「令和」ー新元号に思うこと

 四月一日、新元号が「令和」と閣議決定、発表されました。

 何でまたエイプリルフールなんかに、という感じも致しますが、新年度の始まりということでしょう。事務手続き的混乱を避けるため、という政府の従来の説明とも矛盾しません。

 新たな天皇の即位とともに発表されてきたこれまでのしきたりを破って、退位(本来なら譲位)される今上陛下の在位中に発表するという異例の事態も、国民主権を採用している現憲法に則って、この手続きを踏んだのだとすれば、法治主義を採用している以上、一応説明がつきます。

 そもそも、わが国の長い歴史において、外国の軍隊の占領期間中に押し付けられた、何ら正統性を持たない憲法(天皇を国民統合の象徴と規定するなど一部正当性はありますが)を、立憲君主の立場に立たれて、これを頑なに守ってこられた今上陛下の御代自体が異例なのであって、平成の御代においてむしろ日本国憲法という拘束服による締め付けはますます完成されたと言ってよいのではないでしょうか。長年の締め付けにより、日本の体質・体格までそれに見合ったものになってしまっているかもしれません。

 ところが皮肉なことに、この御代は、今上陛下が譲位の御意志を国民に訴えかけるという、現憲法下ではありえない、詔の発布に匹敵する御行為によって、終わりを告げることになったのです。

 陛下もそのことを認識しておられたのか、公の御存在である天皇陛下のお言葉としてはあってはならない、「個人的に」という表現を用いられました。これは皇室伝統を知り、これを重んじる者にとって非常に衝撃的な御言葉であったわけですが、ある意味、この御言葉によって、この国民への語りかけは立憲君主制を外れることになる詔勅としての意義づけを免れているとも言えるのではないでしょうか。

 いつの時代も現在は、過去の歴史の継承であると同時に、次の時代への過渡期であります。
 皮相単純な現象も、さまざまな歴史的、あるいは政治的配慮に支えられて、メディアを通じてわれわれの目に届けられるものです。
 今回の新元号についてもそれは言えそうです。

 安倍首相は今回の元号選定に当たって、わが国の古典から選びたいとの意向を示していましたが、一応、政府声明はそれに則って選定したことになっています。

 出典は万葉集の巻五、梅花の歌三十二首の序文に由来しているとのことです。
 
「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す」 

 「和」を好む日本人全般にとって、何ら文句のつけようがない選定で、国民もまた好印象を持ったようですが、海千山千の政治家の選定した文字ですから、そこに様々な含意を汲み取ることが可能です。 

 元号を日本の古典から選ぶという決断の表明は、『隋書』「倭国伝」に記録するところの有名な、聖徳太子が隋の煬帝に送った国書「日出ずる處の天子、書を日沒する處の天子に致す。恙なきや」云々と同等のシナ王朝に対する対等意志の表明にほかなりません。
 筆者は日本における儒教を中心とする漢学受容の伝統を文章によって闡明することで、日本の骨太い伝統、政治文化の再興への露払いをしようとしてきたわけですが、それは漢学崇拝ということではなく、わが国の優れた先人たちが受容し、それを政治や文化に活かすことで血肉と化してきた伝統を復興させるためで、あくまでも日本の神道的世界観と習合した、忘れられ、失われはしたものの、国風化した強靭な伝統の一つを復興させることを目指してきたのです。

 われわれはすでにシナの古典から学びうるものはすでに学び終えています。かの国の古典から新たに学ぶことはすでにないと言っていいでしょう。
 そういった意味で、今上陛下の御代の終わりに際して、安倍首相が行った英断を言祝ぐものです。


 しかし、安倍首相の元号選定に対する配慮はこれで説明できる程、皮相なものではありません。
 元号発表数日にしてすでに判明してきましたが、実は万葉集のこのくだりは、歌そのものではありませんので本歌という表現は当たりませんが、歌で言えば本歌に当たるシナの古典があるようなのです。
 岩波文庫編集部がいち早く、古典文学大系『萬葉集』のこのくだりの註を根拠に、『文選』にも採用されている後漢・張衡の『帰田賦』「仲春令月、時和し気清らかなり」からの引用を指摘しています。
 戦後、親共産主義、親中派に転向した岩波書店らしい底意地の悪い指摘ですが、日本人としてのアイデンティティに立つならば、すでに触れたように、日本には古くから本歌取りの伝統があり、それが海外の文物からであっても、謙虚にこれを学び、これに手を加え、新たなものを創造していく優れた伝統の発現と見るべきです。

 安倍首相は聖徳太子の「和を以て貴しとなす」を座右の銘とし、人にも書いて贈ると伝えられていますが、これを道徳のみならず、政治思想としてとらえた時の深謀遠慮についても触れておきたいと思います。
 いま自民党総裁としての安倍首相は、中国大陸の利権にのめり込んでいる公明党と連立を組み、田中角栄以来の親中派利権を継承している二階俊博氏を幹事長として、政権運営、党運営を余儀なくされています。

 「令和」の元号が日本最古の歌集を典拠にしていると称しつつ、シナの古典にも典拠を持つということは、これら国内の親中派政事家を満足せしむると同時に、既に元号というものを捨てて久しい中国共産党の自尊心の一端を満足せしめることになるのです。

 また、「中央日報」の報道によると、諮問会議の一員で考案者と伝えられる『万葉集』研究の泰斗・中西進氏は、かつてシンポジウムにおいて「朝鮮半島で百済と高句麗が滅亡し、多くの人たちが日本に渡ってきた。その当時渡来人が万葉集に大きな影響を及ぼした」と述べている人物で、異常に高い朝鮮民族の自尊心の一端をも満足させる選定となっているのです。

 さらに深く穿ってみましょう。
 現在の安倍政権は戦後の政治史上、最もグローバリズム政策を推し進め、日本の移民国家化を完成させようとしている政権です。

 本来ナショナリストであることを売りにしてきた安倍首相にとって皮肉以外の何ものでもありません。最近も、トランプ大統領の懐刀であるスティーブ・バノン氏が来日して、トランプ大統領登場以前のトランプは安倍首相であった(つまり、トランプ大統領登場以前に、大統領がアメリカン・ファーストと唱えて成そうとしているナショナリスティックな政策、すなわちグローバリズムに対抗しての各国ファースト政策を推し進めてきた政治家が安倍首相であった)という応援演説をしてしていましたが、安倍首相が従来の信念を曲げざるを得ない政治状況が日本の内部に存在していることを示唆しています。
 その安倍首相の首根っこを懐からつかんで締め上げているのが、「令和」をカメラの前で和やかに掲げた菅官房長官で、今や安倍政権やマス・メディアは彼に牛耳られていると伝えられます。
 彼こそは官房長官として首相の女房役でありながら、影の支配者として、海外の金融資本勢力を中心とするグローバリズム勢力の手先となって、日本を移民国家化へと舵取りしているようなのです。確かにマスコミは彼を批判攻撃していないどころか持ち上げていますから、グローバリストの支持を受けていることは事実でしょう。

 元号に話を戻すと、「令」という字はわれわれ一般人の教養においては「法令」「律令」「命令」というように、「させる」という意味も持ち、「令」と書いて「せしむ」と訓ぜられます。われわれが普段親しんでいるのはむしろこちらの用法でしょう。
 筆者の周辺では、公表の翌日、漢字に弱い初老のおじさんが「令」を「命」と混同しての事でしょうが、「めいわ」「めいわ」と連呼して失笑を買っていましたが、実は漢字に弱い海外のメディアではそう受け止めるところが多かったのです。
 英国営放送BBCやロイター通信などは「令」の主意を【order】あるいは【command】に翻訳し、権威主義的な「命令」の意味で伝えているそうです。

 「令」をこの意味で受け取るなら、「令和」は「和せしむ」となって、移民政策に象徴されるグローバリズム政策の導入という、いわば「不和」の種を導き入れた政府としては、日本国民がこれから経験するであろう混乱・苦難を認識し、敢てこれらを乗り越えて異民族間を「和せしむ」という意志、あるいは国民に対する要望を示したとも言えます。グローバリズムにかぶれた一部の傲慢な政事家や官僚などはこの意味で受け止めるのではないでしょうか。

 では、海外のグローバリストたちはこれをどのように受け止めるのでしょうか。

 「そうか、われわれの思惑通り、移民国家化を推し進めるのだな、よしよし。」

 あるいはヒトラーが予言したように、彼らユダヤ人の聖典である旧約聖書にあり、彼らが長い年月をかけて世界中に実現してきた民族大相剋状態に対する最後の砦としての国民国家日本の抵抗の意志と受け取るのでしょうか。

 自民党は十年程前、中川秀直氏や現東京都知事の小池百合子氏などが中心となって、3000万人の移民受け入れ政策を掲げましたが、西欧などでは10%の特定異民族の移民受け入れによって政治は大きな影響を受けて、今日の大混乱に陥っています。
 現在日本で急増しているのは中国系移民ですが、これは中国共産党政権の覇権主義的膨張政策である世界各国への植民と一致する政策で、これに対する日本における親中派やグローバリズム政事家の呼応が推測されるのですが、三千万の移民が入り込み、同化せずにコミュニティを作り、政治的影響力を行使するようになれば、平和ボケによる政治文化の衰退著しい日本において、この島の本来の住人であり、国民である日本人は従属的地位に置かれてしまう事になります。いや、既にそうなりつつあります。
 ある保守系の歴史学者は、日本は昔から「渡来人」と言われる海外からの移民を受け入れ、同化させてきた伝統があるから、30%ぐらいの人口が移民として入ってきても大丈夫、と言っていましたが、日本の伝統が失われ、政治力、文明力の衰退している今日、その見解を素直に受け入れることはできません。大体渡来人はそのように大量の異民族が一気に流入してくるようなものではなかったはずです。しかも、日本の支配者になろうとの奸謀を抱いていなかった。
 このまま移民受け入れが進むにせよ、進まないにせよ、日本国民の生活を守るには、どうしても異民族を同化させるだけの文化力・政治力の復興、出来るならばそれらの強靭化が必要です。
 そういった意味で、新元号「令和」の持つ深い伝統的意義、歴史的意義を理解しておくことは、日本人の未来にとって大変重要なことだと思われるのです。
 

 安倍首相が闡明した日本の古典、それも万葉集という日本最古の国民的歌集から元号を採るという自己主張は、毛沢東の昔から、日本属国化を虎視眈々と狙い、その謀略を着々と推し進めてきた中国に対する独立対等の意志表明としては、中国共産党の工作によって、沖縄【琉球独立論】・北海道【アイヌ先住民族自治論・北海道独立政府論】・大阪都構想(地域主権論である道州制に基づく】が一斉に唱えられている今日、大変重要です。
 彼ら分離主義者たちの名前を敢て挙げるなら、玉城デニー知事・石川知裕北海道知事選候補(元小沢一郎秘書)・橋下徹元大阪府知事などがこれに当たるでしょう。

 分離主義者とはアメリカの南北戦争の時に北の連邦主義者たちが南軍指導者をこう呼んだことに由来していますが、南軍はよく知られるように奴隷制の擁護者で、南部は奴隷を酷使しての大規模プランテーションの輸出先として、かつての宗主国たるイギリスやフランスと経済的に深く結んでいたのです。ですから、戦争中もイギリスやフランスは経済的植民地たる南軍に肩入れして、内戦に干渉しましたし、連邦政府はこれを根切りするために奴隷制廃止を訴えたのです。つまり、南北戦争はアメリカにとって対英独立戦争の総仕上げを意味したがゆえに、南軍の分離主義者を憎悪し、悪のレッテルを貼ったのです。リンカーンの奴隷解放は政治的プラグマティズムに基づいて唱えられたのであって、必ずしも純粋な道義心から唱えられたのではありませんでした。

 筆者は先に挙げた現代の分離主義者の背後には外国勢力、具体的には南北朝鮮と中国共産党の工作、そして、その背後にディアスポラ系・ユダヤ人を中心とする国際金融資本勢力の工作があると見ています。
 無智な若者に人気がある橋下氏や、かつて韓国ソウル大学で日本人を馬鹿にし、皇室を蔑ろにする発言を行って、これが知られると日本に帰れなくなるといい(ユウチュウブに映像も出回っています)、民主党政権時代は幹事長として北京に朝貢し、自ら人民解放軍野戦司令官と称して当時の国家主席胡錦涛にゴマをすった小沢一郎氏などは、日本人としての出自に疑いがあることがまことしやかに噂されている人物です。
 日本文化チャンネル桜の水島総氏は、北海道政府樹立を選挙で訴えている石川氏を内乱予備罪に当たると言っていますが、全くその通りで、地域主権による独立後は、独自の条約を結んで、中国や朝鮮から移民を積極的に受け入れ、彼らの軍隊まで招き入れる危険性を持っています。それらは低賃金の経済的な奴隷階層を作ると同時に、他国の内政干渉を導き入れるという点で、まさに南北戦争における分離主義者と同じ目的を持つものであるのです。

 北の連邦主義者はこれと徹底的に戦うことで、アメリカという強い国家を創り上げました。日本は同じ時期に明治維新を経験していますが、これもまた薩摩や長州の指導者を中心とする王政復古討幕派の強固な國體観とそれを成し遂げんとする強い意志によって、天皇を中心とする統一により強い国民国家を創り上げたのです。
 だから、アメリカ人にとって南北戦争が特別な意味を持ち続けているように、近代日本にとっても明治維新は特別な意味を持っています。ところが日本の場合、この明治維新を腐すことに変な情熱を燃やす変態日本人が多くいるのが問題です。が、彼らはグローバリズムを肯定する視点から確信犯的にこれを主張していると見ていいでしょう。

 こう言った日本文明の危機に対し、「令和」を選んだ安倍首相の深謀遠慮がどこまでのものなのか、はかりかねますが、少なくとも深読みは可能で、それは聖徳太子の「和を以て貴しとなす」精神に則って、それを最大限に発揮する希望を抱かせるものです。
 すでに触れたように、「和」は対立とは反対のそれを乗り越えた状態であり、「令和」もまた、本来なら対立するはずの勢力の自尊心を満足させる玉虫色の光を放つ言葉です。
 「和」の思想にとってこれは重要で、この思想の一つの起源である聖徳太子もまた、特に崇仏派・崇神派に代表される党派の対立を超えて、それが達成されるよう、これを第一条に据えたのです。
 しかし、近い将来の「和」の達成は聖徳太子の昔より実現困難な事業であることは間違いないところです。

 孔子は「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」とその困難を言いましたが、現代の指導者はその伝統を蔑みながらも君子たりうるでしょうか。
 やはり西欧由来の政治思想に学んで、目的のためには手段を択ばずで、金で釣り、力で押さえつけようとするのではないでしょうか。
 北京五輪を前に中国共産党が唱えたスローガン「和諧社会」の実態がどのようなものであったかを知れば、それはわが国の伝統とは著しく異なるという結論にいたるはずです。

 今、わが国は、高度な「令和」の達成か、それでも最後の国民国家としての消滅かという、大東亜戦争に続く、有史以来の困難に直面していると言えるかもしれません。

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