西郷隆盛の命日 (その弐)

 二年前の西郷南洲翁の命日には、昨今の日本を取り巻く東アジア情勢を考える上で、非常に重要な、ある事件が起きている。
 尖閣諸島沖で、日本の海上保安庁巡視船に体当たりして、逮捕されていた船員達が、処分保留として釈放されるとの発表がなされたのだ。
 この決定はかなりの衝撃を日本人に与えた。
 那覇地検がそういった愚劣な判断を下した理由は「我が国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」からだという。今では、民主党政権の圧力に屈したからであることが判明している。

 この事件は、日本領土にちょっかいを出しても、日本政府が何もなしえないことを、東アジアの反日国家群に知らしめた。反日国家群とは、中華人民共和国、北朝鮮、韓国、ロシアのことである。
 彼らの日本に対する侮辱的行為、領土侵略行為はその後エスカレートするばかりで、事なかれ主義から、国民への影響や、今後の日中関係を考慮してばかりいる政府の無為無策がこれに拍車をかけた。
 石原慎太郎・東京都知事の都による尖閣購入の資金として、国民から十四億もの寄付金が集まったことは、もはや、マスコミの、国民への影響や今後の日中関係を考慮しての、悪質な情報操作にもかかわらず、国家的危機に目覚めた国民が政府を支持しなくなってきた証拠となっている。

 結局、尖閣諸島の所有権者は、政府の高額の申し出に飛びついた。口ではなんだかんだ言っても、不動産価格の釣上げしか頭になかったと言われても仕方ないだろう。鳶に油揚げをさらわれた恰好となった都知事は、政府に色々注文をつけたが、自分本位から、国民への影響や、日中関係ばかりを考慮している現政府は、国家的危機に目覚めた国民の支持を受けた石原氏の好きにさせないために、敢えて購入をしたのだろう。そういった国民の意に反する購入も国民の税金から賄われるのだから沙汰の限りだ。
 政府の現状は、ペリー来航以後の徳川政権末期を連想させる。
 ならば、我々が何をしなければならないかは、民族の歴史からある程度明らかになってくるはずである。

 今後、国民の覚醒と反日国家群の常軌を逸した行動は、ますます勢いを強めていくだろう。その過程で、これまで政府やマスコミが隠蔽してきた事実は、ますます明らかとなっていくだろう。
 二年前の拙記事を読むと非常時の到来を少しでも多くの人に知らせようとの動機を強く持っていたことが窺える。最近、伝統の事に気持ちを集中しつつあるのは、非常事態にどういった精神で臨むべきかに、そして、その中身に、意識の重心が移りつつあるからだろう。
 流動的な事件を書くことが減ったのは、もはや非常時であることは誰の眼にも明らかとなっているからだ。情報は得ようと思えば、メディアに溢れている。様々な立場の人がそれぞれに有利なように情報を発信している。それに特に長けているのがアングロサクソンであり、支那人だ。彼らが仕掛けてくる巧妙な情報操作には特に注意が必要だ。日本のマスメディアのほとんどは彼らの影響下にあるのである。情報を取捨選択する側の態度が重要になってくる所以である。

 南洲翁の精神は、これら反日国家群と否が応でも向き合っていかなければならない日本人に今最も求められているものだ。

 二年前の南洲翁の命日にアップした記事を紹介することにする。

 
記事① 『西郷南洲翁の命日』

「本日は西郷南洲翁の命日である。
 改めて蓋世の英雄南洲翁を偲びたい、と月並みなことを書くべきところだが、昨今の日本の内外の状況は、私の心の内で常に、南洲翁の金言を、ふつふつと脈打たせてきた。
 日頃南洲翁を意識しないが、ひしひしと日本の危機的状況を感じている人々の心に、南洲翁の言葉が、打ち響いてくる時代が到来したのではあるまいか。

 節義廉恥を失いて、国を維持するの道決してあらず。西洋各国同然なり。
 上に立つ者下に臨んで、利を争い、義を忘るる時は、下皆これに倣い、人心たちまち財利にはしり、卑吝(ひりん)の情日々生じ、節義廉恥の志操を失い、父子兄弟の間も銭財を争い、相讐視するに至るなり。
 かくの如く成り行かば、何を以て国家を維持すべきぞ。
 徳川氏は将士の猛き心を殺ぎて世を治めしかども、今は昔時戦国の猛士よりなお一層猛き心を振るい起こさずば、万国対峙はなるまじくなり。
 普仏(プロシア・フランス)の戦、仏国三十万の兵、三ヶ月糧食ありて降伏せしは、あまり算盤に精しき故なり、とて笑われき。(遺訓十六条)



談、国事に及びし時、慨然として申されけるは、国の凌辱せらるるに当りては、縦令(たとえ)国を以て斃るるとも、正道を踏み、義を尽すは政府の本務なり。
 然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の苟安(こうあん、当座のがれ)を謀るのみ。
 戦の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法会議所と申すものにて更に政府には非ざるなり。(遺訓十八条)


 
 尖閣諸島における漁船の問題は、中国政府の強硬な態度も相俟って日に日に深刻の度合いを増している。
 中国の尖閣侵略の狙いは、周辺海域の埋蔵資源獲得だけが狙いではなく、彼らの海洋戦略からみていく必要がある。
 彼らは、太平洋におけるハワイ以西の海洋覇権を目指しているわけだが、まずそのためには、台湾-沖縄を結ぶ第一列島線を自身の支配下に置きたい。近年、中国の海洋船がしきりにちょっかいを出しているのはそのためである。

 中国はすでに、ベトナムから海南島を奪って、ここに巨大な潜水艦基地を建設し、さらに、かねてからベトナム・フィリピン・中国・台湾四国の係争の地であった南沙諸島(スプラトリー諸島)を、一九九二年十一月、米軍がスービック海軍基地とクラーク空軍基地を返還し、フィリピンから全軍撤退するやいなや、漁師に変装した人民解放軍兵士を送り込んで、ここに掘っ立て小屋を建て、次いで海軍が資材を送り込んで、基地を建設し、実効支配している。(南沙諸島;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B2%99%E8%AB%B8%E5%B3%B6
 尖閣における漁船の問題は、この南沙諸島でのやり方を踏襲したものと見ていい。つまり、漁船の乗組員は、漁師になりすました人民解放軍兵士だったということであり、中国共産党の指導で動いているということだ。

 このように、すでに中国は台湾以西のシーレーンを実質上押さえてしまっているのであって、台湾が併合されれば、日本は万事休すなのである。
 戦前の日本が、ここをアメリカ・イギリス・オランダ・中華民国の四カ国(いわゆるABCD包囲網)に封鎖されて、これらの国と日本国家の存亡を賭けて戦わざるを得なかったことを想起してみれば、尖閣問題の深刻さがわかるであろう。

 尖閣諸島には飛行場が建設できる。中国はここを日本から奪うことで、台湾を制し、次いで沖縄に狙いを定めているのだ。 

 昨今、沖縄独立の声が聞かれるようになってきたが、西村慎吾氏のブログによると、満州人で日本に帰化した鳴霞氏が発掘した「中国共産党の沖縄属領化工作文書」という文書があるそうである。
 この文書によれば、中国共産党は「琉球共和国の創設」を仕組み、沖縄を日本から分離させてから奪おうとしている。
 すでに「琉球臨時憲法九条(案)」も作っているという。
 それによると、共和国の範囲は、第四条で「琉球共和国は、三つの主要な州である奄美州、沖縄州そして八重山州と琉球群島の全てからなる」との事である。
 なんと奄美群島まで、すなわち鹿児島県の南部まで中国は侵食するつもりなのだ。

 ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%84%E7%BE%8E%E7%BE%A4%E5%B3%B6)によると、「あまみ」という言葉が、文献上に現れるのは『日本書紀』で、斉明天皇三年(六五七年)条に「海見嶋」、六八二年に「阿麻弥人」、七一四年には『続日本紀』「奄美」との表記があるという。
 言語的・文化的に見ても日本文明圏に属し、沖縄とともに、日本固有の領土であることは間違いないのだが、シナ人は、漢字を使用していれば中国の領土であると考える人たちなのであるから、こんな人たちと話し合っても仕方ない。
 日中友好など、政治的標語としてならともかく、始めからありえない話なのだ。

 彼らは、尖閣の次は沖縄、沖縄の次は奄美、奄美の次は鹿児島、鹿児島の次は九州、と日本を併合するまでこの領土膨張、自己肥大化をやめはしまい。
 歴史に学べといって、戦前の日本を全否定し、日中友好のまやかしに踊った人々は、日中の歴史から何も学ばず、独裁政党によるシナ人民抑圧に協力した、自己満足に浸ったただの偽善者であったことを反省すべきであろう。
 人である以上、至らぬところから過ちを犯すのは仕方ないことであるが、過ちて改めざる、これを過ちという。
 過去のしがらみを断ち切って、早々に態度を改めるべきである。

 南洲翁も次のように言っているではないか。

過ちを改るに、自ら過ったとさえ思い付かば、それにて善し、そのことをば棄て顧みず、直に一歩踏み出すべし。過を悔しく思い、取り繕わんと心配するは、たとえば茶碗を割り、その缼(か)けを集め、合わせ見るも同じにて、詮もなきことなり。(遺訓二十七条)


 さて、奄美群島が狙われているということは、南洲翁を顕彰しようとする人々にとって他人事ではない。
 なぜなら、南洲翁の偉大さが、「敬天愛人」という言葉に象徴される天命思想にあったとするなら、その信仰に目覚め、そして、それを深めた場所こそ、この奄美群島に他ならないからである。

 奄美大島は、翁が月照和尚と薩摩潟に投身し、ひとり蘇生した後、薩摩藩が幕府の追及から匿うために、島送りにした島で、翁はここで、蘇生した自己の命が天から賦与されたものであり、これから天命を行うことこそ、天の意思である、と信ずるようになったのである。もちろん天命とは王道を行うということだ。
 ちなみに、翁はここで島娘愛加那と結ばれて二児を設けているが、その時の居宅は今でも島の著名な遺跡として残されている。
 また翁が一度召還され、今度は島津久光公の逆鱗に触れて、死罪一歩手前の遠島処分になった沖永良部島には、南洲神社が存在している。
 維新の英雄の重要な遺跡が、シナの領土になる。観光地にされる。
 なんとも耐え難いことである。

 尖閣問題は、日本人がこれを防ぎ、再生する上での試金石となる問題である。
 シナ政府も日本政府がどう出るかのみならず、日本人の世論の動向を窺っている。これによってアメリカを中心とする国際社会の世論の動向も左右されるだろう。
 そして改めて日本が軟らかい土であるという事が判明した暁には、中国は日本侵略の手を次々と打ってくることになるだろう。
 尖閣問題における正当性は全く我が国にある。
 盗人にも三分の理と言うが、いくら猛々しく言おうが、今回の問題において中国には一分の理さえない。
 日本人は猛き心を振るい起こして、毅然とした態度で、冷静に対処することが求められているのである。


正道を踏み国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受けるに至らん。(遺訓十七条)




記事② 『中国漁船船長釈放という重大事』

「前回の記事をアップした直後、早速、那覇地検が当該事件の中国漁船船長を処分保留として釈放した。何でも「我が国国民への影響や、今後の日中関係を考慮した」からだという。
 まことに愚劣な判断である。

 地検の判断は、事なかれの願望からか、シナの手が回ったか、どちらかだが、いずれにしても政府からの指示があったのではあるまいか。
 いずれにしても、これは法治国家であることを自己否定したに等しい。

 共産党の志位和夫委員長は、早速、次のような真っ当なコメントを発表した。

 「尖閣諸島付近の日本の領海で、外国漁船の不法な操業を海上保安庁が取り締まるのは当然である。検察は、逮捕した船長を「処分保留」として釈放することを決めたが、逮捕の被疑事実、釈放にいたる一連の経過について、国民に納得のいく説明を強く求める。
 このような事件を繰り返さないためには、日本政府が、尖閣諸島の領有権について、歴史的にも国際法的にも明確な根拠があることを中国政府や国際社会に明らかにする積極的な活動をおこなうことが必要である。同時に、わが党は、中国側に対しても、こうした事件にさいして、緊張を高めない冷静な言動や対応をとることを求めたい。」


 ごくごく真っ当な見解で、共産党らしくない。
 ただ、中国政府は日本の弱腰を見越して、わざとやっているのだから、冷静な対応の求めても無理な相談だが、国際社会にアピールするためにも、しっかりと抗議しておくべきだ。
 
 このように恫喝に容易に屈して、軟らかい土であることを自ら認めてしまっては、彼らの侵略行為はますますエスカレートしていくだろう。
 「我が国国民への影響や、今後の日中関係を考慮」するからこそ、法に則った毅然とした態度は貫かなければならなかったのである。
 政治的な利害計算のうえからもこのような行為はすべきではなかった。
 真の日本国民の利益を思うなら、日中の国交は断絶してもかまわないのだ。
いずれにしても中国に依存した経済体制は是正されなければならなかったのだ。

 これから本格的に始まるシナの侵略行為に対し、シナ人の移入はこれ以上食い止めなければならないし、むしろすでに入国しているものを追い返すくらいでいい。そして、フジタの社員の拘束を見ても、中国滞在中の日本人は、人質に取られているようなもので、一刻も早く手を打って、帰国させるべきである。
 もちろん民主党政権はそんなことをすまいが。


 我々日本人にはシナ人に国土を蹂躙されて、絶望の中、起ち上がらざるを得ないという、最悪のシナリオしか残されていないのだろうか。
  
 幕末の日本は、貧しい上に、たった三千万の人口でありながら、明治維新という偉業を成し遂げた。それは、元来の理念からいって、いわゆる征韓論破裂から西南戦争という一連の事件で、それを見失って迷走するという瑕疵を伴った不完全なものであったが、それでも近代化、富国強兵の努力によって、大きな成果を成し遂げた。

 現在、日本人の劣化、愚民化が言われているが、幕末の日本人も、指導階級の一部を除く、大部分の日本人は、国難を予感して不安を感じつつも、どこか日本国家の運命については他人事であった。それは日本の文明化を望んだ福沢諭吉や民権論を唱えた板垣退助の証言を見ても明らかだ。
 そういった観点からは、まだ希望はあるといいたいが、状況はより悪い。

 日本は、すでに六十年以上前からアメリカに首根っこをつかまれ、中国は四十年前から日本侵略のシナリオを着々と進行してきたのだ。
 南洲翁の遺訓に「規模術略、わが胸中に定まりて、これを発する時、千仞(せんじん)に坐して円石を転ずるが如きは、その勢というべし」とあるが、イニシアティヴを握っているのは、民主党の与党化で傀儡政権成立を合法的に成功させた中国であり、衰退の勢にある日本は、この侵略の始まりにおいて、毅然として対応して、なんとしても、この勢を食い止めなければならなかったのだ。

 中国はこれから、千仞に坐して円石を転ずるが如く、間違いなく勢いづくだろう。」



日本と反日国家群の間には歴史問題が横たわっている。
 中国とは南京大虐殺を中心とする戦前の事件、韓国・北朝鮮とは慰安婦問題を始めとする戦前の事件であるが、彼らの主張は大抵が政治的動機に基づく偽りであることが判明している。領土問題も同じだ。
 これらに対して、我々が正しいことに付いては正々堂々反論し、毅然と対処していけばよい。
 ここ一月あまりの、支持率低迷に悩む韓国・李明博大統領の正気とは思えない言動や、中国の尖閣諸島に対する侵犯や反日暴動に対しても同じである。
 我々が毅然とした行動を採ればとるほど、彼らは内気圧は高まり、過激化し、内政の不安定要因となるのである。なぜなら、これらの常軌を逸した政治行動は、彼らの属性といってよい、国内的な党争の結果によるものだからである。

 中国の諺にある「指桑罵槐」という言葉をご存知だろうか。これは、桑を指して槐(えんじゅ)を罵る、と言って、ある対象を非難することで、その実は、全く別の敵の非難攻撃を行う事。彼らの行動原理である。日本は桑、槐は政敵である。反日デモはその実、民衆の反政府運動であったり、政敵攻撃であったりするのだ。その証拠に年間数十万件の民衆暴動を抱える中国では、あれだけ周辺諸国にとっての脅威となっている肥大化し続ける国防予算を、公安予算が上回っているのだ。

 内政が不安定であれば外征は難しい。気をつけるべきは不満の矛先を外国に向けることだが(反日デモにはそういった意図も含まれている)、これも毅然とした対応をして、為すべきことを為して行けばおそるるに足らない。
 マスコミでの報道に反して、現在の日本経済は中国経済なしでもやっていけるが、中国経済は日本経済なしではやっていけない。日本は今内需の国であり、GDPにおける対中依存度は戦前の約10分の一以下に縮小して数パーセントを占めるのみである。支那通の宮崎正弘氏は、独特のたとえで、中国と経済的に断絶して困るのは備長炭と割り箸ぐらい、と言っているくらいだ。これは戦前とは逆の関係である。
 しかも現在、中国へのODAは名前を変えて二倍に膨れ上がっている始末。GDPで日本を追い抜いたと豪語しているにもかかわらず、だ。無駄な予算を削って、国防予算を増大すべきである。本来なら、こういう事をこそ、仕分けすべきなのだ。


国の凌辱せらるるに当りては、縦令(たとえ)国を以て斃るるとも、正道を踏み、義を尽すは政府の本務なり。

 正道を踏み国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受けるに至らん。


 まさにその通りではないか。

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