日本人の国際主義 (その壱)

 まったく……次のような記事を読むと、日本文明の懐の深さというか、重厚さというものを改めて認識させられてつくづく感心してしまう。 


『経済展望と株式日記』

「中国はこれまで、米国との潜在的な競争にばかり注目し、中米間が争うことで、最終的に日本が利益を得た」


http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/d5a272daffc7d55e338e32fdb361258e

 我々日本国民からすれば、ため息が出るほどの政治家の低能化、政治の機能停止による無為無策が、高等な戦略に化けてしまうことの不可思議さが、大きな戦略的構想を抱いているはずの海外の知性から指摘されることがあり、はっとさせられるのである。

 中国現代国際関係研究院グローバル化研究センター主任・劉軍紅氏のインタビューにあるように、日本がそれほど戦略的に立ち回れたかどうか、国内の政治を見る限り疑問である。野田政権は、政権延命のため、対米追従をしているようにしか見えないからだ。

 中国の国際戦略家が日本の政策に読んだ老獪な戦略は、むしろ日本の国際主義に含まれる戦略的側面の現れであって、日本の当局者がその戦略的観点から割り出した、と言ったものでもなさそうである。
 このインタビューを読んでも、支那人である劉氏は日本文明が持つ懐の深さを理解していないし、出来もしないだろう。
 政治が無為無策であることによって現出した日本の国際主義的政策に、自己の戦略思想を、支那人の感性を読み込んでいるだけである。
 彼らは日本人のお人よしとも言える国際主義的性向につけ込むと同時に、理解不能なものも感じて、もてあましてもいるのだろう。

 支那人の戦略的発想は、日本の国際主義ではなく、西洋のインターナショナリズムに近いものだ。
 国際主義と訳される英語のインターナショナリズムは、国際主義という日本語が持つ、輝くような文明開化の語感を持ってはおらず、分け前をどのように喧嘩をせずに分割するか、つまり、戦争にならぬ範囲での交渉によるぎりぎりのエゴイスティックな利益追求がその前提となっている。だから核による恫喝も出てくる。
 日本の国際主義とは正反対に近い概念と言っていい。
 だから西欧に由来する保守は、この母国の国際主義に自信が持てず、国益を唱えなければ不安になるのではないかと思われる。

 インターナショナリズムはなんでも暴力に訴えるよりかは文明的と言えるが、戦争で得る利益と、しないことによる利益を秤にかけているだけだから、古代から何も進歩してはいない。クラウセヴィッツの「戦争とは他の手段をもってする政治の延長である」との定義から一歩もでていないのである。

 しかも弱者はつねに強者、列強の管理下に置かれ、利益を吸い取られることになる。

 このことをアヘン戦争やペリーの砲艦外交から直感的に見抜いたのが、幕末の先覚者達であったが、そのことを明治の指導者に改めて認識させたのが、岩倉具視を全権大使とする遣欧使節団を饗応したビスマルクであった。

 ビスマルクは岩倉や大久保利通たちに次のように言った。

「方今世界の各国、皆親睦礼儀を以て相交わるとはいえども、これ全く表面の名義のみにて、その陰においては、強弱相凌(しの)ぎ、大小相侮(あなど)るの情形なり。予が幼時において、我が普国(プロシヤ)の貧弱なりしは、諸公も知る所なるべし。この時に方(あた)り親(みず)から小国の情態を閲歴し、常に憤懣を懐きしことは、今に耿々(こうこう)として脳中を去らざるなり。彼の所謂(いわゆる)公法なるものは、平常は列国の権利を保全するの典憲と言うと雖も、大国の利益を争うや、己に利益あれば、公法を取りて少しも動かず。もし不利益なれば、翻すに兵力を以てし、固より常守あること無し。小国は孜々として辞令と公理とを省顧し、敢て閫限(こんげん)を越ゆること無く(閫は門、つまり権利が拡張できないことを言っている)、以て自主の権利を保全せんことを勉むるも、その簸弄(はろう、弄びみだすこと)凌侮(りょうぶ、凌ぎ侮る)の政略に当れば、殆んど自主の権利を保全する能わざるに至ること、毎々これあり。」

 ビスマルクが言ったのは、西洋諸国間でさえ、公法を楯に、自国の利益を追求し、しのぎを削っている。プロシヤのような小国は、強国に屈従を強いられることたびたびである。

 ビスマルクはこれに対する自己の立場を率直に述べた上で、次のように言った。

「聞く所によれば、英仏諸国は海外に属地を貪り、物産を利し、その威力を擅(ほしいまま)にして、諸国は皆その所為を憂苦すと。欧州親睦の交際は、未だ親を置くに足らず。これ予が小国に生まれて、その情態を熟知するにより、尤もよくその意を了解する所なり。」

 彼らの意識では、西洋以外の有色人種の国々は草刈場同然である。これを前回、白人による全有色人種の家畜化という言葉で表現した。
 万国公法(言わば当時の国際法)は西洋列強間の、家畜とそれから生まれる利益の分配の取り決めに過ぎない。
 ビスマルクは自身の経験から、西洋列強を動かしているのが、インターナショナリズムであることを暴き出したのだ。
 
 しかし、特に戦後日本人は、このインターナショナリズムの産物に過ぎない国際法を、文明開化の象徴と受け止めがちである。
 これに関しては坂本龍馬の万国公法に関する逸話が有名だ。
 そもそも攘夷主義者であった剣客・龍馬が手にした剣を銃に替え、次に銃を万国公法に替えた、というのはよく知られた話だ。
 龍馬は、この万国公法を片手に、自身が遭遇した海難事故で、御三家の一つで大藩の紀州藩をやり込めたりしていて、その本質を理解していたように思われるが、これを受け止めた後世の日本人の方は、文明開化のエピソードとして受け止めてきた。
 戦後日本人はこのエピソードに、維新の精神が持っていた万国対峙の構えを脇に置いておいて、自身の国際主義を読み込んできたのだ。

 日本人は古来から海外からの文物に文明の匂いを嗅ぎ取って、それをもたらした文明を理想化してきたが、それは主に支那文明に対してであった。それがいまや、西欧の威力を見せつけられて、その対象を西欧に転じたのである。他文明には真似の出来ない変わり身の早さであった。

 その認識の転換こそ、常識と訳されるべき、西洋の言葉で言うところの「コモンセンス」、大和言葉で言うところの「和心(やまとごころ)」「大和魂(やまとだましい)」のなせる業であった。
 これを表したのが、菅原道真が唱えた「和魂漢才(からざえ)」を引き継いだ「和魂洋才」という言葉だ。
 これは日本人の生活感覚に基づいた知恵、常識感覚で、海外の文物を我が物にして使いこなす、という意味の古来からの言葉である。
 この生活感覚が、吉田松陰の「大和魂」という言葉に象徴されるように、幕末‐明治‐昭和初期という民族的な危機の時代に、切迫感を帯びたものとなったのは当然の成り行きであった。日本人の生活が本質的な危機に瀕していたのであるから。

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この記事へのコメント

noga
2011年12月04日 01:55
日本人には意思 (will) がない。
意思は未来時制 (future tense) の内容である。
日本語には時制がない。
日本人には意思がない。

英米人の子供には意思がない。
この点で日本人のようなものである。
思春期を迎え、言語能力が発達すると、意思を表すことができるようになる。
英米流の高等教育 (大人の教育) が可能になる。これは、さらなる英語の教育である。
日本語脳の持ち主には、大人の教育の意味は理解できない。
日本人は英米流の大学教育を高く評価もしないし、成功もしない。

子どもには意思がない。
だから、子供には保護者 (chaperon) がついてきて、それを代行する。
日本政府にも、意思決定が難しい。
だから、アメリカ政府が意思決定を助けてくれる。
日本人の誰もが指摘する通り、我が国の政府は、アメリカ政府のポチである。
日本人は、自力でこの道を脱却できるか。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812

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