母の日について

 今年の母の日は五月十三日(日)です。  日本では五月の第二日曜日に祝うことになっていますが、日付に関しては各国で事情が異なるようです。  ウィキペディアでは次のように説明されています。  【母の日(ははのひ)は、日頃の母の苦労を労り、母への感謝を表す日。日本やアメリカでは5月の第2日曜日に祝うが、その起源は世界中で様々で…
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ゆず「ガイコクジンノトモダチ」

 若者に人気のフォークデュオ【ゆず】の新曲「ガイコクジンノトモダチ」がネット上で話題になっているらしい。  実際聴いて見ると、右とか左とかいう以前の、日本人としての素朴な疑問、自然な感情を歌った内容で、変なイデオロギーに染まっていない限り、楽しめる明るい楽曲です。  すぐ消去されるかもしれませんが… ゆず「ガイ…
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Amazonオンデマンド『十人の侍(上)』(MyISBN-デザインエッグ社)

 西部邁氏が敬愛したイギリスの保守思想家ギルバート・キース・チェスタトンの名著『正統とは何か』の冒頭付近に次のような文章があります。  「私が前々から書きたいと夢見てきた物語がある。主人公はイギリスのヨット乗りで、ほんの僅か進路の計算をまちがえたばっかりに、実はイギリスに漂着しながら、これはてっきり新発見の南海の孤島にちがいないと…
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Amazonオンデマンド『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』(MyISBN-デザインエッグ社)

 amazonオンデマンドで、三月十九日より『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の販売を開始しています。  最低価格はページ数で決まるので、低く抑えるために文字をできるだけ詰め込んで編集したので、読みにくくなっていないか心配でしたが、実物を手にとってページをめくってみると、文字が詰まっている割には特に読みにくいということはなさそうです…
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電子書籍kindle版『ニーチェと論語 神になった悲劇人 最晩年のニーチェ』

 電子書籍kindle版『ニーチェと論語 神になった悲劇人 最晩年のニーチェ』が販売されたのでお知らせします。 「狂人とは理性を失った人ではない。 狂人とは理性以外のあらゆるものを失った人である。―ギルバート・K・チェスタトン―  『ツァラトゥストラかく語りき』で示した「超人」「永劫回帰」思想の発明を経て、善悪…
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amazonオンデマンド版『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の出版について

amazonのオンデマンドサービスで紙の書籍としての『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の予約販売を開始しました。  発売日は三月十九日です。  南洲翁の遺訓を座右の銘として手元に置いておきたい方は是非ご購入下さい。 「明治維新より一五〇年。今も読み継がれる維新最大の功臣である南洲こと西郷隆盛の遺訓。   その偉大…
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もう少し、西部邁氏と明治維新の意義について

 明治維新の意義について、水戸学に基づく國體観を軸に自己の見解を述べましたが、反応がないようなので、独り言になりますが、もう少し補足してみたいと思います。  最近、一月に自決された西部邁氏の業績について気になって、たまに、以前から所有し、十分に読み込んでこなかった本を読み返してみることがあります。 その死、その死に方についてはど…
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明治維新の意義 (その弐) 倒幕は必要だったか

 次に第二の質問、すなわち幕末の幕府は公武合体に動いていたことから、長州、薩摩の倒幕は不必要だった(倒幕しなくて、我が国は近代化し生き残れた)という意見はどうか、とのご質問についての筆者の考えです。  歴史にイフはない、すなわち歴史の一回性を言うなら、それは無意味な設問ですが、歴史事件の評価をする上でイフという仮説を立てるのは有用…
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明治維新の意義 (その壱) 水戸学

 筆者にとって、日本の近現代史における明治維新の意義は自明であるので、あまり深く検討してきませんでしたが、読者の方より二つの質問をいただきましたので、これを機会に考えてみたいと思います。  まず第一の質問は、「水戸学は明治維新後政府に禁止されたように、革命を呼び起こす危険な思想であり学ぶべきではない、或いは排除するべきである。」と…
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Kindle版『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』の出版

amazonの電子書籍 Kindle版『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』を出版しましたのでお知らせいたします。  当ブログで掲載した「西郷南洲翁遺訓解説」に加筆修正してまとめたものです。 内容紹介は次の通りです。 「明治維新より一五〇年。今も読み継がれる維新最大の功臣である南洲こと西郷隆盛の遺訓。  その偉大な…
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天下人の真髄

 ここ数回にわたって、『十人の侍』上巻の核となる織田信長・豊臣秀吉・徳川家康論の土台となった論考を再掲載してきました。  本論の方はここから一歩二歩踏み込んだ内容になっているので、そのもとになった論考で躓くようなら、本論に進んで、彼ら、日本の近代化の始点に立つ三英雄に関する新しい認識を得ることはできないでしょう。  新しい認…
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「徳川家康の天下取り【三】中庸及び湯武放伐論」(再掲載)

天下分け目の関ヶ原、大坂冬の陣、夏の陣。  二度あることは三度あると言うが、太閤恩顧の大名が秀頼を担ぎ上げて、家康に敵対する事件もやはり三度出来した。  家康はこれに対し、仏の顔も三度までと、三度目の反逆行為に及んだ秀頼をついには許さなかった。家康も秀頼本人に反逆の意図があるとまでは思っていなかったらしく、よく事情を汲んで、何度…
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西部邁氏の自決

 去る一月二十一日、保守思想家にして評論家の西部邁氏が多摩川に投身自殺されました。昨年の渡部昇一氏に続き、戦後保守の重鎮がまた一人亡くなられたことになります。  慎んで御冥福をお祈りするとともに、筆者が氏の言論から受けた学恩についてここで少し触れてみたいと思います。  氏の自殺については、かなり前から自説として述べておられて…
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「徳川家康の天下取り【二】大坂の陣」(再掲載)

 徳川家康は豊臣秀吉のよき理解者ではなかった。  彼の才気に満ちた天下への仕置きの多くを、物好きから来る私的行為とみなしていたらしく思える。  例えば、方広寺の大仏建立である。  この事業は、井沢元彦氏が説いておられるように、織田信長が摠見寺を建立して、あらゆる宗派を統合しようとしたのと同じ趣旨で建立されたものだ。だから…
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徳川家康の天下取り 【一】 「天下分け目の関ヶ原」 (再掲載)

家康は狸親父といわれ、大変な陰謀家と思われているが、必ずしもそうではない。  確かに、彼は秀吉に六尺の弧、すなわち遺児秀頼を託されておきながら、後にこれを滅ぼした。これほど後世の印象を悪くしたことはないだろう。  しかし、これも太平の世から、あるいは後世の価値観から見れば、そう思えるだけのことで、当時の社会状況や価値観を考えれば…
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「徳川家康と天道」(再掲載)

徳川家康が織田信長のことをどう思っていたか分らない。  しかし、彼にもまた、信長・秀吉とはその内容のやや異なる、独自の天道思想があったことは確かだ。  家康は源頼朝の天下統治のあり方を模範としたが、信長の死後、それと同じ原則に則って天下人となった秀吉を、織田家の天下を簒奪した、として批判したことは既に触れた。  そして、…
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「豊臣秀吉の天才」(再掲載)

織田信長の天下一統事業の継承者となった豊臣秀吉に関して、通俗小説の類に慣らされた読者は、今から論じるラジカルな秀吉論について来れるだろうか。  彼の天才ぶりについては夙に知られている。  戦争、特に攻城の名人であると同時に、調略の達人であった。人たらしの天才という言葉はどこかで聞いたことがあるだろう。  だが、多くの人…
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「この人を見よ!織田信長の正気と狂気」(再掲載)

 『信長公記』によれば、天正七年五月十一日、織田信長は安土城天主に移り、まさに天主として降臨した。これは同時に神仏の影向でもあった。  この翌十二日は信長の誕生日とされている。  (フロイスの記述からの逆算による通説。井沢元彦氏は十一日説を主張。私もこちらだと思う。)  ところで最近、古書店で、西尾幹二氏が翻訳と解説を行…
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「織田信長の天道思想」(再掲載)

戦国の混乱を収拾しようとした織田信長は天道思想を強く信じていた。    「天下一統」「天下布武」「天正」「天主」  「天」は彼の事業を理解する上でのキーワードである。  彼の人生は戦争と政治に明け暮れて、これと言った文書を残さなかったが、様々な記録や証言から、凡そつかむことができる。  特に小瀬甫庵が愚直と評…
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信長・秀吉・家康論の再掲載

    年が明けてから『十人の侍』のプロローグを四回に分けて掲載してきました。  次は上巻の核となる、織田信長論・豊臣秀吉論・徳川家康論の基礎となった論を再掲載していきたいと思います。  このブログにすでに掲載した論考ですが、『十人の侍』では、皇室と彼ら英雄との関係を軸に、これをさらに二歩、三歩、踏み込んだ内容になっており…
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「第一の手がかり、『論語』年譜」…『十人の侍』 プロローグ4

 日本の歴史は長く、文献は多く残されていて膨大な量です。それを調べるということは広大な言の葉が浮かび漂う海に漕ぎ出すようなものであり、現代という近代的に整備された港から無謀に出港するわけにはいきません。どこかで力尽きて遭難するのがオチだからです。  しかし、すでにわれわれは方位磁針を手にしています。  『論語』を中心とする四書が…
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「日本の國體を知る上での『論語』の重要性」…『十人の侍』プロローグ3

 戦後日本を代表する思想家として皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。平成の父世代に当たる戦後の昭和という事なら、多くの人がその人の訃報によって昭和の終わりを感じたということで、思想家とは言えませんが、時代精神を象徴する人物として、美空ひばりや松下幸之助や司馬遼太郎の名が挙がると思います。ここには漫画の神様・手塚治虫を加えてもいいかも…
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「鬼神のこと」…『十人の侍』プロローグ2

  西洋に限らず、日本の知性の伝統にも同様の箴言(しんげん)がありました。それは東洋の箴言でもありました。すでにちらりと触れましたが、「鬼神を敬して遠ざく」という言葉がそれです。孔子の言行を集めた『論語』にある言葉で、弟子の「知とは何ですか」との問いかけに対しての孔子の答えの中にあります。 「子曰(のたまわ)く、民の義を務め、鬼…
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「オカルティズム」…『十人の侍』 プロローグ1

新年の挨拶に代えて、新著『十人の侍』プロローグ1「オカルティズム」を掲載したいと思います。  今回この本を執筆するにあたって、ずっと頭にあったのは「國體(こくたい)」という言葉でした。「國體」とは国柄とか、国の在り方、そして、そこに含まれるその国の人間としての生き方や死生観といった幅広い意味を持ちます。戦後の国民的作…
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『十人の侍』[The Ten Samurai]の出版について

 しばらくブログの記事更新を怠ってきたが、表題にある『十人の侍』の校訂など、出版に向けての作業に意外と手間取ってしまったのが原因である。  今回は多少読みやすさにも気を配ったので、通常の出版も考えて、出版社にも打診してみたが、今はどこも採算重視、売れる本を出すことで頭がいっぱいのようで、残念ながら拙著の持つ価値を理解してくれる出版…
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「西郷南洲翁遺訓解説」を書き終えて

「西郷南洲翁遺訓」四十一条をようやく書き終えた。 まだ追加・補遺、その他和歌・漢詩・文書類など、日本人が遺訓とするに値するものは沢山あるが、一段落としておきたい。  筆者は解説を書きながら、なんとなく葛飾北斎の代表作「富嶽三十六景」をイメージしていた。北斎のあの芸術的完成度に比すべくもなく、何だこりゃ、むしろ漫画じゃねえのか…
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身を修し己れを正して、君子の体を具うるとも… 【西郷南洲王遺訓解説】 第四十一条

身を修し、己れを正して、君子の体を具うるとも、処分の出来ぬ人ならば、木偶人も同然なり。たとえば数十人の客不意に入り来たらんに、たとえ何程饗応したく思うとも、兼ねて器具調度の備えなければ、ただ心配するのみにて、取り賄うべき様あるまじきぞ。常に備えあれば、幾人なりとも、数に応じて賄わるるなり。それ故平日の用意は肝腎ぞとて、古語を書いて賜りき…
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翁に従いて、犬を駆り、兎を追い… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第四十条

翁に従いて、犬を駆り、兎を追い、山谷を跋渉して終日猟り暮らし、一田家に投宿し、浴終わりて、心神いと爽快に見えさせ給い、悠然として申されけるは、君子の心は常にかくの如くにこそ有らんと思うなり。 (大意)翁に付き従って、犬を走らせ、兎を追って、山谷を渡り歩いて、一日中狩猟をして暮らし、一農家に宿り、入浴を終え、心神極めて爽快になられた…
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今の人、才識あれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十九条

今の人、才識あれば事業は心次第に成さるるものと思えども、才に任せて為す事は危うくして見て居られぬものぞ。体ありてこそ用は行わるるなり。肥後の長岡先生の如き君子は、今は似たる人をも見ることならぬ様になりたりとて嘆息なされ、古語を書いて授けらる。 「それ天下誠に非ざれば動かず、才に非ざれば治まらず。誠の至る者、その動くや速し。才の周(…
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世人の唱うる機会とは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十八条 ①

世人の唱うる機会とは、多くは僥倖の仕当てたるを言う。真の機会は、理を尽して行い、勢を審らかにして動く、と云うに在り。平日、国、天下を憂うる誠心厚からずして、ただ時のはずみに乗じて成し得たる事業は、決して永続せぬものぞ。 (大意)世の人の唱える機会とは、その多くはたまさか巡り合えた幸運、すなわち偶然の出来事を指している。真の機会…
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天下後世までも信仰悦服せらるるものは… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十七条

天下後世までも信仰悦服せらるるものは、ただこれ一箇(いっこ)の真誠なり。古より父の仇を討ちし人、その麗(か)ず挙げて数え難き中に、独り曾我の兄弟のみ、今に至りて児童婦女子までも知らざる者のあらざるは、衆に秀でて誠の篤き故なり。誠ならずして世に誉めらるるは僥倖の誉なり。誠篤ければたとえ当時知る人なくとも、後世必ず知己あるものなり。 …
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聖賢に成らんと欲する志なく… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十六条

聖賢に成らんと欲する志なく、古人の事跡を見、とても企て及ばぬという様なる心ならば、戦に臨みて逃ぐるより猶卑怯なり。朱子も白刃を見て逃ぐる者はどうもならぬと云われたり。誠意を以て聖賢の書を読み、その処分せられたる心を身に体し、心に験する修行致さず、ただ、斯様の言、斯様の事と云うのみを知りたるとも、何の詮なきものなり。予、今日、人の論を聞く…
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人を籠絡して陰に事を謀る者は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十五条

人を籠絡して陰に事を謀る者は、好しその事を成し得るとも、慧眼よりこれを見れば醜状著しきぞ。人に推すに公平至誠を以てせよ。公平ならざれば、英雄の心は決して攬(と)られぬものなり。 (大意)人をまるめこんで、陰謀を事とする者は、仮にそのことが成功することが出来たとしても、物事の本質や真実を見抜く眼力を持つものから見れば、醜状著しく…
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作略は平日致さぬものぞ  【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十四条

作略は平日致さぬものぞ。作略を以てやりたる事は、その迹を見れば、善からざること判然にして、必ず失体これあるなり。ただ戦に臨みて作略なくばあるべからず。しかし平日作略を用うれば、戦に臨みて作略は出来ぬものぞ。孔明は平日作略を致さぬゆえ、あの通り奇計を行われたるぞ。 予、かつて東京を引きし時、弟へ向かい、これまで少しも作略をやりたる事あら…
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平日道を踏まざる人は事に臨みて… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十三条

平日道を踏まざる人は、事に臨みて狼狽し、処分の出来ぬものなり。譬えば、近隣に出火あらんに、平生処分ある者は動揺せずして、取仕末(とりしまつ)も能く出来るなり。平日処分なき者は、ただ狼狽して、なかなか取仕末どころにはこれなきぞ。それも同じにて、平生道を踏み居る者にあらざれば、事に臨みて策は出来ぬものなり。予、先年出陣の日、兵士に向かい、我…
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道を志す者は偉業を貴ばぬものなり… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十二条

道を志す者は偉業を貴ばぬものなり。司馬温公は閨中にて語りし言も、人に対して言うべからざる事なしと申されたり。独りを慎むの学、推して知るべし。人の意表に出て一時の快適を好むは未熟の事なり。戒むべし。 (大意)道を志す者は偉大な事業というものを貴ばないものだ。司馬温公(北宋の儒者で、『資治通鑑』の編者)は寝室で夫人に語った言葉であって…
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渡部昇一氏の業績

 去る四月十七日、保守派知識人の重鎮として活躍された渡部昇一氏が逝去された。八十六歳であった。 渡部氏の本職は英文学者であったが、大変な読書家で、その該博な知識を駆使しての洗練されたエッセイで多くの読者を獲得した。  また、その知性は常識的で、保守は保守でもヨーロッパ、なかんづくイギリスの保守知識人の良き伝統を身につけた、芯の…
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道を行う者は、天下挙って毀るも足らざるとせず… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十一条

道を行う者は、天下挙って毀(そし)るも足らざるとせず、天下挙って誉むるも足れりとせざるは、自ら信ずるの厚きが故なり。その工夫は、韓文公が伯夷の頌を熟読して会得せよ。   (大意)道を行う者は天下挙って彼を非難したとしても不満を言わず、天下挙って称賛したとしても満足しない、というのは自らを信ずること篤いからである。その心の工夫は、…
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命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第三十条

命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末に困るものなり。この仕末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。されども、かようの人は凡俗の眼には見得られぬぞ、と申さるるに付き、『孟子』に「天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行う。志を得れば民とこれに由り、志を得ざれば独りその道を行う。富貴も淫する…
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道を行う者は固より困厄に逢うものなれば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十九条

道を行う者は、固より困厄に逢うものなれば、如何なる艱難の地に立つとも、事の正否、身の死生などに、少しも関係せぬものなり。事には上手下手あり、物には出来る人出来ざる人あるより、自然心を動かす人もあれども、人は道を行うものゆえ、道を踏むには上下下手もなく、出来ざる人もなし。故にひたすら道を行い、道を楽しみ、もし艱難に逢うてこれを凌がんとなら…
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道を行うには尊卑貴賤の差別なし… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十八条

道を行うには尊卑貴賤の差別なし。摘まんで言えば、堯舜は天下に王として万機の政事を執り給えども、その職とする所は教師なり。孔夫子は魯国を始め、何方へも用いられず、しばしば困厄に逢い、匹夫にて世を終え給いしかども、三千の徒皆道を行いしなり。 (大意)道に行うには、尊卑貴賤など身分・立場の差は関係ない。為そうとの志さえあれば誰でも踏み行…
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過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十七条

過ちを改むるに、自ら過ったとさえ思い付かば、それにて善し。その事をば棄て顧みず、直ちに一歩踏み出すべし。過ちを悔しく思い、取繕わんとて心配するは、譬えば茶碗を割り、その欠けを集め合せ見るも同じにて、詮もなきことなり。 (大意)過ちを改めるには、自ら過ったと気づきさえすればそれでよい。その事はいつまでもこだわらずに、棄てて顧みず…
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己れを愛するは善からぬことの第一なり 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十六条

己れを愛するは善からぬことの第一なり。修行の出来ぬも、事の成らぬも、過ちを改むる事の出来ぬも、功に伐(ほこ)り、驕慢の生ずるも、皆自ら愛するが為なれば、決して己れを愛せぬものなり。 (大意)己れを愛するのは善からぬことの第一である。修行がうまく行かないのも、事業が成功しないのも、過ちを改めることが出来ないことも、功に誇り、驕慢の心…
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人を相手にせず、天を相手にせよ 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十五条

人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして己れを尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。 (大意)人を相手にしないで、天を相手にせよ。天に対して己れを尽くし、うまく行かなかったからと言って、人のせいにして過ちを咎めることなく、誠心が足らなかったのではないかと自分に問いかけなさい。 【解説】この条の解説は第二十四条…
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道は天地自然の物にして、…天を敬するを目的とする 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十四条

道は天地自然の物にして、人はこれを行うものなれば、天を敬するを目的とする。 天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心を以て人を愛するなり。 (大意)道とは天地とともに自ずとあるものであるから、天地とともに生きるほかない人間もまた、これを行うものである。そして、それは至高の存在である天を敬するを目的とする。天は人を同じように…
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学に志す者… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十三条

学に志す者、規模を宏大にせずばあるべからず。さりとて唯ここにのみ偏倚すれば、或いは身を修するに疎かに成り行くゆえ、終始己れに克ちて、身を修するなり。規模を宏大にして己れに克ち、男子は人を容れ、人に容れられては済まぬものと思えよ、と古語を書いて授けらる。 「其の志気を恢宏する者は、人の患いは自私自吝、卑俗に安んじて古人を以て自ら期せ…
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己れに克つに、事々物々、時に臨みて… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十二条

己れに克つに、事々物々、時に臨みて克つ様にては克ち得られぬなり。兼ねて気象を以て克ち居れよ、となり。 (大意)己れに克つには、物事に臨んで、その時になって初めてうち克とうとしても、克ち得られるほど甘くはないものだ。兼ねて、常日頃より己にうち克つよう心掛けて物事に臨んだときにはすでに、心構えが出来上がっているようにしておけよ。 …
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道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は… 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十一条

道は天地自然の道なるゆえ、講学の道は敬天愛人を目的とし、身を修するに克己を以て終始せよ。己れに克つの極功は「意なく、必なく、固なく、我なし」(『論語』)と云えり。  総じて人は己れに克つを以て成り、自ら愛するを以て敗るるぞ。能く古今の人物を見よ。事業を創起する人、その事、大抵十に七八までは能く成し得れども、残り二つを終わりまで成し得る…
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何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し 【西郷南洲翁遺訓解説】 第二十条

何程制度方法を論ずるとも、その人に非ざれば行われ難し。人ありて後、方法の行わるるものなれば、人は第一の宝にして、己れその人に成るの心がけ肝要なり。 (大意)どんなに制度や方法を論じても、それにふさわしい人物でなければ、うまく行われないだろう。その人あってこそ、政治課題を克服するための制度や方策は活かされるものであるから、人は…
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古より君臣共に己れを足れりとする世に…【西郷南洲翁遺訓解説】 第一九条

古より君臣共に己れを足れりとする世に、治功の上りたるはあらず。自分を足れりとせざるより、下々の言も聴き入るるものなり。己れを足れりとすれば、人、己れの非を言えばたちまち怒るゆえ、賢人君子はこれを助けぬなり。 (大意)古い昔から君主臣下ともに、統治者としての自己に満足している社会で、治功が上がったことはない。自分はつねに不足している…
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