テーマ:西尾幹二

書評 鈴木敏明 『えんだんじ 戦後昭和の一匹狼』

 最近体調を崩していて、自分のテーマを追い続ける気力を失っていたこともあって、気分転換に鈴木敏明氏の自伝小説『えんだんじ 戦後昭和の一匹狼』(文芸社)を読んだ。昨年の夏に贈呈されて、読まなければと思いつつ、なかなか読めないでいた本だ。  興味もあったこともあって、360ページの長編にもかかわらず、二日の内に読み終えることができた。…
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ニーチェが登った階段

西尾幹二氏によると 「最近の世の中は余りにも物事を簡単に考える人が多くなっている。ニーチェはニーチェを読む人に自らの体験を求めている。ニーチェはまず自分の読者であることを止めよと言っている。読者はニーチェを読解するのではなく、ニーチェを読むことを通じて、自分自身とは何であるかを再体験せよと言っている。」 ということだ…
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ニーチェ 神になった悲劇人

ブクログ・パブーに今年唯一の論考『ニーチェ 神になった悲劇人』を公開したのでお知らせいたします。 http://p.booklog.jp/book/93502 西洋哲学について門外漢の私がニーチェについて書くというのは意外だと思いますが、昨年ブログに掲載した西尾幹二氏への批判を国体論…
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徳川家康の天下取り 【三】 中庸および湯武放伐論

 天下分け目の関ヶ原、大坂冬の陣、夏の陣。  二度あることは三度あると言うが、太閤恩顧の大名が秀頼を担ぎ上げて、家康に敵対する事件もやはり三度出来した。  家康はこれに対し、仏の顔も三度までと、三度目の反逆行為に及んだ秀頼をついには許さなかった。家康も秀頼本人に反逆の意図があるとまでは思っていなかったらしく、よく事情を汲んで、何度も…
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徳川家康の天下取り 【二】 大坂の陣

徳川家康は豊臣秀吉のよき理解者ではなかった。  彼の才気に満ちた天下への仕置きの多くを、物好きから来る私的行為とみなしていたらしく思える。  例えば、方広寺の大仏建立である。  この事業は、井沢元彦氏が説いておられるように、織田信長が摠見寺を建立して、あらゆる宗派を統合しようとしたのと同じ趣旨で建立されたものだ。だから、こ…
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徳川家康の天下取り 【一】 「天下分け目の関ヶ原」

 家康は狸親父といわれ、大変な陰謀家と思われているが、必ずしもそうではない。  確かに、彼は秀吉に六尺の弧、すなわち遺児秀頼を託されておきながら、後にこれを滅ぼした。これほど後世の印象を悪くしたことはないだろう。  しかし、これも太平の世から、あるいは後世の価値観から見れば、そう思えるだけのことで、当時の社会状況や価値観を考えれば、…
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徳川家康と天道

 徳川家康が織田信長のことをどう思っていたか分らない。  しかし、彼にもまた、信長・秀吉とはその内容のやや異なる、独自の天道思想があったことは確かだ。  家康は源頼朝の天下統治のあり方を模範としたが、信長の死後、それと同じ原則に則って天下人となった秀吉を、織田家の天下を簒奪した、として批判したことは既に触れた。  そして、豊臣…
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豊臣秀吉の天才

 織田信長の天下一統事業の継承者となった豊臣秀吉に関して、通俗小説の類に慣らされた読者は、今から論じるラジカルな秀吉論について来れるだろうか。  彼の天才ぶりについては夙に知られている。  戦争、特に攻城の名人であると同時に、調略の達人であった。人たらしの天才という言葉はどこかで聞いたことがあるだろう。  だが、多くの人がその…
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この人を見よ!織田信長の正気と狂気

 『信長公記』によれば、天正七年五月十一日、織田信長は安土城天主に移り、まさに天主として降臨した。これは同時に神仏の影向でもあった。  この翌十二日は信長の誕生日とされている。  (フロイスの記述からの逆算による通説。井沢元彦氏は十一日説を主張。私もこちらだと思う。)  ところで最近、古書店で、西尾幹二氏が翻訳と解説を行ってい…
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織田信長の天道思想

 戦国の混乱を収拾しようとした織田信長は天道思想を強く信じていた。    「天下一統」「天下布武」「天正」「天主」  「天」は彼の事業を理解する上でのキーワードである。  彼の人生は戦争と政治に明け暮れて、これと言った文書を残さなかったが、様々な記録や証言から、凡そつかむことができる。  特に小瀬甫庵が愚直と評した太…
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西尾幹二氏へのもう数言

「皇室と『論語』」はまだ終っていないが、急がずにまとめていくことにして、西尾幹二氏が五月九日付のブログ記事「もうひとこと申し上げる」で次のような問題提議を行っておられるので紹介したい。 http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1290 「…最近、皇室問題がしきりに論じられるが、皇室が危機にあるか…
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皇室と『論語』 【五】   (「西尾幹二氏への数言 (六)」)

紀貫之は「仮名序」で、和歌の作用の一つに、鬼神をあはれと思わせる、つまり鬼神を感動せしむる、と述べたわけだが、『論語』にはこの鬼神について孔子が論じた数条がある。  ある弟子が孔子に知を問うた。  子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざく、知と謂うべし。  「義務」「敬遠」の出典である。  ま…
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日本文明の二重性

 西尾幹二氏を中心とする現代史研究会メンバーによる討論を見て、興味深いことが語られていたので紹介したい。  西尾氏自身、歴史は未来から来るものであり、我々が動けば歴史は動く、というだけあって、現在の国際政治を意識しながら、歴史を深く掘り下げた内容の濃い討論となっている。 1/3【現代史研究会SP】「反日の米中連携」その実態と…
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転がらぬ岩

 西尾幹二氏の一言に端を発して書き始めた「皇室と『論語』」はようやく核心に入ろうとしているが、文章がなかなかまとまらない。  この内容は『西郷南州伝』を書いているうちに、すなわち明治維新という故き事を温めるうちに心の中に醸成されてきた日本の国体観、文明観であって、いずれ書かなければならないと思ってはいたものの、まだまだ先のつもりで…
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皇室と『論語』 (四)  

明治大帝を模範とされた昭和天皇は、この祖父が天地神明に誓われた「五箇条の御誓文」の精神を重んじられ、敗戦後、初めての国民への詔書(いわゆる「人間宣言」)で、新生日本建設の指針として「五箇条のご誓文」を掲げられたが、そのご誓文の原案の起草者であった由利公正は、それが四書の思想に由来することを自伝で告白している。  若き日の昭和天…
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【転載記事】 「米議会・慰安婦問題決議への憂慮―日本外国特派員協・ナの意見陳述―西尾幹二」 

 名分条理を正すは維新の根元。  西郷南洲翁が人の言葉として語っていたのを思い出す。  前回少し触れた「従軍慰安婦」「セックス・スレイヴ」の問題に関して、西尾幹二氏が世界に向けて名分条理を正すための狼煙を上げたので、「西尾幹二のインターネット日録」より紹介させていただきます。 http://www.nishiokanji.…
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皇室と『論語』 (参)  

 「道」は過去と己を結ぶものであると同時に、未来へと続くものである。  現在はその間に存在する。  そして、現在にあって「道」は生きるしるべ(導・標・知る辺)となる。  この『論語』との出合いから、我々日本人は豊かな口承伝承の世界を土壌にして、自覚的に歩き始めるひとつのきっかけを得た。  考えてみれば、我々日本人ほど、「…
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皇室と『論語』 (弐)

 西尾氏に対しては、まさに釈迦に説法のような話が続くことになるが、「動かぬ真実を探しても無駄」との一言で戸惑った自分の考えをまとめるために書いている。戸惑ったのは、むしろ真実と信じていたものが意外と簡単に揺らいだことにあったかもしれない。  だから、この文章を書く目的は、西尾氏の見識に対する批判というよりも、日頃よく読んでいる西尾氏の…
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皇室と『論語』 (壱)  (「西尾幹二氏への数言」【その弐】)

 ところで、卓爾たる西尾氏の言論の立つる所とは一体何なのだろう。  これはいつも西尾氏の著作の通読後に残る余韻である。  山の実体を信じ、地の道をてくてく歩いていこうとしている自分には、なかなかつかみにくい。  そんな大地からの目線で、西尾氏の志を忖度するなら、その意識において、近代西洋文明そのものと対峙し、これを乗り越えようとし…
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お知らせ

 毎月十五日は『西郷南洲遺訓解説』の配信日ですが、三月はお休みさせていただきます。  なぜ、南洲翁の事跡、そして『論語』が問われなければならないと筆者が切実に考えるのか、その根拠を問うた記事『西尾幹二氏への数言』をブログでアップするので、そちらを代わりにお読みいただきたくことでご容赦いただければと思います。  第一回記事は既…
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西尾幹二氏への数言 【その壱】

 西尾幹二氏に「西郷隆盛さん」とからかわれた。   西郷真理教の信者さんよ、そんなところに、いや、聖なるもののどこを探しても、動かない真実などありはしないのだよ。  そういうことだろう。 (参照;http://www.nishiokanji.jp/blog/?p=1263 コメント欄)  「動かない真実を探しても無駄」と…
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西尾幹二氏の一言

 『西郷南洲伝』今月分配信が遅れてご迷惑をおかけしております。  しばらくお待ち下さい。  ところで、前回紹介した西尾幹二氏の「そもそも、『論語』は嘘の固まりですから(笑)。」との発言について、「西尾幹二のインターネット日録」の次の記事にコメントを送らせていただいた。 http://www.nishiokanji.…
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所功氏の皇室論の問題点 (その二)

 次にこの国の歴史・文明の本質に対する深い洞察からくる問題点について。  すでに触れたように、所氏は自己を忠臣と規定し、その精神から皇室を見ているわけであるが、これに対して、西尾氏は日本の国体が君民共治であり、君主制と民主主義は両立していると見ている。つまり皇室あっての国民であり、国民あっての皇室であるという立場である。  …
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所功氏の皇室論の問題点 (その一)

 今回は所氏の皇室に関する諸論の問題点について考えてみたい。  私が所氏の著作で読んだことがあるのは、『新地球日本史 1』(産経新聞社)所収の「昭和天皇の近代的帝王学」、『皇位継承のあり方』(PHP新書)と、テレビ番組『たかじんのそこまで言って委員会』での発言くらいだが、これを前提に話を進めることにする。  まずは所氏の自己規定…
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大和民族存亡の条件 (その四)

 ここまでの記述で、私が西尾幹二氏を全面的に擁護していると感じている人がいるかもしれない。  でも私の中の感覚では必ずしもそうではないのだ。    私は南洲翁に共感し、明治維新の精神、目指したところを、この国の民族的伝統の立場から称賛しているだけあって、所氏の忠言論はむしろすんなりと入ってくる。ああ、もっともだなと、素直に首肯する…
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大和民族存亡の条件 (その三)

 我が日本文明の盛衰、消長を象徴するのが、我が文明の中心たる皇室の存在である。  西尾幹二氏は、昨年話題になった皇室に関する一連の言論活動で、この皇室が危機に瀕していると、強い警告を発したのだ。それはすなわち、我が文明が危機に瀕しているということと同義である。  これに対し、皇室を深く敬愛し、これを信仰する立場から、言葉を慎め、もっ…
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大和民族存亡の条件 (その二)

 山本七平氏は民族・国家存続の条件として、各人が精神的奴隷状態から脱することを提示した。しかし、それは安易に到達できるものではないし、誰にでも可能なものではない。各人が置かれた状況もあろうし、本人の資質の問題もある。  そもそも人間は、本人がそれを意識しているか否かは別として、隷属する対象を持たないで生きていけるほど強い生き物なの…
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大和民族存亡の条件(その一)

 山本七平氏は、われわれが奴隷状態を脱して、進歩し、生きていくためにはどうしろと言っているか。  もちろんそれは安易な回答ではない。  山本氏が『存亡の条件』で述べていることを要約すると、自分の行動の本当の規範となっている思想は何なのかということを、各人が工夫して、それを客観的につかみ直すということである。  確かに、そのような工…
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奴隷の群れ

 辛坊氏の「ではどうしたらいいのか」という発言を聞いて、私の中に蘇ってきたのは、山本七平氏の本でかつて読んだことであった。  氏の著作に『存亡の条件』という著作がある。  確か文芸春秋から出ている山本七平ライブラリーには入っていなかったと思うが、大変な名著である。講談社学術文庫に入っていたが、今はどうか知らない。私の手元にあるの…
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世界に咲いた一つだけの花 「日本」

 最近、我が家で流行っている歌は、少し時代遅れだが、スマップの『世界に一つだけの花』である。  長男が保育所の生活発表会の出し物として、練習していたのを、次男がまねして、舌足らずながらも、大きな声で歌い始めたからである。  ツタヤでスマップのCDをレンタルしてきて、パソコンでCDに書き込んでやると大喜び。今ではユウチューブで、映像つ…
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