さくら (その弐)

 この時期になると有線などで「さくら」をテーマにしたJ・POPがよく流れている。
 いつの頃からだろうか。
「さくら」をテーマにしたヒット曲がなければ、一人前のミュージシャンとは言えないかのように、どんなミュージシャンでもさくらをテーマにした曲をリリースするようになったのは。
 春になればさくらを歌った歌の需要が高まるとの供給側の読みもあるのだろうが、逆に言えば、さくらという花が日本人にとっていかに大切な花か、様々な思いを託すに足る花であるか、それを表しているようにも思える。
 特に学生時代、春は進学の季節となっており、さくらは出会いと別れの表象となっている。この列島に毎年生じる無数の出会いと別れの多くの背景には、この樹が立って、見守っている。それはこれからも変わらぬ風景だろう。

 さらに遡れば、桜は古来から日本人の死生観の表象でもあった。
 前回紹介した和歌はその代表的なものである。多くの日本人が、それらの和歌に大きく共感し、詠み伝えてきた。

 そんな国民的な樹だけに、ラジオや有線で流れる「さくら」をテーマにした曲には力作が多い。ミュージシャンも持てる力を、個性を存分に発揮して、表現している。自然、そのミュージシャンの感性、その源泉となっているはずの人生経験が現れる。リスナーもまた、それぞれの感性、その源泉となっている人生経験に応じて、共鳴、共感するのだろう。

 若い時と違って、流行を追い求めることはしなくなったが、自然と耳に入ってくる音楽まで拒む理由はない。特にさくらをモチーフにした歌であれば、あ、さくらの歌だな、と一度は興味をもって聴いてしまうし、繰返し流れていれば、耳に残ってくる箇所があるものだ。

 最近で言えば(と言っても何年も前にリリースされた曲らしいが)、ケツメイシというヒップ・ホップ・グループの、その名もずばり「さくら」という曲のリフレイン部分が印象に残った。ヒップ・ホップというジャンルの音楽にはあまり関心がないのだが、このグループのヴォーカルの声質にはかねてから好感を持っていた。

「さくら」の出だしはこうだ。


 さくら舞い散る中に忘れた記憶と、君の声が戻ってくる、
吹き止まない春の風、あの頃のままで



 リフレインは次のようになっている。


花びら舞い散る、記憶舞い戻る


 この曲は、さくらの花びらが舞い散る中で、忘れていた恋人との別れの記憶が甦ってくることを歌った歌なのだが、これを聴いて、江戸期の国学者・本居宣長が『真暦考』で主張していたことを思い出して、古来からの日本人の感性(宣長に倣って言うならやまとごころ)は、今も我々の庶民の生活の中に息づいていることにつくづくと感じ入ったのである。
 
 宣長の主張はこうだ。
 推古天皇の頃より、支那のよく整備された暦法がわが国に用いられるようになり、知識人は圧倒され、この、いわば「からごころ」に泥んできたが、「暦」という漢字を「こよみ」という大和言葉で訓じた事からも明らかなように、わが国にはわが国固有の「暦」の観念があった。
 これは彼の長年にわたる古語の研究から来る結論であり、「こよみ」とは、「来経数(きへよみ・・・けよみ)」からきた言葉であり、一日一日と次々に来経(きふ)るを数えゆくことである、という。
 この列島の自然と一体になった生活の中で、上代の人々は季節を感じ取ってきた。「春」「夏」「秋」「冬」という漢字の渡来以前に、わが国には「はる」「なつ」「あき」「ふゆ」という大和言葉が存在したのはその証拠である。

 ある人が宣長にこう問うた事があった。

「もし日次(ひなみ)のさだまりなからむには、たとへば親などのみまかりたらむ後なども、年々いづれの日をか其日とは定めて、しのびもしなむ。」


 宣長はこれに答えて言う。

「上つ代には、さるたぐひの事共も、ただ某季(そのとき)のそのほどと、大らかにさだめて、ことたれりしなり。後の代のごと、某月(そのつき)の某日(そのひ)と定むるは、正しきに似たれども、凡て暦の月次(つきなみ)日次(ひなみ)は、年のめぐりとはたがひゆきて、ひとしからねば、去年(こぞ)の三月(やよひ)の晦(つごもり)は、今年は四月(うづき)の十日ごろにあたれば、まことは十日ばかりも違いて、月さへ其月にあたらぬをりもあるなれば、中々に其日にはいとうとくなむあるを、かの上つ代のごとくなるときは、其人のうせにしは、此樹の黄葉(もみぢ)のちりそめし日ぞかし、などとさだむる故に、年ごとに其日は、まことの其日にめぐりあたりて、たがふことなきをや。さればこは、あらきに似て、かへりていと正しく親しくなむ有ける。」

 この主張を理解するには少し説明が必要であろう。
 日本では古くから太陰太陽暦が用いられてきた。これは月と太陽の周期で数える暦である。
 太陽は朝、東の空に昇って、夕方、西に沈む。そしてまた、翌朝には東の空に昇る。これが太陽の周期であり(実際には地球の自転の周期だが)、一日とする。
 一方、月の周期、すなわち満ち欠けは、新月(太陽光の陰になって見えない月)に始まり、三日目には三日月となり、十五日目に満月となって、再び欠けて行って、最終的に再び新月となる。これが月の周期であり、この一巡りを一月とする。
 だから、いつの月であっても十五日と言えば満月であり、一日と言えば新月、すなわち闇夜であった。
 例えば、今でも薄(ススキ)を飾って団子を供える十五夜の月見の風習として残っているし、中秋の名月と言えば、この旧暦における八月十五日の満月を指す。
 また、本能寺の変は太陰太陽暦では六月二日の出来事であり、ほぼ闇夜であったことがわかる。だからこそ明智光秀は主君である信長を奇襲(闇討ち)したのである。

 要するに太陰太陽暦では、某月某日と言えば、その年の何番目の月で、何番目の日かを指していた。今でも某月某日という表記をするのはその名残である。
 太陰太陽暦の問題点は次のところにあった。
 太陽の周期である一日を基準とすると、月の満ち欠けの周期は約29.5日となる。月の満ち欠け十二回分を一年とすると、12ヶ月で約354日となり(これを太陰暦という)、一年(太陽を一周し、季節というものを生じさせる地球の公転運動の周期)=約365日とは約11日の誤差を生ずることになる。当然これは年を経るごとに蓄積されていって、実際の暦、季節とは乖離していくことになる。

「太陰暦」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%B0%E6%9A%A6

 そこでこの誤差を埋め合わせる為に、閏月を適宜挟み込む。
 今、四年に一度閏年の二月が二十九日となって、一日の誤差を埋め合わせるが、これは一年を365日にすることによって、一年につき約0.2422日の誤差が生じるため(なぜなら自然現象である地球の公転周期が自転周期の整数倍とはならないから)、それを埋め合わせる目的で、四年に一度、一日を差し挟むのである。しかし、これも四年で、0.2422×4=0.9688日であるから、やがて蓄積した誤差をさらに埋め合わせる必要がでてくる。
 太陰暦によって生じる誤差とは、これのもっと拡大したものと考えればよい。
 それは一年に約11日もあるわけだから、閏月の埋め込みはかなり頻繁に行われることになる。それが要するに太陰太陽暦なわけだが、これは太陰、太陽の語が用いられていることからもわかるように、支那から渡来した陰陽五行説に依拠したものだ。

 宣長の「真暦考」を難じた論者が月の状態を指す「晦・朔」(月末を指す「みそか」と月初めを指す「ついたち」)「弦・望」(弓形の状態と円く満ちた状態を指す)を「天地のありかた」と支那思想風に解釈したことに対して、つまり、「からごころ」で捉えたことに対して、次のような反論を行っている。


「晦・朔・弦・望は、すなわち天地のありかたなりとは心得ず。もし天地のありかたならば、十二月の一めぐりと節気の一めぐりと必ず一つに運びゆくべきに、さはあらで差ひ(差異)あるは、これ天地のありかたは此二つ別あるものなり。其別なるものを一つに合せたる暦法は、人作の巧なり、何ぞ天地のありかたと云事を得む。人作なる故に閏月をおかざる事を得ず。閏月といふもの、もと自然の事にあらず。彼の二つを強(ひ)て合さんために構えたるものなり。さればこそ、西の方の国々の暦には、閏月をおかぬもあるなり。人作なる故に、其法いろいろまちまちなるぞかし。」

 「西の方」とは西洋のことで、蘭学、すなわちオランダから入ってきた暦法を踏まえて宣長は言っている。彼は博学で、その主張は、地球が丸いことも、日本が世界から見て木の葉のような小さな島であることも踏まえた上でのものであったのだ。
 彼が「人作の巧」というとき、おそらく、そこには「からごころ」を突き詰めた荻生徂徠が『弁名』で説いたところの「聖なる者は作者の称なり」との言葉が念頭にあったはずで、彼が「備わらざる者なし」とした古代の聖人の叡智でさえ、天地自然の妙を尽くすに足りない、支那から渡来した暦法と現前としての天地のありかたとの乖離はこの問題にも現れているではないか、というのが宣長の言いたかったことだろう。
 より精緻なオランダの暦法を引き合いに出したのは、そのことを証するためであっただろう。人作の巧みということなら、支那の暦法以上のものが現にありますよ、と。
 彼はさかしらな人作の巧みを超えたところに、古学の眼を据え、それを確信するところまで突き詰めて思考した人であったから、おそらく、現代の精緻な自然科学をもってしても、彼の確信を揺るがすことは出来なかっただろう。

 彼は晩年次のような歌を詠んでいる。

「聖人は、しこのしこ人、いつはりて、よき人さびす、しこのしこ人」

 彼の古学の眼によれば、朔(ついたち)とは「つきたち(月立)」、望(もち)とは「みち(満)」であり、晦(つもごり)とは「つきごもり(月隠り)」(三十日頃の現象であるから「みそか」とも)となる。 
 日本の知識人はこの支那の暦法に泥んできた。歌人達もまた日常においては支那の暦法に泥んでいたかも知れないが、古人の伝統を引き継いだ和歌の世界においては、その古語、大和言葉を詠み継いで来たのである。

 宣長の言う「真暦」、これは「まことのこよみ」と読むべきだろうが、それは自然と一体となった古人の生活の中で育まれてきた暦の観念であり、これもまた、古人の日神月神への信仰という問題に直結していくのである。


 話が難しくなってしまったが、それもこれも彼の思想を咀嚼しきれていないことからくる解釈の未整理が原因である。

 話をケツメイシの「さくら」に戻すことにする。

 歌は舞い散るさくらが忘れていた恋人との記憶を呼び覚ましたことをモチーフにしているが、モチーフ自体は、大したことのない、ありふれたものともいえる。しかし、そこが大事なのであって、ある条件下で忘れていた記憶が呼び覚まされることは、誰にでも経験のあることだ。それだけに民族を超えた普遍性を持つテーマと言えるだろう。
 これはある国や文明が他国他文明に無理に押し付ける普遍主義とは違う。

 宣長の言葉をもう一度引用しておこう。


「かの上つ代のごとくなるときは、其人のうせにしは、此樹の黄葉(もみぢ)のちりそめし日ぞかし、などとさだむる故に、年ごとに其日は、まことの其日にめぐりあたりて、たがふことなきをや。さればこは、あらきに似て、かへりていと正しく親しくなむ有ける。」


 宣長はここで、もみじを引き合いに出しているが、「その人のうせにしは、さくらの樹の花びらの舞い散りし日ぞかし」と言ってもよかったはずである。ただ、さくらをこよなく愛した彼には、この樹に託した想いで心ははちきれんばかりとなっていて、別れという特定の記憶を呼び覚ますたとえに用いるには適していなかったのかもしれない。

 そういった自然と一体になった、古人の大らかな生活体験から生まれた暦こそ、真の暦であり、人作の巧みから生まれた符牒は、精巧に見えて、その実、天地自然のありかたとはずれを見せている。
 宣長がここで、真暦を「粗きに似て、却って、いと正しく、親しく」と言っているのは、大まかかもしれないが、却って天地自然のありかたと一体となっていて、ずれがないことを言っているのである。
 特に「正しい」だけでなく、「親しく」と言っていることに留意しておきたい。

 彼によれば、考えるという意味の「かんがふ」という言葉は、「かむかふ」の音便で、「むかえる」ことである。物をむかえ、親しく交わることである。その事によって、「他のうへにて思ふ」ことから「みづからの事にて思ふ」に転じて、深いところまでを知るに至るのである。
 これは人間交際についても当てはまる。ある人の深きところを知るには、彼をむかえ、そして親しく交わるしかない。理解の深さはその親しく交わった程度に応じて変わってくるだろうが、その理解は、経験と密接に結びついて、心に深く刻み付けられる。たとえ別れを経て、日常生活から忘れ去られたとしても、ある条件下、ある状況下で、記憶は鮮やかに甦る。
 彼の主張が大変考え抜かれたものであることは、『真暦考』という題ひとつをとってもわかるだろう。まさに、まこと(真)のこよみ(暦)をかむかえ(考)た末でのあげつらいなのである。

 宣長のこういった「考え」からすれば、世の大方の知識人は、実は何でも知っているように振舞いながら、実は何も「考え」ていない人、ということになろう。「からごころ」を批判した彼が現代に生きていれば、同じ「考え」から、現代の「からごころ」いわば「洋心」を批判したことは間違いないところだろう。

 さて、話がまた「さくら」から離れてしまったようである。
 最後にさくらをこよなく愛した宣長のさくらを詠んだ和歌のいくつかを紹介して終わることにしよう。彼がさくらに託した想いがはちきれんばかりだった、との意味がわかるはずだ。
 

わするなよ わがおいらくの 春迄も 
わかぎの桜 うへし契を



 これは三十歳のときの詠歌。


めづらしき こま(高麗)もろこし(唐)の はなよりも
あかぬ色香は 桜なりけり



 これは四十四歳のときの自画像の賛。


我心 やすむまもなく つかはれて
春はさくらの 奴なりけり



此花に なぞや心の まどふらむ
われは桜の おやならなくに



桜花 ふかきいろとも 見えなくに
ちしほにそめる わがここゝろかな



 最後に六十一歳のときの自画像の賛で、あまりに有名なこの一首。


しき嶋の やまとごゝろを 人とはゞ 
朝日にゝほふ 山ざくら花

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