テーマ:西郷隆盛

西郷隆盛の辞世

 先日(九月十二日)の朝日新聞朝刊に「西郷 辞世の漢詩か」と題された記事が載った。  これが、南洲翁夫人いとの実家、岩山家の現当主の宏至氏が仰っていた、翁の辞世の句か、と思わず見入った。  もし翁の本物の辞世なら、確かに世紀の大発見であり、鹿児島の人々や翁のファンにとって大変興味深いものだろう。  西南戦争について調べ、翁の伝記を…
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チャンネル桜の情報戦 (その五)

 水島氏のエートスに灯を点したきっかけが何であったかは知らない。  しかし、様々な同じ灯を持つ人々との出会いを通じて、この炎を大きくしていったであろうことは確かだ。その行き着いた出会いとして、氏がチャンネル桜のスローガンとして掲げている言葉の主たる南洲翁と吉田松陰との邂逅がある。  時代を超えて共感しあうことはいくらでもありうるだろ…
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チャンネル桜の情報戦 (その三)

水島氏主宰のチャンネル桜の情報戦の背後にある伝統。  これは水島氏が自覚的な幕末維新の志士、とりわけ西郷南洲翁と吉田松陰をさらにさかのぼって、これらの背景をなした江戸時代の学問的伝統、それに絶好の主題を提供した南北朝の騒乱にまでさかのぼることができる。  その一つの模範となったのが、渡部昇一氏の指摘した、南朝の英雄にして、忠臣の鑑…
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チャンネル桜の情報戦 (その二)

 圧倒的に不利な状況を克服するには、尋常でない献身的努力、自己犠牲の精神を必要とする。そして、それが切所にさしかかった時には、一種の物狂おしさを感じさせるものにならなければならない。というか、なるはずである。  その点、現在の日本の状況はどう見てもそこまでは行ってない。  少し前のチャンネル桜の番組で、水島氏は、日本人には絶望が足り…
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チャンネル桜の情報戦 (その一)

 先の終戦記念日の前日、すなわち八月十四日、日本文化チャンネル桜において、『大東亜戦争肯定論』と題された討論番組が放送された。  ユウチュウブで一時間分が無料で視聴できる。( http://www.youtube.com/watch?v=e3-J7FcDUaM&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Ech%2Dsakura%2…
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日本の至宝 『日本文化チャンネル 桜 』

 少し前のことになるが、「日本文化チャンネル 桜 」から次のようなメールが視聴者に送られてきたので紹介したい。 「皆様へ  日本文化チャンネル桜は、平成二十一年九月一日より、スカパー!CH219の放送を一旦、休止をさせていただき、別のチャンネルの夜の時間帯で、二時間の放送を九月一日より続けさせていただきます。チャンネル名は、…
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理と勢

 人を相手にせず、天を相手にせよ、と南洲翁は仰ったではないか、外務省の役人のことなど放って置いて、そろそろ南洲翁や日本の伝統について書け、と思っている人もいるかもしれない。  私もそうしたいのは山々である。  しかし、これまで問答体で書いたり、その総括をしていることは、そのことから必ずしも外れているわけではない。むしろ、そのこと…
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田母神論文に関する問答 (その三)

ヒロシさん 「いくつか、誤解がありますので、僕は以前、渡部さんのファンでした。 それが二十年ほど前でしたか、オソンファさんとの対談を出してから変りました。 いいかげんな人物と思いました。ですから、それ以前の著書は全部読んでいます。 それと張作霖の話ですが、昭和天皇が田中総理を叱責した話はご存じないのですか? これをどう…
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田母神論文に関する問答 (その二)

 ヒロシさん 「多分あなたはミンビ暗殺について否定的だと思います。」 管理人 「はい、否定的です。」 ヒロシさん 「それなら張作霖暗殺は?」 管理人 「再検証の結果、やはり河本大作の単独犯行だったということが確定したなら、一緒に非難しましょう。」 ヒロシさん 「タモガミ一派はコミンテ…
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西郷隆盛に関する問答 (その二)

ヒロシさん 「なるほどね、よく理解できました。 異論が二点だけ 李鴻章やミンビをどうご覧になっていますか? 李鴻章はウィッテから賄賂をもらっていたと聞きますが。 ミンビは壬午軍乱で清国兵を招き入れていますが。 このような手合いを相手に西郷の才覚がいかされるかどうか。 次、ここは良く知りませんが、琉球処分で大久保は兵…
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西郷隆盛に関する問答 

ヒロシさん 「西郷についてはまるで僕とは意見が違います。 西郷は外交音痴です。 西郷が偉大なのは幕府側に勝海舟がいたからです。 言い方をかえれば勝あっての西郷です。 幕府側の代表が小栗判官であれば西郷の器量はいかせません。  実際に韓国に渡った場合どんな成果が得られたかは分かりませんが、おそらく談判は失敗したでしょう…
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現代の西郷教宣教師

 現代の西郷教宣教師の方から、熱い思いの伝わってくるメールをいただきましたので、紹介させていただきます。  送り主は、岩山宏至さんという方で、南洲翁夫人の糸子の実家、岩山家の方で、国防に従事する傍ら、ボランティアで、南洲翁の偉大さを伝えるべく、熱心な活動をされている方です。  またまた、西郷南洲翁宣教師の皆さんに情報提供です…
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「己克」 (南洲翁遺訓 1-5)

 学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。さりとて、ただここにのみ偏倚すれば、あるいは身を修するに疎に成り行くゆえ、終始、己に克ちて身を修するなり。規模を宏大にして、己に克ち、男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ。…堯舜を以て手本とし、孔夫子を教師とせよ。  (『西郷南洲遺訓』 第二十三条)  ここまで…
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「伯夷の頌と驕り」 (南洲翁遺訓解説 1-2 )

道を行う者は、天下挙(こぞ)って毀(そし)るも足らざるとせず、天下挙って誉むるも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故なり。その工夫は韓文公が「伯夷の頌」を熟読して会得せよ。 (『西郷南洲翁遺訓』第三十一条)  この遺訓もまた前回同様、『孟子』の「浩然の気」につながってくる内容である。そのことは、文中後半にあり、翁が熟読して…
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「浩然の気」 (南洲翁遺訓解説 1-1 )

 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。されども、かようの人は、凡俗の眼には見得られぬぞ。 (『西郷南洲遺訓』第三十条)  戦後社会に生きる人間にとって、これほど始末に困る言葉はないのではあるまいか。 なぜなら戦後とは、要…
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南洲翁遺訓解説 序

 これからしばらくの間、南洲翁の遺訓について解説を試みてみたいと思うのでお付き合いを。  ここに言う遺訓とは、現在でも岩波文庫に収められて、よく読まれている、旧庄内藩士編纂の、いわゆる『南洲翁遺訓』に収められた言葉だけでなく、南洲翁が激動の歴史の中で発した言葉全般を指して言っています。  その中から、翁の精神の精髄と思われる言葉…
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お札の顔、西郷さんと孔子 (その一)

 西郷隆盛には、福沢諭吉と本居宣長という正反対の思想を(しかも聖徳太子の和の思想をも)一身に体現しているようなところがあるのですが、彼らには共通する、精神の背骨となっている思想がありました。  それが実は孔子の思想です。  福沢は「孔孟は稀有の思想家なり」(『文明論の概略』)、本居は孔子は聖人などという類のものではなく「よき人なり」…
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お札の顔、聖徳太子と西郷さん (その三)

 一万円札の肖像に聖徳太子がふさわしいというのは、日本人が自己喪失に陥っている今日の方が、二十四年前よりも、その必要性が格段に高まっているように思えます。  そして私はお札の肖像にふさわしいもうひとりの人物を挙げておきたい。  もちろんそれは西郷隆盛です。  世界各国を見回してもお札の肖像には、当然その国の歴史上の偉人が用いら…
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忠臣(その二)

 所功氏は忠言・諫言とは本人に対して行うべきものだと言いましたが、これを自ら暗黙の内に実践し、そのことが有力な原因となって、政治的敗北を喫した歴史上の巨人がいました。  西欧合理主義に政治的に葬られたその巨人とは、維新の立役者西郷隆盛です。  西郷隆盛が征韓論政変において、正当な手続きを踏んで、後世に何ら後ろ暗いところを残さなか…
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司馬遼太郎と海音寺潮五郎

 以前、司馬遼太郎と海音寺潮五郎の態度を比較して、司馬遼太郎を批判したことがありました。  あの時私は司馬遼太郎が『国盗り物語』を書くにあたって、海音寺潮五郎の『武将列伝』中の「斉藤道三」編のお世話になっていながら、この『武将列伝』の解説を引き受けたとき、そのことをおくびにも出さなかった態度を批判的に書いたのでした。  しかし、最近…
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『(新)西郷南洲伝』下巻発刊のお知らせ

 『(新)西郷南洲伝』下巻が、鹿児島の高城書房よりついに発刊されました。 予定より大幅に遅延いたしましたことをお詫び申し上げます。  内容に関しては、征韓論政変、西南戦争、そして西郷隆盛について百年後のスタンダードになりうるものを提示できたと、自負しております。より多くの人に読んでいただきたいと思います。  特に鹿児島在住あるいは…
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サイト開設のご案内

 サイトを開設いたしました。  趣旨は基本的にこのブログと同じですが、もう少し一般の方にも入って来やすい内容にしたいと考えています。  まだ不十分な内容ですが、興味のある方はのぞいて見て下さい。    http://inagaki-hideya.jp/
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無思想・合理主義という名の思想(その一)

 少し前のこと。10余年ぶりに会った友人に、拙著『南洲伝』上巻について、これは歴史じゃなくて思想だと言われました。  この友人は司馬遼太郎などの歴史小説が好きで、その昔、幕末ものをよく読んでいた事を知っていました。当時はまさか理系であった自分が幕末ものを書いて本に出すことになるとは夢にも思っていなかったのですが、西郷隆盛にとりつかれて…
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「征韓論政変の謎」(海鳥社)伊牟田比呂多

 著者の伊牟田氏は、幕末西郷隆盛の密命を受けて江戸に赴き、浪士を使った幕府への挑発を実行したとされている伊牟田尚平の子孫の方でしょうか。西郷南洲顕彰会の機関誌「敬天愛人」誌によく記事を書いておられます。前掲書はその伊牟田氏が書いた征韓論政変に関する著作ですが、政変の謎に挑んだ研究書というよりは、毛利敏彦氏の「明治六年政変の研究」の延長線…
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白川静博士の大志と南洲伝 (その二)

今回も以前掲載した文章の再掲載です。 《前回白川静博士の大志について述べました。東アジアの連帯のための漢字文化の復活です。そのための壮大な試みとしての白川漢字学でした。  残念ながら、白川博士が生きている間に、漢字文化復興による東アジアの連帯のための一歩を見るまでには到りませんでしたが、ここ日本国内においては、漢字ブームもあり、…
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白川静博士の大志と南洲伝 (その一)

 近日ようやく『(新)西郷南洲伝(下)』(高城書房)を発刊することになりましたので、以前白川静博士の訃報に接した時に掲載した文章ですが、南洲伝を世に問う意義が白川博士の大志に連なるものであることを改めて確認しておきたいと思います。 《去る10月30日、漢字研究の第一人者である白川静博士がご逝去されました。とても残念です。心から哀悼…
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