テーマ:織田信長

『織田信長とニーチェと論語』 Amazonオンデマンド版 発売

Amazonオンデマンド版『織田信長とニーチェと論語』(MyISBN - デザインエッグ社)が発売されましたのでお知らせいたします。税込価格1760円です。  モチーフという点で根底でつながっている『織田信長「超人」伝』と『ニーチェと論語』をまとめて紙の書籍化したものです。  内容紹介 第一部『織田信長「超人」…
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Kindle版電子書籍『織田信長「超人」伝』 出版!

 Kindle版電子書籍 『織田信長「超人」伝』を出版しました。  発売日が終戦の日である八月十五日になったのはたまたま作業のすべてが完了したのが、その前日十四日だったからです。  内容は、『十人の侍』の信長論では國體論の立場から意図的に削り落とした本来のモチーフに立ち返って、加筆したものです。柱となる検証部分は…
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信長とは一体、何者であったのか

 最近、宮崎正弘氏のメルマガを読んでいて、呉座勇一氏の『陰謀の日本中世史』【KADOKAWA】という本の書評が載っていました。氏はこの本の中の白眉として、本能寺の変の真相をめぐる諸説の検証に言及する中で、氏自身の明智光秀論、信長論を語っています。 宮崎正弘の国際ニュース・早読み < <書評 呉座勇一『陰謀の日本中世史』 h…
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徳川家康と天道

 徳川家康が織田信長のことをどう思っていたか分らない。  しかし、彼にもまた、信長・秀吉とはその内容のやや異なる、独自の天道思想があったことは確かだ。  家康は源頼朝の天下統治のあり方を模範としたが、信長の死後、それと同じ原則に則って天下人となった秀吉を、織田家の天下を簒奪した、として批判したことは既に触れた。  そして、豊臣…
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豊臣秀吉の天才

 織田信長の天下一統事業の継承者となった豊臣秀吉に関して、通俗小説の類に慣らされた読者は、今から論じるラジカルな秀吉論について来れるだろうか。  彼の天才ぶりについては夙に知られている。  戦争、特に攻城の名人であると同時に、調略の達人であった。人たらしの天才という言葉はどこかで聞いたことがあるだろう。  だが、多くの人がその…
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この人を見よ!織田信長の正気と狂気

 『信長公記』によれば、天正七年五月十一日、織田信長は安土城天主に移り、まさに天主として降臨した。これは同時に神仏の影向でもあった。  この翌十二日は信長の誕生日とされている。  (フロイスの記述からの逆算による通説。井沢元彦氏は十一日説を主張。私もこちらだと思う。)  ところで最近、古書店で、西尾幹二氏が翻訳と解説を行ってい…
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織田信長の天道思想

 戦国の混乱を収拾しようとした織田信長は天道思想を強く信じていた。    「天下一統」「天下布武」「天正」「天主」  「天」は彼の事業を理解する上でのキーワードである。  彼の人生は戦争と政治に明け暮れて、これと言った文書を残さなかったが、様々な記録や証言から、凡そつかむことができる。  特に小瀬甫庵が愚直と評した太…
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織田信長と論語

 以前、「織田信長と論語」と題した文章を掲載したことがある。  これは「南洲翁遺訓解説」という連載の「天地自然の道」補記として文章にしたものだが、それを再掲載する。 (引用開始)  織田信長が『論語』を読んでいたなどというのはありそうもない話だ。  実際、私の知る限りでも、彼が『論語』を読んだなどという記述に接したこ…
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織田信長と真暦

 前回までさくらをテーマにした記事を連載したが、「さくら(その弐)」で本居宣長の「真暦考」を紹介する中で、織田信長の本能寺の変が闇夜を選んで行われたことに触れた。  明智光秀の謀叛の動機は諸説あっていまだ謎であり、言わば歴史の闇に属するものだが、少なくとも、信長が数十名の小姓衆を連れたばかりで京都に滞在中である上に、闇夜であること…
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織田信長と論語 (南洲翁遺訓解説 「天地自然の道」補記)

 織田信長が『論語』を読んでいたなどというのはありそうもない話だ。  実際、私の知る限りでも、彼が『論語』を読んだなどという記述に接したことがない。それどころか、彼の言動はことごとく非『論語』的と言ってよいほどである。  ならば、どうしてそんな題をつけたのか、という話になりそうだが、簡単に言えば、「徳川家康と論語」という題で、南…
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