西郷南洲翁の命日

 本日は西郷南洲翁の命日である。
 改めて蓋世の英雄南洲翁を偲びたい、と月並みなことを書くべきところだが、昨今の日本の内外の状況は、私の心の内で常に、南洲翁の金言を、ふつふつと脈打たせてきた。
 日頃南洲翁を意識しないが、ひしひしと日本の危機的状況を感じている人々の心に、南洲翁の言葉が、打ち響いてくる時代が到来したのではあるまいか。

 節義廉恥を失いて、国を維持するの道決してあらず。西洋各国同然なり。
 上に立つ者下に臨んで、利を争い、義を忘るる時は、下皆これに倣い、人心たちまち財利にはしり、卑吝(ひりん)の情日々生じ、節義廉恥の志操を失い、父子兄弟の間も銭財を争い、相讐視するに至るなり。
 かくの如く成り行かば、何を以て国家を維持すべきぞ。
 徳川氏は将士の猛き心を殺ぎて世を治めしかども、今は昔時戦国の猛士よりなお一層猛き心を振るい起こさずば、万国対峙はなるまじくなり。
 普仏(プロシア・フランス)の戦、仏国三十万の兵、三ヶ月糧食ありて降伏せしは、あまり算盤に精しき故なり、とて笑われき。(遺訓十六条)



談、国事に及びし時、慨然として申されけるは、国の凌辱せらるるに当りては、縦令(たとえ)国を以て斃るるとも、正道を踏み、義を尽すは政府の本務なり。
 然るに平日金穀理財の事を議するを聞けば、如何なる英雄豪傑かと見ゆれども、血の出る事に臨めば、頭を一処に集め、唯目前の苟安(こうあん、当座のがれ)を謀るのみ。
 戦の一字を恐れ、政府の本務を墜しなば、商法会議所と申すものにて更に政府には非ざるなり。(遺訓十八条)



 
 尖閣諸島における漁船の問題は、中国政府の強硬な態度も相俟って日に日に深刻の度合いを増している。
 中国の尖閣侵略の狙いは、周辺海域の埋蔵資源獲得だけが狙いではなく、彼らの海洋戦略からみていく必要がある。
 彼らは、太平洋におけるハワイ以西の海洋覇権を目指しているわけだが、まずそのためには、台湾-沖縄を結ぶ第一列島線を自身の支配下に置きたい。近年、中国の海洋船がしきりにちょっかいを出しているのはそのためである。

 中国はすでに、ベトナムから海南島を奪って、ここに巨大な潜水艦基地を建設し、さらに、かねてからベトナム・フィリピン・中国・台湾四国の係争の地であった南沙諸島(スプラトリー諸島)を、一九九二年十一月、米軍がスービック海軍基地とクラーク空軍基地を返還し、フィリピンから全軍撤退するやいなや、漁師に変装した人民解放軍兵士を送り込んで、ここに掘っ立て小屋を建て、次いで海軍が資材を送り込んで、基地を建設し、実効支配している。(南沙諸島;http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B2%99%E8%AB%B8%E5%B3%B6
 尖閣における漁船の問題は、この南沙諸島でのやり方を踏襲したものと見ていい。つまり、漁船の乗組員は、漁師になりすました人民解放軍兵士だったということであり、中国共産党の指導で動いているということだ。

 このように、すでに中国は台湾以西のシーレーンを実質上押さえてしまっているのであって、台湾が併合されれば、日本は万事休すなのである。
 戦前の日本が、ここをアメリカ・イギリス・オランダ・中華民国の四カ国(いわゆるABCD包囲網)に封鎖されて、これらの国と日本国家の存亡を賭けて戦わざるを得なかったことを想起してみれば、尖閣問題の深刻さがわかるであろう。

 尖閣諸島には飛行場が建設できる。中国はここを日本から奪うことで、台湾を制し、次いで沖縄に狙いを定めているのだ。 

 昨今、沖縄独立の声が聞かれるようになってきたが、西村慎吾氏のブログによると、満州人で日本に帰化した鳴霞氏が発掘した「中国共産党の沖縄属領化工作文書」という文書があるそうである。
 この文書によれば、中国共産党は「琉球共和国の創設」を仕組み、沖縄を日本から分離させてから奪おうとしている。
 すでに「琉球臨時憲法九条(案)」も作っているという。
 それによると、共和国の範囲は、第四条で「琉球共和国は、三つの主要な州である奄美州、沖縄州そして八重山州と琉球群島の全てからなる」との事である。
 なんと奄美群島まで、すなわち鹿児島県の南部まで中国は侵食するつもりなのだ。

 ウィキペディア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%84%E7%BE%8E%E7%BE%A4%E5%B3%B6)によると、「あまみ」という言葉が、文献上に現れるのは『日本書紀』で、斉明天皇三年(六五七年)条に「海見嶋」、六八二年に「阿麻弥人」、七一四年には『続日本紀』に「奄美」との表記があるという。
 言語的・文化的に見ても日本文明圏に属し、沖縄とともに、日本固有の領土であることは間違いないのだが、シナ人は、漢字を使用していれば中国の領土であると考える人たちなのであるから、こんな人たちと話し合っても仕方ない。
 日中友好など、政治的標語としてならともかく、始めからありえない話なのだ。

 彼らは、尖閣の次は沖縄、沖縄の次は奄美、奄美の次は鹿児島、鹿児島の次は九州、と日本を併合するまでこの領土膨張、自己肥大化をやめはしまい。
 歴史に学べといって、戦前の日本を全否定し、日中友好のまやかしに踊った人々は、日中の歴史から何も学ばず、独裁政党によるシナ人民抑圧に協力した、自己満足に浸ったただの偽善者であったことを反省すべきであろう。
 人である以上、至らぬところから過ちを犯すのは仕方ないことであるが、過ちて改めざる、これを過ちという。
 過去のしがらみを断ち切って、早々に態度を改めるべきである。

 南洲翁も次のように言っているではないか。

「過ちを改るに、自ら過ったとさえ思い付かば、それにて善し、そのことをば棄て顧みず、直に一歩踏み出すべし。過を悔しく思い、取り繕わんと心配するは、たとえば茶碗を割り、その缼(か)けを集め、合わせ見るも同じにて、詮もなきことなり。」(遺訓二十七条)


 さて、奄美群島が狙われているということは、南洲翁を顕彰しようとする人々にとって他人事ではない。
 なぜなら、南洲翁の偉大さが、「敬天愛人」という言葉に象徴される天命思想にあったとするなら、その信仰に目覚め、そして、それを深めた場所こそ、この奄美群島に他ならないからである。

 奄美大島は、翁が月照和尚と薩摩潟に投身し、ひとり蘇生した後、薩摩藩が幕府の追及から匿うために、島送りにした島で、翁はここで、蘇生した自己の命が天から賦与されたものであり、これから天命を行うことこそ、天の意思である、と信ずるようになったのである。もちろん天命とは王道を行うということだ。
 ちなみに、翁はここで島娘愛加那と結ばれて二児を設けているが、その時の居宅は今でも島の著名な遺跡として残されている。
 また翁が一度召還され、今度は島津久光公の逆鱗に触れて、死罪一歩手前の遠島処分になった沖永良部島には、南洲神社が存在している。
 維新の英雄の重要な遺跡が、シナの領土になる。観光地にされる。
 なんとも耐え難いことである。

 尖閣問題は、日本人がこれを防ぎ、再生する上での試金石となる問題である。
 シナ政府も日本政府がどう出るかのみならず、日本人の世論の動向を窺っている。これによってアメリカを中心とする国際社会の世論の動向も左右されるだろう。
 そして改めて日本が軟らかい土であるという事が判明した暁には、中国は日本侵略の手を次々と打ってくることになるだろう。
 尖閣問題における正当性は全く我が国にある。
 盗人にも三分の理と言うが、いくら猛々しく言おうが、今回の問題において中国には一分の理さえない。
 日本人は猛き心を振るい起こして、毅然とした態度で、冷静に対処することが求められているのである。


正道を踏み国を以て斃るるの精神なくば、外国交際は全かるべからず。彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に従順する時は、軽侮を招き、好親却って破れ、終に彼の制を受けるに至らん。(遺訓十七条)








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