橋下旋風について「考えるヒント」 (その弐)

 前回は小林秀雄の『考えるヒント』(文春文庫)所収「プラトンの『国家』」から橋下旋風を考えるヒントを引用させていただいたが、今回は同書のそれに繋がる内容の随筆「プルターク英雄伝」からヒントを頂くことにしよう。

 小林はこの随筆の中で、プラトン・ソクラテス研究の第一人者で哲学者の田中美知太郎から聞いた、歴史学者のアーノルド・トインビーが『歴史の研究』を書いた根本の動機は、古代ギリシャ・アテネの軍人で歴史家のツキディデスを研究していて、古代ギリシャ人の政治的経験は、現代人のものと全く同じであり、自分たちがこれから経験することも、彼らが既にしてしまったことではないか、そう強く感じたことにあった、という話から、歴史が鑑であり、あるいは鏡である、というところに筆を進める。
 そして、英雄伝を書いたプルタルコス(プルタークは英語名)にも同様の考えがあったと指摘している。

 では、プルタルコスが描いた古代ギリシャやローマの英雄=政治家とはどのようなものであったか。

 ツキディデスの政治史が、どんな具合なものか知らないが、「英雄伝」の英雄達もみな政治家なのである。もちろん、作者に、政治家タイプの人間というような現代風の考えがあったはずはなく、道徳的で精力的な行動家は政治家たらざるを得ないという、当時の社会の実状に従ったまでであろう。…政治は、或る職業でも、或る技術でもなく、高度な緊張を要する生活なのであり、従って、プルタルコスに描かれた人達は、どこでもどんな場所でも、各人の全体的な経験を現しているように見える。


 政治とは人性に基づくものであり、政治的観念そのものは変わっていない。
 アテネの民主政体、スパルタの共産主義・社会主義国家という、二大典型から規模が大きくなっただけだ。
 変わったように思えるのは、デモクラシーの理論が進歩し、物的生産の技術や機構、あるいはもっと変わりやすい法律や制度、党派の綱領や組織に、政治の観点が移ってしまっているからである。本質は変わっていない。
 そして、政治家にとって、いつまでも変わることのない難題、それは民衆の問題である。

 小林は「ペリクレス伝」「英雄伝」の中の傑作としている。
 彼によれば、プルタルコスは、ペリクレスを、アテネの黄金時代を創った人としてでなく、黄金時代と戦った人として描いているそうだ。
 国力が発展すると共に人心も発展するが、ペリクレスは、これをアテネが豊かになればなるほど、人心の腐敗も豊かになる、と冷静に観察していた。
 そこでプルタルコスは問う。
 逆境にあって卑下し、必要に迫られてようやく識者の声に耳を傾ける国民を扱うのは、幸運に思いあがり、得意になっている民衆の傲慢と威勢を制御するより、むしろ易しいのではないか、と。

 これは日本の歴史に照らし合わせても合点が行く。
 日露戦争における陸海軍の勝利に酔った民衆の講和反対の暴動や、大東亜戦争の緒戦における勝利に日本全体が酔ったようになってしまったことなど思い当たることは多い。
 これらの時代、日本は民主政体でなかったというなら、1990年代のことを想起してみればよい。
 いつか弾けるはずのバブルに浮かれてしまったことは、政治が、民衆の思いあがりを統御することの困難さを物語っている。もっとも、当時の政治家のほとんどがこういった問題意識さえ持ちえていなかったことを考えれば、歴史は鑑、あるいは鏡であり、政治は人性に基づく、ということをもっと真剣に考え直さなければならないであろう。
 小林が言うように、人間は歴史を持つ、社会だけなら蟻でも持つ、のであるから。
 戦後社会とは、イデオロギーを鑑とし、歴史をぞんざいに扱ってきた。これは蟻の社会に近づくということである。
 そのつけが廻ってきたのが現在の日本社会ということになろう。
 幸い現在の日本人は、逆境にあって、というより逆境を予感しながら、卑下し、自信を失っている。潜在的に識者の言葉を求めているはずだ。


 プルタルコスは、ペリクレスをその困難な問題と向き合って、よく処した人物と考えている。


 民衆という大問題とは何か。それをソフォクレスの羊飼が基本的な形に要約する。彼は羊の群に向かって言う、「俺達は、こいつらの主人でありながら、奴隷のように奉仕して、物も言わぬ相手のいう事を聞かなければならない」。デマゴーグになるのもタイラントになるのも、この難問の解決にはならない。言葉にたよる或は権力にたよる成功は一時であろう。何故かというと、彼らは、民衆の真相に基づいた問題の難しさに直面していないからだ。彼等の望んでいるものは名誉心だけである。彼等の政治の動機は必ずしも卑しくはないし、政治の主義も悪くない場合もある。だが、彼等は、この宙に浮いた名誉心にすがりつき、これを失う恐怖から破滅するらしい。民衆から受けた行為を、まるで金でも借りたように感じ、これを返さねばならぬと思う。返さないのは恥であり、不正であると思い込む。だから、直ぐ新しい有益な政策を考え、もっと大きな名誉という借金をする。止め度がない。「彼等は、民衆に負けまい、民衆も彼らに負けまいという風に、名誉心が駆り立てられる」。宙に浮いた正義心というものも、この宙に浮いた名誉心と結びやすいもので、同じ運動をするのである。


 人民の支配、という今日流行の言葉を、ペリクレスはよく知っていた。そんな馬鹿げた事は永遠にあり得ない、と。彼が思いを凝らしていたのは、羊飼いと羊との問題であった。いつも真実なこの矛盾に、どう処するかという術であった。言わば、相反する二つの力が、どこでどう折れ合うかを計る事だったが、それは、今日計れば、明日はまた計り直さねばならぬという目立たぬ努力の連続であったから、世評には到底乗り難いものであった。新聞で叩かれるというような事は、当時は、無論なかったが、その代り喜劇の合唱隊は、気位ばかり高くて、一向不得要領なこの人物を痛罵した。彼の政敵は、ペリクレスにまかせて置いては、民主制は滅びる、実状を見よ、民主制は単なる名目となり、彼一人が支配者ではないか、と非難した。民会は投票で、彼を失脚させてみるが、後釜には、口のうまい無能者を得て失望するという具合であった。


 ここまで読んで、「政治は、或る職業でも、或る技術でもなく、高度な緊張を要する生活」なのであるという事の意味に合点がいく。だから道徳的で精力的な行動家でなければそういった生活に耐えることは出来ない。民衆という難問は一日も気を抜くことを許さないからである。

 橋下氏は間違いなく精力的な行動家である。
 精力絶倫、このことに異論はないはずだ。この点で衆目は一致している。
 しかし、才気はあっても、まだまだ時流に乗った駆け出しの政治家である。
 成長幅は大きいだろうが、方向性に危険を感じる。
 道義らしいことは口にしているが、これは宙に浮いた正義心ではないか、それを疑ってみることは必要だろう。これは前回触れた、巨獣の手の内にある相対的正義ではないのか。

 橋下氏については以前、「橋下君、それ間違い ① 〔保守の空洞化(その六)〕」http://saigou.at.webry.info/201005/article_5.html)と題して、記事を書いたことがある。氏についての認識は基本的にこの時と変わっていない。


 小林秀雄はペリクレスの考えに一歩踏み込んで次のように書いている。

 ペリクレスの、民主主義制度を名目に過ぎぬと見るのは造作のない事だ。それよりも、彼の考えを押し進めれば、あらゆる制度は名目に過ぎなくなる筈である。彼は、いろいろな制度を越えたところに、或は制度のあらゆる革新を不断に要求されているところに、そこだけに真の政治の現実的な秩序を見ていた、と言えよう。彼の民主主義の政体のうちに、もし見ようとするなら、貴族主義的制度も社会主義的政策も、共存していた様が見えるだろう。

 アテネの民主政体の中で民衆の問題と取っ組み合ってきたペリクレスの考えでは、民主主義制度など名目に過ぎぬというところに行き着くという。すべての問題は民衆という難問に対処する上での手段にほかならぬということだ。決して目的ではない。

 そういったペリクレスの態度は、破壊的衝動や革命願望とは最も遠いところにある態度といえよう。蟻とは異なる社会生活を営む人間社会においては、社会に害を与えない範囲で、歴史的背景を持つ、あらゆる要素を肯定し、その調和が図られなければならない。そのためには日に新たに、これらを計り直さねばならぬ。失敗はつきものだ。
 これは常に大人であり続ける、という、とてつもない忍耐力を求められることだ。だから道徳的で精力的な行動家でなければそんな生活に耐えられるものではない。

 そんな生活に耐えられぬ政治家はどうなるか。
 結局は、その地位から脱落するか、特定団体の利益の代弁者になり果てて、政治家としての地位を維持せざるを得なくなる。
 これを政治家としての腐敗・堕落と見る常識が国民のうちに働いている間は、その社会はまだ健全さを保てていると言えるだろう。
  

 小林の文章は要約するのが難しい。
 彼自身、次のような面白いエピソードを語っている。

「あるとき、娘が、国語の試験問題を見せて、何んだかちっともわからない文章だという。読んでみると、なるほど悪文である。こんなもの、意味がどうもこうもあるもんか、わかりませんと書いておけばいいのだ、と答えたら、娘は笑い出した。だって、この問題は、お父さんの本からとったんだって先生がおっしゃった、といった。へえ、そうかい、とあきれたが、ちかごろ、家で、われながら小言幸兵衛じみてきたと思っている矢先き、おやじの面目まるつぶれである。教育問題はむつかしい。」(「国語という大河」)

 まるで落語のような話だが、それもそのはず、それは小林の批評のスタイルに深く起因しているのである。

「私の書くものは随筆で、文字通り筆に随うまでの事で、物を書く前に、計画的に考えてみるという事を、私は、殆どした事がない。筆を動かしてみないと、考えは浮ばぬし、進展もしない。いずれ深く私の素質に基づくものらしく、どう変えようもない。」(『考えるヒント2』「学問」)

 自然読んでわかりやすい、整然とした文章にならない。
 小林の目は読者の方ではなく、書く対象と自己の内面に向けられているのである。我々は両者の対話を読まされているのだ。
 しかし、文章がわかりにくいからといって、中身が軽薄なのではない。むしろ、深い内容を持っている。
 考えるヒントに満ち溢れているのはそのためだ。
 彼の文章の魅力は、逆説的だが、読者にわかった気にさせない、というところにある。わからないから、わかろうとすれば、自然自分で考える必要に迫られる。幸い、考えるヒントは小林と批評の対象との対話の中にちりばめられているのだ。
 これを拾い集めて、何を得れるか、何を描けるかは、読者の力量にかかっている。これは優れた古典の持つ特徴でもある。


 さて、ここからは『考えるヒント』を実際に読んで、各自で考えていただきたいが、橋下旋風を考えるヒントにしたいと思って引用したところが、これはどうも、橋下氏にとって政治を考えるヒントにもなっているし、戦後民主主義を生きる日本人全般にとっても考えるヒントになっているようである。

 とは言え、小林に与えられた考えるヒントによれば、民衆とは、並の政治家とは、そもそも、考えるということをしない人々である。彼らは自己の欲求に添った言葉は求めても、考えるヒントを求めてなどはいない。
 ここにも民衆という問題の困難は現れている。

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