テーマ:国体

 天長節一般参賀と皇室の弥栄

 先日、平成三十年十二月二十三日は、平成の御代替わりを控えて最後の天長節(天皇陛下御生誕日)ということで、筆者にとって最初にして、今上陛下に対しましては最後となる、一般参賀に行ってまいりました。  内外の歴史を学ぶことを通じて、皇室の尊さとその御存在が危機に晒されていることをつくづくと感じている戦後生まれの筆者は、長和殿のベランダ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

史上最凶の極悪人とされてきた男の日本の未来に関する予言

 平成の御代替わりを控えて、日本人が見失ったある種の伝統を明らかにしたいと考えて書いてきた『皇室と論語』を次回から連載していきたいと思います。  一つの本として完成するまでの掲載にするつもりです。  今まで書いたエッセイに加筆修正し、まとめたものでもあるので、これまで筆者の論考を読んでこられた方には、特に新しい内容ではありません…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

西郷隆盛の命日 【Kindle版電子書籍『十人の侍(中)』出版!】

 九月二十四日の西郷南洲翁の命日を前にして、みな様お待ちかね…かどうか知りませんが、『十人の侍(中)』がようやく完成し、kindle版電子書籍として出版しました。お値段の方は1,280円(+消費税)ということになります。  紙の書籍の方はAmazonの審査に少し時間がかかるので、今しばらくお待ちください。こちらはオンデマン…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

終戦の日

 本日、平成三十年八月十五日は七十三回目の終戦の日。  この時期が来ると毎年、日本国中であの戦争に関する様々な回顧がなされています。  今朝も、女性議員か、議員の卵か知りませんが、共産党の中年女性が近所の団地で街頭演説を行っていましたが、二千万のアジア人、三百万の日本人の尊い命が日本のせいで犠牲になったとして、強引に安倍政権批判…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

インテリジェンスについて ② 皇室における日本化された儒教

 さて、これだけではありません。  前回は草莽における日本化された儒教の伝統の話でしたが、皇室における日本化された儒教の伝統は、より古く、より深くまで洞察しなければ見えてこないのです。  古く、しかも深く、ということは歴史事象の皮相だけ撫でていても目に見えないということです。  これは多くの識者が、史料が豊富なはずの維新史をあ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

インテリジェンスについて ① 草莽における日本化された儒教

 今回もインテリジェンスについて考えてみたいのですが、やはり前回同様、宮崎正弘氏の「国際ニュース・早読み」を取り上げてみたいと思います。  筆者はこの、登録さえしておけば、毎日のように配信されてくる国際情報及びその分析を、驚嘆の念をもって拝読させていただいていて、現在の激動する国際情勢に関心のある方にはぜひ参考にしていただきたいと…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

母の日について

 今年の母の日は五月十三日(日)です。  日本では五月の第二日曜日に祝うことになっていますが、日付に関しては各国で事情が異なるようです。  ウィキペディアでは次のように説明されています。  【母の日(ははのひ)は、日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日。日本やアメリカでは5月の第2日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々で…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

明治維新の意義 (その弐) 倒幕は必要だったか

 次に第二の質問、すなわち幕末の幕府は公武合体に動いていたことから、長州、薩摩の倒幕は不必要だった(倒幕しなくて、我が国は近代化し生き残れた)という意見はどうか、とのご質問についての筆者の考えです。  歴史にイフはない、すなわち歴史の一回性を言うなら、それは無意味な設問ですが、歴史事件の評価をする上でイフという仮説を立てるのは有用…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

明治維新の意義 (その壱) 水戸学

 筆者にとって、日本の近現代史における明治維新の意義は自明であるので、あまり深く検討してきませんでしたが、読者の方より二つの質問をいただきましたので、これを機会に考えてみたいと思います。  まず第一の質問は、「水戸学は明治維新後政府に禁止されたように、革命を呼び起こす危険な思想であり学ぶべきではない、或いは排除するべきである。」と…
トラックバック:0
コメント:3

続きを読むread more

天下人の真髄

 ここ数回にわたって、『十人の侍』上巻の核となる織田信長・豊臣秀吉・徳川家康論の土台となった論考を再掲載してきました。  本論の方はここから一歩二歩踏み込んだ内容になっているので、そのもとになった論考で躓くようなら、本論に進んで、彼ら、日本の近代化の始点に立つ三英雄に関する新しい認識を得ることはできないでしょう。  新しい認…
トラックバック:0
コメント:4

続きを読むread more

「徳川家康の天下取り【三】中庸及び湯武放伐論」(再掲載)

天下分け目の関ヶ原、大坂冬の陣、夏の陣。  二度あることは三度あると言うが、太閤恩顧の大名が秀頼を担ぎ上げて、家康に敵対する事件もやはり三度出来した。  家康はこれに対し、仏の顔も三度までと、三度目の反逆行為に及んだ秀頼をついには許さなかった。家康も秀頼本人に反逆の意図があるとまでは思っていなかったらしく、よく事情を汲んで、何度…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「徳川家康の天下取り【二】大坂の陣」(再掲載)

 徳川家康は豊臣秀吉のよき理解者ではなかった。  彼の才気に満ちた天下への仕置きの多くを、物好きから来る私的行為とみなしていたらしく思える。  例えば、方広寺の大仏建立である。  この事業は、井沢元彦氏が説いておられるように、織田信長が摠見寺を建立して、あらゆる宗派を統合しようとしたのと同じ趣旨で建立されたものだ。だから…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

徳川家康の天下取り 【一】 「天下分け目の関ヶ原」 (再掲載)

家康は狸親父といわれ、大変な陰謀家と思われているが、必ずしもそうではない。  確かに、彼は秀吉に六尺の弧、すなわち遺児秀頼を託されておきながら、後にこれを滅ぼした。これほど後世の印象を悪くしたことはないだろう。  しかし、これも太平の世から、あるいは後世の価値観から見れば、そう思えるだけのことで、当時の社会状況や価値観を考えれば…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「徳川家康と天道」(再掲載)

徳川家康が織田信長のことをどう思っていたか分らない。  しかし、彼にもまた、信長・秀吉とはその内容のやや異なる、独自の天道思想があったことは確かだ。  家康は源頼朝の天下統治のあり方を模範としたが、信長の死後、それと同じ原則に則って天下人となった秀吉を、織田家の天下を簒奪した、として批判したことは既に触れた。  そして、…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「豊臣秀吉の天才」(再掲載)

織田信長の天下一統事業の継承者となった豊臣秀吉に関して、通俗小説の類に慣らされた読者は、今から論じるラジカルな秀吉論について来れるだろうか。  彼の天才ぶりについては夙に知られている。  戦争、特に攻城の名人であると同時に、調略の達人であった。人たらしの天才という言葉はどこかで聞いたことがあるだろう。  だが、多くの人…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「この人を見よ!織田信長の正気と狂気」(再掲載)

 『信長公記』によれば、天正七年五月十一日、織田信長は安土城天主に移り、まさに天主として降臨した。これは同時に神仏の影向でもあった。  この翌十二日は信長の誕生日とされている。  (フロイスの記述からの逆算による通説。井沢元彦氏は十一日説を主張。私もこちらだと思う。)  ところで最近、古書店で、西尾幹二氏が翻訳と解説を行…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「織田信長の天道思想」(再掲載)

戦国の混乱を収拾しようとした織田信長は天道思想を強く信じていた。    「天下一統」「天下布武」「天正」「天主」  「天」は彼の事業を理解する上でのキーワードである。  彼の人生は戦争と政治に明け暮れて、これと言った文書を残さなかったが、様々な記録や証言から、凡そつかむことができる。  特に小瀬甫庵が愚直と評…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

信長・秀吉・家康論の再掲載

    年が明けてから『十人の侍』のプロローグを四回に分けて掲載してきました。  次は上巻の核となる、織田信長論・豊臣秀吉論・徳川家康論の基礎となった論を再掲載していきたいと思います。  このブログにすでに掲載した論考ですが、『十人の侍』では、皇室と彼ら英雄との関係を軸に、これをさらに二歩、三歩、踏み込んだ内容になっており…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「第一の手がかり、『論語』年譜」…『十人の侍』 プロローグ4

 日本の歴史は長く、文献は多く残されていて膨大な量です。それを調べるということは広大な言の葉が浮かび漂う海に漕ぎ出すようなものであり、現代という近代的に整備された港から無謀に出港するわけにはいきません。どこかで力尽きて遭難するのがオチだからです。  しかし、すでにわれわれは方位磁針を手にしています。  『論語』を中心とする四書が…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「日本の國體を知る上での『論語』の重要性」…『十人の侍』プロローグ3

 戦後日本を代表する思想家として皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。平成の父世代に当たる戦後の昭和という事なら、多くの人がその人の訃報によって昭和の終わりを感じたということで、思想家とは言えませんが、時代精神を象徴する人物として、美空ひばりや松下幸之助や司馬遼太郎の名が挙がると思います。ここには漫画の神様・手塚治虫を加えてもいいかも…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「鬼神のこと」…『十人の侍』プロローグ2

  西洋に限らず、日本の知性の伝統にも同様の箴言(しんげん)がありました。それは東洋の箴言でもありました。すでにちらりと触れましたが、「鬼神を敬して遠ざく」という言葉がそれです。孔子の言行を集めた『論語』にある言葉で、弟子の「知とは何ですか」との問いかけに対しての孔子の答えの中にあります。 「子曰(のたまわ)く、民の義を務め、鬼…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「オカルティズム」…『十人の侍』 プロローグ1

新年の挨拶に代えて、新著『十人の侍』プロローグ1「オカルティズム」を掲載したいと思います。  今回この本を執筆するにあたって、ずっと頭にあったのは「國體(こくたい)」という言葉でした。「國體」とは国柄とか、国の在り方、そして、そこに含まれるその国の人間としての生き方や死生観といった幅広い意味を持ちます。戦後の国民的作…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

『十人の侍』[The Ten Samurai]の出版について

 しばらくブログの記事更新を怠ってきたが、表題にある『十人の侍』の校訂など、出版に向けての作業に意外と手間取ってしまったのが原因である。  今回は多少読みやすさにも気を配ったので、通常の出版も考えて、出版社にも打診してみたが、今はどこも採算重視、売れる本を出すことで頭がいっぱいのようで、残念ながら拙著の持つ価値を理解してくれる出版…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「西郷南洲翁遺訓解説」を書き終えて

「西郷南洲翁遺訓」四十一条をようやく書き終えた。 まだ追加・補遺、その他和歌・漢詩・文書類など、日本人が遺訓とするに値するものは沢山あるが、一段落としておきたい。  筆者は解説を書きながら、なんとなく葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景」をイメージしていた。北斎のあの芸術的完成度に比すべくもなく、何だこりゃ、むしろ漫画じゃねえのか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

身を修し己れを正して、君子の体を具うるとも… 【西郷南洲王遺訓解説】 第四十一条

身を修し、己れを正して、君子の体を具うるとも、処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。たとえば数十人の客不意に入り来たらんに、たとえ何程饗応したく思うとも、兼ねて器具調度の備えなければ、ただ心配するのみにて、取り賄うべき様あるまじきぞ。常に備えあれば、幾人なりとも、数に応じて賄わるるなり。それ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書いて賜りき…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

翁に従いて、犬を駆り、兎を追い… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第四十条

翁に従いて、犬を駆り、兎を追い、山谷を跋渉して終日猟り暮らし、一田家に投宿し、浴終わりて、心神いと爽快に見えさせ給い、悠然として申されけるは、君子の心は常にかくの如くにこそ有らんと思うなり。 (大意)翁に付き従って、犬を走らせ、兎を追って、山谷を渡り歩いて、一日中狩猟をして暮らし、一農家に宿り、入浴を終え、心神極めて爽快になられた…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今の人、才識あれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十九条

今の人、才識あれば事業は心次第に成さるるものと思えども、才に任せて為す事は危うくして見て居られぬものぞ。体ありてこそ用は行わるるなり。肥後の長岡先生の如き君子は、今は似たる人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ、古語を書いて授けらる。 「それ天下誠に非ざれば動かず、才に非ざれば治まらず。誠の至る者、その動くや速し。才の周(…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

世人の唱うる機会とは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十八条 ①

世人の唱うる機会とは、多くは僥倖の仕当てたるを言う。真の機会は、理を尽して行い、勢を審らかにして動く、と云うに在り。平日、国、天下を憂うる誠心厚からずして、ただ時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。 (大意)世の人の唱える機会とは、その多くはたまさか巡り合えた幸運、すなわち偶然の出来事を指している。真の機会…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

天下後世までも信仰悦服せらるるものは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十七条

天下後世までも信仰悦服せらるるものは、ただこれ一箇(いっこ)の真誠なり。古より父の仇を討ちし人、その麗(か)ず挙げて数え難き中に、独り曾我の兄弟のみ、今に至りて児童婦女子までも知らざる者のあらざるは、衆に秀でて誠の篤き故なり。誠ならずして世に誉めらるるは僥倖の誉なり。誠篤ければたとえ当時知る人なくとも、後世必ず知己あるものなり。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

聖賢に成らんと欲する志なく… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十六条

聖賢に成らんと欲する志なく、古人の事跡を見、とても企て及ばぬという様なる心ならば、戦に臨みて逃ぐるより猶卑怯なり。朱子も白刃を見て逃ぐる者はどうもならぬと云われたり。誠意を以て聖賢の書を読み、その処分せられたる心を身に体し、心に験する修行致さず、ただ、斯様の言、斯様の事と云うのみを知りたるとも、何の詮なきものなり。予、今日、人の論を聞く…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more