テーマ:西郷隆盛

令和元年 西郷隆盛の命日 〈九月二十四日 追記〉

 九月二十四日は西郷南洲翁の命日です。  この巨大な人物が城山の露と消えてから今年で百四十二年が経とうとしております。  この百四十二年、明治維新から言えば百五十二年で日本は大きく様変わりしました。  それは社会的な事象において顕著な訳ですが、人々の内面においてはもっと深刻です。  令和の新時代を迎えて、日本は、…
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百五十年経ってますます明治維新が理解できなくなった日本人

 もう師走。  今年もあと少しですが、本年は明治維新百五十周年ということもあって、NHK大河ドラマが『西郷どん』であったり、明治維新を見直すと称して、否定する内容、今風に言えば「ディスる」ための本が多く出版され話題になりましたが、内容のモチーフを表しているはずの題名や帯の宣伝文句を見るだけで、皮相な内容が想像されるものばかりで、全く読…
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Amazon オンデマンド版 『十人の侍(中)』 販売開始のお知らせ

 Amazonオンデマンド版『十人の侍(中)』が十月十五日より販売開始となります。【税別価格4000円・税込み価格4320円】  紙の書籍です。  Kindle電子書籍版出版の告知でも書きましたが、江戸時代の儒学の伝統、そして、それがどのように維新回天の偉業につながったのか、廃藩置県に至るまでを、薩摩藩の王政復古討幕運動…
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西郷隆盛の命日 【Kindle版電子書籍『十人の侍(中)』出版!】

 九月二十四日の西郷南洲翁の命日を前にして、みな様お待ちかね…かどうか知りませんが、『十人の侍(中)』がようやく完成し、kindle版電子書籍として出版しました。お値段の方は1,280円(+消費税)ということになります。  紙の書籍の方はAmazonの審査に少し時間がかかるので、今しばらくお待ちください。こちらはオンデマン…
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渡部昇一氏の業績

 去る四月十七日、保守派知識人の重鎮として活躍された渡部昇一氏が逝去された。八十六歳であった。 渡部氏の本職は英文学者であったが、大変な読書家で、その該博な知識を駆使しての洗練されたエッセイで多くの読者を獲得した。  また、その知性は常識的で、保守は保守でもヨーロッパ、なかんづくイギリスの保守知識人の良き伝統を身につけた、芯の…
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幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し… 【西郷南洲翁遺訓解説】第五条

或る時、「幾歴辛酸志初堅 丈夫玉砕愧甎全 一家遺事人知否 不為児孫買美田(幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し、丈夫玉砕して甎全を愧ず、一家の遺事人知るや否や、児孫の為に美田を買わず)」との七絶を示されて、若しこの言に違いなば、西郷は言行反したるとて見限られよ、と申されける。 (大意)ある時、翁は「幾たびか辛く苦しい思いをして始め…
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政の大体は、文を興し、武を振るい・・・ 【西郷南洲翁遺訓解説】第三条

政の大体は、文を興し、武を振るい、農を励ますの三つにあり。その他百般の事務は、皆この三つの物を助くるの具なり。この三つの物の中において、時に従い、勢いに因り、施行先後の順序はあれど、この三つの物を後にして他を先にするは更になし。 (大意)政治の根幹は、文(学問・教育)を奨励して盛んにし、軍備を整えて精強な軍隊を作り、農業を奨励して…
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賢人百官を総べ… 【西郷南洲翁遺訓解説】第二条

賢人百官を総べ、政権一途に帰し、一格の国体定制なければ、縦令(たとえ)人材を登用し、言路を開き、衆説を容るる共、取捨方向なく、事業雑駁にして成功あるべからず。昨日出でし命令の、今日たちまち引き易(か)うるという様なるも、皆統轄する所一ならずして、施政の方針一定せざるの致す所なり。 (大意)賢人が多くの官吏を総べ、政治権力が一つとな…
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廟堂に立ちて大政を為すは… 【西郷南洲翁遺訓解説】第一条

廟堂に立ちて大政を為すは天道を行うものなれば、いささかとも私を挟みては済まぬものなり。いかにも心を公平に操り、正道を踏み、広く賢人を選挙し、能くその職に任(た)ゆる人を挙げて政柄を執らしむるは即ち天意なり。それゆえ真に賢人と認むる以上は、直ちに我が職を譲る程ならでは叶わぬものぞ。故に何程国家に勲労あるとも、その職に任(た)えぬ人を官職を…
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西郷隆盛の命日 (平成二十八年九月二十四日)

現在、何か一巡したような気がしている。 本日は西郷南洲翁の命日である。 二〇〇六年に『(新)西郷南洲伝』の上巻を出版してからちょうど十年。 下巻の出版はその二年後の二〇〇八年だったが、それ以降、維新回天の前提となった日本の伝統について掘り下げて考え始めて、先月末にようやく江戸時代の学問の大河を書き終えた。  後期水戸学と…
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西郷隆盛の命日

 人皆、事を成すに、己が事はこの位の事は宜しきものと恕(ゆる)し、人の事は責むるなり。総ベて己に恕するだけは人をも恕し、人を責むるだけは己をも責むべし。畢竟、恕は人に帰し、責は己に帰すべし。因りて人を容れ、人に容れられては済まぬものなり。    忠孝は根本なるも、これを行うところを究むれば、天を敬し人を愛すは第一の目的なり。…
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続 正心誠意

産経新聞【正論】東洋学園大学教授・櫻田淳  「首相は『正心誠意』全うできるか」 2011/10/05 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/530713/  野田佳彦首相は、所信表明演説で自らの施政方針を表す言葉として、「正心誠意」の4文字を紹…
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野田首相の汚泥にまみれた増税

 自分は政治評論家ではないので、一つ一つの政策についていちいち論評する事はないが、野田首相がこだわる増税について、元衆議院議員の西村眞悟氏が自分が感じているままのことを、自身のサイトの九月三十日付のコラムで書いているので転載させていただくことにする。 (転載開始) 「国民の可処分所得の重要性を理解していた西郷隆盛」(「眞…
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西郷南洲翁の命日

 九月二十四日は、西郷南洲翁の命日である。 ここ数日、南洲翁の遺訓を、聖徳太子の『十七条憲法』とともに、改めて読み返している。  『(新)西郷南洲伝』の上巻を世に問うて既に五年、下巻を世に問うて既に三年が経過しているが、世間一般で特に南洲翁に対する新たな議論が起こり、認識が改まった、ということもなさそうである。  これ…
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三島由紀夫

小林秀雄  …宣長と徂徠は見かけはまるで違った仕事をしたのですが、その思想家としての徹底性と純粋性では実によく似た気象を持った人なのだね。そして二人とも外国の人には大変わかりにくい思想家なのだ。日本人には実にわかりやすいものがある。三島君の悲劇も日本にしかおきえないものでしょうが、外国人にはなかなかわかりにくい事件でしょう。 …
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草莽崛起!尖閣抗議デモの歴史的意義 (その弐)

 前回、日本文化チャンネル桜の水島総氏が中心となって行われている国民運動、およびテレビメディアを駆使した情報戦が、楠木正成の決起の伝統に連なるものであることに触れました。  これについてもう少し書いておきたいと思います。  かつて司馬遼太郎は『この国のかたち』というエッセイの中で、ほとんど伝説的な楠木正成の英雄的な戦いについ…
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中国の日本侵略シナリオ進行中!

 1995年、中国の李鵬首相は、オーストラリアのキーティング首相に「日本などという国は20年後には消えてなくなる」と豪語したと巷間伝えられている。     ということは中国人の計算では、日本は2015年、今から五年後にはなくなっていることになる。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E9%B5…
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中国漁船船長釈放という重大事

 前回の記事をアップした直後、早速、那覇地検が当該事件の中国漁船船長を処分保留として釈放した。何でも「我が国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」からだという。  まことに愚劣な判断である。  地検の判断は、事なかれの願望からか、シナの手が回ったか、どちらかだが、いずれにしても政府からの指示があったのではあるまいか。  い…
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西郷南洲翁の命日

 本日は西郷南洲翁の命日である。  改めて蓋世の英雄南洲翁を偲びたい、と月並みなことを書くべきところだが、昨今の日本の内外の状況は、私の心の内で常に、南洲翁の金言を、ふつふつと脈打たせてきた。  日頃南洲翁を意識しないが、ひしひしと日本の危機的状況を感じている人々の心に、南洲翁の言葉が、打ち響いてくる時代が到来したのではあるまいか。…
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和を以て貴しとなす、ということ

 前回、日本人の持つ和の性向が、保身に由来する事大主義、長い物には巻かれろ式の生き方と結びついて、平和憲法信仰、日中友好の幻想が、あるいは日米同盟絶対の幻想が、戦後六十年以上の長期にわたって、日本人をがんじがらめにしてき、そしてさらに民主党政権の誕生を迎え、現在の状況を生み出していることについて、舌足らずながらも言及したつもりである。 …
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和の国 日本

 和を以て貴しとし、忤(さか)らうことなきを宗(むね)とせよ。  聖徳太子の十七条憲法の第一条である。  ところで、中国による国土蹂躙の危機に瀕して、日本人の反応は概ね二つに分かれるのではないかと思う。  一つは、中国の侵略的態度に対し憤慨し、これを何とかしたいと考える者。  もう一つは、中国の恫喝に萎縮し、現実を見よう…
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読者へ

 前回の記事「やまとごころ」(その壱)の内容を受けて、いよいよ明日にさし迫った参院選挙について書きたい。  このブログではずっと民主党の持つ危険性に付いて指摘してきたから、民主党に投票する読者の方はおられないと思う。  民主党は間近に接近した崖に向かってアクセルを踏む、狂気に捕らわれた政党である。  しかし、民主党が参院選にお…
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やまとごころ (その壱)

 大和魂、和心と聞いて身構えてしまう方には、そんな必要はない、と言っておきたい。  「やまと魂」を「ますらをの、をゝしくつよき、 高く直き、 こころ」としたのは江戸期の国学者賀茂真淵であったが、これは彼の思想が強く反映した定義であって、古来そのような使い方が為されてきたというわけではない。    大和言葉としての「やまと魂」の…
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明治維新における狂気と理性のダイナミズム

 吉田松陰は、井伊直弼が大老に就任し、幕政改革派や尊皇攘夷派の志士の弾圧に乗り出すと、理性によって突き詰めていった結果、この閉塞した状況を破るには狂の精神によるしかないと達観した。  この間の彼の言動には、まさに狂的な自己衝迫に駆られたものを感じさせる。  松陰は老中間部詮勝(まなべあきかつ)の殺害を企て、長州藩の中枢に訴えた。彼は…
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君が代  (新年の挨拶に代えて)

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで    この歌が明治天皇の前で正式に奏楽されたのが、明治十三年の天長節(11月3日)のこと。  しかし、その動きの起源は明治三年にまで10年さかのぼることになる。    明治三年八月から九月にかけて大久保利通は、近々交代帰国することになっている、皇居…
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遷都論 (その二)

 鳥羽伏見戦役終了後の朝廷が直面していた大問題は三つあった。  一つ目は、撃退したばかりの対徳川問題。 当時の最重要問題である。 この国内問題は、七日に慶喜の追討令も出て、準備段階に入っており、すでにその端緒はついていたといえる。  二つ目は、外国への布告問題。 この対外問題は、十一日に神戸事件(神戸の居留地で、…
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遷都論 (その一)

 (『王道のすゝめ』「とことんこだわる人心の和」より抜粋 http://inagaki-hideya.jp/)  ここで話題にしたいのは、再び人心の一致一和のことである。  彼らの運動における大まかなヴィジョンが、道理に基づく人心の一致一和にあったことはすでに見てきた。  それは『孟子』の「天の時は地の利に如かず、地の利は人の…
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建武の中興と明治維新 

 (『新西郷南洲伝』上巻より参考のため抜粋)  日本の歴史において、この諸葛孔明と同じ位置にいる人物が、楠木正成であった。  実は南洲が今回の挙兵の教科書として酌んだのが、この楠木正成の事跡だったのである。楠木正成のエピソードは、南北朝の動乱を描いた『太平記』により、日本人に親しまれてきた。 南洲は、直接か間接かは分からな…
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マイノリティ・リポート

 目的は手段を正当化するのか、それとも手段こそが目的を正当化するのか。  このことはマキャベリが論じて以来、西洋文明の重要なテーマの一つであり続けてきた。かつてドストエフスキーが『罪と罰』で扱ったのもこれだった。  前回、南洲翁の辞世をテーマとして、王道という、いわば、正義のあり方について論じたわけだが、そこには先のテーマが重要な論…
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西郷隆盛の辞世

 先日(九月十二日)の朝日新聞朝刊に「西郷 辞世の漢詩か」と題された記事が載った。  これが、南洲翁夫人いとの実家、岩山家の現当主の宏至氏が仰っていた、翁の辞世の句か、と思わず見入った。  もし翁の本物の辞世なら、確かに世紀の大発見であり、鹿児島の人々や翁のファンにとって大変興味深いものだろう。  西南戦争について調べ、翁の伝記を…
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