南京大虐殺 vs 通州大虐殺

『「大虐殺否定罪」を提案 中国全人代代表』

2012/03/10 20:40 「産経新聞」
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/549027/

 中国の通信社、中国新聞社は10日までに、北京で開会中の全国人民代表大会(全人代=国会)に、代表の鄒建平南京芸術学院教授が「南京大虐殺否定罪」の制定を呼び掛ける提案を行ったと報じた。

 河村たかし・名古屋市長の「大虐殺」否定発言を受けた提案で、江蘇省の代表36人が署名したという。

 全人代で提案が取り上げられる見込みはないが、鄒教授はドイツなどが第2次世界大戦中のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)否定を違法としている例が参考になるとしている。(共同)



 南京大虐殺が、ドイツのユダヤ人大量虐殺と同様に、動かぬ歴史的事実というならともかく、南京大虐殺説の歴史、すなわち、この説がいつ、どのように主張されるようになったかの歴史を紐解けば、それが蒋介石の国民党によるプロパガンダに端を発し、コミュニストによって利用されてきた虚構であることは明らかだ。すでに一次史料による堅実な研究の蓄積はある。南京大虐殺の証拠写真とされてきた物の全てがいまや捏造であったことが証明されているのだ。
 だから南京大虐殺虚構論者は事実に基づく反論は行うが、虐殺肯定論者の言論を封殺しようとの意図は微塵もない。この態度が情報戦を戦う上での弱みともなっているのであるが、一方で、虐殺肯定論者は、否定論者に歴史修正主義とのレッテルを貼って、議論よりも、陰に陽に言論を封殺しようと目論む。

 転載記事のような動きが出てくるのはそのためだが、それは彼らがそもそも言論統制主義だからでもある。それは支那文明の遺伝子、すなわち「からごころ」と言っていものだ。
 だから日本国内においても、「からごころ」に支配された知識人・文化人のこれに同調する動きは後を絶たない。いや、それどころか、マスコミの大半は現在これに支配されていると言っていいほどである。

 中国共産党指導部は、「南京大虐殺否定罪」制定の提案を取り上げない方針のようだが、これは賢明だろう。
 そもそも中国共産党が制定した法が、なぜ日本国内に適用されなければならないのか。中華意識に基づく、領土意識を欠いた彼らの法意識は国際社会の物笑いになるだけだが、他国を自国の領土の如く扱うこの動きは、中国が軍事大国となり、日本国家中枢に対する工作が完成の域に達してしまった今となっては脅威以外の何物でもない。
 中国共産党指導部が足元から立ち上がったこの動きを容認する理由は、ひとつは中国国内の世論に対する配慮であり、国際社会に対する宣伝であり、さらには、日本国内の親中派・媚中派に対して、否定論封殺の発破をかける意図もあるものと思われる。つまり、日中友好の妨げとなる虚構論者をしっかり取り締まらんか、というわけである。そこで、震え上がった媚中派は、虚構論者は歴史修正主義でけしからん、と血相を変えることになるわけである。

 もっと踏み込んで考えれば、こういった動きが自然発生的なものであるとは考えにくく、当局が日本を牽制する為にわざとやらせた、いや、実態がなくとも、御用報道機関にそう報道させた、と考えた方がいいように思える。
 つまり、これもまた、情報戦の一端であり、彼らが言うところの「超限戦」、つまり手段を択ばぬ無制限戦争の一貫と言うわけだ。そもそも南京大虐殺が虚構である以上、そう考えた方がいい。ともかく彼らは骨の髄まで、賢しらな「からごころ」で動いているのである。我々日本人の常識は通用しない。

 こういった中国の傲慢な態度に、日本の一般国民が反発するのは、健全な反応であろう。


(参照;青木直人ブログ記事 

「河村発言と『へタレ』メディアの病理」 http://aoki.trycomp.com/2012/02/post-363.html

「日中友好協会の正体」 http://aoki.trycomp.com/2012/02/post-364.html

 

 そもそも日中友好は、戦前からの日本の国是であった。その根底には、阿片戦争以来、西欧に侵食され続ける支那に対する幕末以来の日本人の同情があった。

 小林秀雄の随筆『考えるヒント』に次のようなくだりがある。


「のらくろ」が書き始められたのは昭和六年だが、この新兵は大尉に昇進するのに十一年かかっている。…(中略)…「のらくろ」大尉は、悶々として満州に渡った。大東亜の共存共栄が、当時の政府のかかげた理想であり、「五族協和」は満州国の憲法であった事は、誰も知るところだ。勢い、「のらくろ」も、満州に行くと、仲間以外の附き合いもしなければならず、と言って、作者としては、漫画の構成上、人間を出すわけには行かず、ロシヤ人めいた熊や朝鮮人めいた羊や中国人めいた豚を登場させる仕儀となった。或る日、作者は、情報局に呼び出されて、大眼玉を食った。ブルジョア商業主義にへつらい、国策を侮辱するものである。特に、最友好国の人民を豚とは何事か。翌日から紙の配給がなくなった。
 なぜ、私がこんな事を知っているかというと、田河水泡は、私の義弟だからである。
 


 戦前日本の植民地であった台湾には、日本の敗戦後、国共内戦に敗れた
蒋介石率いる国民党が渡ってきたが、台湾の人々は、犬が去って豚が来た、と言ったという。漫画「のらくろ」の記憶が台湾人にはあったのだろう。日本人と支那人の双方を実際に見てその比喩の的確さを確かめた、ということであったと思われる。
 日本は台湾に巨大な投資を行って、近代化を図ったが、敗残の支那人がその遺産を食い散らかした、その有様を見ての評であった。台湾人の親日感情が本物であることはいまや常識である。

 小林秀雄の随筆にあるように、大東亜の共存共栄 五族協和、日中友好最優先は、大日本帝国の国策であった。国民が強制されるほどの国策であった。
 その点、日中友好は戦後も政府やマスメディアに何気なく国民は強制されている。そこには露骨な強制か、隠微な統制かの違いがあるだけだが、中国の影響が今以上になれば、いずれ露骨な強制に転ずるであろう。今はその転機にあると言えるかもしれない。すでに政府、警察は、状況によっては、国内にいる支那人は保護しても、日本国民を保護しないことが、二〇〇八年四月二十六日の長野聖火リレー事件以来明らかになっている。


 さて、このように支那に対し同情と友好を以て交わろうとした戦前の日本であったが、それは仇を以て返された。
 中国に対する日本国民の感情を極度に悪化させたのが、媚中派が決して触れようとはしない、いわゆる通州事件である。

 この事件については、次の記事を参照していただきたい。


「通州事件」 http://saigou.at.webry.info/201106/article_4.html


 あるいは南京大虐殺という支那人のさかしらな作り話は、支那事変の直前に通州で起きた、日本人虐殺事件を打ち消し、返す刀で日本人に責任を転嫁する意図で、膨らませた妄想だったのではないか、という気がしてくる。その際、通州における、支那人の日本人に対する残虐な仕打ちが、虚構創作のモチーフにされたのではなかったか。
 しかし、それは、この事件に限らず、数々の歴史の断面で顔を出す、支那人の遺伝的な嗜虐性の現れであった。
 魯迅の『狂人日記』を引き合いに出すまでもなく、食人は支那の文化なのである。



【中古】■VHS■南京1937■【送料無料】【smtb-u】
マンモスビデオ
状態レンタル落ち中古ビデオメーカーマクザム公開・放映情報1995年日・中・香・台110分スタッフ製作

楽天市場 by 【中古】■VHS■南京1937■【送料無料】【smtb-u】 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

「南京虐殺」への大疑問—大虐殺外国資料を徹底分析する
展転社
松村 俊夫

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 「南京虐殺」への大疑問—大虐殺外国資料を徹底分析する の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル




「南京虐殺」の徹底検証
展転社
東中野 修道

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 「南京虐殺」の徹底検証 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック