昭和の日

 本日は「昭和の日」

 今上陛下の御父君にあらせられる昭和天皇の御誕生日、すなわち「天長節」である。
 昭和天皇の天長節の御祝いは、天皇崩御後、平成の御世となってからは名前を「みどりの日」に改められて存続したが、平成十七年、国会で「国民の祝日に関する法律」(祝日法)が改正され、平成十九年より「昭和の日」と改められることとなって今に至っている。

 前回、鈴木敏明氏の「大東亜戦争は、アメリカが悪い」の書評を書いた中で、この戦争における昭和天皇の態度に焦点を当てて、大東亜戦争は「宋襄の仁」であったとの見方を書いた。
 もちろんあの戦争をこの故事一つで評価できると思わないが、一つの見方として提示したつもりである。

 これは伝統的視点から見た評価である。

 国家の祝日としての「天長節」の始まりは明治元年九月二十二日だが(明治六年の太陽暦の採用より十一月三日)、朝廷の祝典としては古く、宝亀六年(775年)の光仁天皇の御世にまでさかのぼる。初めて儀式が執り行われたのは宝亀六年(775年)十月十三日である。

〔「天皇誕生日」ウィキ解説 ; http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E8%AA%95%E7%94%9F%E6%97%A5

 そもそも天長節はシナの皇帝の誕生日を祝う儀式であった。
 唐の第六代皇帝玄宗(在位712~756)の時代、749年に初めて、「天長節」の名で皇帝の誕生日が祝われたが、その影響であったのは明らかだ。

 天子の誕生日である「天長節」の名は、『老子』「天長地久」という言葉に由来している。

 天は長く、地は久し。
 天地の能く長く且つ久しき所以の者は、その自ら生ぜざるを以てなり。故に能く長生す。
 ここを以て聖人は、その身を後にしてしかも身は先んず。
 その身を外にしてしかも身は存す。
 その私無きを以てに非ずや、故に能くその私を成す。

(『老子』)



意訳すれば次のようになろうか。


 天は長く、地は久しい。
 それは天と地が自ら生きようとの意思を持たないからだ。だからこそ長く生きられるのである。
 これによって聖人はその身を後方に置きながら、人より先んじている。
 その身はほかにありながら、そこに存在している。
 それは、聖人が私欲を成そうとの意思を持たないからで、だからこそその私(道を成さんとの志)をよく成すのである。



 日本において天長節を祝う意味合いは、天子、聖人として、日々、道を成そうと努めておられる今上天皇の御存在を祝すると同時に、ご長寿を祈るということにある。
 原典の『老子』を読む限りそういうことになろう。
 しかし、この天長節が歴代天皇に対して長く祝われてきた歴史事実から見て、その意味合いは、御皇室が現在まで、天地とともに、存続してきたことを寿ぐとともに、これからのいやさかを祈る、ということに重層的に積み重なってきていることになる。
 つまり、天長節が毎年、これからも祝われ続けるという意識の前提からすれば、この伝統を続けるということは、自然に、御皇室の繁栄が長久に続くことを祈ることを含むことになるということだ。

 やはり「天皇誕生日」などという軽薄な名称はやめて、「天長節」に戻すべきだろう。

 そもそも祝祭日の名が改変されたのは、占領期間中のことであって、「神道指令」などを発して日本人の宗教意識を攻撃したGHQに対する配慮からだったのだから、戦前の名称の復活は、日本が立ち直る上で非常に重要な意味を持っているのである。

 キリスト教ではイエス・キリストの誕生日を祝う習慣がある。
 それがクリスマスだが、当時のアメリカ人は、日本人が天皇をゴッドと思って崇めていると思い込んでいたわけで、そんな天皇の誕生日を祝う習慣など認めるわけにはいかなかったであろう。
 だから彼らは天皇の神性を破壊する蛮行に出た。
 A級戦犯の起訴が昭和天皇の御誕生日である昭和二十一年四月二十九日、すなわち当時の「天長節」に行われ、彼らの死刑が当時皇太子殿下であらせられた今上陛下の御誕生日である昭和二十三年十二月二十三日、すなわち次代の「天長節」に行われたのは、彼らの報復意思の明確な現れである。

 しかし、これが彼らの異教徒に対する誤解に基づくことは、先の「天長節」の由来を見れば明らかだろう。

 市丸海軍中将は、彼らアングロ・サクソン人種の精神的貧弱を憐れみ、「卿等何すれぞ斯くの如く貪慾にして且つ狭量なる。」と言ったが、全くその通りであろう。

 しかし、戦後日本人は、キリスト教を奉じているわけでもないのに、キリスト教の祝日であるクリスマスを、愛の記念日、イベントとしているわけで、こういった表面的現象を見れば、マッカーサーならずとも、日本人の精神年齢は12歳と言いたくもなろう。
 情けないが、これは日本人のしたたかな、事大主義的傾向、大勢順応の資質を表しているともいえる。


 今、国難に直面している日本人が戦後体制を克服する上で、こういった祝祭日の名や意義を取り戻すことは、歴史を取り戻すことでもあり、大変重要なことである。
 十一月三日の「文化の日」も、戦前の「明治節」に戻すべきで、明治節とはすなわち明治の御世の天長節に他ならない。四月二十九日の「昭和の日」はまだましと言えるが、これもまた昭和天皇の御世の「天長節」であり、「昭和節」と改められるべきだろう。


 シナ人にとって、いや現代の多くの日本人にとっても、宋の襄公の行為は阿呆の象徴かもしれない。

 あるブログでは次の評している。

http://www.asahi-net.or.jp/~bv7h-hsm/koji/soujo.html

(引用開始)

「・・・これが『宋襄の仁』の故事である。

ばっかみたい~! あっほで~ぃ。 ヾ(・・;)
十八史略でも韓非子でも、襄公に対する非難の言葉は手厳しい。
目夷はこう言う。

『戦うからには勝つことがすべてだ。平時の倫理を戦乱のときに説いてもなんの意味もなさない。襄公の言葉どおりにしてたら奴隷として敵に仕えるようになるだけだ。そうしたら戦争をする必要もないではないか』

そりゃそうだ。その通りだ。
君主が己の正義を掲げてその理想に死ぬのは勝手だが、戦いにかりだされた一般ピープルはたまったもんではない。
正義とは、仁とは、それを実行するのには、いかに厳密な状況認識を必要をするかをこの言葉は教えている。

が。

史記で司馬遷は上記のようには非難しっぱなしではない。
むしろ襄公のとった行為を認める記述がある。
ポイントは、

“襄公の仁政は内政では成功していること”

“大儀にもとる楚の行為を諌める目的の戦いで、自軍も同様な行為はできない”

“最後の最後まで自分の主義を貫いた”

司馬遷の意見はこうだ。

『君子の中には襄公を賞賛するものがある。当時の中国に礼儀が欠けているのを嘆いて、これを褒め称えたのである。宋の襄公には、礼譲の心があったからである。』

 これには、自分の理想主義を貫徹した人々への司馬遷の『共感』といったものがあるのではないか。
 そして、『杞憂』のところでも述べたが、杞の国や宋の国が、敗戦国遺民の国ということで当時の人々に卑しめられたいきさつがあるとすれば、『宋襄の仁』という言葉は、時代や人々の考え方の変化によってもしかすると意味がすりかわってきたのかもしれない、、、とるうは思った。

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宋は子姓。商(=殷)の紂王の庶兄、微子啓の封ぜられし所なり。後世、春秋に至り、襄公父なる者有り。諸侯に覇たらんと欲し、楚と戦う。公子目夷、其の未だ陣せざるに及びて之を撃たんと請う。公曰く「君子は人を厄に困しめず」と。遂に楚の敗す所と為る。世、笑いて以って宋襄の仁と為す。
(十八史略)
---------------


(引用終了)


 これを大東亜戦争に当てはめたときなかなか深い洞察ではないか。

 当時日本はアングロ・サクソンを中心とする白色人種に、人種的理由に基づいて卑しめられ、一等国としての自尊心・優越意識と劣等意識の間で苦しんでいたのであって、それは昭和天皇の英米世論に対する慮りとなって現れているように思えるし、また、それが英国流の立憲君主制への過度のこだわりとなって現れていたようにも思えるのである。

 そして、それが信義を以て報いるに値しないアングロ・サクソン人種に対し、信義を以て報いようとする道義心に繋がっていたのだと思われる。 

 昭和天皇は、その後も、終戦後のマッカーサーとの会談内容を口外しないとの約束を硬くお守りになられた。信義に悖る、との理由からである。
 一方のマッカーサーは自伝などでべらべらと自慢げにしゃべっているにもかかわらず、である。
 
 もちろん私はこれを笑おうとしているのではない。
 断罪する気もない。
 無論そんな資格もないのだが、ただ日本の伝統として、日本の宿命として、受け止めるだけである。

 いつの頃からかは知らないが、御皇室において皇族男子のお名前には必ず「仁」の一文字が与えられている。もちろん、これは、皇族男子には、仁君たれとの、御皇室の伝統、大御心が込められていると拝察される。
 昭和天皇の御行為はこの伝統精神に則ったものであり、むしろ、日本の伝統から見て善である、と共感するものである。

 ただ、それは同時に、厳しい国際環境の中では茨の道であることを言いたいだけである。厳しい情勢認識がなければ、宋のようになりかねないということである。

 その点、徳川夢声が昭和天皇を評して言った、明治天皇のような英主ではなかったけれど仁君であらせられた、という趣旨の発言は的を射ているのではないかと思われるのである。



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