天長節一般参賀と皇室の弥栄

 先日、平成三十年十二月二十三日は、平成の御代替わりを控えて最後の天長節(天皇陛下御生誕日)ということで、筆者にとって最初にして、今上陛下に対しましては最後となる、一般参賀に行ってまいりました。

 内外の歴史を学ぶことを通じて、皇室の尊さとその御存在が危機に晒されていることをつくづくと感じている戦後生まれの筆者は、長和殿のベランダにお出ましになられた天皇皇后両陛下以下皇族の方々を拝見して、目頭が熱くなり、西行法師が伊勢神宮を参拝して詠んだと伝えられる和歌「何事の おはしますかは しらねども かたじけなさに 涙こぼるゝ」を思い出し、その一端でも法師の「もののあはれ」に共感できた気がいたしました。
 

 平成の天長節は東条英機首相を始めとするいわゆるA級戦犯七名、すなわち殉国七士が処刑された日でもあります。来る年に創建百五十周年を迎える靖国神社にも参拝してまいりました。
 アメリカを中心とする連合国は人道上の罪という法をでっちあげて、野蛮にも事後法で彼らを見せしめのために裁いたのです。
 彼らに楯突いたことに対する報復であるのは、A級戦犯の起訴が昭和天皇の天長節、処刑が次期天皇であった皇太子の御生誕日(今上陛下の天長節)であったという事実を見れば明らかです。

 それが前回の記事をお読みいただければわかるように、キリスト教文明からの報復にとどまらず、その背後に隠れた隠然たる国際勢力たるユダヤ人による報復でもあったのです。
 これを主導したのはアメリカを盟主とする連合国ですが、彼らは後に米ソ二つの陣営に分かれて対立する事になりますが、「国連」として彼らの連合は継続する事になりますから(中華民国は中華人民共和国にすり替わってしまいましたが)、彼らを結束せしめていた、より大きな何か、意思が、力が、あったことになります。

 それが政治的分析をいくら読んでもよく見えてこない金の力であったというのは仮説として非常にわかりやすく、冷戦崩壊後の不可解な国際事件の数々の多くはそれによって謎が解けるような気がいたします。
 現に今の「国連」、その実、旧連合国体制においても日本とドイツは敵国条項という強い縛りを受けて、経済大国となった今も安全保障理事会の常任理事国への道は固く閉ざされたままです。
 つまり、政治大国への道は見えない壁によって固く閉ざされているのです。

 この謎を解く鍵は前回紹介したヒトラーの遺書ならびに予言に明確に記されています。安倍首相とトランプ大統領が中心となって新たな、各国ファーストの国際調整機関としての、すなわち真の国際組織として「国連」―今のような連合国体制ではなく(現に当時存在しなかった中華人民共和国はこれをその本質に則して「聯合国〔連合国〕」と訳しています)―を創立する新たな潮流が生まれることを願ってやみません。

 読者の方々によく見ておいていただきたいのですが、来年の御代替わりに前後して、皇室解体陰謀の総仕上げが行われるでしょう。
 宮内庁の怪しい動きから推測できるのは、愛子内親王を皇太子にして、女性天皇実現により女系天皇実現への道を開くことです。

 万世一系と言われる皇統は男系継承が決まりで、これは父の血統を遡ると神武天皇に行きつくことを意味しています。さらにさかのぼれば天照大神を中心とする皇祖神に行きつくことになる、高天原の神につながる唯一無二の御存在。
 だから皇室にはずっと姓がありません。

 仮に愛子内親王が皇位を継いだとしても、それは皇室の歴史にも存在した女性天皇であって、父の血統を遡ると神武天皇に行きつくことに変わりがありません。つまり、男系の女性天皇ということです。
 しかし、愛子内親王が結婚し(今の風潮では人権がどうのこうの言って、女性天皇は結婚が許されないという皇室の伝統は国際的非難を免れないでしょう、現にすでに国連の人権委員会がこのことで要らぬ口を挟んできています)、その男性との間に生まれた子供が皇位に就けば、それが男性であっても女性であっても女系天皇ということになるのです。つまり、父方の血を遡ると愛子内親王の結婚相手の血統を遡ることになって、神武天皇に行きつくことはない。

 この時、皇室はその結婚相手の姓を持つことになって、今上陛下で百二十五代、次期天皇で百二十六代、愛子内親王が天皇になられたなら百二十七代続くことになる万世一系の皇統は、皇室伝統は、途絶える事になるのです。途絶えるが言い過ぎなら、変質で、これは国体の改変を意味します。
 彼らが狙っているのはそれです。

 ですから、皇位継承順位二位である秋篠宮殿下への称号を、「皇嗣」という
歴史上存在しない称号と定めたものと思われます。「皇太弟」という称号の使用を避けたのでしょう。愛子内親王に「皇太子」を使用する伏線としてでしょうか。

 そうして振り返ってみると、譲位後の天皇陛下の称号は「太上天皇」の略である「上皇」で、略号の通称を正式な称号とすることに違和感を覚えますが、一応は皇室伝統から外れていないと言えます。しかし、今上陛下の譲位は「生前退位」と言い換えられ、皇后陛下に新たな「上皇后」の称号をもうけたことにもキナ臭いものを感じます。
 筆者の邪推を申しますと、次代天皇陛下の御譲位を想定し、皇后になられた雅子妃殿下を「上皇后」に据えるという遠略ではないか。

 誰の遠略かと言えば、申すも畏れ多いことながら、雅子妃殿下の御父小和田恆氏ということになります。
 小和田氏は元外務省の官僚でウィキペディアの解説によると次のようになっています。

「小和田 恆(おわだ ひさし、1932年〈昭和7年〉9月18日 - )は、日本の外交官、国際法学者、教授(米国・ハーバード大学他)。

外務大臣官房長、外務事務次官、国連大使、国際司法裁判所判事、第22代国際司法裁判所所長などを歴任。皇太子徳仁親王妃雅子の実父。」

 その来歴が表わすように国際派日本人の権化のような存在で、グローバリズム勢力がこのような逸材をエージェントとして放っておくはずがありません。つまり、氏は皇室解体を企むグローバリズム勢力の手先ではないか、ということが傍証的にせよ、言えるのです。

 雅子妃殿下はこの父を大変尊敬して外務省に入省し、皇太子殿下との御結婚後も国連大学に足繁く通われたと伝えられています。
 そういった国際派の女性が皇室伝統になじめるはずもなく、現在も精神科医から適応障害との診断を受け、療養のため公務を欠席することも多いようです。

 この皇太子殿下の御家庭、すなわち東宮家を固めているのが、宮内庁の外務省出身の官僚たちで、つまり、小和田氏の子分たちということになります。現在までの数代の東宮大夫は外務省出身者で占められています。

 小和田氏は愛子内親王殿下が皇位を継げば、天皇の外祖父の地位を得る事になります。日本の歴史において、藤原氏は天皇の外祖父になることによって専横の極めたのです。これが単に氏個人の野心に基づく行動ならばまだ害は少ないと言えますが、氏の経歴は明らかに彼が外国勢力、もっと言えばグローバリズムの推進者たるディアスポラ系ユダヤ人と深い関係を結んできたことを示唆しているのです。

 その小田和氏が本年六月、オランダ・ハーグの国際司法裁判所の判事を、任期半ばで退任し、帰国したのです。勘繰って言えば、御代替わりを控えて、皇室解体陰謀の総指揮を執るために退任帰国した可能性があります。

 彼らは宮内庁関係者のマスコミへのリークという手段を使って、世論を誘導し、物事を自分らの都合のよい方向に運ぼうとしてきた形跡があります。
 今上陛下が愛子内親王殿下への皇位継承を意味する直系による継承を御望みだ、とのリークもありましたし、旧宮家の当主に確認したところ、宮家復帰の意思はない、との情報を、皇位継承問題に詳しい政治学者(直系による皇位継承論者)を通じてリークしようとし、彼が討論の場で不必要にうっかり漏らしてしまったため、宮内庁が躍起になって否定したこともあります。そう言えば、今上陛下の御譲位の御意志もリークが先でした。

 また、小和田氏にとって邪魔な存在であるはずの秋篠宮家の評判を貶めようとの意図があるのか、眞子内親王殿下と国際弁護士を目指しているという青年、小室圭氏との一件も、婚約成立以前にリークし、後で彼に関する黒い噂が噴出するという失態をやらかしていますが、そのようなことは宮内庁が事前に身辺調査し熟知した上で婚約を準備するのが役職上当然で、意図的にそのような方向に誘導して、秋篠宮家の評判を傷つけたとも考えられるのです。

 これらのことの延長線上には、あまり想像したくないことですが、あくまでもそういった事態を避けたいとの願いを込めてあえて書くとすれば、秋篠宮家の文仁親王殿下と悠仁親王殿下を亡きものにしようとの陰謀が危惧されるのです。
 二年前、平成二十八年の十一月二十日に、悠仁親王殿下と母紀子殿下を乗せた御車が高速道路で追突事故に遭うという事件がありました。幸い大事には至りませんでしたが、この事故で浮き彫りになったのは秋篠宮家に対する警備体制が手薄であるという実態であり、その後も、宮内庁はこの件に関してしっかりした対策を講じていません。
 宮内庁の秋篠宮家に対する悪意が感じられないでしょうか。
 
 現状、不吉な話で恐縮ですが、交通事故などを装って、秋篠宮家の皇位継承者を亡きものにすることなど、グローバリストたちにとって卵を握り潰すようにたやすいことです。いち早く対策を講じていただきたいものですが、国民が大きく声を挙げない限り、彼らは動こうとはしないでしょう。

 新たに設けられた称号、すなわち「名」の話から、筆者の憂慮はそこまで至っていますが、筆者の懸念をご理解いただくために、わかりやすく映画の話をします。
 宮崎駿監督の名を世界に知らしめた『千と千尋の神隠し』という映画があります。
 主人公の千尋は八百万の神々が集う温泉場という異界に神隠しに遭うわけですが、ひょんなことから、そこで湯屋を経営する「油ばぁば」に雇われ、こき使われることになります。その中で「油ばあば」は雇用契約を結ぶ際、千尋の名を奪い、「お千」と名のることを強要するのです。そして、千尋は「お千」として一生懸命働くうち、自分が何者であったかを忘れていくのです。
 最終的には八百万の神々との間に起きる奇怪な事件の数々、交流の中で、千尋は、彼女を助けてくれた「油ばあば」の子分である謎めいた少年「はく」とともに、自分たちが何者であったかを取り戻して、古い絆を思い出すのが、物語の筋立てとなっています。

 宮崎氏はサヨク的心情の持主ですが、誠に不思議なことに、どうした訳か、「油ばあば」を日本の神々の世界に君臨する正体不明の存在ながら、西洋風の魔女のように描いて見せています。宝飾類の趣味もそうですが、雇用契約なども西洋人の、もっと穿った見方をすればユダヤ人の習慣です。聖書を読めばわかるように、彼らは神とでさえ契約で結ばれているのです。それは旧約・新約という聖書に冠せられた「名」でもわかります。
 この「油ばあば」の魔法によって、千尋の両親は意地汚い豚に変えられてしまうのですが、これも深読みすれば意味深長です。
 仲の悪い双子の姉「ぜにぃば(銭ぃば)」は旧き良きヨーロッパ人のような生活を営んでいるように描かれていて、宮崎氏がどこまで深く考えていたかわかりませんが、彼の着想を深読みしてみると面白い構図です。

 話は映画から戻りますが、日本人は敗戦によって言葉(名)を奪われました。終戦から数か月後、昭和二十年十二月の神道令によって、これまで日本人が自己の立場や正義を表明する際用いられてきた言葉(名)の使用を禁じられたのです。われわれは正しい「名」を失ってしまったのです。
 同じ目的で、昭和二十一年正月元旦には、天皇が神であることを否定する詔書を国民に発するよう、GHQに強要されました。いわゆる「人間宣言」がそれですが、それはユダヤ・キリスト教的な「神(ゴッド)」の否定であって、日本的な意味における神の否定ではありませんでした。むしろ日本的な神概念の再確認であるとともに、国民との関係がむしろ道徳で結ばれる相互信頼関係であることが明らかにされています。よく読めばわかるはずです。

 GHQが陰険な検閲を行ったことはすでに一般国民のよく知るところとなっていますが、連合国を批判する内容の書物や日本人の生き方や国柄、すなわち「国体」を著わした書物の焚書まで行ったことはあまり知られていません。それまでの日本を指導してきた階層の公職追放、いわば「坑儒」を行いました。

 その中で、日本人は名、すなわち言葉を奪われ、自己が何者であるか、その来歴である歴史を忘れさせられてしまったのです。これは世代交代が進むほど、その効果を発揮してきています。
 過去を喪失したわれわれの頭の空白に刷り込まれたのは、彼らが創作した日本人の悪行の歴史でした。
 本当はなかった南京大虐殺や慰安婦の強制連行に象徴される悪行の数々は教科書に乗せられて、子供たち、すなわち未来の日本人の頭をも汚染していきます。

 彼らは、事実を以てこれらの歴史事実を正すものを「歴史修正主義者【リビジョニスト】」と言って非難しますが、【リビジョニスト】とは本来共産主義用語で、共産党内の派閥の争いに用いられてきた言葉であって、「歴史修正主義」という日本語の語感とはかなり異なります。
 日本語において「修正」とは間違いを正すことで、特に主義というほどのことはない、人間としての当然の態度であるからです。
 むしろ、これは敗戦後の日本に彼らの創作した【ビジョン】を押しつけ、洗脳した、いわば元祖【リビジョニスト】であることの表れであると言っていいのです。

 われわれは、よくわかるところでは「大東亜戦争」と言った、大本営が今次の大戦をそのように命名すと正式に決定し、国民もそのように呼んだ「大東亜戦争」という名(言葉)の使用を神道令によって禁じられ、「太平洋戦争」と呼ぶよう強制されました。
 NHKは、GHQのスタッフが脚本を担当した「真相箱」というラジオ放送で、日本軍が各地でなした悪行の数々を創作、報道し、「太平洋戦争」という言葉を連呼し、生活で手一杯の国民を洗脳するとともに、原爆投下などの彼らの悪行の報道を一切禁じたのでした。実はNHKの生みの親はGHQで、反日報道機関の嚆矢として、今も国民から膨大な受信料を徴収しながら、莫大な資金を番組制作につぎ込んで、国民を洗脳し続けているのです。平均年収2000万近い職員は公共団体の職員としては、ダントツの高犯罪率(おそらく桁違いの!)を誇っています。その内容を知ったなら、高い受診料を支払っている善男善女が放送局を焼き討ちにしてしまうのではないかと思われるほどです。
 実は彼らを縛り上げてきたGHQの放送コードはいまだにテレビや新聞や教科書まで縛り付けているのです。

 われわれは太平洋でアメリカとだけ戦ったわけではありません。シナ大陸では中華民国と戦ったわけですが、これは彼らを背後から支援する米英ソ(初期はドイツも…、中国共産党はソ連の中国支部です)との代理戦争を意味し、やがて大東亜戦争の開戦によって、その背後にいた米英と戦うことになったのです。東南アジアで大英帝国やオランダと戦い、この地域から彼らを短期間で駆逐しました。ソ連だけは日ソ中立条約がありましたから、終戦間際の戦争最末期になって火事場泥棒的に参戦し、その本性を現しました。

 当時世界の陸地面積の90%以上が白人の植民地、つまり、ほとんどの有色人種が彼らの奴隷的立場に置かれており、有色人種の独立国家は日本とタイのみでした。タイは西洋列強の植民地間の緩衝地帯として存続を許されていただけですから、自らの力で近代国家を築き上げ、彼らと対峙したのは日本人だけであったことになります。その事にいち早く気づき〈それでも危うくギリギリのタイミングでしたが)、維新回天の偉業を成し遂げた元勲たちが日本人にとって偉大なのはそれが主な理由です。

 日本は富国強兵のスローガンのもと、朝鮮半島に近代化された友好的な独立国家が出来上がることを願いながら、朝鮮半島を支配する老大国清と戦い(日清戦争)、ついで朝鮮・満州の支配に乗り出したロシアと戦争し(日露戦争)、これらの闘いに勝利することで、東北アジアに確固たる地位を築いていきました。
 これを世界制覇の障害となると見なしたのが白人たちです。
 そして、シナに貿易のうまみを想像してよだれがとまらなくなった彼らは、膨大な人口を抱えながら辛亥革命によって満州人王朝である清朝が倒れ、混乱期に入ったシナにその長い手を入れ、距離的にも、また地政学的にも密接な関係にある日本との離間を謀り始めたのです。

 シナにおける排日運動を煽ったのは、当初は英国系資本でしたが、やがて米国系資本に取って代わり、最後は共産党系組織が中心となったといいますが、その間にあって、常に反日宣伝活動に従事したのはキリスト教宣教師たちでした。この謎も、ディアスポラ系ユダヤ人(と言っても当時、古代ローマ帝国時代の滅亡以来、イスラエルという国家は存在しませんでしたから ユダヤ人は皆ディアスポラ系ということになりますが)の意志とカネが動いたと考えれば腑に落ちます。

 日本が屈せば、西洋(およびその背後にいるディアスポラ系ユダヤ)による世界制覇、すなわち有色人種の完全奴隷化は達成することになりましたから、彼らの圧迫に対し、日本人は大東亜戦争の名のもと、特攻までして戦ったのです。当時の国民はこの戦争の意義を日本の自存自衛のみならず、有色人種の解放である、そのように理解していましたから、必死になって戦い、戦争は自ずと聖戦としての意味合いを帯びるに至ったのです。
 その気概と努力もあって、自身は矢尽き刀折れ、敵に屈したものの、東南アジアから大英帝国を中心とする白人勢力を駆逐する結果となったのです。
 その英霊たちは神となって靖国神社に祀られています。

 奪われた名は「大東亞戦争」のみならず、その理念、周辺世界と一つ屋根の下の家族のようにして平和に暮らすという理念を表す「八紘一宇」、その根源をなす国柄や日本人としての生き方・世界観を表す「國體」という名も使用を禁じられました。
 日本人の根源を祝う祝祭日も昭和二十三年制定の「国民の祝日に関する法律」によって、その名を改変されました。「天長節」は「御」さえつかない「天皇誕生日」、明治天皇の「天長節」は「文化の日」、収穫祭である「新嘗祭」は「勤労感謝の日」に改変されました。昭和天皇の「天長節」が「昭和の日」、「紀元節」が「建国記念日」に改変されたのはまだましですが、むしろイエス・キリストの誕生日であるクリスマス、古代ローマにおいて女神ユノ―の祭日に聖バレンティヌスが殉教したことに由来するバレンタインデー、西洋の収穫祭であるハロウィン(起源はケルトですが)などで盛り上がる若者たちの愚民化を見ていると、敵の目的は大変成果を上げていると思わざるを得ないのです。これは明らかに、国際化という名のグローバリズム教育の成功であって、国民教育の失敗です。(もちろんこれら西欧由来のお祭りを祝うなというのではなく、もっと日本の根源的な祝祭日の方を大事にしなければならないということです。)
 戦前の日本人から遠ざけるため、漢字も改変させられました。常用漢字がそれですが、「國體」が「国体」と貧弱に表記され、「国民体育大会」と混同されるという悲喜劇は実は深刻な問題を孕んでいるのです。

 パイプを咥えて厚木にさっそうと降り立ったマッカーサーは言わば、日本人から名を奪って支配した「油ばぁば」でした。彼が連れてきた進駐軍、すなわち米兵はいたるところで大和撫子をレイプし、殺人を犯すわで、「油ばぁば」は日本の官僚に慰安所の設置をいち早く命じ、当時の官僚は泣く泣く、大和撫子の被害を最小限に食い止めるための犠牲として慰安婦を募集したのです。それがいわゆるパンパンと呼ばれる人たちです。

 そう言った敗者の哀しい歴史は、その名を留めることによってようやく忘却を免れることが出来るのです。
 若い日本人は千尋のように、甘ったれで貧弱であっても、勇気を出して、「大東亞東亜戦争」を始めとする封印された名を回復し、歴史を、自己のアイデンティティを取り戻さなければなりません。
 これはあくまで比喩ですが、日本人に国ぐるみでかけられたマッカーサーの壮大な洗脳という魔法を解いて、バブル期にはエコノミック・アニマルと世界中から揶揄されたような、食い意地の張った豚に変えられた親の世代の名誉を救わなければなりません。
 いや、それはマッカーサーの魔法の一つ、いわゆる3S政策(スポーツ・セックス・スクリーンの頭文字)などによって、勇敢に戦った日本人を快楽で骨抜きにする政策によるものなのだ、と。

 その延長線上で考えれば、皇室における「名」の改編は現代の「油ばあば」による歴史、伝統の忘却を意図したものであるに違いありません。
 皇室伝統を忘却した日本人は皇位が女系天皇に移っても、しばらくその事に気づかないかもしれません。いや、一般参賀で感じたのは八万人もの人々が詰めかけ、皇室の歴史伝統に関する国民教育がこれほど蔑ろにされてきたにもかかわらず、天皇陛下万歳を唱える人々がまだこれほど多くいるのかという感動の一方で、参賀の後、近くの銀座を歩いた際に見た、単なる休日に買い物を楽しむ日本人の無関心との落差、心の分裂を強く感じさせられました。
 それが国際化した、彼らにとっての優秀な日本人ということになるのでしょう。

 
 「名」を正しくすることを政治の要諦としたのは孔子です。
 『論語』において、孔子は「政とは正なり」と言い、また「必ずや名を正さんか」、と言いました。
 なぜなら、「名」が正しくなれば、そのことによって正しい言葉に順って言動が正しくなり、そのことによって事業・事務は成果を挙げることとなり、そのことによって礼楽(今で言う文化)が興隆し、そのことによって刑罰は適正になり、民は安心して暮らせるようになるからです。
 だから孔子は、君子は正しい名をかかげ、必ず言葉に表して、必ずこれを行うべきである、と言ったのです。

 「正名論」を書いた藤田幽谷(藤田東湖の父)が水戸学中興の祖とされることからもわかるように、維新回天における王政復古運動の背骨となった価値規範の一つがこれでした。つまり、「維新」は「維新」、「王政復古」は「王政復古」であって、その運動が当事者たちによってその「名」に見合う内容を持つものであったかどうかを見るのが、歴史という学問の王道なのであって、革命だの、テロだの、偽りだの、そういったレッテル貼りは、後世の一つの視点を誇張、あるいはデフォルメしたものであって、本質的なものではない、ということです。
 むしろ、その新しい「名」を誇張することによって、歴史を忘却させ、自分らの思うところに引っ張って行こうとしている、とその日本の歴史に対する悪意を邪推することも可能なのです。

 これを皇室の問題に適用するなら、われわれが歴史を見失い、かつての敵が用意した歴史観を空白になった頭に刷り込まれたように、「名」をこっそり書き換えることによって、皇室伝統を忘却の彼方に追いやり、その空白の頭に、今上陛下の直系継承として、女性天皇、次いで女系天皇という易姓革命を、知らず識らずのうちに、自然なものとして受け入れさせる、という壮大な洗脳が、今まさに再び、日本国民に対して行われようとしている、と言えるのではないか。
 
 彼らはヒトラーが気づいてから百年近い歳月をかけて、実に根気よく皇室解体工作を用意周到に、その総仕上げの段階にまで、運んできたのです。
 国を失いながらも、この世知辛い世界をしぶとくアイデンティティを失わず生き延びてきたユダヤ人の利口さ、狡猾さ、その背後にある富の蓄積と築き上げた世界規模〈グローバル〉の権力基盤に、日本の国際派エリートたちは全く歯が立ちません。使い走りがせいぜいです。
 彼らは、将棋で言えば、すでに宣言する事なしに玉に手を掛け、王手に入っています。
 国民がそのことに注視することで、是非ともこれを阻止しなければなりません。
 皇室を失うことは、日本人が移民の洪水に飲み込まれて、高度で和やかな文明を築き上げてきたわが国の文明の核心を失うことを意味するのです。それは一度失われてしまえば再建不可能な存在です。

 われらの子供たちの代において、いま既にそうなってきているように貧困化した日本男児は結婚できず、大和撫子はお金持ちの移民(概ね中国人となるでしょう)と結婚し、彼らの子を産み育てる事になります。
 長年続けられた一人っ子政策によって中国人は男が異常に多い人口構成となっており、その余った中国人男性に日本女性は宛がわれることになります。このままいくと自然にそうなります。とすれば、日本人の少子化はとどまるところを知らず、やがて膨れ上がった移民の中で、日本人はいつの間にか消滅してしまう事になるでしょう。
 清朝を作り上げた満州人が、流入した漢民族によって消滅させられ、今チベットやウィグルの人びとが同じ運命を辿りつつあるように。
 それはディアスポラ系ユダヤ人が目指す日本人の運命でもあるのです。
 
 そのような未来を防ぐためにも、皆さんが目を覚まし、起ち上がらないければなりません。来年のみならず、子供や孫達が成人する未来までも毎年良い年が迎えられるよう、一緒に起ち上がりましょう。先ずは現状を知り、それを身近な愛すべき人びとと共有することです。
 
 前回予告しましたが、年明けからグローバリズムに対抗するわれわれの伝統を明らかにするための『皇室と論語』を連載していきます。
 まずは前回紹介した「史上最凶の極悪人」とされてきた人物の遺書と予言をもう一回検証するところから始めたいと思います。
 「パンドラの筐(はこ)」を開け放つことになるかもしれませんが、多くの災厄が飛び出した後、筐に残っているものは何か。
 希望か、それとも絶望か。
 ギリシャ神話の一解釈にあるように一縷の「希望」であることを筆者は願ってやみません。

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