福沢諭吉の敬天愛人 (南洲翁遺訓解説 「敬天愛人」 補記)

 中村敬宇と並び称される、明治初期の啓蒙家に福沢諭吉がいる。
 彼は「敬天愛人」という言葉を発したわけではないが、その文明思想の核心は、南洲翁と同質のものであったと言っても過言ではない。

 福沢の「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」という言葉は有名だ。
 彼は明治四年、当時八歳の長男と六歳の次男のために『ひびのをしえ』という訓戒を残しているが、その第一条は
天道様を畏れ、これを敬い、その心に従うべし。ただし、ここに言う天道様とは、日輪のことにはあらず。西洋の言葉にてゴッドと言い、日本の言葉に翻訳すれば造物者というものなり。」
となっている。
 わざわざ日輪信仰を否定しているところを見ると、福沢の言う天道というものが、庶民の間にあったお天道様(おてんとうさま)信仰とは違う、ということを強調しているようであるが、日本に古来からある伝統的な天道思想との関係ははっきりしない。

 明治四年といえば廃藩置県の年であるが、福沢はこの歴史的事件に始まる、征韓論破裂までの、南洲翁を首班とする政府の施政の圧倒的支持者であった。

 「当時われわれ同友は、三五相会すれば、すなわち相祝し、新政府のこの盛事(廃藩置県を指す)を見たる上は死するも憾みなし、と絶叫したるものなり

 とは後年の回想である(『福翁百余話』)。

 さらには次のような回想も残している。

「アベコベに著述者を驚かす程のことも折々見えるから、そこで私もまた以前の(自分一身の衣食さえ出来れば結構という)大願成就に安んじて居られない。こりゃ面白い。この勢いに乗じて、さらに、大いに西洋文明の空気を吹き込み、全国の人心を根底から転覆して、絶遠の東洋に一新文明国を開き、東に日本、西に英国と、相対して後れを取らぬようになられまいものでもないと、ここに第二の誓願を起して…」(『福翁自伝』)

 ちなみに先の子供への訓戒「ひびのをしえ」は「東西、東西、日々の教えの二篇の始まり」で始まる。
 福沢は天道を東西を結び付けうる超越的概念と見ていたようである。

 しかし、西洋文明の空気を福沢が日本に吹き込むにしても、それを受ける体の方は日本文明であり、慧眼なる彼がそのことを認識していなかったとは思えない。日本の文明化と独立を訴えた福沢が、日本の伝統的な天道思想を全否定し、キリスト教に由来する創造者の概念に屈服することは、日本文明が西洋文明に対し精神的に屈服することを意味し、そのことは自主独立、ひいては日本の文明化という第二の誓願をも台無しにするものであることを理解していなかったとすれば、彼は、我が国の一つの顔であるお札の肖像となるに値しない人物となってしまう。

 しかし、幸いなことに、この問題のヒントになることについて、明治七年、文明論の切り売りをやめ、当時まだまた多かった儒者流を説伏する目的で書いた、高名な『文明論之概略』で、彼自身が述べているので引用しよう。

 方今我国の洋学者流、その前年は悉皆漢書生ならざるはなし、悉皆神仏者ならざるはなし。封建の士族にあらざれば封建の民なり。あたかも一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し。二生相比し、両身相較し、その前生前身に得たるものを以て、これを今生今身に得たる西洋の文明に照らして、その形影の互に反射するを見ば、果たして何の観を為すべきや。その議論、必ず確実ならざるを得ざるなり。

 やはり福沢が明治以後の著述で天に仮託して述べた思想は、幕末には、潜在的にすでに形成されていたのであり、伝統に由来するものとみたほうがよさそうである。

 日本の伝統的な天道思想における超越者は天である。それは万物の根源とされてきた。
 それは戦国時代のキリスト教の宣教活動の刺激を受けて、江戸時代初期により明確に形成された天道思想に由来し、江戸時代の儒者によって継承されてきたものである。本居宣長が「からごころ」として排撃してやまなかったことからも分かるように、この思想は漢籍、なかんづく儒教に由来していた。
 ご多分に漏れず、儒学を学び、江戸時代の、門閥制度を中心とする、因習という不条理に憤りながら、その人格の基礎を作り上げた福沢としては、やはりキリスト教のゴッドは、日本における超越者としての天に近い概念であると受け取っていたのであろう。
 この超越者の観念も、福沢は、南洲翁や中村敬宇という、同時代の先覚者と共に共有していたのである。
 それは東洋精神の精髄を受け継ぎながら、西洋文明の精髄をも包括せんとする、当時の日本人の、まさに浩然の気を象徴する思想であった。

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  • 学問のすすめは福沢諭吉

    Excerpt: 福沢諭吉 福沢諭吉の残した代表的な言葉に「天は人の上に人をつくらず人の下に人をつくらず」というものがあります。 この言葉の意味としては当時は貧富の差はあるがその差は学問によって埋め戻されるという意.. Weblog: スキルアップもお手伝い! racked: 2011-02-23 17:49