中国に解放された人の不自由な言論

 中国共産党に解放された外務省チャイナ・スクールの官僚「ヒロシ」氏から「張作霖爆殺事件の真相(その一)」にコメントを頂いたので紹介させていただく。

ヒロシ氏

「こんにちは、お久しぶりですね。
実はスルーしようかと思っていましたが、せっかく僕の名前に言及していただいたので、答えられる範囲で・・・

コミンテルンの利益についてはよく分かりません。
今回の論文とは別に、たもがみ論文が問題になった時、「ベロナ文書」だったか・・・・

そんな資料が現れました。

で、僕はこのような資料を信用していません。

理由は歴史学会の通説になっていないからです。

歴史学の専門家が資料認定していないものを僕が引用することはありません。

逆に渡部さんや、たもがみさんは「怪文書」のたぐいを資料としてるようですね。」


「最大の謎
コミンテルンが真犯人ならば、なぜ昭和天皇が激怒して田中総理が総辞職したのでしょうか?

この問題をクリヤしない限り僕はコミンテルン説には与しません。」



さらに、この事件に関する「ヒロシ」氏自身が書いた記事をトラックバックしていただいた。


「ヒロシ 張作霖爆殺事件」 http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/55628802.html

「ヒロシ 続 張作霖」 http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/55628859.html

「ヒロシ 続続 張作霖事件」 http://blogs.yahoo.co.jp/ureeruhiroshi/55636654.html



これに対する私の返事。


「こんにちは。
こちらこそご無沙汰しております。

わざわざお書き込みいただいて恐縮ですが、別にスルーしていただいても結構ですよ。

歴史学会が認めたものしか信用しないという権威主義・事大主義・保身主義で、自分の頭で考えない人と議論しても、また、表向きではあっても中国共産党に対する批判が出来ない人と議論しても、有益な議論にはならないですから。

とはいえトラックバックしていただいた記事に付いては読ませていただきました。
読みましたが、読めば読むほどこの事件の真相は藪の中との感が深まるばかりで、どうして「ヒロシ」さんのような単純な結論に行き着くのか不可解です。

が、その理由は上記の「ヒロシ」さんの主義や立場にあると推察しております。

ついでに。
最大の謎とおっしゃるが、御記事にある通り、どうして河本大作はロシア製の爆弾を使用したのでしょうか。こちらの方が謎です。 」



 どうして日本のエリートとされる人々の知性がこれほど劣化したのであろうか。
「ヒロシ」氏の経歴はわからないが、おそらく東大出のキャリア官僚であろう。
 前回扱った秦郁彦氏も東大出身、大蔵省の官僚を経て歴史家に転身した人物である。
 従軍慰安婦問題で見せた手堅い調査などで歴史家としての評価は高い。
 
 その大著『昭和史の謎を追う』は菊池寛賞を受賞しているほどだが、彼の著作は、取り扱っている史料が豊富で、こちらの読み方次第で有益な書物だ。
 しかし、事件に対する切り込みとしては特に鋭さがあるように思えず、むしろ捻くれていて、読んでいて退屈ですらある。
 一応は保守ということになっているようだが、彼を重用している「文芸春秋」社のある編集者は、彼のことをビンの蓋と言ったそうだ。

 その彼が前述の『昭和史の謎を追う』の第二章で取り扱っているのが、張作霖爆殺事件である。
 憂えるヒロシ氏は張作霖爆殺事件の最大の謎は、田中内閣総辞職の理由だという。
 しかし、一般常識から言って、これまで確定的に語られてきた河本大作主犯説に重大な疑義が生じた以上は、やはり最大の謎は真犯人は誰か、ということにならざるを得ないだろう。
 普通の歴史愛好家は半信半疑であってもそのように受け取っているはずだ。

 それを田中内閣総辞職の理由に求めるのは問題のすり替えでなくてなんであろう。
 ヒロシ氏は昭和天皇を全知全能の神と勘違いしているのだろうか。
 天皇はすべてをお見通しだったとでも言うのだろうか。
 天皇ご自身も否定されているが、天皇が現御神であるとはそういう意味ではない。


 秦氏もまた、この田中内閣総辞職の顛末について、なにやらわけのわからん茶番のような筆致で、明らかに見下して書いているのだが、提示された史料を中心によく読み返すと、秦氏が付した推理なり、解釈なりの方が茶番であることに気づかされる。
 河本大作犯人説を確定的事実として、陸軍悪玉説という戦後のパラダイムにどっぷりと浸かって、言いたい放題書き連ねているだけで、史料の読解がなっていないのだ。パラダイムに安住していると、史料、ひいては歴史に対する謙虚さが失われるのだろう。

 
 田中内閣総辞職の問題を簡単に言えば、いわゆる満州某重大事件という国際的難事件に直面して、天皇への忠義心から輔弼の任を全うしようとした田中義一総理が、前言を翻したことについて、聡明ながら、その生真面目な御性格から臣下の食言にご立腹された天皇の不信任とも取れるご発言にあって、そのショックから内閣総辞職を余儀なくされたという事件に過ぎないのである。
 いや、過ぎないというには重大過ぎる事件なのだが、それは、真犯人はコミンテルンか否かという問題とは関係ない。

 コミンテルン犯行説の新証言に対しては、ヒロシ氏自身が記事で紹介している藤岡信勝拓殖大学教授(つくる会会長)の説のように、可能性として、

1.ソ連特務機関が関東軍のやったことを自分達のやったように報告した

2.プロホロフの情報が真実で日本側のこれまでの記録、証言などがすべて作り話だった

3.河本大佐以下の関東軍軍人が丸ごとソ連特務機関に取り込まれ事件を起こした

以上の3つのシナリオを想定するのが健全な知性というものであろう。
(ちなみに、これまで確定的に語られてきた河本大作単独犯行説はに含まれることになる。)

 それを歴史学会が史料として認定しなければ受け入れないというのは、思考停止以外の何物でもない。
 最大の謎とはなんと大仰な言い草だろう。
 彼の発言にあるのはプロパガンダだけなのである。

 田中内閣総辞職の真因を解説したところで、彼は何やかやと屁理屈をこねて、コミンテルン真犯人説に与しはしないだろう。(別に与してもらおうとも思わないが。)
 どうせ、中国共産党と外務省が認めない限り、自己の見解を改める気などさらさらないのだ。

 そんなつまらぬ男のことなどどうでもいいが、今回秦氏の論文をじっくり読み返す機会を与えてくれたことに関してだけは感謝しておかなければならない。
 というのは、彼の論文に含まれる確定的な史実と引用史料を読み返してみて、河本大作単独犯行説がありえないと思うようになったとともに、田中内閣総辞職について別の見方が出来るようになったからである。

 歴史史料というのは一読したくらいで、その意味が判然と理解できるものではない、熟読玩味を要するものだ、という、『(新)西郷南洲伝』に取り組んで以来痛感してきたことを改めて確認した。


 「一部の歴史、皆形跡を伝えて、情実或いは伝わらず。史を読む者は、須らく形跡に就いて以て情実を討(たず)ね出だすことを要すべし。」(佐藤一斎)

 
 歴史を語るものは、須らく、その形跡の向こうに、己の安住するパラダイムを読むのではなく、むしろ己を空しくして、当時の情実を討(たず)ね出す努力をしなければならない。


 田中義一は忠臣にして愛国者、河本大作は不忠にして、似非愛国者である。
 昭和天皇は、聡明の御資質でありながらも、当時、君徳未熟であらせられた。 


《「張作霖爆殺事件の真相 (その三)」終わり》

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • 官僚出身の東京大学卒業生も訪問販売業は勤まらず

    Excerpt:  ?東亜 沼津支店へ訪問販売の営業マンに新入社員として横浜市在住の45歳独身男性が沼津支店へ?東亜 沼津支店の寮に住み込み希望で入社してきた。                      沼津支店長:.. Weblog: 脳挫傷による見えない障害と闘いながら・・・ racked: 2011-07-05 15:58