橋下君、それ間違い! ② 〔保守の空洞化 (その七)〕

 そもそも自分が、俗世間での成功を望めぬ『(新)西郷南洲伝』の執筆を思い立ったのは、司馬作品のファンであった頃に繰り返し読んで感じていた、『翔ぶが如く』における西郷隆盛という人物のわからなさにあった。
 あとにして思えば、わからなかったのでは他でもない、これを書いた司馬自身がわかっていなかったのだ、という結論に至ったのだが、結局、彼は明治維新の礼賛者といいながら、日本人にとっての明治維新の真の意義、偉大さを理解していなかったのである。

 司馬は『翔ぶが如く』を書くために調べるまで、明治草創期の十年間について暗かったと、どこかに正直に書いていたが、この時代は、幕末の王政復古討幕運動が、その理想とした国家の建設における葛藤に直面した時代であって、その葛藤が、『翔ぶが如く』が扱っている題材である、南洲翁と大久保の対立となり、征韓論政変となり、果ては西南戦争という、悲劇的結末となっていくのである。

 司馬はこの作品のあとがきで次のように書いている。

「明治後の西郷は陰画的であった。
倒幕段階の西郷はたしかに陽画的で、かれがどういう人物だったかを、ほぼ私どもはつかむことができる。…(中略)…ただ倒幕後の西郷は、みずから選んで形骸になってしまった。
悲惨なことに、その盛名だけは世をおおった。西郷は革命の象徴になり、曠世(こうせい)の英雄とされた。
西郷は斉彬の弟子でありながら維新後の青写真をもたず、しかも幕末における充実した実像は、そのまま維新後の人気のなかで虚像になった。蓋世の虚像といってよかった。」(『翔ぶが如く』「書きおえて」)


 この巧みな筆使いに、無知な読者はもう誑かされてしまうのであるが(かく言う私がそうだった)、自分の知性を合理の高みにおいて、感覚に合うものを陽画的に、合わぬものを陰画的に捉えるという、そのご都合主義に、真の合理性があったかどうか、かなり怪しいのである。
 この司馬史観は明治国家の旭日と昭和の落日という見方に収斂していき、坂の上の雲をつかもうとした日清日露の戦争までの日本国家は明るく正しく、それ以降、魔法にかかったようにおかしくなっていった昭和の日本国家は暗愚で間違っていたという、まさに、陽画的、陰画的な色彩で語られることになるのである。
 実際、明治の十年の描き方を見ると、司馬が、確かに陽画的であったという、倒幕段階の南洲翁について、ほぼつかめていたとは言いがたい。
 現に彼には、西郷・大久保・木戸という、維新の三傑と、当時の空気を吸った人々に賞賛された人物を、正面に据えて扱った幕末期の作品がないではないか。むしろ坂本龍馬や河井継之介といった、いわば維新の脇役を扱った作品が代表作なのである。
 維新の三傑はこれらの作品ではむしろ喜劇的筆致で描かれることになるが、近代合理主義という現代のさかしらにとらわれた司馬にとって、こういった人物は、正面に据えて取り組むには心理的負担があまりにも重かったのだろう。
 民族的な叙事詩であった大東亜戦争を正面に据えて取り組んだ作品がないのも、彼の同じ思想傾向を表しているように思える。

 今の自分の目で見て、司馬の本質はやはり歴史小説家であった。
 これは小説という文芸の価値を蔑んで言うのではない。
 小説の価値はそれなりに認められるが、大説の価値はもっと上である、ということが言いたいのである。

 歴史小説とは基本的に、私という小窓から眺めた歴史物語だろう。
 司馬自身、小説とは妄想であると、どこかで書いていた。
 歴史小説、それはそれで、その時代精神を象徴する国民的作家が、歴史を個人的にどう眺め、多くの国民の共感を得たのかという点で、大変興味はある。
 しかし、一方で、歴史とは大河である。
 この大河に、棹差して流されたままで、この大河の全体像や流れ行くさまを観察するということは至難の業である。それを為すには、私という小窓から脱却する必要があるのだ。

『論語』知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しむという言葉があるが、大河は山間部より流れ出た細流の合したものである。
 仁者はこの水源たる山間部を眺める者であるが、知者はこの変化に富んだ大河の流れを楽しみつつも、その源流が山間に由来するものであることを忘れない。つまり自己の立つ位置を決して忘れることはない。
 ところが賢しらな知恵者は、得てして、自己の智に自惚れて、このことを忘れがちなのだ。
 
 言い過ぎかも知れぬが、私にとって司馬は、時に、水流の変化に富んで豊かなところをかぎつけて、船を出し、糸を垂れ、網をかけて、その恵みを売って生計を立てる漁師のように見えることがある。山ノ神、川ノ上にはどちらかといえば冷淡である。自己の漁師としての技量に対する過信がそう見せるのだろう。山、川あっての自分であることを忘れがちなのだ。

 小説とはそもそも儒教における侮蔑的表現である。
 簡単に言えば小人の説ということだ。
 一方の大説とは、君子・大人による歴史叙述にして、同時に、天下国家論ということである。
 
 シナの歴史叙述は、形骸化した儒教の臭気が漂っており、政治的偏向と捏造歪曲に満ちていて、それはそれは我々日本人にとっていやなものだが、日本には日本の伝統精神に則った君子大人の歴史叙述があろう。
 私は、長い歴史と伝統を誇る近代国家日本においては、こういった大説が、国民によって広く共有されていなければならない、と言いたいのである。

 私は晩年の司馬は、大説の叙述ポーズを取りながら、この小説の根拠たる私を脱しえなかったと見ている。
 それを顕著に表しているのが、一つは東京裁判史観に拘泥したその大東亜戦争観であるし、もう一つが維新の第一等の元勲である南洲翁と大久保の対立を扱った『翔ぶが如く』なのである。
 これは『近世日本国民史』という大説を書いた徳富蘇峰の諸編と比較してみればいい。おそらく『翔ぶが如く』の種本はこれである。
 例えば次に引用する蘇峰翁の西郷評を読んでもらいたい。

『近世日本国民史』の総論的意味合いを持つ第百巻「明治時代」にある西郷評だ。蘇峰は幕末から西南戦争までの膨大な史料を調べ上げた上で、南洲という人物の理解が難しい理由を次のように述べている。

「西郷隆盛はその生前から既に偶像となっていた。死後においては年と共にいよいよその光を増してきた。今日において、何処までが南洲の正味であるか、これを審定するは頗る困難である。何故ならば、西郷の背後には大なる後光が煌(かがや)いて、これを正視することさえ困難であるからである。」

 これが司馬の西郷観の下地となっていることは明らかだと思うがいかがなものだろうか。

 つまり、私がここで言いたいのは、和歌の世界で言えば、本歌取りが、本歌のどこにどう手を加え、創作を行ったのか、それを比較し、作品の品定めをせよ、ということだ。
 それによって、作者の評も自ずから定まるはずである。

 ついでに、この両者を比較し、徳富蘇峰の『近世日本国民史』を本歌に選んだ、拙著『(新)西郷南洲伝』を読んでもらえば、私の言いたいことははっきりするだろう。下巻はまさに征韓論政変から西南戦争までを扱ったものである。
 これは『翔ぶが如く』のアンチテーゼとして世に問うたものなのだ。

 『翔ぶが如く』は、読めばわかるように、エピソードは豊富ながら、駄作にして、失敗作である。
 印象としては、司馬が、わからない、わからない、と呟きながら、長い連載の最後まで惰性で行ってしまった、という感じだ。
 こと南洲翁と私学校の行動に対しては、彼は、そこに自身も学徒兵として動員されたこともある(といっても訓練を受けただけだが)大日本帝国陸軍の影を見て、不気味な嫌悪感さえ持っていたといっていい。
 しかし、だからといって、大久保のほうを高く評価したわけでもなく、まさにどこまでも陰画的にしか映らなかったようである。
 これはつまり、過去にあったはずの歴史事実という現実を直視し得なかったということだ。

 この高名な陰画を鑑賞して、明治維新に対する間違った認識を持たされた人は多い。現在に至って、ついには、大久保利通の愚劣なフォロワーを生み出すに至っている。

 それが前回も紹介した次の映像だ。



 

 小沢氏は高齢で、金権にまみれた上に、誤った歴史観を持って、心根が傲慢になっているから、もはや人生の修正が利くまい。
 しかし、橋下君は若い上に、意気盛んで、幸い、『翔ぶが如く』を読んだみたいだから、ぜひ拙著『新西郷南洲伝』を読んで、異論があるなら、彼得意の口撃を披露願いたいものだ。
 彼に論理的な頭脳があるなら、少しは有益な議論も出来るだろう。
 こちらとしては論難答問、大いに歓迎である。
 取り巻きの誰かがこの記事を目にすることがあれば、拙著を進呈したいと思うので、ぜひ取り次いで欲しい。

 まあ政事で忙しいだろうから、未だ多い司馬シンパ、信者に配慮するなら、無視したほうが、司馬の地元大阪府の知事としては得策かもしれないが。



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