を日中戦争の泥沼に引きずり込み、英米との開戦に導いていったのも、彼らの先輩たちです。彼らにうまく操られた近衛文麿首相は敗戦間近になってようやくその事に気づいて昭和天皇への奏上を行いましたが時すでに遅しでした。

 江崎道朗氏の近刊『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』『日本占領と「敗戦革命」の危機』(PHP新書)は最新の研究に基づいて、その事情を明らかにした日本国民必読書です。

 実は、嘘も百万回繰り返せば真実となる、と言ったのはヒトラーではなく、ソ連の共産主義者カール・ラデックで、彼らは目的は手段を正当化するというのがモットーで、目的を達成するためには手段を選びません。もちろん平気で嘘をつきます。白を黒と言い包めることもいといません。
 彼らが流す政治的デマに騙されてはいけないのです。戦前のアメリカ人はかれらが民主勢力であると装っていたこともあって、ルーズベルト大統領を筆頭に、見事に騙されて、一党独裁の全体主義であることに気づかなかったのです。

 日本の指導者でも騙されていた人は多かった。だから戦争末期になってソ連に仲介を頼もうという動きが出てきました。彼らの内の確信犯的な共産主義者たちはソ連を導き入れ、敗戦革命の仕上げをしようとしていたのでしょう。
 それはソ連の衛星国、つまり植民地になることを意味していました。
 それほどインテリジェンスの混乱は致命的な事なのです。

 日本における融和の象徴は行きつくところ天皇の御存在ということになりますが、レフト(左)までウィング(翼)を広げると言った安倍首相が近衛文麿首相と同じ過ちを犯さないことを願ってやみません。

 それはともかく、横のつながりだけでなく、歴史を知って、過去と融和し、文化を取り戻す。
 スポーツにしろ、何にしろ、創造的発展はその上に築かれるのです。

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