島田紳助・引退騒動と民主党代表選

 前原の代表選出馬と島田紳助の引退という芸能界の衝撃的ニュースが重なったことで、何か関連があるなとピーンと来るものがあったが、やはり関連があったようだ。  民主党にとって不利な情報が出るたびに、マスコミをにぎわしてきたのは、主に芸能ネタだった。  海老蔵事件やノリピー失踪・麻薬吸引事件、相撲業界の不祥事等。  これらは暴力団が…
トラックバック:2
コメント:0

続きを読むread more

暴かれていた河本大作の嘘

 これまで張作霖爆殺事件の犯人として、コミンテルン説、張学良説を紹介してきた。  この有力な二説に、これまでの通説だった河本大作単独犯行説を加えると三説が鼎立することになる。  バリバリの共産主義者のみならず、反日勢力や中国共産党に遠慮しなければならない立場の人は、前二説をどうしても否定しなければならないだろう。  彼らにとって犯…
トラックバック:1
コメント:1

続きを読むread more

八月十五日 

 八月十五日は終戦記念日である。  一九四五年八月一五日、大日本帝国は連合国に降伏した。  無条件降伏ではない。  ポツダム宣言第五条の文言にあるように、有条件降伏である。   無条件降伏が求められたのは日本の軍隊に対してである。そう理解されたからこそ、日本政府はポツダム宣言を呑んだのだ。  日本の立場に立てば、無条件降伏…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

続続 張作霖爆殺事件の謎解き 張学良関与説

 前回はコミンテルンの関与を考察したが、今回は張作霖の息子・学良の親殺しを検討する。  これは加藤氏の新説で、まだ十分な検証がなされているとは言いがたい。  しかし状況証拠からは十分ありうる説である。  これまでの通説では、河本大作が国民党の仕業であると偽装しようとして殺そうとした三人の阿片中毒者のうちの一人が、辛くも虎口…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

続 張作霖爆殺事件の謎解き コミンテルン関与説

 加藤康男氏の新著『謎解き「張作霖爆殺事件」』(PHP新書)を読む前に、コミンテルンの影響を直視した歴史の本を新たに数冊読んでいた。  若狭和朋氏の『日本人が知ってはならない歴史』(朱鳥社)シリーズ 三冊  『別冊「正論」』「中国共産党 野望と謀略の90年」(産経新聞社)  である。  加藤氏の本を読み始めるのに…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

張作霖爆殺事件の謎解き

  少し間が空いたが、加藤康男氏の新著『謎解き「張作霖爆殺事件」』「PHP新書)をようやく読み終えたので、そこから見えてきたことをまとめておきたいと思う。  読者はこの事件にさほどの関心はないかもしれない。  関東軍の一高級参謀が成したこの暗殺事件など、その後頻発する帝国陸軍軍人によるテロ事件の魁に過ぎないではないか。  その…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本の首相が北朝鮮のエージェント?

 菅直人首相が日本という国家を解体するために首相の座に居座っているのは明らかで、その言動から窺える倒錯した精神はほとんど異常である。    菅首相は、韓国で逮捕された日本人拉致実行犯、辛光洙(シンガンス)の助命釈放嘆願書にサインしたり、外国人(それも在日朝鮮人)から違法献金を受けていた事実が判明したりと、北朝鮮のエージェントではない…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今後の活動について

 今後の活動について書きたい。  このブログをこれまでお読みいただいてきた方はすでにご承知のことと思うが、今後の活動としてとりあえず考えていることは、「国體論」を書いていくことである。  しかし、「国體論」は日本人としての自己を深く探って、強く引き出す行為に他ならない。少しづつこのブログでも書いてきたが、なかなか片手間でできるも…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

河本大作の人物像

 前回までの秦郁彦論文を叩き台にした論考は言わば「地ならし」である。  日本の大東亜戦争敗戦後に、アメリカと中国を中心とする旧連合国によって乱暴に整地された凸凹の土地の上に、基礎工事もままならぬうちに建てられ、一見堅牢ながら、危機にはめっぽう脆い、戦後日本という構築物を解体し、整地し直して、そこに日本の伝統が生かされた、堅牢な家屋…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

似非愛国者・河本大作 (その二)

 河本大作を似非愛国者と断ずる根拠は、秦郁彦氏の『昭和史の謎を追う』第二章「張作霖爆殺事件」中の次のくだりにある。 …白川陸相は一月に入って天皇から「まだか」と催促されているが、二月二十六日の拝謁では、調査が遷延している理由として「関係者は尋問に対し昂奮し、国家の為と信じて実行したる事柄に付取調べを受くる理由なしとの見地により…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

似非愛国者・河本大作 (その一)

 前回、昭和天皇が田中義一首相の上奏に際し、食言を責めた上で、辞職を促し、田中首相の弁明を拒絶されたことを批判した。  確かに、張作霖の暗殺が河本大作単独の犯行によるものだったのなら、弁明をお聴きになろうがなるまいが、結果は同じだったろう。  しかし、結果が同じであっても、やはり首相が弁明の機会を求めている以上は、拝謁をお認めに…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

昭和天皇の御反省

 秦氏の著作『昭和史の謎を追う』第二章「張作霖爆殺事件の真相」をよく読むと、その史料収集力には感心するが、その扱いのずさんなことにはあきれる思いがする。  何にでもくっつく理屈というものの性質が存分に発揮されているのだ。  要は屁理屈といいたいのだが、あらかじめ決まった結論に沿って、史料を選別し、その史料をなるべく多く並べ立て、そこ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

田中義一内閣総辞職の真相 

 田中義一は忠臣にして愛国者、河本大作は不忠にして、似非愛国者である。  昭和天皇は、聡明の御資質でありながらも、当時、君徳未熟であらせられた。  前回の末尾でそのように断言したが、これはあくまで秦郁彦氏の『昭和史の謎を追う』第二章「張作霖爆殺事件」を、河本大作単独犯行説が揺らいでいることを前提に、提示史料を中心に熟読することで…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

中国に解放された人の不自由な言論

 中国共産党に解放された外務省チャイナ・スクールの官僚「ヒロシ」氏から「張作霖爆殺事件の真相(その一)」にコメントを頂いたので紹介させていただく。 ヒロシ氏 「こんにちは、お久しぶりですね。 実はスルーしようかと思っていましたが、せっかく僕の名前に言及していただいたので、答えられる範囲で・・・ コミンテルンの利益につ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

歴史家としての秦郁彦氏

 秦郁彦氏の『昭和史の謎を追う(上)』第二章「張作霖爆殺事件 青年天皇の熟慮」を今読み返してみると、歴史家としての氏の凡庸さを窺わせる箇所が目につく。  たとえばこんな風に。 「そもそも満州(東三省)は、中国の一部と言いながら中央政府の支配が及ばず、日露戦争の遺産として遼東半島租借地や満鉄を軸にする諸権益を確保した日本が、関…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

張作霖爆殺事件の真相 (その一)

 二〇〇八年の印象深かった事件の一つに田母神航空幕僚長の更迭事件があった。  その原因となったのが、いわゆる田母神論文である。    当時は自民・公明連立政権時代で、保守と期待された麻生太郎首相が、この保守のまっとうな論文を擁護しなかったことで、自民党は保守の支持を失わざるを得なかった。  自虐史観にうんざりしつつある、どちらか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

通州事件 〔「中国という現実を見ること」 (その二)〕

 支那人がはたして近代国家をつくりうるやすこぶる疑問にして、むしろわが国の治安維持のもとに、漢民族の自然的発展を期するをかれらのため幸福なるを確信する  満州事変を企画した石原莞爾の言である。  これが戦前の日本人のシナに対する基本的態度であった。  この考えは勝海舟や西郷南洲翁などの基本的態度と変わらない。  これら維…
トラックバック:3
コメント:0

続きを読むread more

内閣不信任案、否決!

 二日、内閣不信任案が否決された。  賛成152、反対293。  前日にグループの会合に70人以上を集め、意気軒昂だった小沢氏は欠席。  子分の松木謙公氏だけが賛成票を投じ、鳩山由紀夫氏は反対票を投じた。  民主党内の細かいことはわからないが、ざっとした印象では、上手くガス抜きさせられたな、ということだった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

中国という現実を見ること (その一)

 チベット、ウィグルに引き続いて、モンゴルでも騒乱が起きている。  以下は宮崎正弘氏の国際ニュース・早読み「内蒙古自治区の暴動が意味することは?」からの転載である。 (http://melma.com/backnumber_45206_5197361/) (引用開始) 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」  …
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑪

 以前書いたように(「平成二十三年、一年の計 ⑥」)、本物の創造的発展とは、人間に備わった精神の自然の働きによる思・慮・謀の螺旋的運動であるから、理に当たって後進み、勢を審らかにして後動く、というものでなければならない。  これを阻害しがちな激動の時代を迎えて、時勢はどのように展開していくのかわからないが、所詮は、非力な浪人志士に過ぎ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

日本解放第二期工作要綱

日本解放第二期工作要綱について知らない人のために再度掲載しておく。   すでに完成間近にまで進行している中国共産党の日本解放工作の実態は福田博幸氏の『中国の日本乗っ取り工作の実態』が詳しい。  これを読んだ時受けた感覚を一言で言うならば、まさに戦慄的という表現こそがふさわしい。  福田氏の著作は、その工作の内容を、1972…
トラックバック:3
コメント:0

続きを読むread more

中国人の東日本大震災「天罰」論 (その壱)

「天罰」論について、もう一つ、外務省チャイナスクールの官僚「ヒロシ」氏が紹介しているシナの記事を紹介しておく。 (「世の中これでいいのか」http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/63376764.html)  これももう一つの「天罰」論として日本人は肝に銘じておくべきだろう。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

もう一つの「天罰」発言

 「天罰」という言葉の語源は古く、白川静氏の『字通』によれば、『書経』にある「我すなわち明らかに天の罰を致し、爾(なんじ)を遐逖(かてき・・・遠方)に移さん」が初出だそうである。  他にも、「天誅」(『墨子』)、「天網」(『老子』)、「天刑」、「天譴」、「天戒」、「天警」、「天討」、「天羅」などそれに類する言葉は多い。  「『天…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「天罰」発言 再考 (その参)

 アメリカが世界に押し付けてきた、アメリカン・デモクラシーという「『青』で進め」ルール。  このルールは自由競争を前提としているから、信号の設置された交差点以外でも事故はおきる。  警察の目の届かぬところでのルール違反も横行するし、警察もルール違反に目を瞑ることがある。  それどころか世界の警察を自負しているはずのアメリカ自体が不…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「天罰」発言 再考 (その弐)

 前回は前置きで終わってしまったが、「天罰」発言に対する再考である。  石原慎太郎氏や櫻井よしこ氏、あるいは西村眞吾氏の天という超越的存在に絡めた発言の背景に、日本の伝統的な天人相関の思想があることはかつて触れた。  そこでは次のように書いた。 「この列島の先人達は、古来、数々の天災と戦ってきた。  そして、この国の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「天罰」発言 再考 (その壱)

 以前触れた石原慎太郎都知事の「天罰」発言について、もう一度触れておきたい。  石原都知事の天罰発言とは次のようなものである。 (「産経新聞」記事より引用開始)  東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ、「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

昭和の日

 本日は「昭和の日」。  今上陛下の御父君にあらせられる昭和天皇の御誕生日、すなわち「天長節」である。  昭和天皇の天長節の御祝いは、天皇崩御後、平成の御世となってからは名前を「みどりの日」に改められて存続したが、平成十七年、国会で「国民の祝日に関する法律」(祝日法)が改正され、平成十九年より「昭和の日」と改められることとなって…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大東亜戦争と「宋襄の仁」

「端的に言えば、大東亜戦争は罪悪なのではなく、失敗だった」 保守思想家の福田恒存はそう言った。  大東亜戦争の道義性についてはすでに触れたが、一方で、当時の世界が、列強が生き残りを懸けて合従連衡を行い、サバイバルを展開する、いわば戦国時代であった、という見方をするならば、日本は降伏した以上、敗北したわけだから、戦略的には過…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「硫黄島からの手紙」と「父親たちの日章旗」

 世界を驚愕させた日露戦争における日本の勝利。  これは、有色人種の全ての奴隷化を目指す、白色人種の社会を震撼させた。  彼らは日本を脅威視するようになった。  それは特にアメリカにおいて著しかったのである。  硫黄島における抗戦において、市丸利之助海軍中将は、玉砕を前にして、ルーズベルトに手紙を書いて次のように言った。 …
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

市丸利之助海軍中将の「ルーズベルトに与うる書」

 大東亜戦争は、アメリカが悪い。  戦争勃発の要因を探っていって、「えんだんじ」先生はそういった結論を出された。  もちろん、戦争である以上、双方にお国の事情があり、双方の正義が掲げられることになる。  アメリカが掲げる大義名分はいつの時代の戦争でも大体想像がつく。  自由・平等・人権や民主主義といった価値である。  これ…
トラックバック:1
コメント:0

続きを読むread more

書評 『大東亜戦争は、アメリカが悪い』 鈴木敏明著 (碧天舎)  (その壱)

 『大東亜戦争は、アメリカが悪い』の著者・鈴木敏明氏は日本の再生に執念を燃やす、先輩にして同志の「えんだんじ(炎男爺)」である。  そんじょそこらの壮年、青年よりよほど熱い。  「えんだんじ」先生は一九三八年生まれの外資系の定年サラリーマン。  私の父と同年代である。  三十を過ぎた頃から、戦前・戦中の日本のすべてが悪かった…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑩

 年が明けてからこのテーマの記事は10回目である。  すでに桜の蕾がほころび始めている。  しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ   朝日にゝほふ 山ざくら花  このあまりに有名な和歌を詠んだのは本居宣長であった。  桜に託した先人の思いは様々である。  花のいろは うつりにけりな いたづらに   我…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東日本大震災発生後の言論に現れた天人相関説

 今回の東北大地震、そして、これが引き起こした大津波による被害と福島第一原子力発電所における炉心溶融の問題は、日本人の意識に深刻な影響を与えているようである。    様々な言論の中に、日本人が忘れかけていた歴史の記憶や先人から受け継いできた感覚、それも日本語の言葉遣いによって知らず識らずのうちに受け継いできた伝統的な感覚が覚醒する兆…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東日本大震災に対する天皇陛下の大御心

「この度の東北地方太平洋沖地震は,マグニチュード9.0という例を見ない規模の巨大地震であり,被災地の悲惨な状況に深く心を痛めています。地震や津波による死者の数は日を追って増加し,犠牲者が何人になるのかも分かりません。一人でも多くの人の無事が確認されることを願っています。また,現在,原子力発電所の状況が予断を許さぬものであることを深く案…
トラックバック:1
コメント:1

続きを読むread more

石原慎太郎氏の「天罰」発言に見る天人相関の思想

 この列島の先人達は、古来、数々の天災と戦ってきた。  そして、この国のリーダーが天災に対する対処を誤った時、それはしばしば大きな体制の変革につながって来たのである。  これを根拠付けてきたのが天人相関説と言われる古代シナの思想である。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%BA%B…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

石原慎太郎氏の天罰発言に対する一考察 ①

 前回石原慎太郎・東京都知事の「天罰」発言を取り上げたが、これは「天罰」発言に違和感を感じるとともに、被災民が我欲にまみれた結果として天罰を受けているとの一読後の誤読があって、もしその意図での発言なら「とんでもない」との感想を抱いたからである。しかし前回書いたように、「天罰」という言葉には今でも違和感を抱くが、その発言の趣旨については了…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

天罰の意味

 今回の大震災は今後日本が経験するであろう国難の最初のものになるであろう。  この国難の最中、石原東京都知事がまたもや軽率な発言をしでかした。    東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ、「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用し…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東日本大震災

 11日に東北地方を襲った大地震、および大津波による被害は戦慄的なものとなっています。  不自由にして、不安な日々を過ごしておられる被災者の方々にはお見舞い申し上げるとともに、不幸にも亡くなられた方々には哀悼の意を捧げたいと思います。  私自身、16年前に阪神・淡路大震災を経験し、先月22日に起きたニュー…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑨

南洲翁の漢詩に「貧居傑士を生ず」という一節がある。 一貫す唯唯(いい)の諾(だく)、 従来鉄石の肝、 貧居傑士を生じ、 勲業多難に顕わる。 雪に耐えて梅花麗しく、 霜を経て楓葉丹(あか)し。 如(も)し能(よ)く天意を識らば、 あに敢て自ら安きを謀らんや。  志を持って…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

TPPと西郷南洲翁の遺訓

 前回、TPPと西郷南洲翁の遺訓を絡めて論じたが、これを補足する遺訓を紹介しておきたい。  これは明治三年十二月に、同じ薩摩人の坂元純熙(すみひろ)が各藩の状況視察への出発に際し、その目的を書いて渡した物である。  明治三年十二月といえば、南洲翁は鹿児島藩の大参事として、藩政改革を強力に推進していた時期である。  改革は軍制に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

農業振興と環太平洋パートナーシップ協定(TPP)

 政の大體は、文を興し、武を振るい、農を励ますの三つに在り。  その他百般の事務は皆その三つの物を助くる具なり。  この三つの物の中において、時に従い勢に因り、施行先後の順序はあれど、 この三つの物を後にして、他を先にするは更に無し。  (『西郷南洲翁遺訓』三条)  南洲翁が政の大體の内の一つと言う「文」は、 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑧

 前に、 「西郷論を書くことも、維新論を書くことも、伝統論を書くことも、皇室論を書くことも、結局は国体論を違う斬り口から書くことであり、国家百年の大計はそこに胚胎している。」  と大きなことを書いたが、このことは考えれば考えるほど難しい。  どう提示したらよいか、途方に暮れる思いがする。  というのは、そもそも国體論…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑦

 このブログをわたくしごとで埋めるのは不本意ながら、今回もまた自分語りが多くなる。  どうかご容赦いただきたい。   私はこれまで非正規雇用で生計を立てながら、学問を継続し、執筆を行ってきたから、世間で言うところのフリーター(フリーアルバイター)になる。これは『(新)西郷南洲伝』上下巻出版後も変わっていない。  いわゆるフリー…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

建国記念日

 本日は建国記念日。  いわば日本国の誕生日である。  かつて建国記念日は紀元節と言ったが、その日本国の誕生日である紀元節を祝う歌があった。  紀元節の歌 1893(明治26)年-官報3037号付録 作詞 高崎正風     作曲 伊沢修二 一 雲に聳(そび)ゆる 高千穂の …
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

TPP論議 (追記)

 以下、経済評論家・三橋貴明氏のブログより転載。(http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-10789812334.html)  (転載開始) 『毎日新聞2011年2月3日 「経済への視点 TPP交渉への参加 日本有利が不可能なわけは」  我が国はTPP(環太平洋パートナー…
トラックバック:0
コメント:1

続きを読むread more

「遷都論」 (再掲載)

 (参考までに以前書いた「遷都論」という文章を再掲載しておく。)  ここで話題にしたいのは、再び人心の一致一和のことである。  彼らの運動における大まかなヴィジョンが、道理に基づく人心の一致一和にあったことはすでに見てきた。  それは『孟子』の「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」という思想に基づいている。  し…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

TPP論議

 西郷論を書くことも、維新論を書くことも、伝統論を書くことも、皇室論を書くことも、結局は国体論を違う斬り口から書くことであり、国家百年の大計はそこに胚胎している。 たとえば昨年後半になって、降って沸いたように、国民の前に現れ、十分な議論がなされぬままに進められているTPPの議論があるが、「日本文化チャンネル桜」の次の経済討論…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑥

 一年の計は元旦にあり。  この言葉の語源を辿ってみると、 一日之計在晨 (一日の計は晨にあり) 一年之計在春 (一年の計は春にあり) 一生之計在勤 (一生の計は勤にあり) 一家之計在身 (一家の計は身にあり)  という、シナ明代の官僚・馮應京が書いた「月令廣義」の一節が原典らしい。  「晨」は「あした」、すな…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

平成二十三年、一年の計 ⑤

 画期的な仕事に孤独はつきものである。  ブログはその孤独な作業であった『(新)西郷南洲伝』執筆の延長線上で書き続けている。  読者は数は少ないが、そのほとんどが沈黙の読者である。私はこれを好意的に受け止めている。  戦後的な価値観で育ったままの旧友には敬遠されているのを感じるが、私の方にも多分の違和感が生じていることも事実だ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more