テーマ:山本七平

神かカイサルか ―山本七平

「パレスチナ問題」――それはおそらく二千年以上つづいて来た問題である。…(中略)…いったいその背後には何があったのか。それは一つの言葉に要約できる――「神かカイサルか」。  当時の世界はこの言葉を理解しなかった。「神はカイサル」ではあっても、「神かカイサルか」という言葉はあり得ない。当時の全世界の民にとっては、この言葉が語義矛盾であっ…
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大和民族存亡の条件 (その四)

 ここまでの記述で、私が西尾幹二氏を全面的に擁護していると感じている人がいるかもしれない。  でも私の中の感覚では必ずしもそうではないのだ。    私は南洲翁に共感し、明治維新の精神、目指したところを、この国の民族的伝統の立場から称賛しているだけあって、所氏の忠言論はむしろすんなりと入ってくる。ああ、もっともだなと、素直に首肯する…
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大和民族存亡の条件 (その三)

 我が日本文明の盛衰、消長を象徴するのが、我が文明の中心たる皇室の存在である。  西尾幹二氏は、昨年話題になった皇室に関する一連の言論活動で、この皇室が危機に瀕していると、強い警告を発したのだ。それはすなわち、我が文明が危機に瀕しているということと同義である。  これに対し、皇室を深く敬愛し、これを信仰する立場から、言葉を慎め、もっ…
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大和民族存亡の条件 (その二)

 山本七平氏は民族・国家存続の条件として、各人が精神的奴隷状態から脱することを提示した。しかし、それは安易に到達できるものではないし、誰にでも可能なものではない。各人が置かれた状況もあろうし、本人の資質の問題もある。  そもそも人間は、本人がそれを意識しているか否かは別として、隷属する対象を持たないで生きていけるほど強い生き物なの…
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山本七平論 (補記)

 前回、山本七平氏の伝統再把握の仕上げが「天皇論」であったとするなら、自己の選択した価値規範の探究・深化の総仕上げが、「イエス・キリスト論」という趣旨のことを述べたが、あまりにも単純化しすぎてしまって、誤解されるのではないかと不安になってきた。  自己の伝統の再把握という作業を通じて、キリスト教を選択したと言っても、正確には、父親が内…
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山本七平論

 山本七平氏は、自己の属する伝統を再把握し、自己の行動の規範を客観的に把握することで、自由に生きていると言えるとした。それがとりもなおさず、進歩的に生きていると言える状態であり、存亡の条件である。  では、山本氏は、日本人として、自己の属する伝統をどのように把握し、どのような規範を選択したといえるのか。  それは明確には言えない…
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大和民族存亡の条件(その一)

 山本七平氏は、われわれが奴隷状態を脱して、進歩し、生きていくためにはどうしろと言っているか。  もちろんそれは安易な回答ではない。  山本氏が『存亡の条件』で述べていることを要約すると、自分の行動の本当の規範となっている思想は何なのかということを、各人が工夫して、それを客観的につかみ直すということである。  確かに、そのような工…
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奴隷の群れ

 辛坊氏の「ではどうしたらいいのか」という発言を聞いて、私の中に蘇ってきたのは、山本七平氏の本でかつて読んだことであった。  氏の著作に『存亡の条件』という著作がある。  確か文芸春秋から出ている山本七平ライブラリーには入っていなかったと思うが、大変な名著である。講談社学術文庫に入っていたが、今はどうか知らない。私の手元にあるの…
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