はやり心

 本居宣長は言う。

 ちかき世、学問の道ひらけて、大かた萬のとりまかなひ、さとく、かしこくなりぬるから、とりどりにあらたなる説を出す人おほく、その説よろしければ、世にもてはやさるるによりて、なべての学者、いまだよくもととのはぬほどより、われおとらじと、世にことなるめづらしき説を出して、人の耳をおどろかすこと、今のよのならひなり。

『玉勝間』


 学問の世界で起きていることは、今も昔もさして変わらない。
 宣長の観察するところ、一体何が、学者をそういった行動に駆り立てているのか。

 大かたいまだしき学者の、心はやりていひ出ることは、ただ人にまさらむ、勝(かた)むの心にて、かろがろしく、まへしりへをも、よくも考へえ合さず、思ひよれるままにうち出る故に、多くはなかなかなるいみしきひがごとのみなり。

 学者の功名心というわけだ。

 学者という自己規定はないが、西郷隆盛像の解明に取り組んだ自分の行動を振り返ってみるに、はやる心はあふれるほどにあったが、人に勝とうとか、世にもてはやされたいとか、そういった心からは免れていた。
 南洲翁と向き合う中で、翁自身が無私であること求めていたことが大きかったように思う。

 南洲翁解説に取り組んでいる今振り返っても、この国が受容してきた儒教の伝統で、南洲翁の言動を理解しようという試みが正しかったという思いはいささかも揺らいでいない。
 明治維新に関する史料は、新たな発掘を待たなくとも、たっぷりある。咀嚼しきれていないほどにたっぷりある。
 儒教に対する知識と理解がほとんどなく、伝統に対する理解も同情もなく、これらたっぷりある史料を扱いきれず、それを弁えて、判断を留保するどころか、現代の価値観を以て解釈しようとしてきた、一部の優れた学者を除く、学者先生の書いてきた論文の、いかに的外れで、ずさんなものが多かったことか。

 もっとも、私の場合も、はやる心が強すぎたせいで、筆の勢いが余り、修正が必要と思う箇所がないわけではないが、なるべく早く言挙げすることが大事だったように思う。おかげで、そのモチベーションを維持したまま、一通りの探究をすることが出来たし(中巻は出版できていないが、自分自身の探究としてはほぼ終わっている。)、新たに直面した問題に関して、ぶち当たっていくことが出来た。その間色々な論文を読んで、自己の説の位置づけも行うことが出来た。
 何よりも翁が維新を成し遂げたのと、近い年齢に取り組めたというのがよかった。私の念頭にあったのは、還暦を過ぎてから、ライフワークとして、翁の史伝完成に取り組んだ、海音寺潮五郎氏が志半ばで倒れてしまったことである。
やり遂げるには、結果を度外視して、今すぐこの難問に取り組むべきである。そう思った。
 一己の草莽であって、学者ではないし、勢い余って恥を書くこともかまわなかった。むしろ恥を書いてもいいから前進しようとの心積もりでいた。
 幸い、身辺に理解者がいて、惜しみない協力と、励ましの言葉を与え続けてくれた。

 何か本の後書みたいになってしまったが、そんなことを書こうと思って書き始めたわけではない。
 書きたかったのは、拙著『(新)西郷南洲伝』で書いた諸説が、いみじきひがごとではなかったこと。
 そして、今、南洲翁遺訓の解説に取り組んで、当時、出版の事情とはやり心から書きもらしたことや、新たに見えてきた問題を明らかにしようとしていることである。
 そして、それがどのように日本の伝統の強靭な背骨とつながっていくのか。
 私の関心は今そこにある。


 南洲翁遺訓解説の第二章のテーマは、『敬天愛人』という、天道思想についてである。こういった形而上的なテーマは難しく、本来最後に扱うべきなのかも知れないが、まずは翁の思想の最極北を知った上で、諸訓を見ていくのが、各遺訓の思想総体との関連を理解する上でも有益と思い、二章目に取り上げることにした。
 時間がかかるかもしれないが、次回から掲載していきたい。

 

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