テーマ:渋沢栄一

神霊の存在-日本人の本来的自己喪失(参) 【『皇室と論語』(二十二)】

 『かのやうに』の主人公五條秀麿の父の精神上の教養は、その世代にとって一般的であった、朱子の註によって『論語』の講釈を聴いたぐらいのものであったという設定になっています。それは当時一般に行われていた慣習に倣っただけであって、明治になって、ユダヤ・キリスト教をバックボーンとする西欧文明という新たなパラダイムに対応せねばならなくなったときに…
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