テーマ:水戸学

藤田東湖…後期水戸学 ③ (「江戸期の学問の大河」 その十二)

 藤田東湖は幕末、水戸藩公の懐刀として活躍し、戸田篷軒と並んで水戸の両田と称された。幕末の水戸藩を代表する人物の一人である。  東湖は幽谷の次男であるが、長男が早世したため、嗣子として育てられ、この偉大な父からは大きな学問的影響を受けた。文政七年、イギリスの捕鯨船員が大津浜に上陸した際には、父からイギリス兵を斬るよう密命を受け、死を…
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会沢正志斎…後期水戸学 ② (「江戸期の学問の大河」 その十二)

 藤田幽谷は水戸学中興の人物であった。  われわれが幕末を動かした尊王攘夷運動の源泉としての水戸学として想起する思想内容は、幽谷とその弟子たちによって作られたものを指すが、その代表的なものが会沢正志斎『新論』であり、徳川斉昭『弘道館記』であり、これを説明補足した藤田東湖『弘道館記述義』である。これらの書物は志士たちに広く読まれた。 …
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藤田幽谷…後期水戸学 ①(「江戸期の学問の大河」 その十二)

 定信が幕政改革に従事した頃の水戸学の質的変化について話を移していきたい。  光圀の死後、正徳五年(一七一五)に「本紀」七三巻・「列伝」一七〇巻が脱稿し、光圀以来の彰考館員で、その死後中心的役割を担ってきた、「格さん」のモデルとされる安積澹泊が元文二年(一七三七)に死去すると、修史事業は休止状態に陥った。しかし、第六代藩主治保(は…
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