西郷隆盛

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zoom RSS 「硫黄島からの手紙」と「父親たちの日章旗」

<<   作成日時 : 2016/06/08 15:49   >>

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 世界を驚愕させた日露戦争における日本の勝利。
 これは、有色人種の全ての奴隷化を目指す、白色人種の社会を震撼させた。
 彼らは日本を脅威視するようになった。
 それは特にアメリカにおいて著しかったのである。

 硫黄島における抗戦において、市丸利之助海軍中将は、玉砕を前にして、ルーズベルトに手紙を書いて次のように言った。


 卿等のなす所を以て見れば、白人、殊にアングロ・サクソンを以て世界の利益を壟断せんとし、有色人種を以って、その野望の前に奴隷化せんとするに外ならず。
 これが為、奸策を以て有色人種を瞞着し、いわゆる悪意の善政を以って、彼等を喪心無力化せしめんとす。
 近世に至り、日本が卿等の野望に抗し、有色人種、ことに東洋民族をして、卿等の束縛より解放せんと試みるや、卿等は毫も日本の真意を理解せんと努むることなく、ひたすら卿等の為の有害なる存在となし、かつての友邦を目するに仇敵野蛮人を以ってし、公々然として日本人種の絶滅を呼号するに至る。これあに神意に叶うものならんや。

 
 日本人種の絶滅を呼号したアメリカ人。
 これは決して誇張ではなく事実であった。
 それが戦争末期の日本の都市に対する無差別爆撃による民間人の大量虐殺、二つの原爆投下となって結実したのである。
 
 これについては「えんだんじ」先生の著作『大東亜戦争は、アメリカが悪い』でも、その歴史的経緯からしっかりと触れておられる。

 第五章  「アメリカの対日憎悪と対日敵視」

 第六章  「アメリカの侵略主義」

 第十二章 「大東亜戦争への道になったワシントン会議」

        第三節〔『人種的憎悪』から生まれた排日移民法〕

        第四節〔『人種的偏見』と『人種的憎悪』〕

 などである。

 我々の先人もまた、彼らを鬼畜米英を呼号して敵対心を煽ったが、これは彼らの人種差別という作用に対する反発、反作用であったことが、「えんだんじ」先生が叙述する戦争に至る経緯から明らかになるであろう。

 日米戦争における人種差別を書いた知日派アメリカ人学者ジョン・ダワーの『人種偏見』〔文庫版『容赦なき戦争』(平凡社ライブラリー)〕という、この分野では草分け的な存在の著作がある。

 「えんだんじ」先生はこの著作を批判して、「戦争による憎悪」と「人種的憎悪」を混同していると述べておられるがまさにその通りだろう。

 アメリカ人には「人種的憎悪」がまず先にあって、「戦争による憎悪」が上乗せされたが、日本人には得体の知れぬ、彼らの「人種的憎悪」に対する反発と「戦争による憎悪」で戦ったのである。
 そして、この「人種的憎悪」に対する反抗が、それ以前から国民感情としてはあった東亜の開放という理想(思想的淵源は幕末にまで遡る)を高々と掲げさせたのである。
 確かにどちらの精神が豊かで、どちらが貧弱にして狭量かは明白だろう。

 我々には、肌の色は違えど、皆同じ人間であり、話し合えばわかるはずだ、という感覚を持っている。
 そして、罪を憎んで人を憎まず、というところがある。
 だから戦争が終わってしまえば、鬼畜米英という世論は消え去った。
 水に流したのだ。
 しかもお人好しにも、彼らの流すプロパガンダを真に受けて、罪を犯したのは我々であるとまで思い込んでしまった。
 
 戦時の真相を知る人も、彼らアメリカ人がいまだに認めない罪については忘れていないが、もし彼らがこれを認めて謝罪すれば、すぐにこれを水に流すであろう。
 その点、ありもしない罪をおっ被せた上に、謝罪させ、償わせておいて、さらにこれを許さないシナ人や朝鮮の人々とは、明らかに違う国民性を日本人は持っている。

 
 ジョン・ダワーのような、アメリカ人の知日家といわれる人でさえ、日本人に対する理解はこの範疇をでない。
 彼らは自己の中にある人種偏見、人種的憎悪に無警戒であり、史実の選別において、彼らが流した反日プロパガンダの反響に聴き入ってしまって、これと心地よく結びつく、シナ人や朝鮮人が流す反日プロパガンダに容易にだまされてしまう。
 あるいは、これらに同調し増幅する軽薄な日本の知識人やマスコミの出す音を聴き取ってしまう。
 
 何年か前に公開されて話題になったクリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」にも同じことがいえる。
 彼が、硫黄島の戦いの歴史的意義に真正面から取り組み、日本を本当に理解しようとしたならば、「硫黄島からの手紙」の主役は市丸利之助海軍中将の手紙にならざるを得なかったはずである。
 そうすればスケールの大きな戦争映画、歴史映画になったはずだ。
  あの作品は戦後的視点で描かれていて、日本人を描ききれていない。
 よって大した感動もない。

 私はむしろ、この戦争をアメリカ側の視点から描いた「父親たちの星条旗」の方が、人物が生き生きと描かれていて、作品としてよく出来ていたと思う。アメリカの戦時プロパガンダの欺瞞と人種差別という視点と、これに対する様々な苦悩も描きこまれている。

 日本と米軍の双方の視点で描くという構想自体は画期的で優れているのだから、日本側の大義という重大な視点が欠けて、画龍点睛を欠く点を惜しむのである。 

 当初、日本側の視点から見た「硫黄島からの手紙」は日本人監督がメガホンを取る予定であったらしいが、クリント・イーストウッド監督が意欲を示して、彼が撮ることになったそうだ。
 しかし、日本の著名な映画監督で、硫黄島の戦闘を反戦平和以上の価値観で描ける監督がどれほどいたか甚だ疑問である。

 インディアンを虐殺、黒人を奴隷として使役し、ゴッドから与えられたという有色人種対する生殺与奪の権利(彼らは有色人種を人とは見ず、動物と見なした)を行使してきたアメリカの人種差別が、太平洋のはるか西の向こうの列島に住む一つの民族を絶滅させようしていたのだ、という深刻な問題を描けておらず、これが一般の理解となっていない以上、日米の和解は、いまだ同盟という、戦略上の便宜からくる以上のものではないのである。

 本物の日本人の視点で描かれた「硫黄島からの手紙」は、自分を取り戻した日本人の手によってアメリカに向けて発信されなければならないだろう。これは日本人に課せられた歴史の宿題といっていい。

 (「硫黄島の星条旗」ウィキ記事;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%98%9F%E6%9D%A1%E6%97%97

 西村慎吾時事通信「嗚呼、硫黄島」

 http://www.n-shingo.com/jijiback/253.html


 「えんだんじ」先生の「大東亜戦争は、アメリカが悪い」は大東亜戦争に至る過程を検証した作品であって、硫黄島の戦闘については、市丸海軍中将の手紙に触れる必要上から、戦闘の概略が述べられているだけであるが、市丸中将の「ルーズベルトに与うる書」に象徴されるように、日本軍人の奮闘振りは、より劇的なものであった。
 実を言えば、硫黄島の戦闘はすり鉢山に二度目の星条旗が翻った昭和二十年三月二十三日に終わったわけではないのである。

 戦意ますます盛んな日本兵は翌朝には山頂を奪取して、日章旗を翻らせているのだ。
 その日、山頂は米軍に奪取され三度目の星条旗が翻ることになるが、日本軍も負けていない。
 また日章旗を翻した。
 栗林中将以下数百名のすり鉢山の残存兵が総攻撃で玉砕した二十六日の前日、二十五日早朝であったとされる。
 今度は手元に日章旗がなく、日の丸は、白地の布に血で染め上げられていたという。ほとんど茶色に見えたという記録があるそうだ。
 水も、食料もなく、火山性で50度近い地熱と硫黄ガスの中、彼らの行動を屹立せしめていたのは、市丸中将の手紙にあったように、正義は我にあり、という自信だけであっただろう。

 これがすり鉢山に翻った最後の日の丸となったが、二六日、栗林中将以下の玉砕で組織的抵抗は終わったものの、その後もゲリラ的な反撃は続き、米軍の硫黄島掃討戦は六月末まで行われることになる。
 最後の日本兵二名の投降が終戦から四年を過ぎた一九四九年正月元旦であったというから驚きである。
 
 市丸中将の手紙に現れているように、従容と大義に向かった日本人の姿。
 これを描かずに、硫黄島の戦闘、ひいては大東亜戦争を描いたことにはならない。
 それは、あくまでもアメリカ人から見た「太平洋戦争」でしかない。


 絶望的な戦況の中で、

 我等今、物量をたのめる貴下空軍の爆撃及艦砲射撃の下、外形的には退嬰の己むなきに至れるも、精神的にはいよいよ豊富にして、心地ますます明朗を覚え、歓喜を禁ずる能はざるものあり。
 これ、天業翼賛の信念に燃ゆる日本臣民の共通の心理なるも、貴下及チャーチル君等の理解に苦むところならん。

 と、戦後のアメリカ人のみならず、日本人までが驚くような心境を書いた市丸中将。
 義憤という、抑制された憤りをろ過して、高い知性と理性で書かれた、この透徹して見事な文章は、狂信者のそれではないし、精神主義といったものでもない。

 艱難に遭ってますます道を楽しむ境地の市丸中将の精神は、アメリカ人の精神の貧弱を憐れんだが、戦後もいまや70年にならんする今も、熱狂と偏見とを和らげるのに十分な「時」が経過したにもかかわらず、いまだに白人世界は、日本人の精神世界を理解できずにいるのだ。
 戦勝国や反日左翼のプロパガンダに洗脳され、白人の描いた「硫黄島からの手紙」に感動している程度の戦後日本人も、市丸中将から見れば憐れむべき存在に堕してしまっていることになろう。


 アメリカが犯して認めない罪のうち最大のものは、先に触れた日本の各都市への無差別爆撃と二つの原爆の投下だが、これが日露戦争直後に始まる日本人に対する人種偏見に由来し(その根はもっと先にさかのぼる)、やがて彼らの中に育っていった、あるいは、彼ら自身によって育てられていった日本人種絶滅の思想が結実したものであるなら、これがナチスのホロコーストとどのように違うというのだろうか。

 かつて福田恒存は「端的に言えば、大東亜戦争は罪悪なのではなく、失敗だった」と言ったが、事実を知れば、アメリカが悪であったとどうして言い切れないのだろう。

 人種憎悪によるホロコーストは悪ではないのか。

 非西洋世界に対する侵略、有色人種の奴隷化は悪ではなかったか。

 これに全力で抵抗したことに正義はなかったか。

 白人に侵食された東亜の解放は善ではないのか。

 
 少なくとも「えんだんじ」先生は大東亜戦争の罪悪はアメリカの方にあると断言しておられる。
 全く同感だ。
 

 さて、以上は、前回に引き続いての大東亜戦争の道義性についての話である。
 次回は福田恒存が「失敗」と言った意思決定の過ち、戦略の誤りのことに ついて触れたい。


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