「天罰」発言 再考 (その参)

 アメリカが世界に押し付けてきた、アメリカン・デモクラシーという「『青』で進め」ルール。
 このルールは自由競争を前提としているから、信号の設置された交差点以外でも事故はおきる。
 警察の目の届かぬところでのルール違反も横行するし、警察もルール違反に目を瞑ることがある。
 それどころか世界の警察を自負しているはずのアメリカ自体が不正を行うこともあるのだ。

 こういったアメリカ主体の「青」ルールにも問題はある。
 しかし「赤」ルールの方は、そのルール自体が持つ非人間性・非社会性によって、閉塞・停滞し、崩壊に至った。
 これを初期の段階で洞察していたのがドストエフスキーだった。
 彼の予見したものを我が民族は様々な事件で見せ付けられてきた。
 戦前で言えば、尼港事件(ニコライエフスク事件)もそうだし、シナ大陸における共産主義運動もそうだろう。戦後で言えば連合赤軍の一連の事件が衝撃を持って日本人に受け止められた。

 「尼港事件」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BC%E6%B8%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 今年二月五日に亡くなった、元連合赤軍のメンバーの永田洋子のウィキ解説には次のような記事がある。

 (引用開始)

 永田は同志殺害の原因を革命運動の抱える問題によるものとしており、革命運動とは無関係な永田の個人的資質・個人的欲望が原因だとする判決の主張には強く反発している。永田は同志殺害の本質は日本の左翼に顕著な党派主義や左翼党派が当然の前提としてきた一党独裁にあるとし、連赤事件と社会主義国・共産主義政党がしばしば引き起こしている暴力事件・虐殺事件(特に日本共産党が戦前や50年代に起こした事件)との類似性を指摘している。また、高橋和巳の『内ゲバの論理はこえられるか』を引用し、連赤の同志殺害をはじめとした左翼運動内部での暴力を支えているのは「無私の精神」(党派への徹底した忠誠心・献身性・自己犠牲)や「共犯関係の導入による結束維持」(内部・外部への犯罪による一蓮托生の関係の創出)であるとし、それらの克服を訴えている。永田は連合赤軍事件や中核派・解放派・革マル派の際限のない内ゲバ殺人が「日本の革命運動の致命的な欠点を誰の目にも明らかな形でつきつけることになった」としている。

(引用終了)

(「永田洋子」ウィキ解説;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E7%94%B0%E6%B4%8B%E5%AD%90


 永田の指摘はその通りだろう。
 ドストエフスキーが言った、「自由、平等、友愛」などの社会的理想に関する抽象的公式に隠れた、然らずんば死、のスローガンが、組織内で内攻したときに凄惨な粛清は行われるのだろう。
 しかし、永田の指摘がその通りであるにしても、そのイデオロギーを選択した永田自身の責任は棚上げされたまんまなのである。
 人間的な内省力を欠いた思想が、人間社会そのものを混乱させ、果ては崩壊に導くのは当然のことと言っていいだろう。  
 

 大日本帝国陸軍は大陸で共産主義イデオロギーの持つ脅威を身をもって経験していた。
 東条英機の遺言にもその心配は明確に現れている。

 彼は遺言で次のように言っている。

「現在の日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。また日本人が赤化しないように頼む。東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされなければならぬ。

 実は東亜の多民族の協力を得る事が出来なかった事が今回の敗戦の原因であったと考えている。今後日本は米国の保護の下に生活していくであろうが、極東の大勢はどうであろうか。終戦後僅かに3年にして亜細亜大陸赤化の形勢はかくのごとくである。今後のことを考えれば、実に憂慮に堪えぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。

 今、日本は米国よりの食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし一般人が、もしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足等が、米軍が日本にあるがためなりというような感想を持つようになったならば、それは危険である。実際はかかる宣伝をなしつつある者があるのである。よって米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。

 今次戦争の指導者たる英米側の指導者は大きな失敗を犯した。

 第一は日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。
 第二は満州を赤化の根拠地たらしめた。
 第三は朝鮮を二分して東亜の紛争の因たらしめた。

 米英の指導者はこれを救済する責任を負うている。」


 歴史に対する深い洞察を感じる遺言である。

 日本は大陸における「赤」ルールとの対立においてアメリカに先駆けていたのであって、それゆえに自己がこの病気に犯されるという危険を冒さざるをえなくなってしまったのだ。戦前のアメリカはこれが全く理解できていなかった。
 東条英機はあの世で、日本の政治の中枢が化された現在の状況を見てどのように思っているだろう。
 
 ともかくルールの中心的役割を担ってきたソ連の崩壊で、国際標準は「青」ルールという事になったわけだが、日本ではこれが清算されずに生き残ったのである。そして政権交代によってまんまとこの国の中枢を則ってしまった。
 恐ろしいのは、「で進め」のルールを遵奉している彼らの信号を操作しているのが、おそらくは中国共産党を中心とする外国勢力であるというところにある。
 昨今の人災はこの当然の帰結なのである。

 
 話を「天罰」に戻そう。

 天人相関説から言って、本来ならば、天罰を受けなければならないのは、菅総理のはずである。民主党政権のはずである。
 古来シナでは権力者の交代は放伐(追放・討伐)という形で行われてきた。
 専制権力を倒すには力によるしかなかったからである。
 日本でもこの思想は、古来、権力者の交代に援用されてきた。
 壬申の乱もそうだったし、承久の乱、宋学の影響を受けた建武の中興もそうだったろう。
 徳川家康が豊臣家を滅ぼした際もこの思想の影響は大きかった。
 もちろん明治維新における討幕もこの伝統に則っている。

 この伝統的な天人相関の思想から言えば、天罰を受けるべきは明らかに菅総理を首班とする現政権のはずである。

 ところが石原慎太郎氏は、言葉足らずながら、日本人全般に対する天罰という趣旨の発言をした。
 被災者に特定したわけではない。
 被災者も含む、戦後の日本人全体に対する天罰である。


 石原慎太郎氏は戦後の民主主義社会を生き抜いてきた政治家である。
 彼は知っているのだ。
 現政権は専制権力ではない。
 彼らは、大連立による起死回生を目論む小沢一郎氏も含めて、専制権力を欲しているが、それはまだ成就したわけではない。むしろ頓挫している。
 巨視的に見て、日本の国體がこれを阻んでいると私は見るが、政治制度の問題としてこれを阻んでいるのは、民主党政権を生んだ、民主制度そのものである。
 昨夏の参院選挙での大敗によって、衆参両院の過半数支配達成に失敗したことが大きかった。もしあの選挙で国民が誤った選択をしていれば、日本は、ワイマール憲法下の選挙でナチスを選んで大失敗をしでかした戦前のドイツと同様の轍を踏んでいたかも知れないのだ。全体主義への道である。

 とはいえ、政権交代の音頭に踊らされて民主党を選んだのもまた日本国民である。国民主権を謳う憲法下で、主権者として、民主党を自身の代表者として選んだのは国民なのである。
 
 菅首相が避難所生活を余儀なくされている被災者に対する慰問を行った際、窮状を直訴しようとして待っていたにもかかわらず、素通りしようとした首相に食って掛かった被災者の映像がニュースで流されていたが、専制権力下であのようなことがあればただでは済まされない。シナでなら、公衆の面前で釜茹でか火炙りにされていただろう。

 もうお分かりだろう。
 民主制度下においては、政治家を選んだ責任は、主権者である国民にあり、つまり天罰を被るべきは、国民ということになるのである。
 
 これを矯正する責務に覚醒した者達の運動が伝統的な「草莽崛起」という言葉で表現されたものに他ならない。

 小林秀雄は次のように言った。

「個人の生命が持続しているように、文化という有機体の発展にも不連続というものはない。」

 石原氏の発言は、文化という有機体の連続的な発展でとらえうるものなのである。氏の発言の中に、日本という生命は持続している。

 この発言にどこか共感できる者は覚醒しうる資質を持った人たちと言っていい。日本文化の創造的発展を担いうる人たちであり、日本という生命を持続させる力を持つ人たちである。 


 最後に、石原氏の「天罰」発言について触れた、最初の記事の末尾に書いたことを再掲載しておく。


(引用開始)

「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲。」

 確かにそういった一面はあるものの、アメリカが掲げる自由、フランスが掲げる自由・平等・博愛(正確には同胞愛)の美名の元には、はちきれんばかりの物欲、金銭欲が隠されていることは明らかだ。

 一方で、日本人のアイデンティティには我欲だけがあるのではなく、家族愛や献身、すなわち昔の言葉で言えば忠孝の精神や謙譲の精神があることを被災地の人々は示している。
 石原氏の発言もまた、氏の自虐的な日本人観を表しているといえるだろう。

 「五箇条の御誓文」を思い起こしてみれば、そこには、自由や平等や同胞愛に勝るとも劣らぬ、より崇高な精神が含まれていることがわかろうというものだ。

広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ

上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ

官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス

旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ

智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ


 あえて集約するなら、「志」に始まる「和」にして「天地の公道」の精神である。
 欲と密接に結びついた自由、平等、同胞愛よりも、崇高な、我欲を否定したところに成り立つ精神である。

 被災地の人々はそれを見せている。
 そして、世界中の人々がそれに驚嘆している。


(引用終了)

 この部分には再考の必要を感じない。

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