通州事件 〔「中国という現実を見ること」 (その二)〕

 支那人がはたして近代国家をつくりうるやすこぶる疑問にして、むしろわが国の治安維持のもとに、漢民族の自然的発展を期するをかれらのため幸福なるを確信する

 満州事変を企画した石原莞爾の言である。

 これが戦前の日本人のシナに対する基本的態度であった。
 この考えは勝海舟や西郷南洲翁などの基本的態度と変わらない。
 これら維新回天の英雄達は、幕末から開国期にかけて、つまり当時のシナの実情をよく知りえない時点で、シナ・朝鮮との合従連衡を考えたわけだが、それは決して、現在の日中友好のような夢想的外交ではなかった。
 こちらが誠意を尽くして近代化を促すが、相手が理解しないようなら、一戦も辞せず、という武士としての構えがあったのだ。

 シナには「殴りあわなければ分かり合えない」という意味の諺があるそうだが、日本の武士道が持つこの構えには、殴りあうにしても、その前にこちらが道義を尽くす、という前段階がある。
 これは自己の良心を満たすための、いわば自己満足的な行為ではない。
 道義に基づいて動くというのは、日本国内に向けては、国内輿論、すなわち公議の統一を図り、国外に対しては、相手の本質を測り、これを国際社会に向けて明らかにする、という現実的・政治的側面があるのだ。
 殴りあわなければ分かり合えないと考えて、いきなり他国の領土に侵略を仕掛けてくる国と、道義を尽くして、その上で、この道義のために戦う、という構えの国とでは、その文明度の違いは明らかだろう。

 現在の日本の政治には、話し合えば分かるという、道義との緊張関係を欠いた外交手段しかないのだが、この点で戦前と戦後の外交感覚は決定的に違うのである。
 明治の開国以降、日本人は、何度かの外交的衝突、時には戦争という殴り合いをして、シナ文明に対する国民一般の認識は、「支那人がはたして近代国家をつくりうるやすこぶる疑問」という石原莞爾の懐疑にまで成熟したのである。
 これをいち早く見抜いた福沢諭吉の「脱亜論」は現代知識人の批判を浴びることが多いが、これは先覚者としての名誉といってよい。
 しかし、それはすでに、維新の先覚者の構えの中に内在する発想でもあったのだ。

 たとえば南洲翁はいわゆる征韓論の先に、満州への出兵を見据え、当時失職していた武士を中心とする屯田兵によってロシアの南下を食い止め、その上で弱い清朝を助け起こすとの発想を持っていた。
 当時満州は、清朝の興った祖地にして、無主の地であり、シナの伝統的領土では決してなかったのだ。

 勝海舟は満州のことは何も言っていないが、海軍を基礎に、清朝に対して同様のことをしようと考えたのだが、彼のシナ観は今でも通用するところが少なくない。

 参考までにいくつかを掲げておく。

「…全体、支那を日本と同じように見るのが大違いだ。日本は立派な国だけれども、支那は国家ではない。あれはただ人民の社会だ。政府などはどうなっても構わない、自分さえ利益を得れば、それで支那人は満足するのだ。…」

「…支那には気根の強い人が多いからね。ずっと前を見通して何が起こったってじっとしているよ。これはこういう筋道を行って終いはこうなるものだぐらいの事はちゃんと心得てやっているんだよ。それをこちらからよい加減に推量して、自分の周囲よりほか見えない眼で見て、教えてやろうとかどうしようとか言ってさ。向こうじゃかえって笑っているよ。…」


 
 
日本の同情に対して、シナは背信的行為を以て報いたが、一つの事件を事例としてあげておきたいと思う。
 日本人と中国人というものを考える上で、非常に参考になる重要な証言である。

 日本人と中国人が本質的に衝突しあう時代が到来したことを認識した人は是非お読みいただきたい。


 ただし、この証言は長文である上に、背筋の凍るような凄まじい内容であるので、現実を直視する勇気のある人にのみ、お勧めできる内容だ。読まれる方はよほど腹をくくってからお読みになられることをお勧めする。

 内容は通州事件について。

 通州事件とは、盧溝橋事件から三週間経った昭和十二年(1937)七月二十九日、北京東方の通州という都市で起きた日本人居留民虐殺事件である。
 現地居留民三百八十五名のうち、幼児十二名を含む、二百二十三名が、凄まじい手法で虐殺された。
 東京裁判では、日本弁護団から提出された証拠として記録されているが、却下されている。
 連合国側に不利な資料は軒並み却下されたのだ。
 実は通州事件に関する最近の研究によれば、冀東保安隊第一・第二総隊の間で、二年間温められてきた日本人襲撃計画であったことが判明している。
 通州事件は、同盟通信の報道により日本国民に知らされ、対中世論を硬化させた。それは日本人拉致という犯罪が発覚した北朝鮮に対する日本世論の硬化以上のものがあった。

(参考、ウィキ記事「通州事件」 ; http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6


 

(追記…上のユウチュウブ動画「恨みは深し通州城-奥田英子」はこの記事をアップしてたった二日で削除されてしまった。キングレコードを始めとする第三者通報があったからだそうだが、実を言えば、この記事の原形は昨年末には用意してあって、すでに動画は貼り付けてあり、その間何ともなかったのだが、アップとともに速やかに消されてしまったのは不審である。
 緊箍児が締まったと思わざるを得ない。あるいは孫悟空が毟ってばら撒いた毛の分身たちの仕業であろうか。)
 



 さて、肝心の証言である。

 この証言は、「徳島の保守」(http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100730/p1)というブログに掲載されている。

 『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』



其の一 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100730/p1

其の二 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100816/p1

其の三 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1

其の四 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100915/p1

其の五 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1

 
 私自身は、このブログを宮崎正弘氏のメルマガ「国際ニュース・早読み」(平成22年(2010)11月23日 通巻3141号 http://www.melma.com/backnumber_45206_5031622/)で知った。

 

 Sさんの手記を読んだ時、シナ兵および学生の嗜虐性の衝撃に目を奪われ、近現代史におけるシナをめぐる虐殺事件の数々を思い合わせ、全く変わっていないことを改めて痛感した。
 報道などで目にすることが多い中国のデモが、反日を党是とする中国共産党の誘導によって、どのようになっていくかは、Sさんの手記を読めば一目瞭然だろう。

 シナ事変におけるシナ兵の日本人に対する残虐および自国民に対する残虐行為。
 文化大革命時における赤い毛沢東語録を手にした紅衛兵の残虐行為。
 第二次天安門事件における民主運動家と大衆に対する弾圧行為。
 洩れ伝わるところのチベットやウィグルにおける非人道的な弾圧行為など。
 これら枚挙にいとまない事件の数々を重ね合わせ、思い半ばに過ぎるものがある。

 どちらかといえば親日的といわれる胡錦濤ですら、チベット人大弾圧の実績を評価されて、天安門事件後、民主化の動きを徹底的に封ずることを決意した中国共産党内にあって、江沢民によって、次期国家主席への大抜擢を受けたのである。
 
 孫文以来、蒋介石、汪兆銘、趙紫陽、どんな親日家・知日家であっても、シナ文明の本能には飲み込まれざるを得ない、というのが歴史の教訓といっていいのだ。
 その上、次期皇帝習近平は、「尖閣諸島を日本から奪うまでは死ねない」との願望をもらしながら院政を続ける江沢民の息がかかった、太子党の人間であり、背後には人民解放軍が控えている。
 今後、人民解放軍の影響力が高まるのは必至である。
 だからこそ、江沢民の上海閥とは異なる、趙紫陽の流れを汲む胡錦濤も、親日的態度は禁物なのである。
 我々日本人はこのことを肝に銘じて、将来への心構えを新たにしておく必要がある。

 大衆に対する知的優越意識を持つシナの若い学生や人の死生を支配する凶器を持った兵隊が、局面において、どのような嗜虐性をもちうるか。

 国民に向けて発砲どころか創設以来戦争したこともない自衛隊を、三島由紀夫の決起に応じなかった自衛隊を、暴力装置と呼んだ社青同の活動家上がりの官房長官がいたが、彼の現実の見えなさは論外と言っていい。

 同じ認識の国内の左翼思想家・活動家は、その思想が本物なら、まさに暴力装置そのものの軍隊を持つ、中国か、北朝鮮に潜入して活動しなければおかしい。
 それを一生懸命、日本国内で自衛隊を非難し、中国擁護論を唱えるのだから、胡散臭いのだ。

 彼らを見ていると、禁箍児(金箍児・きんこじ)という輪を頭にはめられた孫悟空を思い出す。
 中国共産党という三蔵法師がお経を唱えると、彼らの頭は締め付けられ、一斉にマスメディアを通じて中国擁護論を唱え、中国共産党に有利な、日本に不利な情報を発信し始める。
 日本人はこの内なる猿、心猿を克服しなければ文明としての活路を開くことは出来まい。


 Sさんの手記に出てくる人面獣心の学生はマルクス主義の学生だろう。
 中国共産党の工作員とすれば、文豪ドストエフスキーが『罪と罰』で予言し、その後、わが民族が経験した事件の数々(尼港事件事件や浅間山荘事件で発覚した日本赤軍内部におけるゲバルト、いわゆる内ゲバなど)で明らかになった共産主義運動の持つ非人道性の現われと見ることも出来る。

 なんといっても通州事件は中国共産党の工作員が暗躍した時代に起きた事件であり、その大きな成果である西安事件は事件の半年前、盧溝橋事件はわずか三週間前の出来事だったのである。
 盧溝橋事件は、われわれが学んだ反日自虐教科書で教わった内容とは異なり、蒋介石の国民党と日本軍を戦わせるために中国共産党が仕組んだ工作であったことが歴史的にほぼ確定しつつある。
 犯人は後に毛沢東によって粛清されることになる劉少奇指揮下の共産党工作員だ。

 宮崎正弘氏のメルマガ「国際ニュース・早読み」平成22年(2010)11月24日(水曜日)通巻3142号には、Sさんの手記を読んだ方の次のような感想が寄せられている。

(引用開始) 


感想です。
1.資料:この資料は非常に珍しいものです。この記録を残したのは日本女性です。彼女の夫はおそらく中共の工作員です。彼女が大阪で売春婦をしていたときに偽装結婚して通州に連れて行き、雑貨の商売をさせながら日本軍守備隊の情報を収集していたものと思われます。この日本軍部隊は1900年の義和団議定書で米英仏イタリアとともに駐屯していた国際平和部隊です。彼女はこの恐怖から離婚し日本に戻り記録を残しました。現地にいたら口封じで殺されていたでしょう。
2.発生時期:この事件は西安事件の半年後、盧溝橋事件の3週間後、大山中尉虐殺事件の10日前、蒋介石の対日攻撃の2週間前に発生しました。同じ日に天津でも反日暴動が発生しましたが、日本軍守備隊が撃退しました。ということで狙いは、本土の日本人を激昂させて、上海戦に引きずり込む計画的な挑発行為だったと思われます。
 虐殺者は黒服を着ているので学生に見えたと記されていますが実際は専門の処刑員だったのでしょう。

3.工作の黒幕:これはスターリンが独ソ戦に備えて、東部国境の反共勢力である蒋介石と日本軍を戦争させて無力化するという、西安事件に続く巨大な極東工作の一部だったと思われます。
4.分析:米国の支那通、スティルウェル大佐(後米国支那派遣軍総司令官)は、蒋介石の上海攻撃に際し、日本の最上策は撤退だが、無理だろう。日本は反撃して本格的な戦争に引きずり込まれることになるのではないか。と予想しています。その通りとなりました。ちなみに参謀本部の作戦部長石原莞爾もソ連を警戒して支那本土の戦争には反対し、撤退を主張しましたが一撃講和論者に左遷されました。米国のアフガン泥沼戦争も、アルカイダのニューヨーク攻撃に対する反撃ですが、国家も民族も冷静になれない状況があり、それが冷酷な陰謀家に利用されるのです。

(東海子)


(引用終了) 



 通州の市民が当初そうであったように、シナの一般人民がいかに親日的であっても、結局はデマゴーグに踊らされ、権力に対する恐怖は、不満の矛先を少数民族や他民族に向けることになる。
 シナが古代より行ってきた専制政治は、そのような文明としての生態を形作ってきたのであり、緊張した局面において、その本能はむき出しになるのである。
 シナの権力はそのシナ人の本能を政治的に利用する。
 それは現代も全く変わっていない。
 いつか見た光景がいつも繰り返されるのは、それが彼らの生態であるからだ。

 魯迅はそこを洞察し、『狂人日記』『阿Q正伝』を書いた。

 『狂人日記』の最後は次のように結ばれているが、これは日本に留学経験のある魯迅の、古代さながらのシナ人民の常態に対する痛切な嘆きと言っていい。

「考えられなくなった。
四千年来、絶えず人間を食ってきた場所、そこにおれも、長年暮らしてきたんだということが、今日、やっとわかった。兄貴が家を仕切っていたときに妹は死んだ。やつが、こっそり料理にまぜて、おれたちに食わせなかったとはいえない。
 おれは知らぬうちに、妹の肉を食わなかったとはいえん。今番がおれに廻ってきて・・・・・・四千年の食人の歴史をもつおれ。はじめはわからなかったが、いまわかった。まっとうな人間に顔むけできぬこのおれ。

 人間を食ったことのない子どもは、まだいるかしら?せめて子どもを・・・・・・」


 狂った社会において、まともな人間は狂人扱いされる。

 
 日本での生活に嫌気が差し、シナ人と結婚してシナ人になりきろうとしたSさんでさえ、極限的な状況下で日本人とシナ人の間に、どうにもならぬ絶対的な溝を感じざるを得なかったように、中国と癒着し、確信犯的に世論を誘導しようとしている者、あるいは、これらにだまされて、中国の現実を知らずに、親中感情を抱く善男善女も、やがてはこれを思い知らされることになろう。
 
 そういった絶望的な状況になる前に、歴史に学んでおけば、次のことがわかるはずだ。戦前の日本人も、いまわれわれが直面している問題と、本質的に同じ問題と直面していたのだ、ということを。

 戦前の日本人は、シナ人が古来、自己の民衆に対して行ってきた残虐の歴史が再現されているのを見、道義心からこれに干渉しようとした。
 しかし、その残虐性は、シナの人民に向けられるにとどまらず、日本人にも向けられた。
 そして、さらにその罪をなすりつけられたのである。
 南京大虐殺に象徴される、シナにおける日本人の蛮行とは、シナ人が歴史的に繰り返してきた蛮行の伝統に由来する発想によって描かれた妄想と言っていいのである。
 

 南京大虐殺が虚構であることは、すでにいくつかの実証的な研究があるのでそれに譲りたいが、一般人に入りやすいところでいうと、漫画好きには、小林よしのり氏の『戦争論』シリーズがあるし、一般向け書籍でいえば、田中正明氏の『南京事件の総括』(小学館文庫)や渡部昇一氏の『日本とシナ』(PHP)その他の著作がお薦めである。
 シナ研究者・田中英弘氏の『この厄介な国、中国』(WAC)も日本人とシナ人の違いがわかりやすく書かれた名著である。
 南京戦についてもっと突っ込んで知りたい人は、東中野修道氏の研究などが堅いところだろう。
 戦前の歴史を鳥瞰的に眺めるなら、故中村粲氏の『大東亜戦争への道』(展転社)が優れている。また渡部昇一氏の『日本史から見た日本人「昭和編」』もいい。 

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  • 南京大虐殺 vs 通州大虐殺

    Excerpt: 『「大虐殺否定罪」を提案 中国全人代代表』 Weblog: 西郷隆盛 racked: 2012-03-13 16:29
  • 南京事件の教科書記述

    Excerpt:  前回「育鵬社・教科書盗作問題 (その壱) 」という記事をアップすると、政治問題だからであろうが、早速、次のようなトラックバックがあった。 Weblog: 西郷隆盛 racked: 2012-06-16 14:38
  • 似非保守からの非難

    Excerpt:  以前「南京事件の教科書記述」という記事を書いた。  そこで、「新しい歴史教科書をつくる会」を非難中傷するために開設されたブログからトラックバックがあり、その記事の内容を取り上げ、これを批判したが、.. Weblog: 西郷隆盛 racked: 2012-07-19 14:33