テーマ:西郷隆盛(南洲)

本当はなかった西郷隆盛の「江戸撹乱工作」

『西郷南洲伝』「維新初政」編 第五回配信分「いわゆる江戸撹乱工作」をブクログにて配信いたしましたのでお知らせいたします。  http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  内容は、通説のようになっている西郷南洲翁によるいわゆる江戸撹乱工作は本当にあったのか否か、というものです。  …
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いわゆる「征韓論」「遣韓大使派遣論」の正気

『西郷南洲遺訓解説』 第五回 『いわゆる「征韓論」「遣韓大使派遣論」の正気』を電子書籍「ブクログ」にて配信いたしました。 http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  前回解説した「正気」を字眼とする「征韓論」「遣韓大使派遣論」の解説です。  この問題は様々な解釈がなされてきましたが、…
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『西郷南洲伝』 第四回「再び、辞官納地か、それとも討薩か」配信のお知らせ

『西郷南洲伝』「維新初政」編、第四回「再び、辞官納地か、それとも討薩か」を配信しましたのでお知らせ致します。  http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  今回は越前福井藩・土佐藩を中心とする平和解決派の、京の朝廷と大坂城の間を何度も往復しての運動を克明に追っています。  十二月九…
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『西郷南洲遺訓解説』 正月分配信のお知らせ

『西郷南洲遺訓解説』  第三回 「韓退之『伯夷の頌』と驕り」 第四回 「南洲翁の正気」 配信いたしましたのでお知らせいたします。 http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro 第三回は以前、このブログに掲載したものに加筆を施したもの。 第四回は、「正気」という言葉を字眼に、…
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隠れた名著『大東亜戦争は、アメリカが悪い』(鈴木敏明著)英文翻訳の完成

 以前、当ブログにおいて、鈴木敏明氏の著作『大東亜戦争は、アメリカが悪い』の書評を数回に分けて連載したことがあった。  素晴らしい協力者を得て英文翻訳を完成されたとのことで、後で転載する「えんだんじのブログ」の翻訳の経緯の記事を読んで、『論語』の一節「徳、弧ならず、必ず隣あり」を連想した。  この英訳本が、英語圏において少しでも…
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新年のご挨拶と 『西郷南洲伝』 第三回「慶喜の苦渋」配信のお知らせ

新年明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い申し上げます。     『西郷南洲伝』「維新初政」編、第三回「慶喜の苦渋」を配信しましたことをお知らせ致します。  http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  今回は最後の将軍・徳川慶喜公について考えています。  彼には…
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『西郷南洲伝』「辞官納地か、それとも討薩か」配信のお知らせ

 『西郷南洲伝』「維新初政」編、「小御所会議」に続く第二回連載「辞官納地か、それとも討薩か」を配信いたしましたことをお知らせします。  配信が大幅に遅延いたしましたことをお詫び申し上げます。  http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  「辞官納地か、それとも討薩か」は、「小御所会…
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明治維新の日

 本日は「王政復古の大号令」が煥発され、その精神に則って「小御所会議」が開かれた、我々日本人が忘れてはならない一日である。 「日本を取り戻す」なら、大東亜戦争も含めて、こういった深い所に埋もれてしまった歴史認識が、掘り起こされて、その基盤とならなければ、取り戻したところで、それは足腰のしっかりと定まったものとはならないはずだ。 …
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『西郷南洲伝』のブクログにおける公開遅延の件について

 十二月一日公開予定だった『西郷南洲伝』「維新初政編」本文の公開が大幅に遅れてご迷惑をおかけしております。 http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  ワードで作成した文章を貼り付けての、ブクログのプラットフォームにおける編集作業が、文字化けなどで、うまく行っていないことが原因です。 …
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『西郷南洲伝』(中)の電子書籍における公開のお知らせ

『(新)西郷南洲伝』(上・下)の中巻部分を、電子書籍作成販売のプラットフォーム「パブー」で、連載形式で公開していくことにしました。  http://p.booklog.jp/users/yamatogokoro  ひとまず毎月一日の公開予定です。    第一回連載につきましては、サンプル号ということで上のページから無…
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お知らせ

 活動の更なる充実と発展のため、しばらくブログにおける言論活動を休ませていただきます。  新しい活動については、またこのブログでお知らせいたします。
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西郷隆盛の命日 (その弐)

 二年前の西郷南洲翁の命日には、昨今の日本を取り巻く東アジア情勢を考える上で、非常に重要な、ある事件が起きている。  尖閣諸島沖で、日本の海上保安庁巡視船に体当たりして、逮捕されていた船員達が、処分保留として釈放されるとの発表がなされたのだ。  この決定はかなりの衝撃を日本人に与えた。  那覇地検がそういった愚劣な判断を下した理由…
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西郷隆盛の命日

 本日九月二十四日は西郷南洲翁が鹿児島・城山で斃れた日である。  明治十年(一八七七)のことである。  維新最大の功臣・西郷隆盛はなぜ決起し、なぜあそこまで戦わなければならなかったのか。  その意義を問うことは、厳しい国際情勢を生き抜いていかなければならない現在の日本人にとって、大東亜戦争の意義を問うことに匹敵する重要性を持つ…
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「和」の伝統 … 勝海舟 ③

 慶応三年三月。  勝海舟が江戸に殺到しようとしている官軍の参謀諸君、なかんづく西郷南洲翁に宛てた有名な書簡は、道義に則った処置を官軍に要求する内容だと言える。  文書は次の言葉で始まる。 「無偏無党、王道堂々たり。」  冒頭のこの強い言葉が何を指すのか。  勝はまず、自分が旧幕府、一徳川家のために謀る者で…
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明治天皇と西郷隆盛 (その四)

 起草者は元田だったとは言え、明治天皇の大御心である「教学聖旨」に反発した内務卿・伊藤博文は、開化思想と科学主義を基調とする「教育議」を奏上に及んだ。西洋を実見してきた彼としては、彼なりの忠義心から、このような大胆な反論に及んだのだろう。  もちろん、これに元田が納得するはずはない。「教育議附議」を書いて、伊藤の論を一つ一つ反駁した。…
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明治天皇と西郷隆盛 (その参)

 明治十一年五月十四日の大久保の遭難は国際社会の荒波に乗り出したばかりの明治日本にとって大きな損失であり、同志達を悲歎せしめた。  翌日、元田永孚等同志の侍補は協議して、明治天皇へ建言を行うことで一決した。通常、建言は、三条・岩倉の両大臣に告げて後、行われるのが通例であったが、事変勃発の非常時ということで常例によらず、一同拝謁を願い出…
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明治天皇と西郷隆盛 (その弐)

 明治十年の西郷南洲翁の決起は天皇の心を大きく動かした。  それは当面、政府に対する不信感に基づく政務拒否という態度になって現れた。この状態を憂いた大久保利通、伊藤博文は、君徳育成のための侍補制度を作った。これが、薩軍が延岡に追い詰められて、起死回生の可愛岳突破を試みた頃、明治十年八月の事である。   この時、二等侍補に択ばれた…
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明治天皇と西郷隆盛 (その壱)

 西南戦争という、西郷南洲翁の決起が天下の人心を動かしたという点で何よりも興味深いのが、彼らと政治的だけでなく軍事的にも対立している政府の私するところとなっている、明治天皇の心をも動かしたらしいことである。  それは明確に意識化され、行動化されたわけではなかったが、政務拒否という消極的な態度となって表れた。  翁の決起はおそらく明治…
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「和」の伝統 … 勝海舟 ②

 西郷南洲翁は勝の書簡を諸隊長に示して激怒して見せたという。 これは官軍の士気を鼓舞するための演技だったとする見方もあるが、それは違う。これは本心からの激怒であった。  なぜなら、皇政復古討幕派は慶喜の、延いては幕府の上方における行為に心底激怒していたからだ。  常に徳川一門として、朝廷側にあって宗家のために何かと周旋してきた親…
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「和」の伝統 … 勝海舟 ①

 野田現首相が就任時の所信表明演説で強調した「正心誠意」という言葉は、『氷川清話』にある勝海舟の言葉から取ったのだと言われている。  その首相が「正心誠意」取り組んでいるのが、財務省が進める消費税の増税だ。  その財務省にあって、消費税増税を推進しているのが、「影の総理」とも言われる財務省官僚の勝栄二郎氏で、彼は一時、勝海舟の子孫と…
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「維新」という言葉

小林秀雄が前回紹介した「文学者の提携について」というエッセイの中で、言葉のインフレーションという面白いことを言っている。  今日は文化といふ言葉が非常に流行してゐるが、これは勿論昔の武化に対する文化という意味で使はれた意味での文化ではない。恐らく、Kultur(カルチャー)の翻訳語でしょう。嘗てCivilizationの翻訳語…
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腹黒い世界に飲み込まれている日本

 いつもの事ながら、日本文化チャンネル「さくら」の水島総氏の洞察には感服のほかない。  【世界は腹黒い】中国の諜報工作とアメリカの宣伝工作[桜H24/5/31] http://www.youtube.com/watch?v=Bu1TzE8tAKY 【茶番劇】野田・小沢会談は大連立へのセレモニーか[桜H24/5/31] …
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「保守」とは何か

 少し前の論文になるが、西尾幹二氏の「日本には『保守』は存在しない。」という論文を紹介したい。 「日本には『保守』は存在しない。」 西尾幹二(http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1159)  私は前から日本には「保守」と呼べるような政治的文化的集団ないし階層は存在しない、と思っていた…
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織田信長と論語

 以前、「織田信長と論語」と題した文章を掲載したことがある。  これは「南洲翁遺訓解説」という連載の「天地自然の道」補記として文章にしたものだが、それを再掲載する。 (引用開始)  織田信長が『論語』を読んでいたなどというのはありそうもない話だ。  実際、私の知る限りでも、彼が『論語』を読んだなどという記述に接したこ…
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西南戦争における薩軍の戦略に関する史料 「西郷南洲翁の正気 (その五)」

 南洲翁が「はじめから軍事的勝利を計算にいれていない」という第二の点についてコメントさせていただきます。  確かに南洲翁は鹿児島県令の大山綱良に「一つ条理に斃れ候」と書いていて、勝敗を度外視していたようなところがあります。これは、不正は政府に、正義は我にある、という自信の現われでもあり、この戦争が正気の発現であったことを裏付けてい…
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西南戦争における薩軍の大義 「西郷南洲翁の正気 (その四)」

史料④  私学校が上京の準備に取り掛かっているらしいことを密偵からの情報で知った大久保利通は、これを政府に対する挙兵の準備と受け取ってしまったのです。大久保は早くから私学校を眼の敵にしていました。  大久保は私学校暴発を前提に準備を進めます。  その結果、私学校徒による武器弾薬庫略奪事件や私学校幹部に対する刺客派遣の疑惑発覚な…
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西南戦争の起因に関する史料 「西郷南洲翁の正気 (その参)」

史料③ 鹿児島に鎮まっていた南洲翁は、政府の砲艦外交を道義的には恥ずべき外交としながら、朝鮮が開国した以上は、大陸政策着手の機会はまだ先と考え、私学校などで後進の育成に力を注いでいましたが、明治十年一月中旬になって、再びロシア・トルコ間で緊張が高まって戦争になった、との情報を入手します(実際の開戦は四月)。そして、私学校は二月…
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いわゆる征韓論の史料 「西郷南洲翁の正気 (その弐)」

 史料①「大使派遣論の趣旨」  そもそも西南戦争の遠因は、明治六年のいわゆる征韓論破裂にあります。  南洲翁は自らの大使派遣論に固執したわけですが、これには理由があります。  自らが勅使となって赴くことについて、これは推論になりますが、当時、筆頭参議であり、且つ唯一の陸軍大将で、いわば日本陸軍の最高司令官であった南洲翁が、兵を…
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西郷南洲翁の正気 (その壱)

 宮崎正弘氏のメルマガ『宮崎正弘の国際ニュース・早読み』に連載中の「正気を失った日本」 第四回目に西郷南洲翁が取り上げられたので、転載させていただく。 (記事転載開始)  『西郷隆盛は思想である』 (「平成24(2012)年 1月10日(火曜日)通巻第3536号」 http://melma.com/backnumbe…
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王政復古の大号令

 本日十二月九日は、記念すべき、王政復古の大号令が煥発された日付である。慶応三年十二月九日、王政復古の大号令は煥発された。  もっとも、これは太陰暦によるもので、現在使用されている太陽暦に直せば、年が明けた正月三日ということになる。この政変の中心となった王政復古派の計画では、当初正月元旦が予定されていたが(この日、初めて正式に勅許…
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