テーマ:敬天愛人

苦味のないコーヒー

 そろそろ南洲翁の遺訓解説に戻らなければと思いつつ、櫻の方に気が行ってしまっていた。  読者は、「天道」という形而上の話が続いているので、すでにこの話題に飽きてしまっていたかもしれない。  しかし、天道に対する理解を欠いての南洲翁の遺訓解説など、あるいは日本の伝統の再確認など、クリープを入れないコーヒーならぬ、コーヒーを入れない…
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天地自然の道 (その二) (南洲翁遺訓解説 2-4)

廟堂に立ちて大政を為すは天道を行なうものなれば、いささかとも私を挟みては済まぬものなり。… (『西郷南洲遺訓』第一条)  遺訓劈頭を飾る上記の文言にも、南洲翁の、万物の主宰者としての天を敬う精神は表れている。  西力東漸の時勢に鋭く反応し、敵を知り、己を知るために敢えて漢訳聖書まで研究した南洲翁が、こういった信仰に達したの…
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天地自然の道 (その一) (南洲翁遺訓解説 2-3)

忠孝仁愛教化の道は、政治の大本にして、万世に亙(わた)り、宇宙に彌(わた)り易(か)うべからざるの要道なり。道は天地自然の物なれば、西洋と雖も決して別なし。 (『西郷南洲遺訓』 第九条)  南洲翁遺訓の中に、天地自然の道という言葉は、上述のを合わせて本文に三回、追加に一回出てくる。  しかし、道は天地自然の物なのである…
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「敬天愛人(その二)」 (南洲翁遺訓解説 2-2)

人は人を相手にせず、天を相手にするものなり。故に天より見れば我も人も同一に愛すべきなり。因りて己を愛する道を以て、人を愛するものなり。 (戸田務敏への教戒)  南洲翁の「敬天愛人」思想は、聖書に由来するという説がある。  実際、翁は新約聖書を読んだことがあったらしい。  有馬藤太の回想に次の話があるのである。 …
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「敬天愛人 (その一)」 (南洲翁遺訓 2-1)

道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり。 (『西郷南洲遺訓』 第二十四条)  「敬天愛人」  南洲翁といえば多くの人が連想する言葉である。  確かに、南洲翁の思想信条を端的に表現する言葉として、これほど相応しい言葉はない…
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はやり心

 本居宣長は言う。  ちかき世、学問の道ひらけて、大かた萬のとりまかなひ、さとく、かしこくなりぬるから、とりどりにあらたなる説を出す人おほく、その説よろしければ、世にもてはやさるるによりて、なべての学者、いまだよくもととのはぬほどより、われおとらじと、世にことなるめづらしき説を出して、人の耳をおどろかすこと、今のよのならひなり。 …
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新年のご挨拶と『王道のすすめ』掲載の予告

 遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。  今年は西郷南洲翁が明治十年九月二十四日に城山の露と消えてちょうど130年になります。これは西南戦争が勃発して130周年ということでもあります。  おそらくそういった活動をされる方も多く居られるのではないかと思いますが、この節目の年に、近代日本にとって未だ認識されることがないあ…
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敬天愛人 (五)敬天愛人の応用

 「敬天愛人」の5回目です。  前回は「敬天愛人」という言葉で表される思想の意味するところについて触れました。今回は、その思想がどのように幕末の政治状況に適用されていったのかを見ていきたいと思います。でもあくまでも大雑把にです。私はこれを『新西郷南洲伝』の第三部で250ページ程度かけて叙述したくらいですから。  今回は王政復古までに…
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敬天愛人 (四)敬天愛人の意味するところ

 さて、今回は『敬天愛人』の4回目。西郷南洲翁の思想の中身を、『孟子』を援用しながら見て行きたいと思います。  翁は前回触れたように「万民の心が即ち天の心なれば、民心を一ようにそろえ立つれば、天意に随うと申すもの」といいましたが、なぜ万民の心が天の心なのでしょうか。本来民心は民心、天の心というものがあるとすれば、天の心は天の心で別のは…
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敬天愛人 (三)思想の由来

 「敬天愛人」に関する話題の3回目です。  今回は南洲翁が二度の島流しで目覚めた天命思想の中身について述べたいと思います。  翁が島で行った学問について、その手がかりとなる史料はいくつかありますが、最も重要な文書が「与人役大体」です。  この文書は、翁が沖永良部島へ罪人として島流しされた際、そこで翁に感化されて義兄弟の契りを結んだ…
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敬天愛人 (二)敬天愛人の目覚め

 『敬天愛人』という思想についての二回目です。  前回、この言葉の出典について述べました。中村敬宇の著作からの借用ではないかという事です。しかし『敬天愛人』という言葉が他人からの借用であっても、南洲翁という人物が『敬天愛人』の思想の厳しき実践者であり、体現者であったことは、儒教思想についてよく知らない人でも感じることができるのではない…
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敬天愛人 (一)言葉の由来

 「敬天愛人」というホームページがあります。  西郷隆盛に魅せられた大阪出身の方が主催しているページで、当然中心のテーマは西郷隆盛ですが、幕末史や海音寺潮五郎の文学、鹿児島紀行など話題は豊富です。  そこの掲示板「吉之助の部屋」で「敬天愛人」という言葉が話題になりましたので、今回はこの「敬天愛人」という言葉について書きたいと思います…
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