和の国 日本

 和を以て貴しとし、忤(さか)らうことなきを宗(むね)とせよ。

 聖徳太子の十七条憲法の第一条である。

 ところで、中国による国土蹂躙の危機に瀕して、日本人の反応は概ね二つに分かれるのではないかと思う。
 一つは、中国の侵略的態度に対し憤慨し、これを何とかしたいと考える者。
 もう一つは、中国の恫喝に萎縮し、現実を見ようとしない者。
 
 前者は、現実を直視して、日本を守る手段を考える。
 伝統的な言葉で言えば、攘夷を想う人々だ。

 後者は、日中友好、平和憲法擁護を口走る。
 しかし、彼らも日本語を国語としている以上、和の民である。
 彼らの根底にある感情は、伝統的な和の感情といって差し支えないだろう。
 つまり、(中国との)和を以て貴しとし、(中国に)忤らうことなきを宗とせよ、だ。
 日中友好とは、つまるところ、日本人一般のこの潜在的な伝統感情の発露なのである。


 思えば、冷戦崩壊までの戦後日本は、ソ連・中国という共産主義国家との和を貴しとなす者と、アメリカとの和を貴しとなす者の軋轢が、政治を動かしてきた。いや、宗主国アメリカが日本国家の要をしっかりと押さえてきたから、前者の策動にもかかわらず、政治的形跡としては動くところが少なく、安定していたといったほうがいいだろう。

 1990年のソ連崩壊によって、この対立構造は崩れ、前者は、中国との和を貴しとなす勢力にスライドしていったが、後者は共産主義に打ち勝ったということで、油断した。
 中国の工作は、前者はもちろんのこと、そんな後者の間にじんわりと浸透していったのである。
 それが自民党の腐敗・凋落と、民主党政権の誕生へと導いた。
 
 これは中国共産党の筋書き通りに進行したもので、リーマンショックに始まるアメリカの衰退が、この流れに拍車をかけた。
 現在日本では、反日左翼と金権腐敗のソフト・ファシストが、与党代表をめぐってしのぎを削った結果、反日左翼に軍配が上がったが、(中国との)和を以て貴しとし、(中国に)忤らうことなきを宗とせよ、を宗旨とする政権与党であることに変わりはない。
 両者とも、ハーメルンの笛吹き男のように、日本国民の未来を奈落の底に落とそうとしていることに変わりはないのだ。(ウィキペディア「ハーメルンの笛吹き男」 ; http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%81%AE%E7%AC%9B%E5%90%B9%E3%81%8D%E7%94%B7
 彼らは特定アジア(中国と朝鮮半島)に、日本国の子供たちの未来を売り渡そうとしているのである。(菅直人首相に関しては、すでに日韓併合に関する謝罪談話で、それをやってしまった。)
 そんなこととは露知らず、民主党を未だ支持している国民は、ハーメルンの都市の大人たちなのである。


 さて、日中友好が聖徳太子以来の伝統的な和の精神に則ったものなら、大変結構な理想ではないのか、伝統を重んずるあなたにとって何の不満があるのか、といった日中友好論者、平和憲法信奉者からの反論がありそうだが、それは和の精神を誤解しているからこそ出てくる反論である。

 こんなところにも、日教組による反日教育、戦後の史学会を席巻した唯物史観による弊害が影を落としているのだが、彼らの教育が、日本人の歴史に対する一知半解の、実質的な無知蒙昧状態を作り出し、それでいながら、知らず識らずの内に、低俗な因習に縛られる状態を生み出しているのである。
 日本人が陥っているのは、伝統的な和の精神ではない。
 そのココロは、単なる事大主義にして、長い物には巻かれろ式の生き方に過ぎないのだ。

 伝統的な和の精神を知りたければ、聖徳太子の伝記を紐解いてみればよい。そんな時間などないというなら、十七条憲法だけでも通読されればよい。


 一に曰わく、和を以って貴しとなし、忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ。人みな党あり、また達(さと)れるもの少なし。ここをもって、あるいは君父に順(したが)わず、また隣里(りんり)に違(たが)う。しかれども、上和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。


 十七に曰わく、それ事は独り断(さだ)むべからず。必ず衆とともによろしく論うべし。少事はこれ軽し。必ずしも衆とすべからず。ただ大事を論うに逮(およ)びては、もしは失あらんことを疑う。故に、衆とともに相弁(あいわきま)うるときは、辞(ことば)すなわち理(ことわり)を得ん。


 第一条と最後の第十七条で強調されている和とは、道理に到達するための姿勢である。
 道理に通ずるからこそ、さらに継続な和を達成できる。
 上は和ぎ、下睦ぶことが出来る。

 これに反して、国家の大事に関しては、失あらんことを恐れるがゆえに、衆とともに宜しく論いて、決して独りで断じてはならない。
 ましてや自己の党のために謀るなど以ての外である。
 敗れたソフト・ファシスト小沢一郎氏にせよ、反日左翼の菅直人氏にせよ、日本の伝統的な和の民衆政治から見れば、全くの外道であることは明らかであろう。
 すなわち民主党そのものが、日本人たるの道の外にあって、その内部に入り込んで、この道を賊(そこな)う者であるということだ。

 上から強制された和では、永続的な和を達成できない。小沢氏はだからこそ、民主党における挙党一致に失敗した。


 人間社会のそういった現実を洞察しておられた達(さと)れる太子は、だからこそ、第十五条で次のように書いている。


 十五に曰わく、私に背きて公に向うは、これ臣の道なり。およそ人、私あれば必ず恨(うらみ)あり、憾(うらみ)あれば必ず同(ととのお)らず。同らざれば則ち私をもって公を妨ぐ。憾起こるときは則ち制に違(たが)い、法を害(そこな)う。故に、初めの章に云わく、上下和諧(わかい)せよ。それまたこの情(こころ)なるか。


 少数民族を弾圧し、一党独裁体制を布いて、国民の言論の自由を奪っている中国共産党が、北京五輪でこの「和諧」という言葉を大会のスローガンに掲げていたのは笑止千万だが、民主党政権は、実質、この独裁政党、中国共産党の傀儡である。
 すなわち反伝統的政権にして、その政策は、国民との間に、深刻にして致命的な葛藤を生じることとなろう。

 表向きの言葉とは裏腹に、公に背き、私に向かう民主党議員は、当然のことながら、深い恨みを持つ。
 憾みあれば、必ず同(ととのお)らず、私を以て公を妨ぐ。
 また、制に違い、法を害う。

 民主党政権の発足以来、我々が見聞してきた全て、また、これから経験する事態は、達(さと)れる太子のこのご洞察のままであったし、ご洞察のままであろう。
 ならば、我々はもっと太子のお言葉に真剣に耳を傾けなければならないはずだ。
 今後日本が陥るはずの混乱から再生するための基本姿勢は、私に背いて、公に向かい、道理に遵う精神を持つ、これが第一歩である。

 これを得て初めて、十七条憲法のその他の条々も耳に聞こえてくるだろう。

 そうすれば、明治維新が、廃仏毀釈のように、三宝を敬うという点で瑕疵があったにしても、おおむね十七条憲法の精神に則った、我が国の至高の伝統の創造的発展であったことがわかるはずだ。

 その精神が国民の側に受け継がれていることの最も象徴的な人物が西郷南洲翁なのである。
 だからこそ、南洲翁の謎に満ちた言行と、その文明史的意義は、今こそ、この国の行末を想う国民に明らかにされなければならないのである。

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