西郷隆盛

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zoom RSS 西郷隆盛の命日 【Kindle版電子書籍『十人の侍(中)』出版!】

<<   作成日時 : 2018/09/24 09:00   >>

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 九月二十四日の西郷南洲翁の命日を前にして、みな様お待ちかね…かどうか知りませんが、『十人の侍(中)』がようやく完成し、kindle版電子書籍として出版しました。お値段の方は1,280円(+消費税)ということになります。

 紙の書籍の方はAmazonの審査に少し時間がかかるので、今しばらくお待ちください。こちらはオンデマンド出版なので、ページ数により値段がほぼ決まりますので、4,000円(+消費税)ということになります。高価ですが、御理解いただければと思います。


 さて、肝心の内容ですが、すでに上巻で八人の侍を取り上げ、本巻では残りの二人、島津斉彬と西郷隆盛を取り上げております。
 特に後者の記述に紙幅の大半を費やしておりますが、まずその前提となった武家政治の伝統、江戸時代の学問の伝統をなるべく簡単に解説し、そして、その前提に立って、島津斉彬という英主の歴史の舞台への登場、そしてそれを継承した西郷隆盛の活躍という流れとなっています。

 それはかつて出版した『(新)西郷南洲伝(上)』、そしてほとんど書き上げながら出版を断念した中巻をわかりやすく書き直したものです。それは島津斉彬によって起動した薩摩藩の王政復古運動がどのように、島津久光や西郷隆盛、そして大久保利通ら藩士たちによって継承され、どのように実現していったのか。上巻で詳述したのは王政復古の大号令まででしたが、中巻ではそれ以降の戊辰戦争、そして王政復古の本番ともいえる廃藩置県までを扱っていて、今回の『十人の侍』の中巻でも、そこまでを叙述しています。

 明治の愛国的クリスチャン内村鑑三は有名な『代表的日本人』の中で「維新革命における西郷の役割を十分に記そうとすれば、革命の全史を記すことになります。」と評していますが、これを実証しようと試みたものが中巻の西郷隆盛の章ということになります。

 ただし、そもそも難しいからこそ、これまで真相が明らかにされてこなかった、運動の中心となった西郷隆盛という人物であり、明治維新という歴史事件な訳ですから、なるべく分かりやすく書いたからと言って、簡単に理解できるようなものにはなっていないかもしれません。斜め読みでざっと読んでわかるように書くと誤解を生む恐れがあり、述べて作らず、が叙述の基本姿勢であることに変わりはないのです。
 
 今年のNHK大河ドラマ『西郷どん』はテレビを置いていないので、どのような内容か知りませんが、おそらく原作者や脚本担当者を見る限り、西郷隆盛という人物という人物を理解して書いているわけでも、明治維新を理解して描いているわけでもないでしょう。いや、理解しようとさえしていないはずです。
 それよりも、NHKとしての、作家としての、脚本家としての動機を最優先して書いているはずです。

 歴史を無理やりこちらの方に引き付けるのでなく、こちらから虚心に出向いていくのでなくては、歴史はその真の姿を現しません。それは西郷隆盛という人物や明治維新だけではなく、他の歴史人物や事象にも当てはまることです。

 ところで、最近『ゴッホ〜最期の手紙〜』という映画を見ました。ゴッホの絵をモチーフにした全編油絵風のアニメーションで、それだけでも一見の価値はあると思いますし、ストーリーの方も、弟テオに出されたものの届けられなかったゴッホ最期の手紙を軸に、彼の最期の日々に交わった人々の証言をもとに、彼の死の真相を明らかにするという、なかなか面白い構成の映画でした。

 結局はゴッホのテオに対する兄弟愛というところに帰着するのですが、すでに小林秀雄の『ゴッホの手紙』を読んだことのある筆者としては、兄弟愛という水平軸方向の価値規範ではなく(もちろんそれもありますが)、彼の創作意欲も、苦しみも、狂気も、垂直軸方向の価値規範、すなわちキリストへの愛に胚胎していたことを知っていたので、この映画が映画製作者側の都合で描かれていて、ゴッホの真の姿を描けていないことに気づき、感動もまた浅いものにならざるを得ませんでした。

 ポスターには「愛か、狂気か」とありますが、この愛はイエス・キリストへの愛でなければなりませんし、狂気はこの愛と表裏一体のもので、大地と固い絆に結ばれて生きざるを得ない人間としての葛藤として、、近代文明に胚胎するニヒリズムとの軋轢から生じたものとして、描かれなければならなかったのです。

 実際にはゴッホには弟テオとの間で交わされた濃密にして膨大な数の手紙が残されているのであり、最期の手紙はその思考、感情の山の頂点にちょこんと乗っかった一個の石でしかない。これでは少し離れたところからの素描としてしかゴッホを描くことはできませんし、実際そのようにしか描けていません。

 作画に注がれた努力には頭が下がる思いがしますが、ゴッホがその創作に注いだ苦悩のようなものは一切ありません。ゴッホの作品への愛はあっても、ゴッホその人への愛も浅く、彼を深く理解しようとの努力もなされずに、予定調和の中で作られた作品で、せっかくの独創的な表現方法が十分に生かし切れていないと感じられました。
 もっとも娯楽作品と割り切ればそれでいいのかもしれませんが…。

 大金を注いで作られているはずの『西郷どん』もまた、この英雄の真価を知ろうとする者からすれば誤解を招くような、真価をすでに知っている者からすれば、恐らくは冒涜するような内容の作品に仕上がっているはずです。なんせ、反日メディアの重鎮NHKがプロデュースしている作品なのですから。


 何はともあれ、明治維新から百五十年という、この記念すべき年の南洲翁の命日に明治維新の由来となった武家政治の伝統と、西郷隆盛の事跡とその本質的な理解を一つの本にまとめ、明らかにすることが出来、少しホッとしています。

 十年前に上梓した『(新)西郷南洲伝(下)』は征韓論政変および西南戦争の謎を精密詳細に解き明かした内容ですが、その時の提議した次の課題をようやく果たすことが出来たからです。
今年は三月には南洲翁遺訓の解説である『西郷南洲翁遺訓と超近代的解説』も上梓することが出来ました。

文明史家の中西輝政氏をして西郷隆盛が「日本人の真髄を体現し、日本文明の本質を体現した人物」という言葉を具体的にどのような思想、どのような伝統に則ってそのように言えるのか、ということを概ね明らかにすることが出来たと考えています。
 まだ征韓論政変および西南戦争における西郷、そして大東亜戦争に至る道については下巻で触れなければなりませんが、前者については『(新)西郷南洲伝(下)』ですでに書きつくしていますので、下巻ではその要約となるでしょう。

現在の日本の状況、国際情勢、政治を見るにつけ、その意義を問うことの重要性を痛感せざるを得ません。
 それは彼れに対する己れ、すなわち諸外国に対する日本の、あるいは日本人としての自己認識、歴史認識の問題であるからです。

 振り返ってみれば、15年以上の歳月をこのことに捧げてきたことになりますが、もちろんこれで終わりではなく、この一区切りは次への第一歩ともなっていくことでしょう。
 これまでとまた違った心境で南洲翁の命日を迎えることになりました。

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