西郷隆盛

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<<   作成日時 : 2018/05/11 17:02   >>

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 今年の母の日は五月十三日(日)です。
 日本では五月の第二日曜日に祝うことになっていますが、日付に関しては各国で事情が異なるようです。

 ウィキペディアでは次のように説明されています。

 【母の日(ははのひ)は、日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日。日本やアメリカでは5月の第2日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々であり日付も異なる。例えばスペインでは5月第1日曜日、北欧スウェーデンでは5月の最後の日曜日に当たる。】

 日本が五月の第二日曜日に祝うのは、アメリカの習慣に倣ったからであるらしい。
 つまり、アメリカナイズされた結果、ということになります。
 ウィキペディアの日本における「母の日」の項目には、次のようにあります。

【 1913年に青山学院で、母の日礼拝が行われた。アンナ・ジャービスから青山学院にメッセージが届き、当時青山学院にいた女性宣教師たちの熱心な働きかけで、日本で「母の日」が定着していくきっかけとなったとされる。

大日本連合婦人会が1931年(昭和6年)に結成された。その際、同組織は皇后(香淳皇后)の誕生日である3月6日(地久節)を「母の日」としたが、普及しなかった。

1937年(昭和12年)5月8日に、第1回「森永母の日大会」(森永母を讃へる会主催、母の日中央委員会協賛)が豊島園で開催された。その後、1949年(昭和24年)ごろからアメリカに倣って5月の第2日曜日に行われるようになった。

母の日には、カーネーションなどを贈るのが一般的である。

なお、あまり知られていないが、5月5日のこどもの日は、国民の祝日に関する法律第2条によると「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝すること」が趣旨となっている。】

 もっとも古い起源はキリスト教系の学校である青山学院のキリスト教宣教師
の推進によるものとのことですが、戦前の日本でその趣旨が取り入れられた際、当時の皇后の御生誕日に定めようとの動きがあったのは、それを推し進めた人たちが、日本人であることの矜持と自覚を強く持っていたからでしょう。
 戦後アメリカの習慣をそのまま受け入れるようになったのは、占領期間中の事でもあり、占領当局による宣撫工作、日本人キリスト教化政策の結果のようにも思われますが、それが継続して定着に至ったのは、日本人がアメリカに対する抵抗感を失って、これに追従するようになってしまったからのように思われます。
 筆者は子供の頃から、何かよそよそしさと実感のなさから、この習慣を行った経験がありませんし、今後も行うことはないでしょう。

 もちろん母に感謝を捧げる日という趣旨には大賛成ですので、もっと意義ある日にこういった習慣が普及することに異議はありません。むしろ積極的にこれを行うべきだと思っています。

 五月五日のこどもの日が、国民の祝日に関する法律第2条で「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝すること」と定められていることは初めて知りましたが、母に感謝を捧げると言っても、それは個別性の高い行為であり、法律で定めるのにそぐわないからでしょうか、いくら法律で定めたところで、子供の日に子供が母に感謝を捧げる光景を、筆者は目にしたことがありませんし、聞いたこともありません。

筆者は母子の関係ということを根源的に考えて、子供の誕生日こそ、母に感謝を捧げる日として最もふさわしいのではないかと思ってきました。
 つまり、子供の数が一人なら年一回、二人なら年二回、三人なら年三回…と、各家庭固有の母に感謝を捧げる日が一年の内に子供の数だけある、ということです。
 家族が子供の誕生日を祝うと同時に、その誕生を祝われる子供本人は母に感謝を意を捧げる。感謝の言葉でも、プレゼントでも、それこそカーネーションに限らず花束でもいいですが、何か感謝の意を表す贈り物をする。

 これはわが子の出産に立ち会って感じた、考えてみればごくごく当然な事なのですが、女性が母になるのは意識においては子供を身ごもり、それを認識した時からですが、これは準備期間というべきであって、それがはっきりとするのはやはり出産のときです。
 出産は激しい痛みと喜びを伴った、命がけの尊い行為なのであり、その母の尊い犠牲によって自分はこの世に存在し、その愛情によってここまで成長できたのだ、という厳然たる事実を確認しうる絶好の日だと思われるのです。

 昔なら、自分の出生は自我の生まれるはるか以前の出来事で、母の苦労に感謝を捧げるべき事は教条的にしか理解しえず、自分が親になって初めてその苦労を知ることになるものですが、今は出産を映像に残すことが容易な時代であり、誕生日にでもそれを見せることで、自分の存在と母の愛情以前の、人間が有史以前から繰り返してきた、出産というゆるぎない尊い行為が、自己の生存・成長と背中合わせの一体のものであることを認識するとともに(背中合わせだから普段は自分で振り返ることはできない)、その生れたばかりで泣くだけの無力な赤子の自分の姿と年を経て成長した自分との対比で、その自分が、濃淡個人差ははあっても、母の愛情なしに、今のように存立し得なかった事を再確認することになるはずです。

 もちろんこれは一般論であって、例外的な、例えば母の日常的な愛情や苦労を身近に感じることのできない不幸な境遇に育つ場合もあります。そういった母子の良好な関係性を感じられない不幸な環境に育った人はえてして自分の子供にも同じことをして不幸の再生産をしてしまいがちですが、親としての人格はともかく、生命のサイクルの結節をなす尊い自己犠牲を自覚することが出来れば、生命の尊さを知り、不幸の連鎖を断ち切ることも可能なはずです。
 
 ここで一応、「不幸」と書きましたが、生命のサイクルを過去に遡って、これを尊重することが「孝」ですから、「不幸の連鎖」はむしろ「不孝の連鎖」と表記したほうがいいでしょう。
 過去に遡って自己の生命のサイクルを尊重することは、未来に向けても生命のサイクルが継続するよう尊重することですから、やはり「不孝の連鎖」を断ち切ることになるのです。

 自分は、眼には見えないかもしれませんが、過去と未来をつなぐ生命のサイクルの現在という結節点である、という自覚を持つことが、社会の永続的発展繁栄の基礎となります。
 日本は祖先崇拝の感情が強いといわれますが、日本社会が長い年月をかけて、古いものを大事に残しながら、新しいものを取り入れて社会秩序を発展的に継続してこれたことを考えると、その感情を持つことの大事さが分かります。
 それを最も端的に表した言の葉が「和」であり、それを最も象徴する存在が皇室の御存在です。皇室の本質はその祖先崇拝にあることは周知の事であります。

 日本は先進国が軒並み直面する少子高齢化社会に突入して久しいですが、その根本的解決策は、この当たり前の意識を国民規模で回復することです。
 子供を育てるのは大変で、お金がかかるから、一人でいいとか、要らないとかいう、エゴに基づく損得勘定は卑しい根性で、恥ずかしいものだ、という一般常識が普及することが大事ではないでしょうか。
 好きなことをしていたいし、好きなものが欲しい、そのためにはお金のかかる子供が邪魔で要らないというのは短絡的な浅ましい考えです。
また、だからお金を手当すれば子供が増えるというのは対処療法的で、少子高齢化の本質的解決策とは言えません。
 ここでやはり教育の重要性が浮き彫りになりますが、これは時間のかかることでもあり、なかなか即効性は期待できませんし、今の文部科学省の体たらくを見ているととても期待できそうにありません。

 さて、子どもにとって自分の誕生日は、ケーキに象徴される美味しいものが食べられる日であり、また欲しいものが買ってもらえる日であったりしますが、もっと大きくは、家族や友人に自己の存在を祝福してもらえる日でもあります。

 しかし一方で、その年を重ねるごとに大きく重くなっていく存在の陰には寄り添うように父母の存在があるのであり、特に子供の頃は母の存在なしに成長はあり得ないほど絶対的な存在であるはずです。
 いや、この世に生れ出ること自体、へその緒でつながり、そこから母の栄養を分け与えられながら、十月十日を母の胎内で過ごし、そこから生まれ出るのであり、父はこの誕生劇の脇役でしかありません。

 誕生日を単なる子供のエゴイズム増長の日としないためにも、その生存の光には寄り添うように陰が存在し、これに感謝することを怠ってはならないということを習慣を通じて体得するいい機会になるでしょう。日本人が何気なくよく使う「お陰さまで」という言葉は、人生経験に基づく、実に豊富な内容を含んでいるのです。
 
 江戸時代、伊勢参りの事を御蔭参りと言い、現在でも近くにある商店街を御蔭横丁と言いますが、伊勢神宮に祀られている天照大神という日神の御蔭という逆説的表現は、日の光を直視し得ない人間の側からの相互関係を確認した、面白い表現だと思われます。
 奇しくもこの日神は女性神であります。

 子供の誕生日に母に「御蔭様」としての感謝を捧げる、というのは実に日本的な祝祭日の在り方ではないでしょうか。
 そして、屋内で母子のドラマが始まったその日も、この母なる日神はそのお蔭の向こうの屋外では天を照らしていたのです。すなわち天照大神です。

 天皇陛下は毎朝、この偉大な万物生長の母たる天照大神を中心とする皇祖神に祈りを捧げておられます。
 日本はよく、君民共治の国体である、と言われますが、根底において、この君民における世界観、自然観の共有こそ、日本の本来的な在り方なのです。

 一年365日ある無数の子供達の誕生日すなわち母の日というのはこの日々欠かさず昇る日神信仰を中心とした世界観の中に見事に溶け込んでいるのではないでしょうか。

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