西郷隆盛

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zoom RSS 何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十条

<<   作成日時 : 2017/03/24 18:40   >>

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何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し。人ありて後、方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れその人に成るの心がけ肝要なり。


(大意)どんなに制度や方法を論じても、それにふさわしい人物でなければ、うまく行われないだろう。その人あってこそ、政治課題を克服するための制度や方策は活かされるものであるから、人は第一の宝であり、己れがその人に成るのだという日頃からの心がけが大事である。


【解説】直観的に言えば、どんな立派なことを言っても、また正論を吐いても、その人にいかがわしいところがあり、信用がなければ、だれもついてこないだろう。そうすれば物事はなかなか運ばない。

 例えば、自分の利益ばかり図る狡猾な人物が立派な趣旨の公約を掲げて選挙を戦い、当選したとしても、群がるのはそれが利益をもたらすと信じる人間ばかりであろう。公約を信じてこれを支持したまじめな人々も、やがてはそれが虚偽であるとわかり、離れていく。
 ということは、その公約をまじめに考え、これに尽力するスタッフはいなくなるから、ますますその制度方法は行われなくなる。
まさに「人ありて後、方法の行わるるもの」なのだ。

 これを裏返せば、いかがわしいとの印象操作で、その人の信用を失墜させ、制度方法を行わせないように工作することも可能である。昨今世間を騒がせている安倍首相をめぐる「森友学園」の事件や、アメリカ新大統領トランプ氏に対するメディアの反トランプ・キャンペーンはそういった典型的な事例だろう。

 
 いわゆる征韓論破裂後、南洲翁は帰郷し、半年ばかりは遊猟と晴耕雨読の日々を過ごしていた。そこに、ともに辞職し帰郷した旧兵隊の者から学校を興したいとの相談があり、その設立に取り組むことになった。これがかの有名な私学校である。
 明治八年五月に鹿児島を訪れ、翁に面会した旧庄内藩士の一人石川静正は翁の談話を次のように書き残している。

「…その後、隊の者よりこの上は進退を一任するが、然(しか)し只出でて政府に尽くす心はないと云うから、それならば引くより外に道がない故ひけ、と云うことになりたり。国に帰りし後にまた隊の者より政府に尽す心は無くも国民たるの義務に斃れたいと申出し故、その義務と云うは甚だ分かりにくいものじゃ、譬えばその者がよし義務として斃れたにしても、世人よりあの人は義務の為になど斃れそうもない者であったが、不思議に義務に斃れたと伝わるようでは済まぬものじゃ、心ある者よりあの人ならばいかにも義務に斃るべき人であったといわれねばならぬ。そう云うものになるには是非道を学ぶより外になきもの故、退いて学ぶがよかろう、との事より私学校と云う物を建て当時(現在)やって居ります、とのお話なり。」

 これが、翁自身が語るところの私学校設立の趣意である。
 それは翁の手になる私学校綱領二条中の一条「道を同(おなじう)し義相協(かな)うを以て暗に集合せり、故にこの理を益研究して、道義においては一身を顧みず、必ず踏み行うべき事。」につながって来る。
 ちなみに私学校綱領のもう一条は「王を尊び民を憐れむは学問の本旨、然らばこの天理を極め、人民の義務にのぞみては一向難に当り、一同の義を立つべき事。」である。この二条に「敬天愛人」思想のエッセンスは凝縮している。

 また、綱領と関連して、南洲が各私学校のために手書した祭文がある。
 これは各方限(ほうぎり)から戊辰戦役に出征し戦死した者を祭る際に用いられたものであるが、私学校の趣意を物語るものでもある。

「蓋し学校は善士を育てる所以なり。只に一郷一国の善士のみならず、必ず天下の善士たらんことを欲す。それ戊辰の役に名を正し義を踏み、血戦奮闘して斃れし者はすなわち天下の善士なり。故にその義を慕い、その忠を感じ、これを茲(ここ)に祭り以て一郷の子弟を鼓舞するは、また学校の職を尽くす所以なり。」(原漢文)

 つまり、翁が願ったのは、私学校の生徒には、戊辰の役で義に斃れた善士の精神を継いでほしい、ということである。

 この祭文の下敷きになっているのが『孟子』の次の言葉である。

「一郷の善士はすなわち一郷の善士を友とし、一国の善士はすなわち一国の善士を友とし、天下の善士はすなわち天下の善士を友とす。天下の善士を友とするを以て、未だ足らずとなし、また古の人を尚論する。その詩を頌し、その書を読むも、その人を知らずして可ならんや。このゆえにその世を論ず。これ尚友(しょうゆう)なり。」(万章章句下)

 尚は尊ぶことを意味する。意味は自ずと明らかであろう。
 翁にとって、孔子や孟子や楠木正成などがこの尚友だったわけだ。
 己れその人に成るの心がけが肝要なわけだが、その修養のコツについては次の二十一条で述べられているので次回に譲ることにする。

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