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遷都論 (その二)
鳥羽伏見戦役終了後の朝廷が直面していた大問題は三つあった。
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2009/11/22 14:37 |
遷都論 (その一)
(『王道のすゝめ』「とことんこだわる人心の和」より抜粋 http://inagaki-hideya.jp/)
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2009/11/19 07:37 |
建武の中興 (その七)
建武の中興なくして、明治維新なし。
明治維新なくして、近代日本なし。
近代日本なくして、有色人種の白色人種の差別的支配からの解放なし。
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2009/11/13 10:50 |
建武の中興 (その六)
後醍醐天皇は、在位中、限定的ながらも彼が施した善政に手ごたえを感じていたはずである。その手ごたえを胸にして、天皇は、武家階層の権益の保護者として、それに干渉を加えようする幕府の排除に乗り出したと考えて、何の不都合もあるまい。
そこには必然的に危険と失敗が伴った。
天皇の討幕と、三年間の親政の動機はあくまでここにあるのである。
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2009/11/10 17:14 |
建武の中興 (その五)
高師直に象徴される横暴な武士は反歴史的人間である。
それはつまり非人間的であることと同義である。
武士の勃興以来、彼のような人間が力を得て、旧来の伝統、権威を破壊していく大勢にあったのは、北条得宗体制の崩壊によって、バサラ大名達が群がり起こって、後醍醐天皇の政治を崩壊させ、やがて足利義満の天皇家乗っ取り、応仁の乱を経て、戦国時代へと突入していくことを見ても明らかだが、その大勢を食い止めようとしたのが、後鳥羽上皇の承久の変であり、建武の中興だったのだ。もちろんすでに権力を奪われて久しい後...
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2009/11/06 09:43 |
建武の中興 (その四)
史料的裏づけが豊富で、一見堅牢な佐藤進一の『南北朝の動乱』であるが、綻びがあるとすれば、次の記述だろうか。
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2009/11/02 17:26 |
建武の中興 (その三)
先日の第一七三臨時国会の所信表明演説で、鳩山由紀夫首相が、自身がこれから取り組む政治を「無血の平成維新」と表現したそうだ。
新たな改革の必要性が高まるたびに、引き合いに出されるこの維新という言葉。
実際に維新を経験した人々がこの言葉に込めた実感、それは重層的に積み重なってきた日本の歴史、伝統の重みをずっしりと背負いながら、自己集中により自らを追い込むことで、再生への新たなエネルギーを得て、未来へ力強く歩んでいくようなイメージを伴っていたはずなのだが、そんな先人たちの血の滲む想いに何の思...
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2009/10/29 10:12 |
建武の中興と明治維新
(『新西郷南洲伝』上巻より参考のため抜粋)
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2009/10/26 15:24 |
建武の中興 (その二)
三年前出版した『新西郷南洲伝』の上巻において、王政復古討幕の事業を叙述する上で、その下敷きとして「建武の中興」に触れておく必要がった。しかし、今、改めて「建武の中興」を振り返ってみて、その記述には、重要な点で未熟さがあったことに気づかされた。
当時あとがきに書いたように、未熟な議論が含まれていることは承知の上で、従来の維新像に疑問を投げかけるために、史観の成熟を待たず、あえて私の未熟な議論をありのままに世に問うたのであったが、建武の中興に対する認識の問題点に気づいた以上は、修正しておく必要...
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2009/10/22 18:03 |
建武の中興 (その一)
「チャンネル桜の情報戦」(その七)である。
チャンネル桜の情報戦が、建武の中興の英雄楠木正成の戦いになぞらえられるべきものであり、その伝統が生きていることを述べるために、「建武の中興」について書いている。
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2009/10/17 18:05 |
マイノリティ・リポート
目的は手段を正当化するのか、それとも手段こそが目的を正当化するのか。
このことはマキャベリが論じて以来、西洋文明の重要なテーマの一つであり続けてきた。かつてドストエフスキーが『罪と罰』で扱ったのもこれだった。
前回、南洲翁の辞世をテーマとして、王道という、いわば、正義のあり方について論じたわけだが、そこには先のテーマが重要な論点として含まれていた。 もちろん私の主張は、正義はあるのか、ないのか、という単純なものではなく、正義はある、しかし、正義という目的実現のためには、実現のための手段...
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2009/10/08 07:15 |
西郷隆盛の辞世
先日(九月十二日)の朝日新聞朝刊に「西郷 辞世の漢詩か」と題された記事が載った。
これが、南洲翁夫人いとの実家、岩山家の現当主の宏至氏が仰っていた、翁の辞世の句か、と思わず見入った。
もし翁の本物の辞世なら、確かに世紀の大発見であり、鹿児島の人々や翁のファンにとって大変興味深いものだろう。
西南戦争について調べ、翁の伝記を書き上げた自分の手ごたえでは、翁の辞世が存在するということに半信半疑。
城山に立て籠もった子弟を前に読んだことは十分考えられても、それが現在に伝わっている可能...
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2009/09/16 21:27 |
チャンネル桜の情報戦 (その六)
最近、このブログを随筆を書くような姿勢で書いているので、興味が脇道にそれがちで、なかなか本題に移れずにいる。
ここで本題としているのは、チャンネル桜の戦いの背後にある伝統、すなわち、楠木正成(建武の中興、新政とも言う)−西郷南洲翁(王政復古維新)−大東亜戦争という、左翼がかった人たちに否定されがちな、一連なりの伝統のことである。
これらの歴史上の大事件に対する評価は、大変微妙なものがあり、適当に論ずるわけには行かないので、今、まずは「建武の中興」に対する勉強をしなおしているところである...
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2009/09/10 16:05 |
チャンネル桜の情報戦 (その五)
水島氏のエートスに灯を点したきっかけが何であったかは知らない。
しかし、様々な同じ灯を持つ人々との出会いを通じて、この炎を大きくしていったであろうことは確かだ。その行き着いた出会いとして、氏がチャンネル桜のスローガンとして掲げている言葉の主たる南洲翁と吉田松陰との邂逅がある。
時代を超えて共感しあうことはいくらでもありうるだろう。
精神が共鳴したその瞬間、そこに時代の隔壁は消えうせる。
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2009/09/07 17:47 |
チャンネル桜の情報戦 (その四) 《改訂》
昨日の選挙でいよいよ政権交代が現実のものとなった。
チャンネル桜が敗戦利得者と喝破した大手マスメディアの老獪なキャンペーンが功を奏したかたちだが、日本国民が選んだ政党である以上何をかいわんやである。
日本の国家的溶解はますます加速度的に進行することになろう。
台頭する覇道国家中国という歴史の大勢は、奔流となって、衰弱していく日本を飲み込まんとするだろう。
浸水はすでに国家の中枢より始まっているし、足元からも始まっている。
何せ、日本列島は日本人だけのものではないと公言して...
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2009/08/31 17:18 |
チャンネル桜の情報戦 (その三)
水島氏主宰のチャンネル桜の情報戦の背後にある伝統。
これは水島氏が自覚的な幕末維新の志士、とりわけ西郷南洲翁と吉田松陰をさらにさかのぼって、これらの背景をなした江戸時代の学問的伝統、それに絶好の主題を提供した南北朝の騒乱にまでさかのぼることができる。
その一つの模範となったのが、渡部昇一氏の指摘した、南朝の英雄にして、忠臣の鑑、楠木正成の戦いであった。
それらは表面的には、断続的なつながりに見えるかもしれないが、日本的な宋学受容と深化の伝統であり、尊王の伝統として、確実に地下水脈と...
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2009/08/29 19:06 |
チャンネル桜の情報戦 (その二)
圧倒的に不利な状況を克服するには、尋常でない献身的努力、自己犠牲の精神を必要とする。そして、それが切所にさしかかった時には、一種の物狂おしさを感じさせるものにならなければならない。というか、なるはずである。
その点、現在の日本の状況はどう見てもそこまでは行ってない。
少し前のチャンネル桜の番組で、水島氏は、日本人には絶望が足りない、と喝破していたが、全くその通りである。
かつて、吉田松陰の高弟高杉晋作は、「艱難はともにすべく、富貴はともにすべからず」という名言を吐いたが、絶望的状況...
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2009/08/21 08:32 |
チャンネル桜の情報戦 (その一)
先の終戦記念日の前日、すなわち八月十四日、日本文化チャンネル桜において、『大東亜戦争肯定論』と題された討論番組が放送された。
ユウチュウブで一時間分が無料で視聴できる。( http://www.youtube.com/watch?v=e3-J7FcDUaM&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ech%2Dsakura%2Ejp%2Findex%2Ehtml&feature=player_embedded )
主な論客は、中條高徳、渡部昇一、中村粲、富岡幸一郎など。
地上波...
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2009/08/17 12:47 |
日本の至宝 『日本文化チャンネル 桜 』
少し前のことになるが、「日本文化チャンネル 桜 」から次のようなメールが視聴者に送られてきたので紹介したい。
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2009/08/11 17:51 |
理と勢
人を相手にせず、天を相手にせよ、と南洲翁は仰ったではないか、外務省の役人のことなど放って置いて、そろそろ南洲翁や日本の伝統について書け、と思っている人もいるかもしれない。
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2009/07/10 15:35 |
幣原喜重郎の夢想的外交
外務省のいわゆるチャイナ・スクールのヒロシ氏の言い分を聞いていて、私の頭をよぎっていたのは、戦前の重要な時期に、すなわち大正十三年六月から昭和二年四月までと、昭和四年七月から昭和六年十二月までの二回にわたって外務大臣を勤めた幣原喜重郎の外交思想である。
幣原は戦後の国際協調外交路線の先駆的存在で、軍部の暴走の対極的な存在として、高く評価されてきた外交官である。日本伝統の理想主義的な国際主義者である。
おそらく、敗戦で解体されず、責任を取ることも取らされることも、また過ちを正すことも正さ...
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2009/07/06 13:34 |
チャイナ・スクール (その二)
ヒロシ氏の紹介で、元天津駐在員のshinoperさんという方と一度だけコメントのやり取りをしたことがある。
名こそ匿名だが、元天津駐在員であることを公言しているくらいだから、もちろんチャイナ・スクール出身だろう。
日本人論、日本の文明論に深い関心を抱いている方で、何でも水戸学ー征韓論ー大東亜共栄圏の思想的つながりに関心を抱いているとのことで、同じチャイナ・スクールのヒロシ氏が、南洲翁のファンである私を紹介してくれたとのことであった。
以後ちょくちょく記事を読ませていただいているが、...
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2009/07/03 14:43 |
チャイナ・スクール (その一)
ここしばらく、ネット上の『憂えるヒロシ』なる人物との議論を行なってきた。
その結果、むしろ私の方が、ますます『憂えるヒデヤ』になってしまったのだが、彼が何を憂えているのかは、公的な意味においてはほとんど見えてこなかった。
わかったのは、少なくとも、日本の未来よりも、自身の将来を憂えているということぐらいだ。一応、仲間内では分かるように『ヒロシ』という名は掲げているようだが、一般に対しては、匿名となっているので言ってもかまわないと思うが、彼は外務省の官僚、お役人である。
見も蓋もな...
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2009/07/01 13:01 |
田母神論文に関する問答 (その三)
ヒロシさん
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2009/06/28 11:05 |
田母神論文に関する問答 (その二)
ヒロシさん
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2009/06/25 06:45 |
田母神論文に関する問答 (その一)
ヒロシさん
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2009/06/21 14:11 |
西郷隆盛に関する問答 (その二)
ヒロシさん
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2009/06/19 17:29 |
国際連合という呼称に関する問答 (その四)
「これは面白い観点ですね。
諦観(仏教語では真実を見抜く力)というより無気力感というか絶望感かも。
ブログでは自己紹介していませんが、吉田兼好のような隠遁者の立場で記事を書いています。
だから政治家、政党、新聞、テレビ一切批判しません。
ただガセネタと思われる一派については攻撃をしています。
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2009/06/16 12:28 |
西郷隆盛に関する問答
ヒロシさん
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2009/06/14 17:33 |
日本人の国際主義という宿命
今回の日本人の国際主義というテーマについては、大変豊かで、重要なものがあるので、もう少し熟成してから、ちゃんとした知識に基づいて、もう一度書きたいと思う。
問答は続けるつもりであるが、まずは書きかけのテーマである「皇室の理想像」に戻りたい。
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2009/06/12 07:54 |
国際連合という呼称に関する問答 (その三)
ヒロシさん
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2009/06/10 16:38 |
国際連合という呼称に関する問答 (その二)
前回の記事に対して、ヒロシさんから丁寧な返答があり、誤解が解けるとともに、大変啓発を受けたので、氏に対する感謝の意も込めて、再び、これに対する回答を記事にしたい。
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2009/06/08 19:39 |
国際連合という呼称に関する問答
国際連合という呼称の問題の先にある、日本の歴史が持つ豊かな話題に話を進めようと書き始めたところで、ヒロシさんからきついご批判を受け、これに躓いてしまったので、先にこれについて、答えておきたいと思う。
そこから、私がこれから書こうとしていたことが窺えるかと思う。
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2009/06/03 19:13 |
レッテル貼りという、知性を閉ざす政治的行為
前回述べたことからも分かるように、国際連合が連合国であるとの解釈を、ガセネタと主張するヒロシさんが、意図的かどうかはともかく、そうレッテルを貼ることで、却ってガセネタを振りまいてしまっていることは、皮肉を通り越して滑稽ですらある。
彼のブログの主張の全てに目を通したわけではないが、その範囲内でも、ガセネタとのレッテルを貼ったのを読んだ記憶があるのは、日本は東京裁判を受諾したのか否かという論点について、サンフランシスコ講和条約中の文言に関する外務省の公式見解である、judgementsを「裁...
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2009/05/29 11:03 |
国際連合という呼称 (その二)
「wikipedia」の「国際連合」の項目には「非英語圏での名称」と題され、次のように記されている。
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2009/05/27 16:22 |
国際連合という呼称 (その一)
記事「検証!いわゆる人間宣言 (その一)」中の次の記述についてガセネタに引っかかっているとの批判をいただいたので、検証してみたいと思う。
問題の記事は次のとおり。
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2009/05/26 13:17 |
検証!いわゆる人間宣言 (その四)
さて、話を元に戻しますが、昭和九年になって、共産主義の浸潤に対する伝統防衛の観点からの国民精神の闡明と発揚、および総力戦の観点からの思想統制の要求は高まり、翌十年にはかの有名な「天皇機関説」の問題が起こります。
「天皇機関説」の「機関」を「器官」となし、国家を体になぞらえ、天皇をその一部、特に頭部とするならば、これは明治憲法起草の精神にも合致しており(憲法起草の中心人物であった伊藤博文の答弁にそれは明確に現れています)、妥当なものでしたが、右派の過激な突き上げによって、政府は、「天皇機関説...
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2009/05/25 09:00 |
検証!いわゆる人間宣言 (その三)
前回いわゆる人間宣言作成の経緯に触れましたが、そこから言えるのは、当該部分に関しては、日本政府と占領当局の間での政治的妥協の産物であったということでした。
ここで問題になってくるのは、昭和天皇が否定するのにやぶさかではなかったという、神格の否定の中身です。つまり、ここにいう神格とはどういったものかということ。
実はここには日本人の神観念の混乱という重要な問題がはらんでいるのです。
全ては、ローマ字の創始者として有名なヘボンが、聖書を日本語に翻訳する際、「GOD」を「神」と翻訳したと...
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2009/05/23 15:19 |
検証!いわゆる人間宣言 (その二)
前回いわゆる人間宣言が発せられた背景について触れましたが、今回はそれを裏付けるために、手元にあるヘブライ大学教授で日本史研究者、2000年にはその功績により勲二等瑞宝章を受章したこともあるベン・アミー・シロニー教授の「母なる天皇 女性的君主制の過去・現在・未来」(講談社)から、いわゆる人間宣言作成の過程を紹介したいと思います。
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2009/05/22 07:54 |
検証!いわゆる人間宣言 (その一)
以下は昭和二十一年一月一日、すなわち終戦後初めて迎える正月元旦に発せられた「新日本建設に関する詔書」全文です。
この詔書の趣旨がどこにあるか、本当に人間宣言などしているのか、よく読んでみてください。
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2009/05/21 10:24 |
皇室の理想像 (その二)
以上の歴史的背景を踏まえれば、その中心に皇室を据えて、重厚にして、重層的な構造を持つ日本の伝統において、江戸時代のストイックな学問的成果をすっ飛ばして、いきなり近代的天皇像と古代を結びつけようとすれば、所功氏のように、感傷的なアナクロニズムに陥るのはある意味当然と言えよう。
だが、こうした民の意志と運動によって成った皇室復興の歴史過程は、皇室の伝統を崇敬している諸氏が常に心に留めておかなければならないことのはずだ。
感情的にはともかく、公の議論としては、この歴史過程を踏まえ、それを追体...
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2009/05/19 16:38 |
皇室の理想像 (その一)
ここまで所功氏の諸論を、その姿勢・思想にまで踏み込んで、批判してきたわけだが、やたら『論語』の言葉を引用して、その問題点を指摘・批判してきたことに、違和感を覚える人がいるかもしれない。
確かに左の価値観に毒されている人には、こういった批判は念仏にしか聞こえないであろう。彼らの多くは、新しいものを無条件に進歩的で正しいと信じ、古いものが今ここに伝わっていることの意味を考えない。古きを温めて新しきを知るではなく、目新しき物に古い物を従属せしめようとしている者たちである。
しかし、所氏はそう...
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2009/05/15 13:45 |
伝統に関する問答 C
『南洲翁遺訓解説』が中断したままだが、西尾幹二氏と所功氏の議論から、日本文明の核心、そして今の日本の危機の本質が何であり、日本人は今何をしなければならないか、という重要な問題の答えにまでたどり着けそうな予感があるので、このまま論考を続けることにする。もちろんそれは『南洲翁遺訓解説』のテーマとも重なってくるものである。
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2009/05/13 17:39 |
所功氏へのご忠言 (その二)
現代のこの日本においては、人に死を覚悟して発言せよ、などと誰も強制できはしないし、それは許されないことである。
もし、それでも所氏が、皇室への忠言には死の覚悟が必要と言うなら、ご自身がそうされればよい。
しかし、これまで検証して来た氏の発言内容から言えば、伝統の切捨てに何のためらいもなく、万一の場合、伝統が根本的に変質した皇室と共に歩んでいくことになるであろうことを思えば、そんな事態は起こらないであろうし、仮にそういう事態に直面しても死諫という形にはならないのではあるまいか。
人は...
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2009/05/11 09:06 |
所功氏へのご忠言 (その一)
所功氏は、西尾幹二氏に対し、忠言を行なうならば、菅原道真がそうしたように、死を覚悟して、しかも本人に対し行うべきだと言った。
道真公の事例が不適切であることはすでに指摘したが、その主張も、忠言のあり方を問う人間としては、中途半端であり、不適切極まりない。
なぜなら、忠言・諫言とは、主君に対する誠心から発せられるものであると同時に、義の主張でなければならないからだ。義とは伝統的規範から見た義(ただ)しいことである。
ところが、そこのところ、ところ氏は、引用した部分を一読して分かるよう...
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2009/05/08 13:18 |
所功氏の皇室論の問題点 (その三)
男系による皇統の継承を安定的に維持する上での主な対処法として、皇室が伝統的に確立してきた、旧宮家の皇族復帰、側室制度・養子制度の復活が考えられるが、この問題について所氏はどのように言っているのか。
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2009/05/04 16:23 |
所功氏の皇室論の問題点 (その二)
次にこの国の歴史・文明の本質に対する深い洞察からくる問題点について。
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2009/04/30 20:24 |
所功氏の皇室論の問題点 (その一)
今回は所氏の皇室に関する諸論の問題点について考えてみたい。
私が所氏の著作で読んだことがあるのは、『新地球日本史 1』(産経新聞社)所収の「昭和天皇の近代的帝王学」、『皇位継承のあり方』(PHP新書)と、テレビ番組『たかじんのそこまで言って委員会』での発言くらいだが、これを前提に話を進めることにする。
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2009/04/28 11:42 |
大和民族存亡の条件 (その四)
ここまでの記述で、私が西尾幹二氏を全面的に擁護していると感じている人がいるかもしれない。
でも私の中の感覚では必ずしもそうではないのだ。
私は南洲翁に共感し、明治維新の精神、目指したところを、この国の民族的伝統の立場から称賛しているだけあって、所氏の忠言論はむしろすんなりと入ってくる。ああ、もっともだなと、素直に首肯するところがあるのである。
後醍醐天皇への忠言が容れられず、文句ひとつ言わず、死地に赴いて、戦死した楠木正成に感動するし、維新の志士のバイブルの一つであった『靖献...
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2009/04/24 09:35 |
大和民族存亡の条件 (その三)
我が日本文明の盛衰、消長を象徴するのが、我が文明の中心たる皇室の存在である。
西尾幹二氏は、昨年話題になった皇室に関する一連の言論活動で、この皇室が危機に瀕していると、強い警告を発したのだ。それはすなわち、我が文明が危機に瀕しているということと同義である。
これに対し、皇室を深く敬愛し、これを信仰する立場から、言葉を慎め、もっとそっとしておいて差し上げろ、不敬である、と強く非難したのが所功氏である。もっとも所氏は、そんな慎みのない表現をしていないが。
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2009/04/22 10:49 |