続 正心誠意

産経新聞【正論】東洋学園大学教授・櫻田淳 

「首相は『正心誠意』全うできるか」

2011/10/05

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/530713/

 野田佳彦首相は、所信表明演説で自らの施政方針を表す言葉として、「正心誠意」の4文字を紹介した。しかしながら、ニコロ・マキアヴェッリが「狐(きつね)」の喩(たと)えで示したように、政治指導者に要請される資質の1つが「狡猾(こうかつ)さ」であるのも、厳然たる事実である。

≪指導者のもう1つの資質なく≫

 「誠実さ」と「狡猾さ」は、政治家の資質としては、一見して矛盾する。「誠実さ」にせよ「狡猾さ」にせよ、問われるべきは、どのような政治上の文脈で、それが語られているか、である。

 政治における「誠実さ」の意味を考える際には、コンラート・アデナウアーが最晩年に著した『回顧録』に残した次の記述もまた、参照するに値しよう。

 「ドイツ外交の方法は、絶対に誠実、かつ率直でなければならなかった。ゆっくりと、一歩一歩、進む。そして、忍耐心-それこそは最強力な政治要素のひとつである-を決して失わぬ。われわれはそう心掛けなければならなかった」(佐瀬昌盛訳)

 第二次世界大戦後、アデナウアーが率いたドイツは、米英仏ソ4カ国の占領の下に置かれ、冷戦の過程で分断された。しかも、フランスを筆頭として周辺の国々がドイツに向けた不信と警戒の眼差(まなざ)しは、並大抵のものではなかった。アデナウアーにとって、新生ドイツ国家の独立と復興、そして国際社会での地位の回復を図るためには、西側世界の「信頼」を得ていくことは、必須の条件であり、その故にこそ、ドイツの再建は、「絶対に誠実、かつ率直であること」に裏付けられなければならなかったのである。

 ところで、そもそも、政治における「狡猾さ」が意味を持つのは、次に挙げる2つの前提を満たした場合に限られる。

 第1の前提は、その「狡猾さ」が、周囲の都合に振り回されないという意味の「力量」の裏付けを伴っているということである。

 ≪アデナウアーと勝海舟の覚悟≫

 史上、そうした「狡猾さ」を発揮した典型的な事例は、ナポレオン戦争からクリミア戦争に至る時期の英国かもしれないけれども、その「狡猾さ」にも、大英帝国最盛期の「力量」が反映されていた。マキアヴェッリが語ったように、政治上の「狡猾さ」は、「獅子」に喩えられる「威厳」が相揃(そろ)ってこそ意味を持つのである。

 逆にいえば、政治家は、こうした「力量」や「威厳」に裏付けられなければ、「狡猾さ」を発揮しようなどと考えてはならない。それ故にこそ、「誠実さ」の意義が浮かび上がる。勝海舟が『大学』(経1章)中の「欲正其心者、先誠其意」の件(くだ)りに拠(よ)って語ったであろう「外交の極意は、正心誠意にある」という言葉には、次のような言葉が続くことは、適切に留意されなければならない。「ごまかしなどをやりかけると、かえって向こうから、こちらの弱点を見抜かれるものだョ」

 江戸幕府の落日を幕臣として背負った勝海舟にせよ、第二次世界大戦の敗戦国を率いたアデナウアーにせよ、その「誠実さ」の強調の裏には、自ら置かれた立場の「弱さ」に対する怜悧(れいり)な認識があった。野田首相における「正心誠意」には、どのような認識が反映されているのであろうか。

 第2の前提は、その「狡猾さ」が、故国の「独立」と「統一」、さらには国民全体の「利益」の護持に寄与するものであるということである。

 そもそも、政治上の「狡猾さ」の意義を説いたマキアヴェッリが願ったのは、そうした「狡猾さ」を自在に発揮できる政治指導者の手によって、故国であるイタリアが永きにわたる他国の支配や干渉から解き放たれることであった。マキアヴェッリが残した「我(わ)が魂よりも我が祖国を愛する」という言葉は、そうした「狡猾さ」の意味を物語る。

 ≪狡猾さのみに走った前首相≫

 最近でも、リビアのムアンマル・カダフィのような独裁政治指導者が、保身のために「狡猾さ」を発揮しようとしたけれども、そうした趣旨での「狡猾さ」の発揮は、本来は邪道なのである。

 その意味では、菅直人前首相は、内閣不信任案否決とその後の顛末(てんまつ)が示すように、こうした2つの前提を半ば無視して、「狡猾さ」に走ろうとした宰相であった。彼の執政が残した負債や禍根の大きさは、あらためて論ずるまでもない。

 野田首相は、政治における「誠実さ」の価値を前面に押し出した。勝海舟やアデナウアーの事跡を踏まえれば、野田首相の政権運営は、「狡猾さ」や「ごまかし」の匂いが幾分かでも漂えば、その瞬間に失速するであろう。

 野田首相の政権運営が頓挫すれば、民主党には選挙を経ずに「次の内閣」を組織する資格は、もはやない。「絶対に誠実、かつ率直であること」を旨として政権運営に臨まなければならないという切迫した意識は、野田首相に限らず輿石東幹事長をはじめとする民主党執行部に、どこまで働いているであろうか。(さくらだ じゅん)



 櫻田氏の論旨には基本的に賛成である。
 しかし、どうにも違和感を感じざるを得ないのは、なぜ勝海舟の正心誠意を語るのに、わざわざマキャベリの言葉が引き合いに出さなければならないのか、ということである。
 これは櫻田氏に対する批判というよりも、保守論壇そのものに対する批判になるかもしれない。
 というのは、明治の開化以来、外国の思想家やその言葉にお墨付きを与えられてようやく物事に納得するという傾向が、戦後生まれの保守論壇に引き継がれているように思えるからである。
 保守にそういった土壌があるからこそ、櫻田氏もそういった批判の仕方を有効と考え、このように書くのだろうし、また、それが保守のスタンスとも思っているのだろう。

 とは言え、『(新)西郷南洲伝』「征韓論政変」篇で、外遊から戻ってからの大久保利通を評する上でマキャベリの言葉を引用したことがあるので、それも一つの批評のスタンスだとは理解している。ただある人物を論ずる際、それに最も適した論じ方があるのではないか、それを探ることも重要なのではないか、ということを言いたいのである。

 勝の言葉や思想を語るのに、外国の事例を挙げるのはもちろんいいとしても、なぜ最後は勝自身の言葉や事跡を以て語らないのだろうか。
 歴史や伝統を愛し、これを守ることを建前にしている保守が、日本の歴史や伝統、民族のドラマを、読者の脳裏に甦らせなくてどうするのだろう。

 勝の江戸城無血開城などは、理解度の差はあれ、日本人なら誰もが知っている歴史的名場面ではないか。
 数年前のNHKの大河ドラマ『篤姫』のクライマックスともなっていたし、勝海舟自身はこのドラマにも、『龍馬伝』にも出ていたはずだ。(見ていないが。)

 勝が外交における「正心誠意」を論じた『氷川清話』の中で最も目を引くのは、この慧眼で辛辣な人物眼を持つ傑物が、西郷南洲翁と横井小楠の二人を手ばなしで褒めていることだろう。

 勝が横井を称賛したのはその高い見識であったが、南洲翁についてはその大胆識と大誠意にあった。
 その南洲翁の大胆識と大誠意と、勝の正心誠意が作り出した一つの奇跡的場面が江戸城無血開城であったといっていい。

 勝は『氷川清話』の中で、坂本龍馬の有名な西郷評「少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だろう」を紹介した上で、次のように語っている。

「西郷に及ぶことの出来ないのは、その大胆識と大誠意とにあるのだ。おれの一言を信じて、たった一人で、江戸城に乗込む。おれだって事に処して、多少の権謀を用いないこともないが、ただこの西郷の至誠は、おれをして相欺くに忍びざらしめた。この時に際して、小籌浅略を事とするのはかえってこの人のために、腹を見すかされるばかりだと思って、おれも至誠をもってこれに応じたから、江戸城受渡しも、あの通り立談の間に済んだのサ。」

 勝は落日の江戸幕府を担っていただけではない。
 彼一己の国家観によって未来の日本を背負おうとしていた。
 幕府内における彼の命懸けの孤立の原因は一にこれに因る。

 この談話には確かに誇張がある。
 江戸城無血開城が立談の間に済んだというのは事実と異なる。
 しかし、彼が一世の知勇を振り絞って、正心誠意を以て、官軍の江戸城包囲に臨んだのは事実である。

 この困難に向かう際の勝の精神を今の人にうまく説明するのは難しいが、彼は櫻田氏が言うように「力量」の裏づけを怠らなかった。

 彼の「正心誠意」の対象はあくまでも天である。
 政治の対手ではない。天を向いて、大道を為すことこそ、彼が命懸けで目指すものであった。だから相手が道を踏み外すなら、徹底して戦うという凄みをもっていた。
  
 彼は想定される官軍の態度に応じて、策を用意した。
 それは一種の焦土作戦であった。勝はこれをロシアがナポレオンを苦しめた作戦から思いついたと書き残している。
 この万全な備えがあってはじめて、彼は自信を持って、官軍に対する事が出来たのである。なぜなら、こちらが正心誠意、事に処したとしても、相手がこれに応ずるとは限らないからである。
 仮に勝が旧来の関係から南洲翁を信じていたとしても、翁が官軍の実権をどこまで握っているかは、江戸にあっては知りようもないのである。
 その当てを信じすぎる事は、一か八か、大変危険なことであった。

 もっとも勝は直前まで幕府内で孤立し、干されていた人物であって、政治的実力があったというわけではない。
 彼は、その尊皇心から朝廷への恭順の意志を固めた徳川慶喜に、今現在、官軍を動かしている薩長の藩士と人脈があるということで、彼の意思を官軍に徹底するために、急遽登用されたに過ぎない。

 勝は冷徹に時勢を、幕府の実力を計りきっていた。
 いたずらに騒いで紛擾している幕府に官軍に対抗する力がない事も、またその幕軍を組織する力が自分にはないことも見切っていた。
 そこで彼は官軍が進軍するままに任せ、江戸城が包囲され、幕臣が追い詰められて必死となり、運命が一つとなって団結したところで、それを背景にして談判に臨むことを考えた。
 万一、官軍が横暴な行為を行うなら、あるいは、こちらの誠意が通ぜず、談判が不調に終わったなら、あらかじめ言い含めておいた江戸市中の博徒、火消し組、非人の親分三十五、六名に、用意し隠しておいた火薬類を用いて、合図と共に一斉に市中に火を放つ作戦を実施させる。
 そうすれば、官軍は一時的に混乱し、そこを城内から結束した旗本たちが突くことができる。
 さらに勝は、十分であったかどうかわからないが、逃げ後れた無辜の江戸市民が避難できるよう、船の手配までしておいた。
 これが、勝が入手した、官軍の江戸攻略作戦に関する諜報から立てた、出来うる限りの対抗策であった。

 対する南洲翁もまた、これまですでに大道を行って来て、それに則って江戸を攻略しようとしているとの自信を持っていた。江戸攻略作戦はあくまでもその大道を為すために立てられたものである。

 それが極限の状況で通じ、一致することが出来たのであるが、何か一つの行き違いでどうなったかわからない状況であった。
 実際、予備談判に成功した山岡鉄舟は薩摩の哨戒兵に誰何され、至近距離からの射撃を受けている。どうしたことか、不発弾で事なきを得たが、勝も談判の帰路、三度も狙撃されている。
 

 こうして見て行くと、国家戦略から割り出したアデナウアーの外交方針としての「誠意」と勝海舟の「正心誠意」では心の働きが全く逆であることがわかるだろう。
 合理主義から割り出したアデナウアーのそれは、日本ではむしろ戦国大名の外交に近い。
 徳川家康が長男を殺されてまでも守り続けた、織田信長との同盟などはその最たるものであろう。彼はそれまで対立し、激しく戦った豊臣秀吉にも、情勢の不利を覚るや劇的に方針転換して、忠実な大名として仕えることとし、それを太閤の死まで貫いた。
 あるいは後に天下を取った徳川家に屈従した戦国大名たちも、腹の中ではともかく、絶大な力を持つ徳川家の前に政治的に忠実を装った。

 アデナウアーのそれは、日本で言えばその時代のものであり、むしろマキャベリが活躍した時代に近い。マキャベリが理想的な君主像を見出したのは彼が生きた時代に分裂していたイタリア半島の統一を目指したチェーザレ・ボルジアであったが、彼の存在は日本における群雄割拠の時代の天下一統を目指した織田信長によく似ている。

(「チェーザレ・ボルジア」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%AC%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2

 「ニッコロ・マキャヴェッリ」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%AA

 この両者については塩野七生氏の『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』、『わが友マキアヴェッリ フィレンツエ存亡』で生き生きと描写されていて、読みやすい。

 「織田信長」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B9%94%E7%94%B0%E4%BF%A1%E9%95%B7

 「徳川家康」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7
 

 勝の「正心誠意」にせよ、南洲翁の「敬天愛人」にせよ、戦国の結果として花開いた江戸文化の、学問的陶冶を経て生まれた、合理的計算から生まれた「誠意」より数歩進んだ政治思想といっていい。
 彼らは共に日本的な英雄なのだ。

 このように、江戸城無血開城は、江戸時代の学問的成果を背景に、対峙する両英雄が、天を信じ、大道を行うためにその智仁勇を傾けつくした上で現出した奇跡的偉業なのであった。

 こうしてみていくと、野田首相に正心誠意という言葉が全くそぐわないことが、読者には一目瞭然になるはずだ。
 いや、それどころか、野田氏の正心誠意の引用はこう言っていいのではないか。
 日本の歴史、伝統への冒涜である、と。

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