本当はなかった西郷隆盛の「江戸撹乱工作」

『西郷南洲伝』「維新初政」編 第五回配信分「いわゆる江戸撹乱工作」をブクログにて配信いたしましたのでお知らせいたします。


 http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro


 内容は、通説のようになっている西郷南洲翁によるいわゆる江戸撹乱工作は本当にあったのか否か、というものです。
 結論は、工作はなかった、ということになるのですが、大事なのはそんなことより、彼らの王政復古討幕運動というものが、どのようなもので、我々日本人にとって歴史的にどのような意味を持つものであったのか、ということです。


 思うのですが、我々には勝てば官軍という言葉があるように、正義は勝者の側にあるという、事大主義的な、長い物に巻かれろ式の生き方がある一方で、それに対する後ろめたさがあるのか、判官びいきの感情もあって、社会のバランスを取っているようなところがあります。
 明治時代はその成り立ちから薩長閥の勢力が大きかった時代ですから、薩長中心史観が主流でしたが、これらに対する反発もあって、敗者である幕府側に立つ主張もそれなりに市民権を得ていたようで、王政復古討幕運動に対する陰謀史観的な見方もかなり広範な支持を受けていたように思えます。

 戦後は日本の歴史に対する否定感情から、薩長中心の史観には、懐疑の目が向けられるようになり、いわば傍流にあった坂本龍馬などが、自由平等主義、反戦平和的なフィルタをかけられて人気を博した。
 敗者である幕府側からの主張も大きく取り上げられて、薩長中心の史観は相対化されあまり振るわなかったように思えます。

 もちろん、それぞれの立場からの史観があって当然であり、一度相対化して比較考量することは大事なことですが、坂本龍馬暗殺の黒幕が薩摩藩で、西郷や大久保の仕業だとか、いわゆる討幕の密勅が偽物だったとか、そういった程度の低い陰謀史観がはばをきかせるようになってはおしまいです。
 このことは今回配信した南洲翁のいわゆる江戸撹乱工作-薩摩藩邸焼き討ち-鳥羽伏見の開戦という一連の事件の見方にも当てはまるでしょう。

 維新史はたかだか150年ほど前の出来事であり、明治の人々が史料の収集保存に努めたこともあって、多くの史料が残されています。多くの研究もある。
 たった一つの思いつきの疑念を全体に押し広め、その説に都合の良い史料を探すのではなく、その疑念を、数多くの史料を読み込んで、全体像の中に位置づけるような忍耐強い思考作業を必要としています。
 当然、当時の指導者達は、儒学を中心とする漢学や国史・国学を学んで、それを思考の柱にしていましたから、これらに対する理解も必要です。

 維新は身近なように見えて、認識、思考のあり方において、意外に遠い時代の出来事であることがわかるでしょう。明治以来の欧化の流れに加えて、大東亜戦争の敗北による伝統、歴史認識の断絶はこれらを遠い時代に追いやってしまったのです。


 尚、近日中に次の「薩摩藩邸焼き討ち」も配信する予定です。
 ブログのほうでは、もう少し「皇室と『論語』」の話を続けます。

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