続々 正心誠意

 元衆議院議員・西村眞悟氏のサイト内のコラム「眞悟の時事通信」十月十日付の記事で、核武装について述べているので、転載させていただく。


http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi?page=679

(転載開始)

『如何にして「力の均衡」を確保するか』



 我が国を取り巻く厳しい国際環境の中で、平和を確保し維持する為に必要な決断は、「力の均衡」である。
 政治的、軍事的な「力の均衡」は、平和を維持するための前提であり、「力の均衡」の破綻、「力の不均衡」は、戦争を呼び込む窓である。
 そして今、我が国周辺は、年々「力の不均衡」が耐え難く広がりつつある。
 
 その意味で、アメリカのオバマ大統領が、台湾に対する新型F16戦闘機の売却を拒否する決定をしたことは、台湾海峡に戦争を呼び込む愚挙といえる(現在、中国軍の第4世代戦闘機は435機、台湾軍は331機である)。
 台湾海峡の戦争は、我が国はもちろんアメリカも巻き込む事態になるのは明らかである。従って、オバマ大統領の決定は、自国アメリカを危機に導く愚挙だと言える。
 そして、そのオバマの愚挙により国家の存立に関する深刻な影響を受けるのが我が国だ。我が国のシーレーンが切断の危機に瀕するからである。
 従って、オバマ大統領の台湾への新型F16戦闘機売却拒否の決定に関して、アメリカ議会で大きな反発が巻き起こっているのは当然である。
 これに対して、同時期の日本の議会では、刑事被告人となった民主党元代表の第一回公判と入院に関心が集中しているのは非常識を通り越して異常である。議員歳費を全額もらう資格なく、穀潰しである。
 
 さて、本日の産経朝刊に、「野口裕之の安全保障読本」が掲載され、タイトルは「米国から提唱する日本核武装」である。非常に参考になる記事だ。
 野口さんは、ルーピー(愚か)の鳩山総理がアメリカのオバマ大統領の「核廃絶演説」(2009年、プラハ)の内容を理解せず、「日本も非核三原則を堅持することを改めて誓います」と言ったのを受けて、これは鳩山個人が愚かだとみられたのではなく、日本が国際政治のリアリズムを認識できない「幼児国家」だと改めて認識されたと記事を始める。
 そして、「米国内にも徐々にではあるが日本の核武装を考える芽がでてきた」と報告する。
 その内容は、私からするならば、いまさらなんじゃい、と言いたいところだが、アメリカ人自身が真面目にアメリカの国家戦略を考えれば、また、日本人自身が真面目に日本の国家戦略を考えれば、当然そうなる(日本核武装)という内容である。
 
 何故、いまさらなんじゃい、と思ったかといえば、アメリカ内に根強くある日米安保「ビンの蓋」もしくは「馬の轡」という日本封じ込め論の為に、アメリカ国内にも日本を「幼児国家」に止めておこうという傾向があり、日本に関しては「国際政治のリアリズム」に基づく意見が出にくかったからである。
 なおアメリカ国内にある「ビンの蓋」や「馬の轡」論とは、日米安保体制によって、日本をビンの中に閉じこめて、もしくは、日本という馬に轡を付けて、野放しにすれば危険な日本を繋いでおこうという無礼な理屈である。

 さて、冒頭に書いた「力の不均衡」、これは何処で生まれているのか。それは日本と台湾そしてシーレーンでつながる東アジア、南西アジアと中国との間である。
 
 アメリカとソ連(ロシア)は、冷戦末期に中距離核戦力全廃条約(INF)を締結して、中距離ミサイルを全廃した。
 しかし、中国は反対に、中距離(IRBN)および短距離(SRBM)の弾道ミサイルの開発を続けてきて、今やこの中距離と短距離の分野の弾頭ミサイル大国、そして巡航ミサイル大国に成長している。さらに、中国は、核兵器や巡航ミサイル搭載可能な中距離爆撃機(TUー16)を保有して弾道ミサイル戦力を補完している(平成二十三年防衛白書)。
 つまり、中国は我が国を含むアジア太平洋地域を射程に収める核戦力を既に保持し増強しつつある。そして、言い放っている。「台湾、日本、インド、東南アジアは人口密集地帯であり、人口消滅のための核攻撃の主要目標になる」(2005年、朱成虎国防大学防務学院長)
 更に東アジアでは、この中国に並んで存在するロシアも巨大な核戦力を保持しており、北朝鮮も2006年以降、核保有を宣言している。
 以上、我が国周辺には異常で耐え難い「力の不均衡」が生まれているのである。

 では、この中国を抑止しているのは何か。
 それは、アメリカの核弾頭ミサイルである。主に地上配置のものではなく原子力潜水艦に搭載されて西太平洋の海の中にあるアメリカのミサイル(SLBM)である。
 これに対して、中国の大陸間弾頭ミサイル(ICBM)は、ロシアの上空を飛ばさなければアメリカの枢要部に届かない。ロシアは自国の上を弾道ミサイルが飛ぶのを許さない。
 従って、今のところ、アメリカの核は中国に届くが中国の核はアメリカに届くのが困難である。
 これが、今のところ、アメリカが中国の核を抑止している構造である。

 そこで、中国は何を狙ってきているのか。
 それは、中国もアメリカと同じように、太平洋の海の中にSLBM潜水艦発射型弾道ミサイルを保有して直接アメリカを狙える体制を構築することである。
 この為に、中国は、既に南シナ海を中国の海と宣言して基地建設を進め、昨年4月と今年6月に、北の東シナ海の沖縄本島と宮古島の間を抜けて十隻以上の艦隊を西太平洋に繰り出した。
 この艦隊には潜水艦救難母艦が混ざっていた。ということは中国海軍は、西太平洋に潜水艦を送り出そうとしているのである。
 さらに中国は、今現在も沖縄本島周辺の我が国の排他的経済水域で頻りに海洋調査をしているが、これは明らかに潜水艦の航路の調査である。
 即ち中国は、西太平洋にSLBMを搭載した原子力潜水艦を遊弋させ「アメリカに対する核抑止力」を手に入れようとしているのである。
 そうなれば、アメリカはサンフランシスコやロサンジェルスやデンバーやニューオーリンズやワシントンDCやニューヨークが核攻撃を受ける危険を冒してまでも日本を助けることは出来なくなる。

 では、どうするのか。
 明らかであろう。
 我が国自身が、直ちに中距離および短距離の弾道ミサイルを保持して、中国からのミサイル攻撃を受ければ、直ちに中国の要衝をミサイル攻撃することが出来る体制を構築することである。
 同時に、我が国の世界一の対潜哨戒能力を更に強化して、アメリカ海軍と協力して、東シナ海のみならず南シナ海における中国の原子力潜水艦の所在を徹底的に常時把握し、これが西太平洋に出ることを阻止することが必要である。具体的に指摘すれば対潜哨戒で北を睨む海上自衛隊の第2航空群と南を睨む第5航空群を増強しなければならない。
 これが、我が国とアジアの平和を確保するための「力の均衡」を保持する方策である。

 戦後体制つまり「幼児国家」にはこの方策を実現できない。
事実、ドジョウを標榜する野田内閣と与党内には小沢氏に連れられて北京の胡錦涛と写真に収まった大勢の間抜けはいるが、中国に対する国家のサバイバルの為の「力の均衡」を構築するという問題意識すらない。野党の自民党も似たり寄ったりである。これらは、共に幼児である。
 戦後体制からの脱却とは、「幼児国家」からの脱却であり、
我が国が平和を確保して存続するための具体的な「力の均衡」を実現するために死活的に必要なことなのである。

 なお、アメリカ国内にある日米安保「ビンの蓋」論であるが、この論の信奉者は、日本語を使う親日派と言われる人々に多い。アメリカの日本語使いには、GHQによる被占領国である日本統治時代の優越的意識が伝統として残っているのだろうか。
 そして、今得意になっている民主党の松下政経塾出身の面々には、このアメリカの日本語使いにちやほやされてアメリカに理解されバックアップされていると誤解して得意になっているのが多い。
 しかし、こいつらは、いざ日本の核武装のことになると、血相を変えてつぶしにかかる。従って、民主党の面々がこれらにちやほやされているということは、即ち「幼児」だと言うことである。
 私はかつて、日本の核武装に反対するアメリカ人に、
「日本が核を保てば、広島と長崎の仕返しされると恐れているのか。そんなことするはずがない。もっと日本人を信頼し理解しろ」と言ったことがある。
 但し、アメリカ人のトラウマは日本の非戦闘員の上に原爆を落としたということである。従って、仕返しされるとびくびくする馬鹿なアメリカ人もいることは確かである。
 そこで、日本が持たねばならないのは、中距離と短距離の弾頭ミサイルであり、アメリカに届くICBM(大陸間弾道ミサイル)ではないと説明することも必要であろう。
 
 今求められるのは、親日とか反日とかではなく、国際政治のリアリズムに則して同盟国としての国家戦略を語り合う日米の繋がりである。


(転載終了)

 大変説得力のある核武装戦略論だ。

 猜疑心と狡猾さはアングロサクソンの政治の基調をなすものだろう。これに人種優越意識と貪欲を付け加えてもいいかもしれない。
 日本を幼児国家に留めて置くという方針は、知日派の面々のこれら腹中の虫を大いに満足せしめていることだろう。
 こういった人々はよく物事が見えているようで、実は、日本を知っているというそのことにとらわれて、物事がよく見えてはいないようだ。
 しかし、世界情勢をしっかり見据えた米国の知識人の中には、日本の核武装に賛成する人々も出てきているという。

 こういったアメリカのインテリジェンスを動かすためにこそ、勝海舟の「正心誠意」は活かされなければならないのではないか。
 勝は奇しくも、幕末期に日本に派遣されたアメリカの外交官ハリスを例に挙げているのである。

「…外交の極意は誠心正意にあるのだ。誤魔化しなどをやりかけると、かえって向うから、こちらの弱点を見抜かれるものだヨ。
 維新前に岩瀬、川路の諸氏が、米国と条約を結ぶ時などは、五洲の形勢が、諸氏の胸中によくわかって居たというわけではなく、ただ知った事を知ったとして、知らぬ事を知らぬとし、誠心正意でもって、国家のために譲られないことは一歩も譲らず、折れ合うべきことは、なるべく円滑に折れ合うたものだから、米国公使もつまり、その誠意に感じて、後に向うから気の毒になり、相欺くに忍びないようになったのサ。」


 ハリスは敬虔なクリスチャンで、キリスト教を禁教にしている未開国日本にキリスト教を広めることこそ日本人にとっての幸福、とペリー同様、キリスト教徒特有の手前勝手な使命感をもって赴任してきた人物であった。
 もちろん外交官として、日本の開国が米国の国益になるとの認識も持っていたが、軍人であったペリーと異なり、むしろ苦労人で、教育に従事した経験もあって、米国の良心を象徴する人物であったといえそうだ。

 彼は赴任後、幕府の役人ののらりくらりとした狡猾な対応に苦しめられるのだが、自己の行為の独善性をまだ内省する力を持っていた。
 彼は下田・玉泉寺に領事館を構えた事もあって、下田の庶民の生活に接し、目を開かれた。

 彼は回想している。

「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない-これがおそらく人民の本当の幸福の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、大変疑わしくなる。」

 ハリスは外交官になる前、家業の悪化から教育から手を引いて貿易業に従事し、清国・インド・フィリピン・ニュージーランドなどを廻っていたから、その経験から日本人の特性がよく見えたようだ。
 「日本人は喜望峰以東のいかなる民族より優秀である」とか、「日本人は正直で勤勉、身分の上下、富裕の差に関わり無く、質素で華美に走らない」と断定している。
 彼をキリスト教的独善性から眼を覚ますきっかけを与えたのは、彼が接した日本人のこの良質な部分であったといえるだろう。

 幕府の役人は、現在の官僚同様、狡猾で保身的だったが、中でも、勝が回想で述べている岩瀬(忠震)や川路聖謨などは誠実で開明的な頭脳を持った名官僚であった。
 もっともハリスとの交渉に当たったのは、岩瀬と川路の実弟・井上清直であり、川路は専ら、ロシアのプチャーチンとの交渉に当たったのだが、同じように、その誠実な人柄でロシアの使節を魅了した。

 プチャーチンは

「日本の川路という官僚は、ヨーロッパでも珍しいほどのウィットと知性を備えた人物であった」

と高く評価しているし、秘書官を務めたゴンチャロフは

「川路は非常に聡明であった。彼は私たちを反駁する巧妙な弁論をもって知性を閃かせたものの、それでもこの人を尊敬しないわけにはゆかなかった。彼の一言一句、一瞥、それに物腰までが、すべて良識と、機知と、炯眼(けいがん)と、練達を顕していた。明知はどこへ行っても同じである。」

と絶賛している。

 勝の政治・外交の極意「正心誠意」はこれらの先輩官僚の仕事に触発された面もあっただろう。でなければ、「正心誠意」を語って、そこに彼らの名前が出てくるはずがない。それを最終的に確信にまで高めさせたのが、おそらくは西郷南洲翁を相手にしての江戸城明け渡しの談判だったのだろう。

 ハリスまでの良心は期待できなくとも、物の見える人間に、「正心誠意」は十分通用するという、幕末の経験は、今でも十分通用するであろう。
 利口・狡猾だが、こちらの主張をはっきりと押し通す意気地の無い、学歴秀才の為す外交が、馬鹿にされ、なめられ、日本の政治・外交を閉塞させている現状を見れば、今それはもっとも求められている政治姿勢だといえるだろう。

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