狂気の時代 (その一)

 現世(うつつよ)の、諸々の、ますます繁き事(こと)・業(わざ)に触れ、つくづく思うのは、平成の御世も二十年以上を経て、いよいよ狂気の時代に突入してきた、ということである。

 ここに言う狂気とは、前回まで書いてきた意味での狂気ではない。
 つまり、孔子が高く認めた意味での、すなわち「狂者は進みて取る」という意味での狂の精神ではない。

 子曰く
 古は、民に三疾あり。
 今やあるいはこれ亡きなり。
 古の狂や肆、今の狂や蕩。
 古の矜や廉、今の矜や忿戻。
 古の愚や直、今の愚や詐のみ。


 大意は次のようになる。

 先生が仰るには、古の民には三つの病のようなものがあった。
 古の狂者は、おおらかであったが、今の狂者はただのでたらめである。
 古の矜(守るところのあるもの)は潔いものであったが、今の矜はただ怒りっぽいだけである。
 古の愚は直なる者であったが、今の愚はごまかすばかりである。


 ここに言う矜であり、愚なる者が、孔子が進取なる狂者の次に認めた狷者に当たるだろう。

 革新の意味で維新の名を語り、「奇兵隊」と称して、進取を気取りつつ、その実、まやかしの大衆迎合論に過ぎないなら、それは孔子が高く評価した意味での狂者ではなく、蕩なる狂、すなわち、でたらめなる今狂に過ぎない。

 私は今ここで、民主党の政治を念頭に置いて言っている。
 鳩山前首相が海外のメディアからルーピーとのありがたくない評価を頂戴したのは記憶に新しいが、国民のほとんど全てがそう感じていたから、誰一人として、本気で腹を立てた者がいなかった。
 前首相の破廉恥な振る舞いは、まさに詐に満ちた愚、今愚であった。
 その後を継いだのは、「イラ菅」こと、忿戻なる今矜、菅直人氏である。
 彼の矜持とは、反日左翼革命家としてのそれである。

 彼らの為す政事の空名、空言ぶりは浅ましい限りである。
 彼らがマスメディアを通じて発する言葉のほとんどすべてが空名、空言にして、空虚なのだ。
 彼らの中に渦巻いているものは、怨望、野心、支配欲である。私はむしろ彼らは悪意、邪心で満たされていると言いたい。
 その邪心を満たすために、彼らは手段を選ばない。
 彼らの空虚、およびそれを満たした邪心はやがて国民にばれる。
 現に小鳩内閣は、その邪心までは行かなくとも、空虚さだけは国民にばれた。
 そこで彼らは大胆に看板をすげ替えた。
 民意の受け皿がないこの現状で、彼らの支持率はV字回復を遂げたが、中身はないのだから、やがて、支持率の下落は必至である。
 だからこの支持率が下落せぬうちに、選挙戦を戦ってしまわなければならない。そのなりふり構わぬ戦いぶりにはあいた口がふさがらないほどである。
 もし参院選で彼らが目的を達するようなことにでもなったら、史上、これほどのでたらめが通じた時代があっただろうか、との思いを叫ばずにはいられくなるだろう。

 たとえば宮崎の口蹄疫問題。
 この問題がこれほど深刻化した原因は、民主党の無為無策にある。
 つまり、人災の側面が強いのだ。
 さすがに赤松前農水大臣の対応の酷さは周知のこととなり、更迭されたが、次に農水大臣の座に就いたのは、副大臣から昇格した山田正彦氏であった。
 しかし、この人物、実は口蹄疫発生時の直接的な責任者で、つまり対応を誤った張本人なのだ。
 
 しかも、新内閣は口蹄疫問題に喘いでいる宮崎県民を見捨てて、選挙を優先した。
 口蹄疫問題に直面したイギリスのブレア政権が、選挙実施を一月延期して、口蹄疫問題の解決に集中したのとは、全く対照的である。
 民主党政権はその名に反して、民のことは二の次と考えていると言っても決して言い過ぎではないのである。

 伝統的な明直清浄の心を持つ良心的な日本人なら、空虚なら空虚で、それを認めたうえで、その空虚を実で満たそうと努力するものだろう。
 しかし、心を欠いた唯物主義のマルクス思想でその空虚を満たし、コミンテルンの指令の呪縛のままに、日本の歴史・伝統を憎む彼らは、それに対する民の不満を、押さえつけ、情報統制し、洗脳することで、その心の穴を満たそうとする。
 民主党内には保守系に属する人もいるようだが、この危機的な日本の状況下で、左翼勢力に物申せず、選挙を前にして、結果的に言いなりになっているようでは、それはいないのも同然、保守派と言うに値しないであろう。

 結局はそれが彼らの政事の実態である。
 国民のためを連呼しながら、国民のことを真摯に考えていない、彼らの空虚な政事に民を従わせるには、活発な議論を封じて、時には脅し賺して、黙らせるしか方法はあるまい。
 こういった国家にあっては、国民は彼らの中身のなさにレベルを無理やり合わせられるのである。

 共産主義国家の末路、その理想とは程遠い実情を直視せよ。
 スターリン、毛沢東、ポルポト、金日成。
 現在で言えば北朝鮮、中華人民共和国国内の格差、愚民化政策はどうあっても彼らの口先の理想とは程遠い状態だ。
 彼らを秩序立てているもの、それは力以外になく、封じられた国民の権力に対する批判は、怨嗟のマグマと化して、社会に渦巻き、無秩序の温床となって、何か事あるごとに噴出する。

 民主党の政事家は、思想信条的に、北朝鮮や中共の独裁政権と親和性が高く、ファシズム化しやすい傾向があり(ご皇室を蔑ろにし、対中朝貢外交を行った小沢氏を見よ、彼の盟友は、反日親中の愚民化教育の元凶である日教組を支持母体としている輿石東氏である)、日本は先の国家と同様の、無秩序化の悪循環に入りつつあるのである。

 この轍にはまり込めば、そこを抜け出すのはかなり困難である。
 なぜなら、大東亜戦争の敗北以来、アメリカに権力を押さえ込まれている日本は、体勢を崩したまま、自力で立つこともままならぬ国家であり、そこに、親北勢力や親中勢力が寄生して、心身を蝕んでしまっているからである。
 民主党のソフトファシスト達は、自然、本場大陸の本物のファシズムに太刀打ちなどできるはずもなく、飲み込まれざるをえないのである。
 今回の参院選で民主党が多数を取った暁に、日本が中華人民共和国日本本自治区化への第一歩を大きく踏み出すことになると警鐘を鳴らすゆえんである。

 最近、街を歩いていて、やたらシナ人が多いことに多くの人は気づいているだろう。この現象の背景には、もちろんシナ人の世界への殖民を進めるシナ政権の遠謀と、これに遠慮して抗えない日本政府がある。
 日本に流入してきているシナ人は、シナ政府によってオルグされている。シナ人の個別の悪事はすでに世間一般の恐れるところだが、もっと恐ろしいのは、このシナ政府の悪意に基づくシナ移民の集団的行動である。

 長野の聖火リレーにおける下の映像をご覧いただきたい。傍若無人に振舞うシナ人留学生と彼らをを守る日本の警察。
 日本の権力は日本人を守らない。
 これは目を背けたくなる事実である。

 日本に来て言論の自由に浸りながら、中華思想に懲りかたまって、シナの事実を見つめないシナ人留学生の無智も罪だが、これらの事実を報道しないマスメディアも大罪を犯している。ただシナ人留学生の場合、中国共産党権力への忠誠を示して、帰国後顕職に就きたいとの打算があるのだろう。

 北京五輪はナチスのベルリン五輪に匹敵するイベントだったが、これは単なる反中プロパガンダではない。冷静に歴史を眺めてみれば、その相似に自然と目が行くのである。

 長年にわたり、シナ人民解放軍の軍事行動を研究してきた平松茂雄氏は、軍事的観点から日本は中国に併合されるとの絶望を語ることしばしばである。
 この人民解放軍の日本方面野戦軍司令官と、中国共産党国家主席に諂ったのが、かのジャパニーズ・ファシスト、小沢一郎氏なのである。

 純軍事的観点からのみならず、シナ政府の指令により、日本全国のシナ人移住者が、一斉に暴動を起こしたらこの国はどうなるのだろう。
 今年に入って東京の新橋に滞在した時、新橋の街がシナ人で満ち溢れていたことにぞっとしたことがある。数日の滞在で、入った飲食店のうち、数件の従業員がシナ人であった。
 新橋は皇居のお膝元であり、国会議事堂もある。
 想像力を働かせて見れば、彼らの一斉行動により、日本の国家機能を容易に停止せしめることが出来る。
 そこで全国各地で起こるはずのシナ人暴徒と住民との衝突を理由に、(起きなくとも、でっち上げて、それを口実に)、人民解放軍が日本の周囲を取り囲む海から続々と上陸してきたらどうなるだろう。
 我々が現在享受している平和な日常などは一瞬にして消し飛んでしまうだろう。

 上海万博開催とほぼ同時に、日本の沖ノ鳥島周辺に中国海軍が現れ、日本の排他的経済水域で艦隊演習を行い、また海上自衛隊を威嚇した事件は、明らかに日本政府の出方、世論の反応を見るためのものであった。 





















 次は、シナの本質に付いて、西尾幹二氏が語っているので、そちらをご覧ください。特に档案(とうあん)という人民名簿の話は、シナ人移民の問題を考える上で重要である。





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