テーマ:一年の計

今後の活動について

 今後の活動について書きたい。  このブログをこれまでお読みいただいてきた方はすでにご承知のことと思うが、今後の活動としてとりあえず考えていることは、「国體論」を書いていくことである。  しかし、「国體論」は日本人としての自己を深く探って、強く引き出す行為に他ならない。少しづつこのブログでも書いてきたが、なかなか片手間でできるも…
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平成二十三年、一年の計 ⑪

 以前書いたように(「平成二十三年、一年の計 ⑥」)、本物の創造的発展とは、人間に備わった精神の自然の働きによる思・慮・謀の螺旋的運動であるから、理に当たって後進み、勢を審らかにして後動く、というものでなければならない。  これを阻害しがちな激動の時代を迎えて、時勢はどのように展開していくのかわからないが、所詮は、非力な浪人志士に過ぎ…
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平成二十三年、一年の計 ⑩

 年が明けてからこのテーマの記事は10回目である。  すでに桜の蕾がほころび始めている。  しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ   朝日にゝほふ 山ざくら花  このあまりに有名な和歌を詠んだのは本居宣長であった。  桜に託した先人の思いは様々である。  花のいろは うつりにけりな いたづらに   我…
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平成二十三年、一年の計 ⑨

南洲翁の漢詩に「貧居傑士を生ず」という一節がある。 一貫す唯唯(いい)の諾(だく)、 従来鉄石の肝、 貧居傑士を生じ、 勲業多難に顕わる。 雪に耐えて梅花麗しく、 霜を経て楓葉丹(あか)し。 如(も)し能(よ)く天意を識らば、 あに敢て自ら安きを謀らんや。  志を持って…
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平成二十三年、一年の計 ⑧

 前に、 「西郷論を書くことも、維新論を書くことも、伝統論を書くことも、皇室論を書くことも、結局は国体論を違う斬り口から書くことであり、国家百年の大計はそこに胚胎している。」  と大きなことを書いたが、このことは考えれば考えるほど難しい。  どう提示したらよいか、途方に暮れる思いがする。  というのは、そもそも国體論…
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平成二十三年、一年の計 ⑦

 このブログをわたくしごとで埋めるのは不本意ながら、今回もまた自分語りが多くなる。  どうかご容赦いただきたい。   私はこれまで非正規雇用で生計を立てながら、学問を継続し、執筆を行ってきたから、世間で言うところのフリーター(フリーアルバイター)になる。これは『(新)西郷南洲伝』上下巻出版後も変わっていない。  いわゆるフリー…
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平成二十三年、一年の計 ⑥

 一年の計は元旦にあり。  この言葉の語源を辿ってみると、 一日之計在晨 (一日の計は晨にあり) 一年之計在春 (一年の計は春にあり) 一生之計在勤 (一生の計は勤にあり) 一家之計在身 (一家の計は身にあり)  という、シナ明代の官僚・馮應京が書いた「月令廣義」の一節が原典らしい。  「晨」は「あした」、すな…
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平成二十三年、一年の計 ⑤

 画期的な仕事に孤独はつきものである。  ブログはその孤独な作業であった『(新)西郷南洲伝』執筆の延長線上で書き続けている。  読者は数は少ないが、そのほとんどが沈黙の読者である。私はこれを好意的に受け止めている。  戦後的な価値観で育ったままの旧友には敬遠されているのを感じるが、私の方にも多分の違和感が生じていることも事実だ…
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平成二十三年、一年の計 ④

 ここから自分語りになる。  私は今四十一歳だが、三十代を、西郷南洲翁の史伝の執筆、出版に費やした。周囲の人になかなか真意を理解してもらえず、孤独な中での作業だったのだが、幸い家族の協力だけは恵まれて、何とか出版まで漕ぎ着けた。  上中下巻の三冊にまとめるつもりだったので(それでも収まりきれそうになかった)、上下巻しか出せなかっ…
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平成二十三年、一年の計 ③

 内田樹氏の「才能の枯渇について」というエッセイの冒頭には、「クリエイティヴ・ライティングの今年最後の授業で…」とあるから、彼の天才論は、クリエイティヴ・ライティングを目指している読者を想定して書かれているらしい。  そういったものを目指す若者は、大体、自身の才能を自負している者が多い。  創作の悦びの虜となっている者がいる一方…
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平成二十三年、一年の計 ② 

 年末にあるブログを読んでいて、そこに転載されていた内田樹氏の「才能の枯渇について」と題された次のエッセイに興味を持った。 (引用開始) クリエイティヴ・ライティングの今年最後の授業で、「才能」について考える。  天賦の才能というものがある。  自己努力の成果として獲得した知識や技術とは違う、「なんだか知らないけれど、…
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平成二十三年、一年の計 ①

 昨年、平成二十二年の年頭の当ブログ記事を読み返してみると、新年の挨拶に代えて、国家「君が代」制定に関する記事を書いていた。  二回目の記事は、昭和二十一年正月元旦の詔書の紹介である。  この詔書は、マッカーサーの思惑通りに、未だに昭和天皇の人間宣言と解している人が多いがこれは誤解である。  いや、誤解であるばかりでなく、昭和…
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