テーマ:本居宣長

明和事件 (「江戸期の学問の大河」 その十)

京都を追放された竹内式部は、伊勢内宮の権禰宜・蓬莱尚賢を頼って伊勢宇治に赴き、家来の鵜飼又太夫宅に寄寓した。  蓬莱尚賢は和漢の学問に造詣深く、賀茂真淵や本居宣長に師事した人物で、のちに(安永二年、一七七二)『古事記伝』を精読して感銘を受けている。彼はまた、宣長の思想への影響を図示した「恩頼図」にあった、伊勢の垂加神道系国学者・…
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「やまとごころ」の極北 本居宣長 (「江戸期の学問の大河」 その七)

 しき嶋の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山ざくら花   国学史上、後世に最も影響を及ぼした人物といえばやはり、賀茂真淵の弟子で、この有名な和歌の作者である本居宣長であろう。  その宣長の養子大平の書いた「恩頼図(みたまのふゆず)」というものがある。  大平が養父にして師である宣長の学問をある人に説明するため…
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さくら (その四)

 木花咲耶姫(このはなさくやひめ)と言えば、日本を象徴する霊峰・富士の化身として知られる。  葛飾北斎も「富嶽百景」の冒頭にこの神を画題として取り上げている。 「コノハナサクヤビメ」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%8E%E3%83%8F%E3%83%8…
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さくら (その弐)

 この時期になると有線などで「さくら」をテーマにしたJ・POPがよく流れている。  いつの頃からだろうか。 「さくら」をテーマにしたヒット曲がなければ、一人前のミュージシャンとは言えないかのように、どんなミュージシャンでもさくらをテーマにした曲をリリースするようになったのは。  春になればさくらを歌った歌の需要が高まるとの供給側…
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直毘霊(なおびのみたま)

 本居宣長がまことの道を論じた『直毘霊』全文を掲載しているサイトがあったので、紹介させていただく。 『直毘霊・原文』 http://www.norinaga.jp/shoin/naobitama.html 『本居宣長研究ノート「大和心とは」』 http://www.norinaga.jp/index.html …
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さくらと本居宣長 (再掲載)

 その生涯を通じて本居宣長ほど、桜の花をこよなく愛し、歌に詠み続けた人はいなかったのではないでしょうか。 わするなよ わがおいらくの 春迄も  わかぎの桜 うへし契を これは三十歳のときの詠歌。 めづらしき こま(高麗)もろこし(唐)の はなよりも あかぬ色香は 桜なりけり これは四十四歳のときの自画…
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山本七平論 (補記)

 前回、山本七平氏の伝統再把握の仕上げが「天皇論」であったとするなら、自己の選択した価値規範の探究・深化の総仕上げが、「イエス・キリスト論」という趣旨のことを述べたが、あまりにも単純化しすぎてしまって、誤解されるのではないかと不安になってきた。  自己の伝統の再把握という作業を通じて、キリスト教を選択したと言っても、正確には、父親が内…
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山本七平論

 山本七平氏は、自己の属する伝統を再把握し、自己の行動の規範を客観的に把握することで、自由に生きていると言えるとした。それがとりもなおさず、進歩的に生きていると言える状態であり、存亡の条件である。  では、山本氏は、日本人として、自己の属する伝統をどのように把握し、どのような規範を選択したといえるのか。  それは明確には言えない…
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さくらと本居宣長

 その生涯を通じて本居宣長ほど、桜の花をこよなく愛し、歌に詠み続けた人はいなかったのではないでしょうか。 わするなよ わがおいらくの 春迄も  わかぎの桜 うへし契を これは三十歳のときの詠歌。 めづらしき こま(高麗)もろこし(唐)の はなよりも あかぬ色香は 桜なりけり これは四十四歳のときの自画…
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はやり心

 本居宣長は言う。  ちかき世、学問の道ひらけて、大かた萬のとりまかなひ、さとく、かしこくなりぬるから、とりどりにあらたなる説を出す人おほく、その説よろしければ、世にもてはやさるるによりて、なべての学者、いまだよくもととのはぬほどより、われおとらじと、世にことなるめづらしき説を出して、人の耳をおどろかすこと、今のよのならひなり。 …
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西郷隆盛と本居宣長『古事記伝』 (その二)

 つい最近のことですが、夜11時からのNHKの番組、爆笑問題がある分野の権威を訪ねて、話を聞くという『ニッポンの教養』という番組で、日本思想史の研究家子安宣邦という学者が出てきました。  この方は江戸時代の独創的な学者である伊藤仁斎、荻生徂徠、本居宣長について多く書いている学者です。岩波文庫の本居宣長の著作の校註なども行っています。 …
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西郷隆盛と本居宣長『古事記伝』 (その一)

 鹿児島に西郷南洲顕彰館という施設があります。  西郷隆盛を中心とする西南戦争戦没者墓地と南洲神社に隣接して立てられた西郷隆盛を顕彰するための施設です。  そこには数多くの貴重な遺品が展示されているのですが、昨年末訪鹿の折、そこに西郷隆盛が読んだ本居宣長の『古事記伝』が展示されていたように記憶していました。  当時、本居宣長に対し…
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