竜馬について ① 〔保守の空洞化 (その四)〕

 


 衆愚政治に堕した日本の現状では、民主主義の欠陥を論うという、低きところから議論を始める必要もあろう。保守に属する人々にも、その保守思想の徹底性において、深浅軽重の差異は様々である。
 しかし、そこで終わってしまっていては、つまり、国民の生命財産を守るための議論で終わってしまっていては、歴史、伝統の保守を看板とする「保守」の議論としては、内実を伴わないものとなってしまう。

 では、その内実とは何か、と問われれば、それこそが歴史・伝統である、と答えざるを得ないのである。

 危機の時代にあって、歴史・伝統が生き続けるには、守り、保つような受身の姿勢で成せるものではない。歴史には遺跡や遺産という側面があるが、それに基づく国柄や伝統は遺跡、遺産ではないのだ。
 歴史・伝統が時勢という逆風に逆らって生き続ける、ということは、すなわち、それを望む者が、強い意志を以て、歴史・伝統を生きる、ということでなければならないはずだ。
 これは先人の言葉と心を合わせて、厳しい現実に対処して生きるということである。
 危機に瀕した歴史・伝統が再生するとは、それを望み、推進する者の心の中に、歴史・伝統が再生されていなければ、そうであるとは到底言えないのであろう。


 たとえば、最近、NHKの大河ドラマで話題の、というよりも、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』を書いて以来、戦後日本人の心を捉えて続けてきた坂本竜馬。

 私はNHKを見ないので、福山雅治’S竜馬がどんなものかは知らないが、所詮は、『竜馬がゆく』の亜流であろうということで大体の想像はつく。やはり武田鉄矢あたりが飯の種にしてきたような竜馬像だろう。
 最近のNHKの番組制作の姿勢を考えれば、日本国家否定、伝統否定の方向で捻じ曲げられた、竜馬像になっていることだろうと想像する。

 そんな福山雅治’s「竜馬」に痺れた善男善女が仮令多かったとしても、そして、平成の御世の竜馬たらんとする若者が多く現れたとしても、その捻じ曲げられた竜馬像にとらわれている内は、所詮は、実在の竜馬に匹敵する仕事はもちろん、それと同じ方向性の仕事さえ出来ないだろう、と確信を持って言える。

 せいぜい脱サラすることを以て、脱藩したつもりになるのが関の山。
 世界の海援隊になりきって、地球市民を志すような能天気を続々と生み出すことになる。

 しかし、これは、「世界の海援隊でもやりましょうかな」という、竜馬が放った夢に、戦後国民が、軽薄なガスを目一杯吹き込んで膨らませ、頭の中のユートピアめがけて飛ばした風船であり、世界の現実に触れて、一瞬にして破裂、あるいは、萎んでしまうような、そういった贋物だろう。
 しかも、このエピソード自体が、勝海舟の塾では「嘘つき小次郎」と言われて、仲間から疎まれていた陸奥宗光が吹聴して回っていたものだけに、本当に言ったかどうかも疑わしいのであるから、なおさらのことだ。

 当時、脱藩は国法を破る重罪であり、竜馬が、それを承知で、敢えてこれを行ったということは、国法重し、されど・・・との強い思いが存在したということなのである。
 もちろん、それは、土佐における上士の郷士に対する激しい差別・抑圧に対する反発に終わるものではない。人権とか自由の天地を求めたわけではないのだ。もし求めたとすれば、それは、士として、より重い義務を背負うためであったと言える。

 脱藩後、竜馬は、「日本第一の人物」にして、「天下無二の軍学者」勝麟太郎(海舟)大先生の弟子・客分となっていたが、同じ頃、その大先生の使いで、越前福井藩を訪れたことがあった。
 そこで、もちろんこれも大先生の引き合わせで、福井滞在中の肥後藩士横井小楠と痛飲した挙句、三岡八郎(「五箇条の御誓文」の起草者、後の由利公正)と酒を酌み交わした。

 三岡は、その時のことを追憶して、次のように語っている。

 「坂本は勝海舟によって小楠を知り、熊本にも越前にも往来したので、私とも知合いになった。小楠の邸宅は、私の家と足羽川を隔てて対(むか)い合って居た。或日、親戚の招宴で遅く帰った処、夜中に大声で、戸を叩く者がある。出て見ると小楠が坂本と一緒に小舟に掉さして来た。そこで三人が爐を抱えて飲み始めたが、坂本が愉快極まって、『君が為 捨つる命は 惜しまねど 心にかゝる 国の行末』といふ歌を謡うたが、その声調が頗る妙であった。翌朝坂本は勝と大久保(忠寛、一翁)に会いに行くという事で、江戸に向った。」 

 竜馬が謡った、この「君が為 捨つる命は 惜しまねど 心にかゝる 国の行末」という和歌。

 もちろん、ここにある「君」とは、「君が代」の「君」、「国」とは日本のこと。
 どこぞの首相が、飛行機の小窓から見下して、日本人だけのものでない、と錯覚した妄想の国家像のことではない。
 日本人の国家のことだ。
 竜馬は、命を投げ出してまで、君が代が、我ら日本人の国家が、千代に八千代に、細石の巌となりて苔の生すまで、栄えんことを念じていたに違いないのである。 
 その、自らの命を投げ出す最初の実験が、大変危険な脱藩という行為であったと見ていい。
 三岡が語る先のエピソードは文久三年のことだが、文久三年といえば、脱藩の翌年のことである。

 このエピソードの少し前には、竜馬が姉乙女に書き送った近況報告の手紙に、有名な「日本(ニッポン)を今一度せんたく(洗濯)いたし申し候事にいたすべく」との文言が見られる。
 平成の竜馬気取りや、「維新」という言葉を軽率に使いたがる、無学の政治家や知識人によく聴いて貰いたいのは、洗濯するということは、着古した着物を捨てて、新しい衣服、それも洋服を新調することとは全く違う、ということである。言わば、清浄な古着を、流行も取り入れて、装いも新たに着こなすことなのである。
 「維新」という言葉にしても、これはそもそも復古を意味する言葉で、王朝、そして、その伝統の再生、再興こそが、その眼目なのである。

 今は自動洗濯機があるから実感が失われてしまっているが、昔は洗濯が家事の中でも大変な重労働であったことを想起すべきであろう。
 汚れのこびりついた白衣を、洗剤もない、洗濯機もない状況で、素手で洗う大変さ、自らの身を労してなす大変さを想像する力ぐらいは、庶民なら誰でも持ち合わせているはずだ。

 竜馬は相手が女性だからこそ、自分が今から命懸けで成さんとしていることに付いて、平易なたとえを用いた。
 だが、たとえが平易だからと言って、その真意まで平易に考えてもらっては困るのだ。表現の平易は、必ずしも、内容の平易を意味しないのである。
 これはこの文言の前後を、戦後の俗人のご都合で消去してしまわずに、引用してみれば一目瞭然だろう。いかに竜馬の精神が、上辺だけで捉えられて、それが本人の思わぬところで、一人歩きしているかは一目瞭然である。

 読みやすく仮名遣いを改めて、引用してみよう。


「(四ヵ国艦隊の長州征伐で)あきれはてたる事は、その長州で戦いたる(外国の)船を、江戸で修復いたし、また、長州で戦い申し候。これ皆、姦吏の、夷人(野蛮人、この場合西洋人をさす)と内通いたし候ものにて候。右の姦吏などはよほど勢いもこれあり、大勢にて候えども、龍馬、二三家の大名と約束をかたくし、同志をつのり、朝廷より、まず、神州をたもつの大本をたて、それより江戸の同志(旗本・大名その余段々)と心を合わせ、右申す所の姦吏を一事に軍(いくさ)いたし打ち殺し、日本を今一度せんたくいたし申し候事にいたすべくとの神願にて候。」


日本を今一度せんたく」の意味するところは、外国勢力と結んだ、腐敗した政治家や官僚を、武力に訴えてまで、強制的に排除する、ということなのである。 
 竜馬はこれを決意し、神に誓っていたのだ。
 もちろん何を神に供したのかといえば、自己の生命である。

 どの神に誓願したのか。
 朝廷より神州を保つの大本を立てる、と言っているところから見て、八百万の神、なかんづく、その中心となる神にして、皇室の祖神である天照大神だろう。
いずれにしても神州の加護を神に誓願するのは自然なことだ。
 
 このように竜馬を戦後民主主義の象徴に祭り上げること自体に無理があるのである。
 
 竜馬の言葉と心を合わせてみれば、今の日本の現状を見て、思い半ばに過ぎるものがあるだろう。
 夷人と内通した姦吏の勢いとどまるところを知らぬのが、現在の日本政府と言っても過言ではない。
 民主党はその巣窟だ。
 アメリカと内通した姦吏、中国と内通した姦吏、北朝鮮や韓国、ロシアと結んだ姦吏の跳梁跋扈はすさまじい。

 その代表が、もちろん鳩山首相であり、民主党幹事長小沢一郎であるが、愛子内親王の外祖父、小和田恒氏もまた、共産主義者で、そういった人物のようだ。皇室の乗っ取りによる、天皇制の廃止(この言葉自体が共産主義者の発明である)の陰謀を逞しくしている疑いが濃厚である。
 ちなみに氏のモスクワ大使館駐在時代の部下野村一成氏は、現東宮大夫である。

 現在、外務省や政府は、日本は東京裁判を受け入れたとの公式見解だが、これは小和田氏が国会で、土井たか子社会党議員の質問に答える形で、初めて外務省の公式見解として述べて以来のこと。
 現に、私のブログで論争したこともある、外務省のチャイナスクールの官僚で、インターネット上で「憂えるヒロシ」なるハンドルネームで、怪しげな情報宣伝活動している人物も、これに固執して、英語の専門家としての見地から、日本が受け入れたのは諸判決であって、裁判そのものを受け入れたわけではない、との見解を主張している渡部昇一氏を、自身のブログで攻撃していた。

 小和田氏は創価学会との関係も取りざたされているが、大きな国際的陰謀と内通している、竜馬が言うところの姦吏である可能性は否定できないのである。


 先に引用した文章の少し後で手紙に出てくる竜馬の嘆き「実に天下に人物のなき事、これを以て知るべく、嘆くべし」は、我々草莽の現在の痛切な嘆きでもある。
 しかも、今、日本が直面している危機は、どう見ても幕末以上と思えて仕方ない。

 竜馬が、この神の国の大本を立てる中心と考えたご皇室は、幕末にはなかったような、大変な危機にさらされているのだ。
 小和田氏のみならず、中国共産党序列六位、習金平の今上陛下によるご引見問題での小沢一郎の不敬な発言を思い浮かべてもいい。
 皇室をめぐる問題は、我々がつかんでいる以上の深刻な事態にまで進展している可能性もある。

 平成の御世の竜馬気取りのどれほどが、この事態に対して、竜馬の君を思う心、国の行末を思う心と、自らの心を合わせることが出来ているのだろう。
 自問自答できるならしてみよ。
 せいぜいが、颯爽とした竜馬像を演じて陶酔し、ひとり悦に入っているくらいのものではあるまいか。

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