終戦の淵源…パンドラの筐【『皇室と論語』追記】

『皇室と論語』を完結させて、数カ月たちましたが、新たな知見も得たので少し捕捉しておきます。

第1回目の記事「パンドラの筐―ヒトラーの予言」では、ヒトラーの遺言の存在と日本に関する予言について触れ、そこから飛び出した災厄が今や、世界唯一の国民国家としての日本を解体し尽くそうとしていることを指摘しました。

 その後、ユダヤ人というものを少しでも理解したいと思い、勉強したのですが、いくつかの驚愕の事実を知ったので、紹介します。

 まずは「ホロコースト」について。

 「ヒトラーの遺言」を読んで、ひょっとしたら「ホロコースト」はあくまでもプロパガンダであって、なかったかもしれないと思うようになりましたが、ホロコースト論争を検証した動画の存在を知り、じっくり視聴してみました。

【戦後最大のタブー!「ホロコースト論争」完全解説】で検索すれば出てきます。

本編20、番外編いくつかの、優に本一冊分以上の、これまでの学術的論争を整理した内容ですが、本編20を通観して、「ホロコースト」自体が捏造であったことが考証されています。
冒頭で最初に知って驚かされるのは、有名なアウシュビッツ収容所のガス室が戦後に作られたものであったことです。また、ナチスの絶滅政策に関する一次史料が存在しないことも驚きで、この時点で「南京大虐殺」「従軍慰安婦」「徴用工」と同じ構造を持つ問題であると直観しました。

読者の皆さんには実際に動画を見て判断していただきたいのですが、筆者は史料の扱いも論理も堅実な「なかった」派の主張に軍配を上げます。今後、確実な一次史料を提示できなければ、「あった」派の主張は学術論争における不利を覆すことはできないでしょう。
ところが、今のところは「勝てば官軍」で、勝者であるユダヤ人の一握りの権力者グループが政治とマスコミを通じての宣伝戦で勝利を収めているのが現状で、「ホロコーストなかった」派の研究は発表を法律で禁じられているということがすべてを物語っているように感じられます。
ドイツ人は精神的に二度と起ち上がることが出来ないように、政治的に完膚なまでに叩きのめされているのが現状なのでしょうが、敗戦国日本も他人事ではありません。まだまだ「南京大虐殺」「従軍慰安婦」などの問題で、よくは知らないが、何となく火のないところに煙は立たない、日本軍は悪いことをしたのだろう、と思っている人は多いでしょう。
被害者であるはずのユダヤ人が勝者であるというのは意外かもしれませんが、第一次、第二次世界大戦を経て、金融による世界支配を達成し、マスコミにおけるユダヤ人批判を完全に封印し、イスラエルを建国したユダヤ人は、二十世紀を通じて最も成功した民族といえるでしょう。もちろんユダヤ人といっても一枚岩ではなく、いろいろな勢力、階層があるので、彼らをよく知る必要があります。

 その点、保守思想家として有名なギルバート・チェスタトンの盟友ヒレア・ベロックが西欧におけるユダヤ人問題解決のために書いた『ユダヤ人 なぜ、摩擦が生まれるのか』という本は参考になります。
 この本は、ユダヤ人と近い関係にあり、どちらかと言えば親ユダヤ傾向のあるフランス人である彼が問題解決のため、公正な視点で真摯に取り組んだ著作で、そこでは問題の本質が深く洞察されています。書かれたのはロシアで革命の結果ソ連政府が成立した一九二二年で、この著では早くも、西欧ではこの革命が「ユダヤ人革命」と呼ばれていたことも、革命後、ロンドンやパリのユダヤ人の店でロマノフ王家の宝物が売りに出されていたことも指摘されています。 
 ベロックは西欧の有力者がユダヤ人の持つ財力に媚びるという態度の問題点も指摘していますが、ユダヤ人側の問題点としては、彼らの西欧キリスト文明に対する優越意識、そしてその秘密主義を挙げています。

共産主義革命とされるロシア革命は当時西欧のマスコミでは「ユダヤ革命」と報じられるほど、これを指導した層はユダヤ人で占められていました。マルクスも、レーニンも、トロツキーもみなユダヤ人でした。ロシア革命成立時、ボルシェビキの80%以上がユダヤ人で占められていました。
国際共産主義運動とは、世界規模でのユダヤ人解放運動だったわけです。

遡って、フランス革命もユダヤ人解放のための革命だったとしているのが、ユダヤ人のモルデカイ・モーゼという人物です。この人が書いた『あるユダヤ人の懺悔 日本人に謝りたい』という書籍が最近復刻されましたが、このロシア革命やアメリカによる日本占領政策の裏も表も知る人物が懺悔として告白していることは驚く事ばかりです。
フランス革命の理論的主柱となったルソーはユダヤ人であったこと、アメリカ大統領ウィルソンが提唱した国際連盟がユダヤ人の世界政府を意図するものであったこと、ノーベル賞もまたユダヤ人のためのものであったことが語られています。戦前の憲法学者・美濃部達吉の「天皇機関説」がユダヤ人憲法学者ゲオルグ・イエネリックの影響を受けたものであったことも明らかにされています。
もちろんマルクスがユダヤ人で、ロシア革命がユダヤ解放運動であったことも、彼は参加者としての立場で語っています。彼は非ユダヤ人であるスターリンと反ユダヤであるヒトラーが結んだ独ソ不可侵条約を、ユダヤ人抑圧政策であると看破して、ソ連を見限り、やがてアメリカに亡命してニューディール派として活躍、戦時中から日本の戦後処理の立案に加わり、戦後数十回来日して、日本を深く知るに及んでユダヤ人の日本に対して為した行為を反省するに至った、という人物です。
日本国憲法は、彼らが作ったワイマール憲法の引き写しで、彼らが作ったということまで書いています。
彼は戦後、日本文化を研究し、そこで日本の皇室が国民と利害が対立しない世界でも唯一無二の王家であり、ユダヤ民族が理想としてきたものであることを深く理解し、それを破壊しようとした彼らの行為をいたく恥じた、というのです。

この原著が出版されたのは1979年で、戦後の日本人論流行の嚆矢となったベスト・セラー『ユダヤ人と日本人』(イザヤ・ベンダサン著、1970年【昭和45年】出版。山本七平がユダヤ人とのディスカッションを経て執筆したとされる)を浅薄であると批判しています。
ある意味、偽装ユダヤ人が書いて、一世を風靡した「ユダヤ人と日本人」を、本物のユダヤ知識人が批判したのがこの書である、ということになります。あまりに浅薄な議論が偽善とまやかしに満ちた戦後日本社会に横行して、戦前の日本の本当の凄さをよく知るようになったモーゼ氏は見るに見かねた、という面があったにちがいありません。
現にモーゼ氏はベンダサンへの批判で、この衝撃の書を締めくくっています。

この書がほとんど黙殺に等しい扱いを受けた、ということ自体が、戦後日本社会における日本人論が浅薄なままで終わったということを表しているのです。
現在、ユダヤ人問題に詳しい日本史家の田中英道氏や元外交官の馬渕睦夫氏はこの書を早くから知っていて、今回の復刊にも関わられたようで、彼らの研究にはそれらの見識が生かされています。

この書は『皇室と論語』を書き終えてから出合いましたが、概ね筆者が二十年以上かけての知識と思考の積み重ねでおぼろげながらわかってきたことが、当事者の言葉で語られ、内幕を暴露されているということで、筆者にとっては単なる陰謀論でかたづけられる内容ではありません。

世界的規模、つまり、あまりにグローバルな話で、今一つ理解しづらいかもしれませんが、筆者の理解を大まかに述べておきます。
ローマ帝国時代のディアスポラ以来、祖国を持たず、各国で差別迫害を受けながらも、世界規模で金融と資源と情報を支配する力をつけたユダヤ人は、律法(いわゆる旧約聖書)の教えにあるように、自分たちが神から選ばれた選民であり、世界中の土地と富は不当に収奪された、本来なら自分たちのものであるとの考えに基づき、それを取り戻すことに対し、何ら良心の呵責を感じることなく、反撃に出た。西欧社会におけるマイノリティであるユダヤ人は自由・平等・同胞愛をスローガンに、被抑圧者の横の連帯を訴えて、君主制という縦の関係を覆し、君主と貴族の財産を奪った。それがフランス革命です。
自由と平等は本来矛盾をはらんだ概念で、それを調整するのが民主主義という制度で、そこに彼らが金融と司法とマスコミという持てる力を活用して干渉する余地が生ずるのです。一方で、自由を抑圧することでそれを達成しようとしたのが、無神論のユダヤ人が主導した国際共産主義運動です。彼らは君主制国家では内部では階級間の対立を煽り、外国との戦争を通じて体制を揺るがし、革命を成就しようと画策しました。
彼らは英国やアメリカの金融街、すなわちシティとウォール・ストリートを策源地とし、彼らにとって有能だが下等な民族を使役して、自らの手を汚さずに目的を達成していきます。
特に有用だったのが民主主義を採用している西洋国家で、同じ聖書(旧約聖書)を基盤とするキリスト教徒たちでした。
彼らは西洋社会においては出自を隠し、溶け込むことが出来るので、そこに浸透することが出来ましたが、最後の国民国家である日本だけはそれが通用しません。そこで彼らは容姿の似ている民族を使嗾することで、目的を達成しようと考え、白羽の矢を立てたのが辛亥革命以来、内乱状態にあったシナ人であり、日本の敗戦後は朝鮮民族だったのです。
彼らはシナにおいて蒋介石率いる国民党と毛沢東の共産党の双方に援助し、巧みに操ることで日本を泥沼の戦争に引きずり込んでいきました。アメリカはユダヤの出自を持つエージェントと呼ばれるキリスト教徒、フランクリン・ルーズベルト大統領がユダヤ人スタッフを重用して日本を戦争に追い込んでいきました。
西欧で反ユダヤを掲げるナチスに対し同じ役割を担ったのが、シティとの関係が深いチャーチルでした。
彼らは第一次、第二次の世界大戦に勝利し、壮大な世界制覇の野望を達成しました。
国連常任理事国が、英米の民主制国家に加えて、ソ連と中華人民共和国という非民主制国家であったことの謎は、この視点からでしか解けません。
その後、ドイツ人と日本人は勝者である彼らにとって都合のよい歴史観に洗脳されたまま、現在に至っています。

終戦の淵源として、七十四回目の終戦の日に、以上のことを明らかにしておきたいと思います。

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