お知らせ

 毎月十五日は『西郷南洲遺訓解説』の配信日ですが、三月はお休みさせていただきます。

 なぜ、南洲翁の事跡、そして『論語』が問われなければならないと筆者が切実に考えるのか、その根拠を問うた記事『西尾幹二氏への数言』をブログでアップするので、そちらを代わりにお読みいただきたくことでご容赦いただければと思います。

 第一回記事は既にアップ済みですが、氏の言論の大きな胸をお借りして、主に問題作『皇太子さまへのご忠言』を題材に、我々日本人にとっての皇室というテーマに踏み込んだ二回目以降は、目指すところははっきりしているのですが、文章としてなかなかうまくまとまりません。

 しかし、書けば書くほど、知れば知るほど、知らないこと、わからないことが増え、謎は深まるとは一体どういうことでしょう。

 それはさながら登山のようです。
 近づけば近づくほど、山は困難となって目の前に立ちはだかり、足はもつれ、息はあがり、遠くでは把握できていたはずのなだらかな山容は、厳しい姿に一変する。
 見上げてみれば山頂は霞んで見えない。
 でも、そこを目指して歩き続けるしかない。 

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