テーマ:論語

Amazonオンデマンド『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』(MyISBN-デザインエッグ社)

 amazonオンデマンドで、三月十九日より『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の販売を開始しています。  最低価格はページ数で決まるので、低く抑えるために文字をできるだけ詰め込んで編集したので、読みにくくなっていないか心配でしたが、実物を手にとってページをめくってみると、文字が詰まっている割には特に読みにくいということはなさそうです…
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電子書籍kindle版『ニーチェと論語 神になった悲劇人 最晩年のニーチェ』

 電子書籍kindle版『ニーチェと論語 神になった悲劇人 最晩年のニーチェ』が販売されたのでお知らせします。 「狂人とは理性を失った人ではない。 狂人とは理性以外のあらゆるものを失った人である。―ギルバート・K・チェスタトン―  『ツァラトゥストラかく語りき』で示した「超人」「永劫回帰」思想の発明を経て、善悪…
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「徳川家康の天下取り【三】中庸及び湯武放伐論」(再掲載)

天下分け目の関ヶ原、大坂冬の陣、夏の陣。  二度あることは三度あると言うが、太閤恩顧の大名が秀頼を担ぎ上げて、家康に敵対する事件もやはり三度出来した。  家康はこれに対し、仏の顔も三度までと、三度目の反逆行為に及んだ秀頼をついには許さなかった。家康も秀頼本人に反逆の意図があるとまでは思っていなかったらしく、よく事情を汲んで、何度…
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「第一の手がかり、『論語』年譜」…『十人の侍』 プロローグ4

 日本の歴史は長く、文献は多く残されていて膨大な量です。それを調べるということは広大な言の葉が浮かび漂う海に漕ぎ出すようなものであり、現代という近代的に整備された港から無謀に出港するわけにはいきません。どこかで力尽きて遭難するのがオチだからです。  しかし、すでにわれわれは方位磁針を手にしています。  『論語』を中心とする四書が…
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「日本の國體を知る上での『論語』の重要性」…『十人の侍』プロローグ3

 戦後日本を代表する思想家として皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。平成の父世代に当たる戦後の昭和という事なら、多くの人がその人の訃報によって昭和の終わりを感じたということで、思想家とは言えませんが、時代精神を象徴する人物として、美空ひばりや松下幸之助や司馬遼太郎の名が挙がると思います。ここには漫画の神様・手塚治虫を加えてもいいかも…
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身を修し己れを正して、君子の体を具うるとも… 【西郷南洲王遺訓解説】 第四十一条

身を修し、己れを正して、君子の体を具うるとも、処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。たとえば数十人の客不意に入り来たらんに、たとえ何程饗応したく思うとも、兼ねて器具調度の備えなければ、ただ心配するのみにて、取り賄うべき様あるまじきぞ。常に備えあれば、幾人なりとも、数に応じて賄わるるなり。それ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書いて賜りき…
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翁に従いて、犬を駆り、兎を追い… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第四十条

翁に従いて、犬を駆り、兎を追い、山谷を跋渉して終日猟り暮らし、一田家に投宿し、浴終わりて、心神いと爽快に見えさせ給い、悠然として申されけるは、君子の心は常にかくの如くにこそ有らんと思うなり。 (大意)翁に付き従って、犬を走らせ、兎を追って、山谷を渡り歩いて、一日中狩猟をして暮らし、一農家に宿り、入浴を終え、心神極めて爽快になられた…
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今の人、才識あれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十九条

今の人、才識あれば事業は心次第に成さるるものと思えども、才に任せて為す事は危うくして見て居られぬものぞ。体ありてこそ用は行わるるなり。肥後の長岡先生の如き君子は、今は似たる人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ、古語を書いて授けらる。 「それ天下誠に非ざれば動かず、才に非ざれば治まらず。誠の至る者、その動くや速し。才の周(…
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世人の唱うる機会とは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十八条 ①

世人の唱うる機会とは、多くは僥倖の仕当てたるを言う。真の機会は、理を尽して行い、勢を審らかにして動く、と云うに在り。平日、国、天下を憂うる誠心厚からずして、ただ時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。 (大意)世の人の唱える機会とは、その多くはたまさか巡り合えた幸運、すなわち偶然の出来事を指している。真の機会…
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人を籠絡して陰に事を謀る者は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十五条

人を籠絡して陰に事を謀る者は、好しその事を成し得るとも、慧眼よりこれを見れば醜状著しきぞ。人に推すに公平至誠を以てせよ。公平ならざれば、英雄の心は決して攬(と)られぬものなり。 (大意)人をまるめこんで、陰謀を事とする者は、仮にそのことが成功することが出来たとしても、物事の本質や真実を見抜く眼力を持つものから見れば、醜状著しく…
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平日道を踏まざる人は事に臨みて… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十三条

平日道を踏まざる人は、事に臨みて狼狽し、処分の出来ぬものなり。譬えば、近隣に出火あらんに、平生処分ある者は動揺せずして、取仕末(とりしまつ)も能く出来るなり。平日処分なき者は、ただ狼狽して、なかなか取仕末どころにはこれなきぞ。それも同じにて、平生道を踏み居る者にあらざれば、事に臨みて策は出来ぬものなり。予、先年出陣の日、兵士に向かい、我…
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道を志す者は偉業を貴ばぬものなり… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十二条

道を志す者は偉業を貴ばぬものなり。司馬温公は閨中にて語りし言も、人に対して言うべからざる事なしと申されたり。独りを慎むの学、推して知るべし。人の意表に出て一時の快適を好むは未熟の事なり。戒むべし。 (大意)道を志す者は偉大な事業というものを貴ばないものだ。司馬温公(北宋の儒者で、『資治通鑑』の編者)は寝室で夫人に語った言葉であって…
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道を行う者は、天下挙って毀るも足らざるとせず… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十一条

道を行う者は、天下挙って毀(そし)るも足らざるとせず、天下挙って誉むるも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故なり。その工夫は、韓文公が伯夷の頌を熟読して会得せよ。   (大意)道を行う者は天下挙って彼を非難したとしても不満を言わず、天下挙って称賛したとしても満足しない、というのは自らを信ずること篤いからである。その心の工夫は、…
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命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十条

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。されども、かようの人は凡俗の眼には見得られぬぞ、と申さるるに付き、『孟子』に「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行う。志を得れば民とこれに由り、志を得ざれば独りその道を行う。富貴も淫する…
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道を行う者は固より困厄に逢うものなれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十九条

道を行う者は、固より困厄に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の正否、身の死生などに、少しも関係せぬものなり。事には上手下手あり、物には出来る人出来ざる人あるより、自然心を動かす人もあれども、人は道を行うものゆえ、道を踏むには上下下手もなく、出来ざる人もなし。故にひたすら道を行い、道を楽しみ、もし艱難に逢うてこれを凌がんとなら…
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道を行うには尊卑貴賤の差別なし… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十八条

道を行うには尊卑貴賤の差別なし。摘まんで言えば、堯舜は天下に王として万機の政事を執り給えども、その職とする所は教師なり。孔夫子は魯国を始め、何方へも用いられず、しばしば困厄に逢い、匹夫にて世を終え給いしかども、三千の徒皆道を行いしなり。 (大意)道に行うには、尊卑貴賤など身分・立場の差は関係ない。為そうとの志さえあれば誰でも踏み行…
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過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十七条

過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば、それにて善し。その事をば棄て顧みず、直ちに一歩踏み出すべし。過ちを悔しく思い、取繕わんとて心配するは、譬えば茶碗を割り、その欠けを集め合せ見るも同じにて、詮もなきことなり。 (大意)過ちを改めるには、自ら過ったと気づきさえすればそれでよい。その事はいつまでもこだわらずに、棄てて顧みず…
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己れを愛するは善からぬことの第一なり 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十六条

己れを愛するは善からぬことの第一なり。修行の出来ぬも、事の成らぬも、過ちを改むる事の出来ぬも、功に伐(ほこ)り、驕慢の生ずるも、皆自ら愛するが為なれば、決して己れを愛せぬものなり。 (大意)己れを愛するのは善からぬことの第一である。修行がうまく行かないのも、事業が成功しないのも、過ちを改めることが出来ないことも、功に誇り、驕慢の心…
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人を相手にせず、天を相手にせよ 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十五条

人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。 (大意)人を相手にしないで、天を相手にせよ。天に対して己れを尽くし、うまく行かなかったからと言って、人のせいにして過ちを咎めることなく、誠心が足らなかったのではないかと自分に問いかけなさい。 【解説】この条の解説は第二十四条…
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道は天地自然の物にして、…天を敬するを目的とする 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十四条

道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とする。 天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり。 (大意)道とは天地とともに自ずとあるものであるから、天地とともに生きるほかない人間もまた、これを行うものである。そして、それは至高の存在である天を敬するを目的とする。天は人を同じように…
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学に志す者… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十三条

学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。さりとて唯ここにのみ偏倚すれば、或いは身を修するに疎かに成り行くゆえ、終始己れに克ちて、身を修するなり。規模を宏大にして己れに克ち、男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ、と古語を書いて授けらる。 「其の志気を恢宏する者は、人の患いは自私自吝、卑俗に安んじて古人を以て自ら期せ…
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己れに克つに、事々物々、時に臨みて… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十二条

己れに克つに、事々物々、時に臨みて克つ様にては克ち得られぬなり。兼ねて気象を以て克ち居れよ、となり。 (大意)己れに克つには、物事に臨んで、その時になって初めてうち克とうとしても、克ち得られるほど甘くはないものだ。兼ねて、常日頃より己にうち克つよう心掛けて物事に臨んだときにはすでに、心構えが出来上がっているようにしておけよ。 …
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道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十一条

道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己れに克つの極功は「意なく、必なく、固なく、我なし」(『論語』)と云えり。  総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人、その事、大抵十に七八までは能く成し得れども、残り二つを終わりまで成し得る…
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何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十条

何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し。人ありて後、方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れその人に成るの心がけ肝要なり。 (大意)どんなに制度や方法を論じても、それにふさわしい人物でなければ、うまく行われないだろう。その人あってこそ、政治課題を克服するための制度や方策は活かされるものであるから、人は…
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古より君臣共に己れを足れりとする世に…【西郷南洲翁遺訓解説】 第一九条

古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下々の言も聴き入るるものなり。己れを足れりとすれば、人、己れの非を言えばたちまち怒るゆえ、賢人君子はこれを助けぬなり。 (大意)古い昔から君主臣下ともに、統治者としての自己に満足している社会で、治功が上がったことはない。自分はつねに不足している…
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国の凌辱せらるるに当りては… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第十八条 ①

談、国事に及びし時、慨然として申されけるは、国の凌辱せらるるに当りては、たとえ国を以て斃るるとも、正道を踏み、義を尽くすは政府の本務なり。然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、ただ目前の苟安を謀るのみ。戦の一字を恐れ、政府の本務を堕しなば、商法支配所と申すものにて、さ…
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正道を踏み、国を以て斃るる・・・ 【西郷南洲翁遺訓】 第十七条

正道を踏み、国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従する時は、軽侮を招き、交親却って破れ、終に彼の制を受くるに至らん。 (大意)正しい道を踏み、いざとなれば国の命運を賭して戦うぐらいの覚悟がなければ、外国との対等の交際関係を維持することはできない。相手国の強大さ…
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節義廉恥を失いて、国を維持するの道決してあらず 【西郷南洲翁遺訓解説】 第十六条

節義廉恥を失いて、国を維持するの道決してあらず、西洋各国同然なり。上に立つ者下に臨みて利を争い義を忘るる時は、下皆これに倣い、人心忽ち財利にはしり、卑吝の情日々長じ、節義廉恥の志操を失い、父子兄弟の間も銭財を争い、相讐視するに至るなり。かくの如く成り行かば、何を以て国家を維持すべきぞ。  徳川氏は将士の猛き心を殺ぎて世を治めしかども、…
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常備の兵数もまた… 【西郷南洲翁遺訓】 第十五条

常備の兵数もまた、会計の制限に由る。決して無根の虚勢を張るべからず。兵気を鼓舞して精兵を仕立てなば、兵数は寡(すくな)くとも、折衝禦侮ともに事欠くまじくなり。 (大意)常備軍の兵数も、他の事業同様、予算の制限を超えてはならない。虚勢を張って、根拠のない軍備の拡張をしてはならない。兵の正気を鼓舞して精兵に育て上げれば、兵数は少な…
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文明とは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 十一条

文明とは道の普く行わるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言うには非ず。世人の唱うる所、何が文明やら、何が野蛮やらちっとも分からぬぞ。予嘗て或人と議論せしこと有り。西洋は野蛮じゃと云いしかば、否文明ぞと争う。否野蛮じゃと畳みかけしに、何とてそれ程に申すにやと推せしゆえ、実に文明ならば、未開の国に対しなば、慈愛を本と…
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