Amazonオンデマンド『十人の侍(上)』(MyISBN-デザインエッグ社)

 西部邁氏が敬愛したイギリスの保守思想家ギルバート・キース・チェスタトンの名著『正統とは何か』の冒頭付近に次のような文章があります。

 「私が前々から書きたいと夢見てきた物語がある。主人公はイギリスのヨット乗りで、ほんの僅か進路の計算をまちがえたばっかりに、実はイギリスに漂着しながら、これはてっきり新発見の南海の孤島にちがいないと思いこんだのだ。」

 このおっちょこちょいな船乗りが、実はこの本の著者チェスタトン自身であり、彼は当時の西欧の思想的混乱状況にあって「私はイギリスを発見したのだ」と嘯くのです。
 チェスタトンは西欧社会における正統を論じ、弁護するために、自己のたどり着いた信仰を告白するのですが、その際明らかに、当時イギリスで活躍していた近代合理主義言論人のほかに、【アンチ・クリスト】ニーチェが強く意識されていました。彼は言わば「アンチ【アンチクリスト】」で、狂気に対立するものとしての正気―キリスト教的正気―を称揚しているくだりにそれはよく現れていると言えるでしょう。

 ニーチェの文章を読むと、一度脳をぐちゃぐちゃにかき乱されるような、そんな感じがありましたが、チェスタトンの文章は、彼が正気を旗に掲げるだけあって、非常に読みやすく、すんなりと入ってくるものでした。キリスト教に対する信仰をもたない自分にもいろいろ共感するところが多く、正統の知識人たらんとした西部氏が共感したのも分かるような気がします。

 伝統再発見の旅に出た自分をヨット乗りに例えるあたりは、いかにもイギリス人らしい。諧謔や逆説を織り交ぜたユーモアに満ちた文体で、信仰が揺らいでいたとはいえ、西欧における正統として確乎たる地位を占めているキリスト教を擁護しました。
 筆者にもまた「私は日本を発見したのだ」と嘯きたい衝動がありますが、船に乗り、帆一杯に風を受け、さっそうと旅発つイメージではありません。
 ここと目ぼしをつけた活火山の麓を深く穿って、鉱脈や水脈を探り当て、そして山頂に上って、天体を含む遠くを見渡すようなイメージです。
 
 それに比べれば、いろいろな葛藤があったとはいえ、キリスト教に対する信仰の世界が身近に開かれていたチェスタトンは、ふとした回心で、キリスト教に回帰することはさほど難しくなかったでしょう。西部氏がそれを見つけることが出来なかったように、現代日本に生きながらそれを見つけることは非常に困難であると言わなければなりません。
 確固たる地位を占めた教団など存在しないのですから。

 浄土真宗の僧侶の家に生まれた西部氏がそれに背を向けたように、仏教信仰の中にそれはありません。
 共産主義を含む西洋文明が目の敵にしているように、皇室の御存在(それを彼らは天皇制と呼びますが)及び神道がそれにあたるというのは見当違いでなく、日本の正統はそこに、あるいはそれらとともにあると言っても過言ではないのですが、そこには教義と言えるものが存在せず、宗教としての比較において、西欧におけるキリスト教に比肩しうるものとしては何か足りないものを感じざるを得ません。もちろんこれは、わが国の伝統がキリスト教の伝統に劣っているとか、そういった意味では全くありません。

 日本は聖徳太子の昔より、神儒仏に加えて道教の習合した世界観をもって生きてきた経緯があり、その軸となる神道(もちろんその中心的存在として皇室があります)のみならず、その他外来の宗教を含めて、伝統の探究は行われるべきです。
 少なくとも、敗戦までの日本の庶民は文明開化の世にあっても、またデモクラシーの世にあっても、インテリたちが西洋由来の思想にかぶれていく中で、その世界観を濃厚に生きていたのです。

 筆者は西郷南洲翁に興味を持った経緯から、その探究の過程で、伊藤仁斎が画法の如しと言った「語孟」、すなわち『論語』『孟子』という、いわゆる「孔孟の教え」を研究したことで、この太く根深い伝統に深く思いを致すようになりました。

 それがいかに深いものか。
 それはわれわれ日本人が日常読み書きしている日本語、すなわち平仮名・片仮名・漢字の組み合わせの書き言葉としての言語の由来が、伝説的な応神天皇の御代にまでさかのぼり、それが『論語』の渡来に始まると伝えられることからも明らかでしょう。
 筆者の見解では、応神天皇は文字の徳、そこに含まれる智徳に心を動かされて、これを導入したのです。伝承はそれを表わしています。

 さて、昨年末に電子書籍で出版し、今回Amazonオンデマンドで紙の書籍として出版した『十人の侍(上)』はその一つの試論(エッセイ)です。
 この、一般大衆社会では姿を消し、どこにあるかも定かでない伝統を再発見し、再興させる試みとして、まずは武家政治の伝統を、混乱した秩序を立て直そうと悲壮な決意をした十人の侍を中心に再検証したエッセイ群です。

 その文明史的意義はこのブログにも全文掲載したプロローグをお読みいただければ十分お分かりいただけるでしょう。
 本文の方は、この伝統面から見た武家政治家の思想と実践で、特に戦国三覇者、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の天下思想は、権謀術数で語られるだけの人物像しか知らない一般の人々には意外なものであるに違いありません。
 彼らが、戦国という、日本の混乱しきった秩序をどのように立て直そうとしていたのか、晩年の彼らがどのような天下構想を描き、それを実現しようとしていたか、の検証は、筆者自身にとって実にスリリングな経験で、もうそれだけで満足しそうになってしまうのですが、真実を垣間見たものの義務として世に問う次第です。

 チェスタトンは言っています。

「正統は何かしら鈍重で、単調で、安全なものだという俗信がある。こういう愚かな言説に陥ってきた人は少なくない。だが実は、正統ほど危険に満ち、興奮に満ちたものはほかにかつてあったためしがない。正統とは正気であった。そして正気であることは、狂気であることよりもはるかにドラマチックなものである。正統は、いわば荒れ狂って疾走する馬を御す人の平衡だったのだ。」

 かつて『(新)西郷南洲伝』を上梓し、そして『十人の侍』に取り組んでいる筆者は、チェスタトンのこの言葉の真実性に心から共感できます。
 そして、現代社会にあって、「進歩」「改革」という名の俗信のもとに進められる、自己の怨望に突き動かされた破壊の情念―狂気に取り囲まれた皇室の伝統が今危機に晒されていることをひしひしと感じるに及んで、チェスタトンの言葉はますます重みを増していくように感じられるのです。


Amazonオンデマンド『十人の侍(上)』(MyISBN-デザインエッグ社)

税込価格3240円
 

画像
 

内容紹介

「日本は武士の国だ。」
日本を擁護した親愛なる某超大国大統領はある時側近にこぼしたという。
「なのに、なぜ北朝鮮のミサイルを迎撃しないのだ」と。
知ってて言ったのだろうが、答えは簡単だ。
貴方の先輩方、そしてわが国の先輩方が、その骨太い武家政治の伝統を根絶して、忘却のかなたに押しやってしまったからだ。

彼を知り、己を知れば、百戦してあやうからず。
このニヒリズムに覆われた、サバイバル困難な国際情勢下にあって、今、われわれはあの骨太い武家政治の伝統をもう一度思い出し、これを取り戻す必要があるのではないか。本作はその試み、試論(エッセイ)である。
取り上げたのは日本の歴史において、既成秩序の崩壊、その混乱期にあって、立ち上がった代表的な十人の侍。上巻ではそのうち、明治維新に向けて、伝統の土台を築き上げた八人を取り上げる。

平将門、源頼朝、北条泰時、楠木正成、足利義満、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康。

特に最後に挙げた戦国三覇者については、彼らもまた頼ったであろう、和辻哲郎が言うところのいわゆる「人類の教師」「世界の四聖」の一人、孔子の思想を手掛かりに、思想的に解明しうるギリギリのところまで追究してみた。それが将来の日本にとって、新生面を切り拓く、画期的内容となったかどうかは読者の判断に委ねることにしよう。

なお、下巻では江戸時代の学問の英雄たちと、残る二人として、幕末維新の英雄、島津斉彬と西郷隆盛を取り上げる予定である。


 
 
 
 

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