パンドラの筐―ヒトラーの予言 【「皇室と論語」(1)】

 今上陛下の御譲位、新天皇の御即位という、平成の御代替わりを控えて、筆者は、これまでなかなかまとめきれないできた、昭和の敗戦以来、日本人の意識から失われてきたある種の伝統、それも日本を日本たらしめて来た骨太い伝統を明らかにしておきたいと思います。
 今なぜこれが問われなければならないかと言えば、入国管理法改正という、実質的な移民政策に顕著なように、近年進められてきたクローバル・スタンダードを目指す諸改革によって、日本を日本たらしめて来たものが御代替わりを迎えて危機に直面していることをひしひしと感じているからです。
 この抽象的な日本というものを破壊しようとしている根源がグローバリズムの潮流ですが、筆者は今、日本人を内面から浸食しつつあるこのグローバリズムの根源を明らかにするにあたって、「パンドラの筐」を開けようとしていることになるかもしれません。
 「パンドラの筐」とはギリシャ神話に由来する寓話で、解釈にもよりますが、一般的には全能の神ゼウスの命で創造された人類最初の女性であるパンドラが、この全能の神から与えられた筐を誘惑に駆られて開けてみると、そこからは人類が経験するであろう、あらゆる災厄が飛び出した、という話です。そこから「開けてはならないもの」を表す慣用句として用いられるようになったわけですが、一説によると、すべてが飛び出した後、筐には希望だけが残ったといいます。だから人間に残されたのは希望だけであり、災厄に満ちた世界を希望だけを頼りに生きていける、というのです。
 そんな災厄に満ちた人類の歴史において、前世紀である二〇世紀は革命の時代で、桁違いの大戦争・大殺戮が公然非公然と行われた時代でしたが、その象徴として糾弾され続けているのが、ユーラシア大陸の東端にけるわが旧日本軍の悪行の数々であり、西端におけるナチスドイツの悪行の数々ということになるでしょう。
 何れも第二次世界大戦の教訓ということですが、大きな戦争ということでは、第二次世界大戦後の米ソ冷戦があり、その対立の中で行われた代理戦争にも凄惨な殺戮や迫害がありました。
 中でも戦争でもないにもかかわらず、共産主義国家で行われた虐殺はそれこそ桁違いであり、ソ連におけるスターリンの粛清では、最末期のソ連政府が公式に認めただけでも、スターリン時代に約七十八万七千人が反革命罪で処刑されたこと、ソ連崩壊後公開された史料では百三十七万人余りが反革命罪などで処刑され、当時の人口統計によると数百万の人口減が確認されるとのことで、そこには対外戦争や失政による人口減が含まれるものの、誕生する子供もあり統計上は相殺されるわけですから、すさまじい数の人間が死に追いやられたことを示唆しています。
 ソ連の悪行の数々については、われわれ日本人は記憶に刻み込まれた歴史的経験を豊富に持っていて、古くは尼港事件(ニコライエフスク事件)における共産主義パルチザンによる在留邦人惨殺、新しくは大戦最末期の日ソ中立条約を一方的に破棄しての参戦、満州や樺太への侵攻、終戦後の千島列島侵攻、その過程で起きた邦人虐殺や婦女暴行、そして捕虜のシベリア抑留など枚挙に暇がありません。
 しかし、その上をはるかにいく虐殺を行ったのが、スターリンの弟子である毛沢東で、彼は大躍進政策という失政による餓死者だけでも二~四千万、それを原因とする失脚後の権力奪還闘争である文化大革命だけでも、四十万~千万の人民が犠牲になったとされていますが、おそらくはそれでも足りないでしょう。彼はアメリカと対立する意思を固め、人民を犠牲にしてでも核開発を進めていく過程で、膨大な人口の半分が死んでもかまわないと豪語したと伝えられています。恐ろしい独裁者が現れたものですが、現代の中国共産党も毛沢東の世界戦略を踏襲していて、自信を付けた挙句、あからさまにアメリカの覇権に挑戦して、トランプ大統領の登場によって反撃を受けているのが現在進行中の米中貿易摩擦の本質です。
 そのアメリカも、あの戦争に際して、国際法に反する都市の無差別爆撃による一般市民の大量虐殺、極めつけは二個の原爆投下という致命的な人道上の罪を犯していて、日本人は連合国の正義をそのままに受け取ることはできないのです。しかも、中華人民共和国の成立は一九四九年で、敗戦当時は中華民国として國民党が支配していて、彼らが連合国で勝者面していること自体がおかしいのです。大韓民国や北朝鮮も、当時彼らは併合されて日本人であり、われわれとともに戦う側にあったのであって、連合国側に立って日本の非を弾劾していること自体おかしい。連合国でさえ、彼らを戦争の当事者ではない第三者として三国人と呼んだのですから。
 近現代史はちょっと考えてみただけでも、辻褄の合わない、おかしなところだらけなのです。
 いわゆる南京大虐殺も、従軍慰安婦問題も国外の宣伝戦では負けていますが、国内においてはおおむね決着がついていて、中国共産党が宣伝する南京における三十万人の虐殺もそのまま信じる人はいませんし、慰安婦問題も完全に論破されていて(これについてはフェイク・ニュース・ペイパーである朝日新聞でさえ、虚偽であることを認めています)、最近話題の「徴用工」問題もすでに化けの皮が剥がされてきています。彼らの誇大な主張そのものよりも、その主張がどのように生れて来たのか、その起源、経緯を追えば、それらが虚偽であることは火を見るより明らかなのですが、要は海外に向けての情報宣伝戦で完敗を続けているのが現状なのです。

 こういった現状に目をつぶって、国際社会の悪役にされているのが戦前の日本とドイツである訳ですが、日本に関しては近衛内閣に食い込んでいたソ連のゾルゲ諜報団が開戦直前に逮捕、処刑され、終戦直前に近衛文麿が看破した危機の本質を昭和天皇に奏上した、いわゆる近衛上奏文というのが存在して、日本が直面していた國難の正体の一端を明らかにしていますが、一方のドイツの方はどうでしょうか。
 日本は今のところ、あの戦争をめぐって自由な議論が許されていますが、ドイツではヒトラーの再評価はご法度ということです。ヒトラーはそれほどの悪をなした絶対悪ということですが、それはマスコミやハリウッド映画を通じて繰り返し刷り込まれていて、われわれ一般日本人にとっても通念となっています。
 しかし、われわれ日本人にとって、確かにユダヤ人に対するホロコーストは人道上の罪に値し、政治的にもドイツに振り回された面がなかったわけではありませんが、同盟関係にあり、いくら何でも絶対悪ではありえません。そもそも反共産主義の立場から日独伊防共協定が結ばれたにもかかわらず、独ソ不可侵条約が結ばれたことで、時の平沼内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」との迷言を残して総辞職しましたし、ならばとソ連を加えた四ヶ国での同盟を構想し、国際連盟の脱退で有名な外務大臣松岡洋右を待っていたのは、ドイツがソ連に宣戦布告するという事態でした。防共協定締結後も、ドイツは中国に軍事顧問団を派遣し、彼らの指導により、国民党軍は日本軍に戦争を仕掛けたのが上海事変だったのです。おかげで日本軍は大苦戦を強いられました。
まさに近現代史は複雑怪奇な訳ですが、その複雑にこんがらがった糸を解きほぐすうえで、アドルフ・ヒトラーという人物に焦点を当ててみたいと思います。実はこのヒトラーこそ、開けてはならない「パンドラの筐」ではないか。それが筆者の言いたいことなのです。

 筆者はヒトラーに対して世間の通念以上の知識もなく、ましてや崇拝者でもナチズムの信奉者でもありません。彼の人種優越主義や反ユダヤ主義に基づくホロコーストには嫌悪感さえ覚えます。筆者が尊敬する批評家の一人小林秀雄はヒトラーの主著『我が闘争』を読んで、ヒトラーを「一種邪悪なる天才」と評し、ナチズムを「燃え上がる欲望」と喝破して、ナチズムの中核を、毒ガスに両眼をやられ野戦病院でドイツの降伏を聞いた時の、ヒトラーという人物の憎悪の裡にある、と書いています。しかし、小林も書くように、ヒトラー自身、先入観によって自己の関心事のすべてを検討するのを破滅の方法と呼んだ人物で、そのような人物の検討を経た憎悪が、全くの被害妄想であったという保証は何もないでしょう。
 先入観を排除した彼の政治的洞察力の凄みは第一次世界大戦で荒廃しきった祖国をマジックでも使ったかのように一気に復興させたことでも証明されています。
 とすれば、彼が何を憎悪の対象としたのかが問題となってきます。
 ところで、ヒトラーに政治的遺書とでも呼ぶべきものが存在することをご存知でしょうか。
 筆者は日本文化チャンネル桜の討論番組「ヒトラーとは一体何だったのか―ナショナリズムの本質を考える」を見ていて、この文書の存在を知った時、非常に驚きました。そんなものが存在することを知らなかったからです。そして、その内容を知ってさらに驚きました。
 狂気にとらわれた人物だと思っていたヒトラーの遺言は非常に理性的に語られているように感じられたからです。これは考えてみれば当然で、狂気と理性は背中合わせの一体のものであります。イギリスの保守思想家チェスタトンは、ニーチェを念頭において「狂人とは理性を失った人の事ではない。理性以外のあらゆる物を失った人である」と述べているほどです。われわれがヒトラーに感じる狂気は鋭く削ぎたった理性でもあるのです。
 敗戦が近づくにつれて彼のユダヤ人絶滅政策という狂気はより過激化していきました。これは裏返せば、彼の理性がますます過剰に鋭く研ぎ澄まされていた、ということになります。
 ここにその政治的遺言を引用しておきます。

「一九一四年、ライヒ(帝国を意味するドイツ語)に対して仕掛けられた第一次世界大戦において余は志願兵として微力をつくしたが、以来、早くも三〇年以上の歳月が過ぎ去った。
この三〇年間において、余の思考、行動ならびに生活のすべてにおいて余を動かしてきたものは、余の国民に対する愛と忠誠のみであった。この愛と忠誠こそが、いままでいかなる生きとし生けるものに対しても求められなかった重大な決定をくだす力を、余にあたえてくれた。余は、余の時間、余の心身の力ならび余の健康をこの三〇年間使い果たした。
余もしくは、他のドイツのだれかが一九三九年にあの戦争を欲していたというのは、正しくはない。あの戦争はひとえに、あの国際的政治家たち、すなわち自分自身がユダヤ系か、あるいはユダヤ人の利益のためにはたらいていた国際的政治家たちによって欲せられて惹き起こされたものである。
余は軍備の制限ならびに軍縮について多すぎるほどたくさんの提案をおこなってきているから、後世の人びとはその提案にいつまでも頬被りしたままでいて、この戦争の責任を余におしつけておくわけにはいかないであろう。さらに、余は不幸な第一次世界大戦の後に、イギリスに対して、いわんやアメリカに対して第二次世界大戦が起こることを欲したことは、けっしてない。
何世紀が過ぎ去ろうとも、われわれの都市や芸術的な記念の建造物の廃墟からは、われわれにとって忘れることのできない戦争のすべてについて究極の責任を負うべき民族に対する憎しみが、つねに新たに生れてくるだろう。すなわち国際ユダヤ民族と、それに手を貸している国民に対する憎しみが!
余はドイツ・ポーランド戦争が始まる三日も前に、ベルリン駐箚イギリス大使に対してドイツ・ポーランド問題の一つの解決策を提案した―ザール地方を国際的な管理の下においた場合の解決策のような。こんどの提案も簡単に一蹴できるものではない。しかし、不適当であると言われただけでその提案は取り上げられなかったが、その理由は、イギリスの政治の主導権をにぎっているグループが戦争を望んだからであって、それは一つには戦争が儲けになると期待したためであり、一つには、国際的なユダヤ人の集団によっておこなわれたプロパガンダに煽り立てられたためであった。
しかし、もしもヨーロッパの諸国民が、ふたたびこの金と金融の陰謀家どもの株取引の手段としてしか見做されないときは、そのときこそ、この殺人的な抗争における本来の責任者たるあの民族も、ともに責任を問われるであろう、すなわちユダヤ民族も!
余はこの点については、いささかも疑いの余地を残してはいない。余はさらに、この戦争では何百万の成人した男たちが戦場で死を体験させられているばかりでなく、都市では何十万という婦人や子どもたちが焼き殺されたり爆弾で殺されているにもかかわらず、本来その責めを負うべき者が、たとえもっと人間的な手段をもちいるにしても、自己の責任の償いをすべきであるのに、それをしていないという点についても、なにびとにもはっきりわかるようにしてきた。
六年間続いたこの戦争は、数多くの敗北にもかかわらず、いつの日か一個の民族の生命力の最も栄光にみちた、そして最も勇敢な証として歴史にきざまれるであろうが、余は戦争が終わっても、このライヒの首都であるこの地から別れることはできない。しかし、あくまでもこの場所に踏みとどまって敵の猛攻に対して抗戦を続けてゆくためにはわが方の勢力はあまりにも小さく、しかもわが方の抵抗は、敵の力に目がくらんだり、節操を失った分子によって徐々に骨抜きにされつつあるから、余はあくまでもこのベルリンの街にとどまって、余の運命を、数百万の他の人びとがみずから選んだ運命と分かちあいたいと思う。そのほかにも余は、扇動された群集をよろこばせるために、ユダヤ人によって演出された新しい見せ物を必要としている敵の手中におちたくはない。
それゆえに余は、ベルリンにとどまっていて、総統ならびに宰相の座すらもはや維持できないと確信したとき、この場所で自発的に死を選ぶことを決意した。余は戦線におけるわが軍の兵士たち、家に残された婦人たちの計り知れないほどの行動や功績、わが農民や労働者諸君や、歴史上他に例を見ない青少年たち、わが名を冠したヒトラー・ユーゲントの献身ぶり―これらの行動や功績は余にはよくわかっている―を目撃しつつ、よろこびにみちた心をいだいて死んでゆく。
余が諸君のすべてに対して、余の衷心からの深い感謝の意を表明するのは当然のことであるが、同時に余の願いは、それゆえにこそ諸君はいかなることがあろうと、この闘いを放棄しないでほしいということである。放棄しないで、いつ、いかなるところであろうと、祖国の敵に対するこの闘いを継続してほしい、偉大なるクラウセヴィッツの信条を守って。われらの兵士たちの犠牲と、死にいたるまでも結ばれた余と彼ら兵士たちとの連帯の中から、いずれにせよドイツの歴史の中でその種が芽をふき、国家社会主義運動のかがやかしい再生がはじまり、したがって、真の民族協同体が実現されるであろう。
多くの最も勇敢な男性および女性たちは、最後まで余と生死をともにする覚悟を決めていた。余はかれらに対して、そんなことはせずに、国民のこれからの闘いに参加してくれるように頼んだが、ききいれてもらえないので、ついにそれを命令した。陸軍、海軍ならびに空軍の指揮官たちに対して余は、最終的な手段をもちいてわが軍の兵士たちの抗戦の精神を国家社会主義の精神にのっとって強化するとともに、その際とくに、余自身がこの運動の創設者として、卑怯な逃亡よりも、いわんや降伏よりも、死を選んだことの指摘を忘れないようお願いする。
いま述べたことは、わが海軍ではすでに実際に行われていることだが―一地方あるいは一都市でも敵に引き渡すことは不可能であること、そしてなかんづく指揮官たるものはこのような場合、すぐれた手本となって先頭に立ち、死にいたるまで忠実に義務を遂行すること―この考え方が、やがてドイツの将校の名誉というものについての見解になってほしいと思う。」(『ヒトラーの遺言 一九四五年二月四日―四月二日』原書房)

 この遺言の記録者はヒトラーが後継者に指名したマルティン・ボアマンで、訳者は篠原正瑛という、戦時中のドイツに留学していた人物です。彼の解説がまた興味深い内容で、戦時中のドイツにおける体験談はわれわれの通念を覆す貴重なものです。
 ヒトラーが人種優越主義に凝り固まって政治的にはともかく、心情的には反日であったとの説がまことしやかに語られてきましたが、これは戦時中からあった噂で、『我が闘争』の親日的記述は防共協定締結後に書き換えられた部分だとの噂が信じられていたとのことですが、訳者がその初版を入手して調べたところ、書き換えられた事実はなかったとのことです。ヒトラーには実はユダヤ人の血が入っていたとの説も同様で、現在では根拠のない噂、都市伝説の類であったことが判明しています。つまり、前者は日独を離間させるために、後者はヒトラー政治的主張に対する共感、支持を毀損する目的で、意図的に流されたデマであった可能性が高いということです。
 誰が?もちろん彼の敵が、ということになりますが、それこそ遺書で痛切に訴えられていることだと言っていいでしょう。要するに彼の書名にある闘争の相手は憎悪の対象であったユダヤ人を中心とする国際金融資本家たち、そして、その走狗と化している勢力ということになります。しかし、彼の遺言は明晰であり、彼の憎悪を生んだのが、強い愛国心とそこに発する理性にあったことは判然としています。当時同じ問題に直面し、同じような戦いを強いられていた日本人がヒトラーに共感したことは根拠のないことではなかったのです。問題は彼の抱いた憎悪が被害妄想ではなかったか、というところにありますが、筆者の乏しい世界史の知識だけでもこれを裏付ける史実・事実は枚挙に暇がないのです。
 筆者は、篠原氏が解説で紹介している、ヒトラーが『我が闘争』の中で日本について触れている三か所のうちの一つに、遺言以上の衝撃を受けました。ヒトラーが著述した一九二五年頃の予言はまさに日本がその後直面した史実と一致するからです。現在はまさにその最終段階に入っていて、もしこれが事実なら、彼らは総仕上げにかかっていると言っても過言ではありません。
次に引用するので、じっくり読んでみてください。

「〔第一次世界大戦による〕ドイツの壊滅は、イギリスではなくて、まず第一にユダヤ人の利益に沿うものであった。ちょうど今日においても日本の殲滅ということが、イギリスの国家的利益のためというよりも、ユダヤ人の世界国家を願望している指導者たちの、はるか遠くまで触手を延ばした欲望にかなっているように。イギリスがこの世界におけるその地位を維持するために骨身を削っているときに、ユダヤ人は世界征服のための攻撃の態勢をととのえている。
 ユダヤ人は、今日のヨーロッパ諸国をすでに彼の手中ににぎられた、意思を持たない道具として見ている。それが、いわゆる西欧型民主主義という迂回路を通るにせよ、あるいはロシア型ボルシェビズムによる直接支配の形をとるにせよ。しかしながら、単に旧世界だけがユダヤ人の手の中に巧みに丸めこまれているだけでなく、新世界にもおなじ運命がせまりつつある。ユダヤ人は、アメリカ連邦の株式勢力を支配している。毎年、アメリカは一億二千万国民の労働力を監督するための人員をふやしつづけている。ごくわずかな人間だけが、今日もなお、ユダヤ人たちの怒りを買いながらも、完全に不屈不撓の立場をつらぬいている。
 狡猾な手練手管をもちいて細工して、その細工した世論からユダヤ人たちは、自分たちの将来のためのたたかいに必要な手段をつくりだしている。すでにユダヤ人世界の最大の大物たちは、彼らの経典にある諸民族大相剋のスローガンが実現するときが近づいていることを信じている。
 国としての主体性を失った植民地地域に住む諸民族のこの家畜的集団の内部では、ただ一個の独立国家の力によって最後の瞬間にすべての事業が瓦解する結果になるかもしれない。なぜならば、ボルシェビキ化した世界は、すべてのものを包括した場合にのみ、存立することが可能だからである。
 したがって、たとえただ一国でも、その国家としての力と偉大さを失うことがなければ、ユダヤ人執政官によって支配された世界は、この世界におけるすべての暴虐な支配者と同じように、必然的に国家主義思想の前に屈服せざるをえないだろう。
 ユダヤ人は一〇〇〇年にわたるその同化の努力の中で、ヨーロッパの諸民族を骨抜きにし、性別も不明な混血児に教育することには成功するかもしれない。しかしながら、日本のようなアジアの民族国家に対して、この同じ運命を押しつけることは、まず不可能であろう。このことを、ユダヤ人はよく知りつくしている。今日ユダヤ人は、ドイツ人やイギリス人、アメリカ人やフランス人らしく振舞うことはできるであろう。しかし、この黄色いアジア人〔日本人〕に関しては、ユダヤ人を結びつける架け橋はどこにもない。そこでユダヤ人は民族国家日本を、今日存在している似たような国の力を使って殲滅してしまおうとしている。すなわち、ユダヤ人の手の中でこの最後の国家〔日本〕が無抵抗の国々に対する暴力的支配者に変貌する前に、この危険な敵を片付けてしまうために。
 ユダヤ人は、一〇〇〇年の歴史を持つユダヤ人国家において、日本のような民族国家をおそれている。したがってユダヤ人による世界支配体制が完成する前に日本を滅亡させたいと願っている。
 そこで、今日ユダヤ人は、かつてドイツに対してやったように、諸国民を日本に対して扇動している。したがって、イギリスの国策がまだ日本との同盟関係を頼りにしようとしているときに、早くもイギリスのユダヤ系新聞は同盟国日本に対する宣戦を要求し、民主主義の宣言のもとに、そして「日本の軍国主義と天皇制を打倒せよ」という雄叫びのもとに、日本を殲滅するための戦争を準備していることは、別に不思議ではない。」

 ここに現れたヒトラーの国際情勢に対する洞察は、すでに明らかにされている歴史事実に照らして、妄想の一言で片づけられるものではありません。
第一次世界大戦直後の世界で、彼は国際的なユダヤ人が西欧型民主主義という迂回路を通るか、あるいはロシア型ボルシェビズムによる直接支配を通じて、世界征服のための攻撃態勢をととのえているというのです。ロシア型ボルシェビズムというのは、第一次世界大戦中のロシア革命(一九一七年)で成立した一党独裁体制のソ連型共産主義の事です。
 篠原氏の解説によると、画家になることを断念したヒトラーはウィーン在住時代、オーストリア最大の野党「社会民主党」の集会に積極的に参加し、労働組合への党の指導ぶりを観察する内に、マルクス主義の理論と世界観について詳しくなったといいますが、彼をもっと驚かせたのは、それらの指導者の地位が多くのユダヤ人に占められていた事だったと言います。ウィーンは彼がかつて住んでいたリンツと違い、ユダヤ人が桁違いに多く、一割の人口を占め、さらに彼らは外見や服装などでもユダヤ人であることを隠そうとしていなかったことです。そういった背景もあってか、党ではマルクス主義を礼賛し、世界の平和を訴え、万国の労働者の団結・連帯を呼びかけ、オーストリアの反動的な政治を口を極めて罵ったといいます。
 これが愛国政治家としてのヒトラーの原点となったようです。オーストリアを含むドイツ的文化を破壊する元凶はユダヤ人であり、ユダヤ人こそドイツ文化を毒している諸悪の根源であると確信するようになったといいます。確かに当時のドイツの金融市場、経済界、新聞やラジオなどの報道機関はユダヤ人の手に握られていました。
 しかし、一方で、ヒトラーが政権を掌握してからの、どん底からの経済復興、再軍備の流れも、アメリカのユダヤ系資本の莫大な投資によって賄われたのです。このことは菅原出氏の『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(草思社文庫)で詳述されています。
 実はヒトラーの洞察は事実で、共産主義勢力の指導者の多くはユダヤ系でした。マルクス然り、レーニン然り、トロツキー然りです。ロシア革命成立時点で、ソ連共産党の三分の二がユダヤ人で占められていたといいます。粛清により大量虐殺を行ったスターリンはグルジア人でしたから、おそらくヒトラーと同様の猜疑心にとらわれ、ユダヤ人の粛清を始めたその矢先に不審死を遂げています。暗殺説も根強くあります。つまり、ユダヤ人にしてみれば、スターリンがいかに悪であったと糾弾されても痛くも痒くもないのです。しかし、ヒトラー以前に、スターリンの陰に隠れて、革命以来、ユダヤ人を迫害してきたロシア人を強制収容所に送りこみ、多くの人間を殺してきたのは実はボルシェビキのユダヤ人たちでもあったのです。
 このことは日本人の歴史とも関係がないというわけではありません。
 日本が帝政ロシアと戦った時、これを財政面で援助したのはロシアにおける同胞の苦難(ポグロム)に同情していたヤコブ・シフという、ロスチャイルド家との関係が深い、アメリカのユダヤ人資本家でした。彼の直接間接の支援で日本は戦争を継続し、きわどい勝利を得ることが出来たのです。シフは後に「日本は神の杖であった」と回想しています。彼はその後、敗戦で打撃を受けたロシアを倒すべく、レーニンやトロツキーに資金援助をしています。そして、第一次大戦中の混乱の中で、ロシア革命が成功したことはすでに触れたとおりです。
 そして、ロシアを撃退した後の満州における鉄道の共同経営を日本に申込んで来たのが、アメリカの鉄道王で、やはりユダヤ系のエドワード・ヘンリー・ハリマンでした。彼もまたシフとともに日本の戦時公債を引き受けた人物で、北米大陸横断鉄道の次に、ユーラシア大陸横断鉄道を作り、これを結ぶ夢を抱いていたといいます。満州からシベリア鉄道を経てヨーロッパをつなぐ鉄道でしたから、次の投資は当然ロシアがターゲットだったでしょう。当時の桂内閣は前向きで調印寸前まで行きましたが、ポーツマスから帰国した外務大臣の小村寿太郎が強硬に反対したため、調印には至りませんでした。
 このように国を持たないユダヤ人の立場で、長所を生かし、彼らの情報ネットワークを利用して、蓄積してきた豊富な資金を有利に投資し、彼らにとっての不利な事業には投資しないという行為を繰り返す中で、彼らがお金こそ世界を動かす権力であり、共通言語であるとして、世界をユダヤ人の都合のいいようにコントロールする術を心得たとしても不思議ではありませんでした。投資される側でもこれを大いに利用し、不利になると迫害してきたのです。日本人は「八紘一宇」の国策もあって、ユダヤ人に同情し、救済することはあっても、けっして迫害することはありませんでしたが、そういった迫害の中で鍛えられたユダヤ人の生態をあまりよく知らなかったのではないでしょうか。
 実は辛亥革命後のシナ大陸で排日運動が起きますが、これを扇動したのは最初に英国系の資本、次にアメリカ系の資本で、その尖兵となったのがキリスト教の宣教師たちでした。この排日運動は最終的にソ連を後ろ盾とする共産主義勢力に取って代わられることになります。最終段階で、アメリカのテコ入れによって、日本はシナを追い出され、毛沢東率いる共産党が天下を取ることになりますが、その背後にユダヤ系の国際金融資本家たちの暗躍があったのだとすれば、合点が行くのです。われわれはよく敵の物量に負けたのだと聞かされましたが、その増産された圧倒的な物量は莫大な資本の投下がなければ生産されなかったはずで、その資本は概ねどこから来たのかを考えてみると、おおよその見当がつくはずです。

 さて、ヒトラーが指摘したもう一つの点、すなわち西欧型民主主義という迂回路を使っての間接的支配について思い当ることを書きたいと思います。西欧型民主主義で影響力を行使するにあたって重要なのは、豊富な資金を活用してのロビー活動と情報操作による世論工作です。
 ヒトラーは英首相チャーチルがそうだと言っているのですが、イギリスの金融街は「シティ[the City]」と言って、ここでは、ロンドン市庁の長[Mayer of London]とは別で、卿[Lord Mayer of London]が長を務め、独自の警察組織を持つ自治体で、この卿の許可がなければ女王ですら立ち入りが許されないといいますから、一種の治外法権です。チャーチルはここの影響を多分に受けているとヒトラーは言うのです。
 また、ヒトラーが新世界と呼ぶアメリカにウォール・ストリートと呼ばれる証券市場がニューヨークにありますが、ここも同様にユダヤ人を中心とする金融資本家が群がっています。さらにアメリカの連邦銀行【FRB】は日本の日銀のように日本政府が株主ではなく、民間銀行で、金融資本家たちの影響力が大きいようです。アメリカの財政政策は彼らに牛耳られているといってよいのです。グローバリズムの本質について世間に警鐘を鳴らしている元駐ウクライナ大使馬渕睦夫氏は、二人の大統領、エイブラハム・リンカーンとジョン・F・ケネディが暗殺されたのは、連邦政府紙幣を発行しようとしたからだ、と主張されています。最近トランプ大統領も連邦銀行と対立していますが、愛国者であるトランプとグローバリストの牙城である連邦銀行の対立という構図で捉えればよくわかる話です。
 日本人にとって何より厄介な問題だったのは、アメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領の存在でした。ルーズベルトの家系は遡るとキリスト教に改宗したオランダ系ユダヤ人で、こういったキリスト教に改宗したユダヤ人をエージェントと呼ぶそうです。つまり、ユダヤ人の利益の代理人ということです。彼が大統領に選ばれたとき、全米のユダヤ系国民から「モーゼの再来」として期待され、祝福を受けていたことが知られています。彼はユダヤ人社会の支援を得て選挙を戦ったのです。
 彼自身、共産主義にシンパシーを持っていたようで、ニューディール政策は社会主義的政策でしたが、彼は自身が行った政策を評して、スターリンが行った五ヶ年計画の半分の成果を挙げたと言っていました。それを表すように、彼の側近にはユダヤ系が多く、日本に最後通牒「ハル・ノート」を突きつけたことで知られるハル国務長官は夫人がユダヤ人でしたし、財務長官モーゲンソーはユダヤ人、その腹心で、強硬なハル・ノートを起草したハリー・デクスター・ホワイトはユダヤ人で、ソ連のスパイであったことが現在判明しています。労働長官バーキンスはロシヤ系ユダヤ人でしたし、ヤルタ会談を主導したアルジャー・ヒス、中国問題担当の大統領特別補佐官ロークリン・カリーはユダヤ人ではないようですが、ソ連のスパイで、英国の諜報機関の調査によるとホワイトハウスと国務省では百二十七名の共産主義者が執務に当たっていたといいます。
 つまり、ほとんど共産主義者とユダヤ人に乗っ取られた政権であったと言っていいのです。
 ちなみに最高裁判事九人の内、ルーズベルト大統領により指名された二名はユダヤ人で、その二人に学んだのが、ニューディーラーで、日本国憲法の実質的な起草者であるチャールズ・ケーディスでした。日本国憲法がそもそもグローバリズムに親和性を持つのは、こういった出自を持っているからなのです。
ならば次の謎も解けるのではないでしょうか。
 ナチスの原爆開発に先んぜよと急ピッチで進められたアメリカの原爆開発プロジェクト「マンハッタン計画」の責任者オッペンハイマーはユダヤ人で、計画の発端となったルーズベルト大統領への手紙を書いた物理学者レオ・シラードとアインシュタインはともに亡命ユダヤ人です。彼らが開発した原子爆弾は、ドイツが既に降伏していたとはいえ、投下されたのは日本でした。
 さらに付け加えるならアメリカにおける世論工作の先駆者として「広報の父」と呼ばれるエドワード・バーネイズは、叔父であるジークムント・フロイトが創始した心理学をアメリカに持ち込んで世論工作に応用した人物ですが、フロイトはその晩年、ナチスに迫害されたユダヤ人で、彼はこの心理学というものにキリスト教的伝統の解体の意義というものを認めていたのです。これはもちろんキリスト教文明圏において差別迫害を受けてきたユダヤ人救済の意味を持つものです。 彼は晩年に、自己が確立した精神分析「エス論」を壊す危険を冒してまで、ユダヤ人の起源であるモーゼに関する論考「モーゼと一神教」を書いて、この聖人に対する崇敬の意とユダヤ人としての矜持を表しています。
 以上の諸事実から、やがて覇権国に上り詰めたアメリカを策源地として、二十世紀の世界史を動かしていた大きな潮流というものが見えてくるでしょう。

 こういったことを見抜いて、ルーズベルトを「世界中のユダヤ人によって選ばれた男」「(ユダヤ人の)死刑執行人」と言ったのがやはりヒトラーでした。
 彼は一九四五年二月二十四日の口述の中で次のように言っています。

「いつの日かアメリカ人は、自分たちがルーズベルトという誤った偶像にすがっていたこと、そしてユダヤ人を先祖に持つこの男は、実は犯罪者であったこと―合衆国に対しても人類全体に対しても同じく―を、知るときがくるであろう。」

 ヒトラーはその時が来るまで二十五年以上かからないだろうと予測していますが、確かにボルシェビズムの脅威に気づき、レッド・パージを行うまでさほど時間はかかりませんでしたが、ソ連のみならず、アメリカやイギリスの権力のその背後に隠れている巨大な存在に目を開くまでには至らないまま現在まで来てしまいました。
 しかし、トランプ現大統領は明らかにディープ・ステート(表に出てこない闇の権力とでも訳しておきましょうか)である彼らこそがアメリカに巣くった国民の敵であると認識し、対決する一方、第二次世界大戦後に聖地エルサレムを中心とする国家を取り戻したユダヤ人たちであるイスラエルと固く結んでいるようです。
 彼の娘イバンカの婿であるクシュナーはユダヤ人で、イスラエルのネタニヤフ首相と信頼関係を築いています。イバンカはこの夫の宗教であるユダヤ教に改宗したと伝えられています。
 近い将来、イスラエルのユダヤ人口はディアスポラ系ユダヤ人の人口を上回ると言われていて、政治を国民の手に取り戻すことを意味するアメリカン・ファーストを唱えるトランプ大統領を中心に出来上がりつつあるナショナリスト(日本の安倍首相、ロシアのプーチン大統領、インドのモディ首相、トルコのエルドアン大統領ら)の提携が、国際金融資本勢力の抵抗妨害を排除して、うまく行くようなら、いずれディアスポラ系ユダヤ人の、本来なら帰るべき、約束の地であるイスラエル本国への帰還という潮流が生まれるかもしれません。
 しかし、それでも彼らはヒトラーが言ったように諸国諸民族が対立しあっている世界を理想状態と考えるのではないでしょうか。

「…この合衆国は合衆国で、世界のユダヤ人全体の鞭によって支配されている。この永遠のユダヤ人は、われわれの不和によって生きつづけ、そして将来もその不和から蜜を吸いとろうと期待している。」(一九四五年二月二六日口述筆記)

 ヒトラーはそれを彼らの経典、すなわち聖書に由来していると述べていますが、筆者もまた以前から、聖書(旧約聖書)の有名なバベルの塔の物語は、ユダヤ教やキリスト・イスラム教文明圏の人々の世界観の根底を成しているのではないかと考えてきました。
 それは次のような物語です。
 同じ言葉を話す民が東方へ移動する内にシンアルの地に平野を見つけ、そこに住み着いて、全地の表に散らばることがないよう、町とその中心となる天に届かんばかりの高い塔を建てて、大いに名をあげようとしました。これを見たヤハウェは、彼らはみな一つの民、一つの言語で、このままでは彼らの成すことを一切留めることができなくなるであろう、と言い、彼らの言葉を乱し、意思の疎通がはかれないようにして、全地の表に散らしてしまった。
 これがバベルの塔の物語の趣旨ですが、これは古代バビロニアのバビロン第一王朝時代にバビロンに建てられたジグラットを指していると言われ、その頂上には天から神を迎えるための祭壇があったようです。「バベル」はアッカド語で「神の門」を意味すると言います。つまりこの物語は異教の神を奉じて一つの国家を作ろうとした一つ言葉の民に怒ったヤハウェが、彼らの言葉を乱し、分裂させて、離散させたという趣旨なのです。
 西欧列強のお家芸で、植民地支配に適用されてきた分割統治(divide and rule)という老獪な政策は古代ローマの格言に由来しますが、聖書を聖典とする文明圏(ユダヤ教やキリスト教)の基底にある考え方と一致する世界観でもあるのです。彼らにとってはそれが世界の本来あるべき姿であり、神に対する信仰を維持している勢力にとっては神に選ばれた選民としてまさに神に成り代わってなされなければならない正義であるし、すでに神を信じなくなった人々にとっては自らが神の地位に座ってなすべき事なのです。
 ヒトラーはその両文明の内懐にあって事態の本質がよく見えたのでしょう。
 そのヒトラーが、ユダヤ人にとって日本という民族国家こそ、最終的に言葉を乱し、全地の表に散らばせるべきだと考え、陰謀を凝らしている、というのです。
一九九六年出版されて、わが国においても大きな話題になった『文明の衝突』の中で、国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは、様々なデータをもとに冷戦崩壊後対立軸を失った世界でこれから文明の衝突が始まるだろうと予測し、アメリカ国内におけるマルチカルチャリズム(多文化主義)の台頭に警鐘を鳴らしましたが、その中で、日本をシナ文明からは独立した一国で一文明に分類し、日本の孤独というものを日本人に明らかにしました。彼もまた、戦後のアメリカ政治に深く携わってきた先祖代々のアメリカン・エスタブリッシュとして(彼の同名の先祖は独立宣言に署名しています)、同じことに気づいていなかったでしょうか。
 人種のるつぼとして「世界のユダヤ人全体の鞭によって支配されている」アメリカに、その処刑人である大統領ルーズベルトに、巧妙かつ執拗に戦争に追い込まれ(昭和十六年十二月八日真珠湾攻撃による開戦)、国土を焼き尽くされた日本は、平成三十年十二月八日成立の実質的な移民政策である入国管理法の改正によって、世界唯一の民族国家から移民国家へ大きく舵を切ることになりました。この日付は恐らく偶然ではなく、彼らに逆らったことに対する七十七年越しの報復なのでしょう。
 ヒトラーは奇しくも「この永遠のユダヤ人は、われわれの不和によって生きつづけ、そして将来もその不和から蜜を吸いとろうと期待している」と述べていますが、一言で表すならそれとは正反対の「和」こそ、わが文明のたぐいまれなる特徴であり、本質です。わが民族名は「やまと」と言って「大和」と表記します。そして、その中心には皇室が常に存在してきました。これこそ、敵が恐れる、われわれが守るべき内なる心の塔、大いなる名ではないか。
 しかし、それは神武天皇即位以来の皇紀で言えば、二千六百七十九年にわたる、この列島の先人たちの人生経験が凝縮した言葉であり、守ろうとの努力によってようやく守られるものでもあるのです。
 われわれはこの名で知られる伝統を再把握し、是が非でも復興しなければ、逆に諸民族の流入の中で消えてなくなってしまうかもしれない。
 そういう岐路に立たされているのです。

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