テーマ:西郷南洲遺訓

Amazonオンデマンド『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』(MyISBN-デザインエッグ社)

 amazonオンデマンドで、三月十九日より『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の販売を開始しています。  最低価格はページ数で決まるので、低く抑えるために文字をできるだけ詰め込んで編集したので、読みにくくなっていないか心配でしたが、実物を手にとってページをめくってみると、文字が詰まっている割には特に読みにくいということはなさそうです…
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amazonオンデマンド版『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の出版について

amazonのオンデマンドサービスで紙の書籍としての『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の予約販売を開始しました。  発売日は三月十九日です。  南洲翁の遺訓を座右の銘として手元に置いておきたい方は是非ご購入下さい。 「明治維新より一五〇年。今も読み継がれる維新最大の功臣である南洲こと西郷隆盛の遺訓。   その偉大…
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Kindle版『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の出版

amazonの電子書籍 Kindle版『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』を出版しましたのでお知らせいたします。  当ブログで掲載した「西郷南洲翁遺訓解説」に加筆修正してまとめたものです。 内容紹介は次の通りです。 「明治維新より一五〇年。今も読み継がれる維新最大の功臣である南洲こと西郷隆盛の遺訓。  その偉大な…
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「西郷南洲翁遺訓解説」を書き終えて

「西郷南洲翁遺訓」四十一条をようやく書き終えた。 まだ追加・補遺、その他和歌・漢詩・文書類など、日本人が遺訓とするに値するものは沢山あるが、一段落としておきたい。  筆者は解説を書きながら、なんとなく葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景」をイメージしていた。北斎のあの芸術的完成度に比すべくもなく、何だこりゃ、むしろ漫画じゃねえのか…
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身を修し己れを正して、君子の体を具うるとも… 【西郷南洲王遺訓解説】 第四十一条

身を修し、己れを正して、君子の体を具うるとも、処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。たとえば数十人の客不意に入り来たらんに、たとえ何程饗応したく思うとも、兼ねて器具調度の備えなければ、ただ心配するのみにて、取り賄うべき様あるまじきぞ。常に備えあれば、幾人なりとも、数に応じて賄わるるなり。それ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書いて賜りき…
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翁に従いて、犬を駆り、兎を追い… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第四十条

翁に従いて、犬を駆り、兎を追い、山谷を跋渉して終日猟り暮らし、一田家に投宿し、浴終わりて、心神いと爽快に見えさせ給い、悠然として申されけるは、君子の心は常にかくの如くにこそ有らんと思うなり。 (大意)翁に付き従って、犬を走らせ、兎を追って、山谷を渡り歩いて、一日中狩猟をして暮らし、一農家に宿り、入浴を終え、心神極めて爽快になられた…
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今の人、才識あれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十九条

今の人、才識あれば事業は心次第に成さるるものと思えども、才に任せて為す事は危うくして見て居られぬものぞ。体ありてこそ用は行わるるなり。肥後の長岡先生の如き君子は、今は似たる人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ、古語を書いて授けらる。 「それ天下誠に非ざれば動かず、才に非ざれば治まらず。誠の至る者、その動くや速し。才の周(…
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世人の唱うる機会とは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十八条 ①

世人の唱うる機会とは、多くは僥倖の仕当てたるを言う。真の機会は、理を尽して行い、勢を審らかにして動く、と云うに在り。平日、国、天下を憂うる誠心厚からずして、ただ時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。 (大意)世の人の唱える機会とは、その多くはたまさか巡り合えた幸運、すなわち偶然の出来事を指している。真の機会…
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天下後世までも信仰悦服せらるるものは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十七条

天下後世までも信仰悦服せらるるものは、ただこれ一箇(いっこ)の真誠なり。古より父の仇を討ちし人、その麗(か)ず挙げて数え難き中に、独り曾我の兄弟のみ、今に至りて児童婦女子までも知らざる者のあらざるは、衆に秀でて誠の篤き故なり。誠ならずして世に誉めらるるは僥倖の誉なり。誠篤ければたとえ当時知る人なくとも、後世必ず知己あるものなり。 …
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聖賢に成らんと欲する志なく… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十六条

聖賢に成らんと欲する志なく、古人の事跡を見、とても企て及ばぬという様なる心ならば、戦に臨みて逃ぐるより猶卑怯なり。朱子も白刃を見て逃ぐる者はどうもならぬと云われたり。誠意を以て聖賢の書を読み、その処分せられたる心を身に体し、心に験する修行致さず、ただ、斯様の言、斯様の事と云うのみを知りたるとも、何の詮なきものなり。予、今日、人の論を聞く…
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人を籠絡して陰に事を謀る者は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十五条

人を籠絡して陰に事を謀る者は、好しその事を成し得るとも、慧眼よりこれを見れば醜状著しきぞ。人に推すに公平至誠を以てせよ。公平ならざれば、英雄の心は決して攬(と)られぬものなり。 (大意)人をまるめこんで、陰謀を事とする者は、仮にそのことが成功することが出来たとしても、物事の本質や真実を見抜く眼力を持つものから見れば、醜状著しく…
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作略は平日致さぬものぞ  【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十四条

作略は平日致さぬものぞ。作略を以てやりたる事は、その迹を見れば、善からざること判然にして、必ず失体これあるなり。ただ戦に臨みて作略なくばあるべからず。しかし平日作略を用うれば、戦に臨みて作略は出来ぬものぞ。孔明は平日作略を致さぬゆえ、あの通り奇計を行われたるぞ。 予、かつて東京を引きし時、弟へ向かい、これまで少しも作略をやりたる事あら…
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平日道を踏まざる人は事に臨みて… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十三条

平日道を踏まざる人は、事に臨みて狼狽し、処分の出来ぬものなり。譬えば、近隣に出火あらんに、平生処分ある者は動揺せずして、取仕末(とりしまつ)も能く出来るなり。平日処分なき者は、ただ狼狽して、なかなか取仕末どころにはこれなきぞ。それも同じにて、平生道を踏み居る者にあらざれば、事に臨みて策は出来ぬものなり。予、先年出陣の日、兵士に向かい、我…
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道を志す者は偉業を貴ばぬものなり… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十二条

道を志す者は偉業を貴ばぬものなり。司馬温公は閨中にて語りし言も、人に対して言うべからざる事なしと申されたり。独りを慎むの学、推して知るべし。人の意表に出て一時の快適を好むは未熟の事なり。戒むべし。 (大意)道を志す者は偉大な事業というものを貴ばないものだ。司馬温公(北宋の儒者で、『資治通鑑』の編者)は寝室で夫人に語った言葉であって…
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道を行う者は、天下挙って毀るも足らざるとせず… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十一条

道を行う者は、天下挙って毀(そし)るも足らざるとせず、天下挙って誉むるも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故なり。その工夫は、韓文公が伯夷の頌を熟読して会得せよ。   (大意)道を行う者は天下挙って彼を非難したとしても不満を言わず、天下挙って称賛したとしても満足しない、というのは自らを信ずること篤いからである。その心の工夫は、…
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命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十条

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。されども、かようの人は凡俗の眼には見得られぬぞ、と申さるるに付き、『孟子』に「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行う。志を得れば民とこれに由り、志を得ざれば独りその道を行う。富貴も淫する…
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道を行う者は固より困厄に逢うものなれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十九条

道を行う者は、固より困厄に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の正否、身の死生などに、少しも関係せぬものなり。事には上手下手あり、物には出来る人出来ざる人あるより、自然心を動かす人もあれども、人は道を行うものゆえ、道を踏むには上下下手もなく、出来ざる人もなし。故にひたすら道を行い、道を楽しみ、もし艱難に逢うてこれを凌がんとなら…
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道を行うには尊卑貴賤の差別なし… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十八条

道を行うには尊卑貴賤の差別なし。摘まんで言えば、堯舜は天下に王として万機の政事を執り給えども、その職とする所は教師なり。孔夫子は魯国を始め、何方へも用いられず、しばしば困厄に逢い、匹夫にて世を終え給いしかども、三千の徒皆道を行いしなり。 (大意)道に行うには、尊卑貴賤など身分・立場の差は関係ない。為そうとの志さえあれば誰でも踏み行…
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過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十七条

過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば、それにて善し。その事をば棄て顧みず、直ちに一歩踏み出すべし。過ちを悔しく思い、取繕わんとて心配するは、譬えば茶碗を割り、その欠けを集め合せ見るも同じにて、詮もなきことなり。 (大意)過ちを改めるには、自ら過ったと気づきさえすればそれでよい。その事はいつまでもこだわらずに、棄てて顧みず…
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己れを愛するは善からぬことの第一なり 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十六条

己れを愛するは善からぬことの第一なり。修行の出来ぬも、事の成らぬも、過ちを改むる事の出来ぬも、功に伐(ほこ)り、驕慢の生ずるも、皆自ら愛するが為なれば、決して己れを愛せぬものなり。 (大意)己れを愛するのは善からぬことの第一である。修行がうまく行かないのも、事業が成功しないのも、過ちを改めることが出来ないことも、功に誇り、驕慢の心…
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人を相手にせず、天を相手にせよ 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十五条

人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。 (大意)人を相手にしないで、天を相手にせよ。天に対して己れを尽くし、うまく行かなかったからと言って、人のせいにして過ちを咎めることなく、誠心が足らなかったのではないかと自分に問いかけなさい。 【解説】この条の解説は第二十四条…
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道は天地自然の物にして、…天を敬するを目的とする 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十四条

道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とする。 天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり。 (大意)道とは天地とともに自ずとあるものであるから、天地とともに生きるほかない人間もまた、これを行うものである。そして、それは至高の存在である天を敬するを目的とする。天は人を同じように…
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学に志す者… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十三条

学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。さりとて唯ここにのみ偏倚すれば、或いは身を修するに疎かに成り行くゆえ、終始己れに克ちて、身を修するなり。規模を宏大にして己れに克ち、男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ、と古語を書いて授けらる。 「其の志気を恢宏する者は、人の患いは自私自吝、卑俗に安んじて古人を以て自ら期せ…
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己れに克つに、事々物々、時に臨みて… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十二条

己れに克つに、事々物々、時に臨みて克つ様にては克ち得られぬなり。兼ねて気象を以て克ち居れよ、となり。 (大意)己れに克つには、物事に臨んで、その時になって初めてうち克とうとしても、克ち得られるほど甘くはないものだ。兼ねて、常日頃より己にうち克つよう心掛けて物事に臨んだときにはすでに、心構えが出来上がっているようにしておけよ。 …
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道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十一条

道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己れに克つの極功は「意なく、必なく、固なく、我なし」(『論語』)と云えり。  総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人、その事、大抵十に七八までは能く成し得れども、残り二つを終わりまで成し得る…
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何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十条

何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し。人ありて後、方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れその人に成るの心がけ肝要なり。 (大意)どんなに制度や方法を論じても、それにふさわしい人物でなければ、うまく行われないだろう。その人あってこそ、政治課題を克服するための制度や方策は活かされるものであるから、人は…
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古より君臣共に己れを足れりとする世に…【西郷南洲翁遺訓解説】 第一九条

古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下々の言も聴き入るるものなり。己れを足れりとすれば、人、己れの非を言えばたちまち怒るゆえ、賢人君子はこれを助けぬなり。 (大意)古い昔から君主臣下ともに、統治者としての自己に満足している社会で、治功が上がったことはない。自分はつねに不足している…
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「正韓論」 【西郷南洲翁遺訓解説】 第十八条 ④

 朝鮮半島の国家の政治に道義もへったくれもないのは、現在の北朝鮮や韓国の慰安婦像をめぐる問題を見ても何も変わっていないようだ。  明治初頭の朝鮮半島をめぐる外交問題でもそれはよく似ている。 李氏朝鮮が日本の領事館に当たる釜山の草梁倭館に侮辱を加え、嫌がらせをしたことに対し外務卿の副島種臣が官員の引き上げを正院に対し建議したこともあっ…
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征韓論 【西郷南洲翁遺訓解説】 第十八条 ③

③征韓論  道理に基づく一致一和を目指すという、島津斉彬より継承された政治方針は、文明開化、明治の御代となっても変わっていない。  明治四年七月に廃藩置県が行われたが、これは王土王民思想に基づいてなされた明治二年の版籍奉還の徹底化であり、かなり急進的な改革であったが、薩長を中心とする兵の睨みが効いただけではなく、道理であるからこそ、…
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談、国事に及びし時… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第十八条 ②

【遺訓第十八条】解説②「幕末の王政復古倒幕運動」  江戸時代の國體論の精髄ともいえる島津斉彬の、皇室を中心にした道理に基づく「和」の政治・政事は、島津久光や南洲翁によってそれぞれに継承された。ここで一言付け加えておかなければならないのは、現代の一般的日本人が「和」という言葉で連想することの内容は、実は「同」であって「和」ではないこ…
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