テーマ:南洲翁遺訓

苦味のないコーヒー

 そろそろ南洲翁の遺訓解説に戻らなければと思いつつ、櫻の方に気が行ってしまっていた。  読者は、「天道」という形而上の話が続いているので、すでにこの話題に飽きてしまっていたかもしれない。  しかし、天道に対する理解を欠いての南洲翁の遺訓解説など、あるいは日本の伝統の再確認など、クリープを入れないコーヒーならぬ、コーヒーを入れない…
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徳川家康と論語  (南洲翁遺訓解説 「天地自然の道」補記)

 前回、徳川家康を単なる狸親父、陰謀家ではないと述べたが、ただそう言っただけではにわかには信じがたいかもしれない。  それほど家康の狸親父像というのは一般の間に刷り込まれてしまっている。 『慶長年中卜斎記』によると、家康は、 根本、詩作・歌・連歌はお嫌いにて、論語・中庸・史記・漢書・六韜・三略・貞観政要、和本は延喜式・東鏡…
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天地自然の道 (その三) (南洲翁遺訓解説 2-5)

 今回は前回に引き続いて、明治維新を用意した、天道思想の源流について触れたい。  明治維新は、ペリー来航以来十数年の人々の努力だけで成ったのではなく、様々な歴史段階を経て到達した偉業であった。  その一つが江戸時代を通じて熟成した学問であったが、その気運を作った重要人物が徳川家康である。  しかし、それは戦国時代に醸成された一…
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天地自然の道 (その二) (南洲翁遺訓解説 2-4)

廟堂に立ちて大政を為すは天道を行なうものなれば、いささかとも私を挟みては済まぬものなり。… (『西郷南洲遺訓』第一条)  遺訓劈頭を飾る上記の文言にも、南洲翁の、万物の主宰者としての天を敬う精神は表れている。  西力東漸の時勢に鋭く反応し、敵を知り、己を知るために敢えて漢訳聖書まで研究した南洲翁が、こういった信仰に達したの…
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「敬天愛人 (その一)」 (南洲翁遺訓 2-1)

道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり。 (『西郷南洲遺訓』 第二十四条)  「敬天愛人」  南洲翁といえば多くの人が連想する言葉である。  確かに、南洲翁の思想信条を端的に表現する言葉として、これほど相応しい言葉はない…
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はやり心

 本居宣長は言う。  ちかき世、学問の道ひらけて、大かた萬のとりまかなひ、さとく、かしこくなりぬるから、とりどりにあらたなる説を出す人おほく、その説よろしければ、世にもてはやさるるによりて、なべての学者、いまだよくもととのはぬほどより、われおとらじと、世にことなるめづらしき説を出して、人の耳をおどろかすこと、今のよのならひなり。 …
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我が上なる星空と我が内なる道徳律ーカント

 『正論』3月号の潮匡人(うしお まさと)氏の論文にいい表現があったので紹介したい。  この論文は、その経歴から保守と誤解されがちなリベラリストで歴史作家の半藤一利氏に対する批判として書かれた文章である。  潮氏は言う。 「昭和四十年であれ、平成二十一年の今であれ、日本および日本人に大切なのは平衡感覚ではない。昔も今も将来…
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「己克」 (南洲翁遺訓 1-5)

 学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。さりとて、ただここにのみ偏倚すれば、あるいは身を修するに疎に成り行くゆえ、終始、己に克ちて身を修するなり。規模を宏大にして、己に克ち、男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ。…堯舜を以て手本とし、孔夫子を教師とせよ。  (『西郷南洲遺訓』 第二十三条)  ここまで…
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吉田松陰の狂論 (南洲翁遺訓解説 「狂の精神」(補記))

 南洲翁の言行には、理性が横溢すると同時に、狂の精神が濃厚に漂っているのであるが、翁自身が、狂の精神について、直接語った言葉は私の知る限りではない。  しかし、ここまで紹介してきた遺訓、およびその解説で十分、狂の精神を重んじていたことはおわかりいただけたかと思う。  ここで一応参考までに、明治維新のもう一方の雄、長州藩の精神的指導者…
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「狂の精神(その二)」 (南洲翁遺訓解説 1-4)

 道を行う者は、もとより困厄に遭うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の成否などに、少しも関係せぬものなり。…人は道を行うものゆえ、道を踏むには上手下手もなく、出来ざる人もなし。故にひたすら道を行い、道を楽しみ、もし艱難に遭うて、これを凌がんとならば、いよいよ道を行い、道を楽しむべし。 (『西郷南洲遺訓』 第二十九条 抜粋)…
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「狂の精神(その一)」 (南洲翁遺訓解説 1-3 )

 天下後世までも信仰悦服せらるるものは、ただこれ一箇の真誠なり。…(中略)…誠ならずして世に誉めらるるは、僥倖の誉れなり。縦令当時知る人なくとも、後世必ず知己あるものなり。  (『西郷南洲遺訓』第三十七条)  前二回の内容を受けて、狂の精神について触れてみたい。  天下の是非を顧みず、命・名誉・地位・金を度外視して、さ…
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「伯夷の頌と驕り」 (南洲翁遺訓解説 1-2 )

道を行う者は、天下挙(こぞ)って毀(そし)るも足らざるとせず、天下挙って誉むるも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故なり。その工夫は韓文公が「伯夷の頌」を熟読して会得せよ。 (『西郷南洲翁遺訓』第三十一条)  この遺訓もまた前回同様、『孟子』の「浩然の気」につながってくる内容である。そのことは、文中後半にあり、翁が熟読して…
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「浩然の気」 (南洲翁遺訓解説 1-1 )

 命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。されども、かようの人は、凡俗の眼には見得られぬぞ。 (『西郷南洲遺訓』第三十条)  戦後社会に生きる人間にとって、これほど始末に困る言葉はないのではあるまいか。 なぜなら戦後とは、要…
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南洲翁遺訓解説 序

 これからしばらくの間、南洲翁の遺訓について解説を試みてみたいと思うのでお付き合いを。  ここに言う遺訓とは、現在でも岩波文庫に収められて、よく読まれている、旧庄内藩士編纂の、いわゆる『南洲翁遺訓』に収められた言葉だけでなく、南洲翁が激動の歴史の中で発した言葉全般を指して言っています。  その中から、翁の精神の精髄と思われる言葉…
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